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モンスターハンター!1 8章

銀嶺の双剣士 8章です。


モンスターハンター! 銀嶺の双剣士


 8章 狩るか狩られるか

 この日何度となく見上げた空を、ザクセンは再びあおいだ。
 手助けに応じてくれた二人のハンターと自分を核にして、三方に分かれた村人たちが山狩りを行っている。セシリアを発見すれば照明弾が上がる手はずになっているが、暗い夜空にその気配はなかった。

 ――引退が早すぎた。
 右足を強く意識しながら、ザクセンは思っている。あと七、八年、いや十年は現役ハンターとしてやっていけたはずだった。
 ――足ではなく腕だったら、まだ何とかなったものを!
 砕かれた骨は元のように戻ることなく、ザクセンはかなりひどくびっこを引く。以前は軽々と持ち歩いていた愛剣カブレライトソードも、身体の平衡をうまく保てず背負えなくなった。野山を自由に駆けめぐれなければハンター渡世はやっていけない。もうすぐ五十の声も掛かろうというところで、潮時かとも思ったのだ。
 ――だが、正直になれ、オットー・ザクセン。狩場を走って竜を追う夢を、まだ今でも見るだろう。
 かつて経験した狩り。あるいは経験したかった狩り。そんな夢を頻繁に見るようになったのは、村にやってくる新しいハンターが決まった頃からだ。
 ――そうだ、ヒュー。もしも、万が一、シシィに何かがあったとしたら。
 これからというあの若い剣士の心にも、大きな傷を残してしまうかもしれない。
 ザクセンは眉間を指で押さえた。自分の無力さが歯痒く、狩人生命を絶たれた際の失敗が今更ながらいかにも惜しかった。
「拠点に走らせたほうからも合図がないのう。やはりキャンプにはおらぬようか」
 はたと我に返ると、村人に背負われた村長がいつのまにかそばに寄ってきていた。
「ええ。それに路上にモンスターのいた形跡がない、ということは、これはシシィが道を外れたのかも知れません。すこし踏みこんで捜してみましょう」
 ザクセンの指示で、山に慣れた村人たちが慌ただしく木々のあいだに分け入って行く。ただし松明も掲げず、迷子の名を呼ぶこともない。もし近くに攻撃的な竜や牙獣がいれば、人の存在を察して寄ってくるからだ。とはいえこんな調子では、夜の山中に一人でいる小さな子供を見つけ出すことなど、砂漠にダイヤの一粒を捜すに等しい。
「せめて昼間であれば、シシィの足跡が見分けられたものを。こう暗くては……。本当に申し訳ない。私がまともな足をしていれば」
 唇を噛んだザクセンに、村長が木の実のような目を向けた。
「ないことかね、オットー」
「は?」
「よくあることだよ、人がモンスターに襲われるのは」
「村長? それはどういう……」
「人は弱い。小さく、もろい。哀しいほどにのう。弱肉強食のこの世では、我らの武器は智慧だけじゃ。それを忘れてはならんかった。このところ、村はいささか平和すぎたのかもしれないね」
「――そんなことは、ありません」
「ないかね?」
「はっきりと。村長には珍しい、これは弱気なお言葉ですな」
 自分の声に怒気が含まれていることに少なからず驚きながら、ザクセンは言葉を止められなかった。
「竜どころか野山の牙持つ獣に比べても、我々は脆弱です。リオレウスの一頭でもいれば、人の町など三日で壊滅してしまう――それは事実です」
 はるか古代に栄えた王国、西のシュレイドも、東西に分断された直接的な原因は未知の古龍の襲撃だったと伝えられる。かの大国の城は王都と共に、実に一夜にして灰塵に帰し、戦地となった中央シュレイドは千年過ぎた今をもって、人の侵入をこばむ深い霧に閉ざされている。
 歴史の始まりからこの方、常に竜と人との力関係は絶対的なものだった。荒々しい野生の化身に向かっては、人など裸の赤子同然。だがそれでも人々はたくましく強かに生き抜いてきた。自然を畏れ、敬い、時には憧れて――右手に智慧の剣を掲げ、左手に鋼の意志の盾を持ち。
「村の平和は、村長、まさしくあなたが人生を費やして勝ち得てきたものではないですか。セシリアのことは確かに我らの油断が招いたことでも、似たようなことは幾度もあった。その度に挑んでは切り抜けてきたでしょう」
 言いながら、腹の底に熾き火がくすぶるような熱っぽさをザクセンは感じていた。それは膝を砕いた日……いや、そのずっと以前から、久しく忘れていた感覚。戦意とでも言うべきもの。
「私も最早ハンターの第一線を退いたとはいえ、剣を揮う腕も残っていれば長年の経験も持っています。まだセシリアが見つかったわけではない。できることをやり、最後まで確かめてみねば。雪山にはヒューもいます」
「そうだの、ヌシの言うとおりよ。――ああ、下が騒がしいようだね。なにか向こうで見つけたようだよ。さあ、ゆこうオットー」
 あっさりと頷かれて、ザクセンは肩透かしを食らった気分になった。
 言わされたと気づいたのは、木立の闇に消えて行く村長の揺れる背中を見てからである。
 ――できることは、まだある。駆ける足を失った私にも。
 無念を表に出したことはなかったはずだが、村長には見透かされていたのかもしれない。齢三百という噂はやはり真実か。軽く己の頬を叩いて気を引き締めてから、ザクセンも村長に続いて行った。
 斜面を降りた二人が目にしたのは、川辺に投げ出されていた小さなリュックサックと帽子、それに黒々とした血の跡だった。
「村長、ザクセンさん。この帽子はシシィのものです」
 目線で頷いてザクセンはしゃがみこむ。厳しい顔で大地に沁み込んだ血を観察したが、やがて太い息を吐いた。
「どうやらこの血は人間のものではないようだ。見ろ、ガウシカの毛が散らばっている。足跡からしてギアノスだな。血はじゅうぶんに乾いていない。今夜のものだ」
「セシリアはさらわれたか。じゃが、まだ希望はあるようだね」
「…………。村長、これを」
 ザクセンが硬い表情で指さした先。
 残された異様に深い爪痕を見て、一同は低く呻いた。
「こいつは――! 何てことだ、あれが来ているとは。だったら群れも大きいぞ」
「足跡は、どうやら村の狩猟場へ向かっているようだの」
「ガウシカが先だったのが不幸中の幸いか。腹が満たされていたのでセシリアには牙を立てなかったようです――この時点では、という話ですが。しかしこうなってくると、ヒューのほうも心配だな」
 急ごう、と言って人々は自分の武器を持ち直し、一団となって小走りに移動を始める。時間との勝負になってきた。向かう先の雪山は星明りを反射して、黒い夜空を背景にぼんやり神秘的に浮かび上がっている。
 その静謐さとは裏腹に、内に大きな波乱を抱いて。

 * * *

 酸素を求めて大きく喘ぎ、オモチは壁に爪を立てた。
 天井から垂れる巨大な氷柱。完璧に凍りついた白壁は凍傷になりそうなほど冷たいはずだったが、体中カッカとほてって、むしろ氷壁の方が融けだす具合だった。
 膝がガクガクと折れそうになり、危ういところでオモチは堪える。一度背中のシシィを降ろしてしまえば、二度と背負えない自信があった。
「さ、さんじゅっぷん……なんて、とっくに過ぎてるニャ……」
 隧道のようなかなり狭い道を潜ってきたおかげで、心配していたモンスターには出会わずに済んだ。そして宣言どおりとはいかなかったけれども、ふもとへの出口は、ほんの眼と鼻の先にある。かすかな風がヒゲを撫でて、外界の青草の香りが届いている。
「オイラだって……やればなんとか、できるんニャ。ネコの火事場力、ニャ……ッ」
 最後の力を振り絞り、オモチは夜気の流れくるほうへ足を引きずった。
 ぱっ、と視界が開けた。
 ――外……!
 闇に慣れた目に、初めに見えたのは明るいくらいの晴れた星空。そして耳には川のせせらぎと……間近に、怪鳥にも似たいくつもの金切り声。
 ――そんな。
 視界が一気に暗くなったようだった。
 ギアノスが、こんなふもとにまで。


 岩陰に素早く身を滑り込ませて、ヒューは一度大きく息を吐いた。
 すぐに岩に張り付くようにして向こう側の様子を探ったが、白銀の山道には甲高い風の音があるばかり。追手の気配はない。そこでもう一度深呼吸をすると、青年はずるずると腰を落とした。息が切れていた。
 ――数が多い。
 予想以上である。あの小空洞で初めに斬って捨てたギアノスを含め、もう十五、六頭は屠っているはずだった。
「ちょっと異常だろ……。ギアノスの湧く穴でもあるってのか、この山には……」
 一人ごちてみても、状況的には笑えない冗談である。
 今日までギアノスを見かけなかったのが、嵐の前の静けさというやつだったのか何かの前触れだったのかは知らない。とにかく今夜は狩っても狩っても次々新手が現れるのだ。オモチやシシィと引き離す目的で山頂へ向かう外の山道に走り出たのが、おかげで裏目に出てしまった。少しでも開けた場所には必ず三頭からのギアノスがいて、うかつに動けば瞬く間に囲まれる。ベースキャンプまでの道のりが遠かった。
 道具袋の中から携帯食料を取り出すと、ヒューは最後の回復薬と一緒に一気に流しこんだ。ギルド支給の携帯食料は硬く焼きしめたビスケットのような代物で、ほとんど味はしないけれども腹持ちは良い。ハンターが狩場でよく食べる骨付き肉ほどではないものの、多少は体力も回復した気になってヒューはひと心地ついた。
 あちこちに出来た傷口に薬をかけるのも忘れない。モンスターの爪や牙に引っかかったり岩に打ちつけたりして、少なくない数の傷を負っている。ただどれもが掠り傷程度だから、軽い処置で間に合うのが救いだった。
 ――軽く考えすぎたかもな……。
 腕には自信があった。子供のころから修練を重ねて、双剣を手にしては同じ訓練所にいたハンターたちにも後れを取ったことはない。剣技に慢心したつもりはなかった。だが、ヒューは己の甘さを認めずにはいられない。
 ――狩りはモンスターとの闘いじゃない。自然との闘いか。
 簡単な採集クエストでギアノスの大群に遭遇したのも、一頭がシシィを攫っていたのも、今こうして身動きが取れないでいることも。すべて不測に次ぐ不測の事態だ。このうえ天候が荒れでもすれば、雪と共に死は確実にヒューの上へ舞い降りるだろう。
 ――街育ちの甘さってやつかな。確かに訓練所のメニューには、《ランポス五頭の狩猟、場合により時々大嵐》なんてクエストはなかったぜ。
「ま、今この状況で言い訳したって始まらねえか……」
 傍らから雪をひと掴みすると、ヒューは胴鎧の胸当てをゴシゴシとこすった。すでに薄くなっていた、なすり付けてあったペイントの実がそれで完全に落ちた。
 どぎついピンク色と臭いを放つペイントの実は、ハンターが目印として狩猟対象となるモンスターに投げつけるのが普通である。しかしヒューはその性質を逆手にとって、ギアノスの注意を引くように自分をペイントしたのだった。その上で、駆け回りながら別の実をあちこちに擦り付けてきたから、臭いを頼りにヒューを追うギアノスたちはまんまと撹乱されている。効果的に群れを分散させ、はぐれて一、二頭になったところを攻撃しながらヒューはここまで来たのだった。
 実の数には余裕がある。狡猾な竜相手に同じ手がいつまで通じるかわからないが、体力が尽きる前になんとか奴らの牙を振り切ってふもとにたどり着かねばならない。
 最後に砥石を使って丁寧に剣の手入れをすると、ヒューは空を見上げた。幸いにも、天気の変化のきざしはないようだ。夜空には隅から隅までガラスくずのような星が散って、こんな場面でもなかったら見惚れるほどに美しい。
「晴れてるぶん、冷えはきっついけど。こういうとこって、ホットドリンクの持続時間も短いんだったっけ……。くそ、弱気になってんな」
 らしくねえや。頭を振って無理に口の端を持ち上げ、ヒューは笑った。
 もしこの場にオモチがいたら「のんきすぎる」と呆れたろうが、こういうときは悲壮な顔をしているより、いっそ開き直って鷹揚に構えたほうが物事はうまくいく。
「オモチか……。無事に山を降りられたかな」
 結局約束したとおりには、二人に追いつくことはできなかった。でも。
 ――あいつなら大丈夫さ。遅いとか文句言いながら、今頃キャンプで心配してるだろうぜ。
 確証はない。だが、そう信じることが力になる。
 ――戻るぞ。
 ヒューは立ち上がった。判断を鈍らせる不安は胸の底にしまっておく。必要なのは前へ進む足と鋭敏な感覚、冷静な頭。そしてこの手に握る武器だけだ。
 数度のクエストと今夜のドタバタ劇で、すっかり頭に叩きこまれた地図を思い浮かべた。岩棚を登り降りできる場所まで行けば、足場の悪さを難としても、追撃を怖れず下界へ降りることが可能だ。ただ、そこへたどり着くために、かなり開けた雪原を二つほど通過する必要がある。
「ペイントの実を使って誤魔化すより、力押しで突っ切っちまったほうが安全かもしれねえな……。下手な芝居打ってると、広場の真ん中で立ち往生して血祭りか」
 よし、と腹を決めると、ヒューはそろそろと移動を始めた。逃げてきた方角にギアノスの頭が現れたのが見えたので、座り込むくらいに身をかがめ、岩陰から岩陰へ縫うようにして前進する。
 ――気付かれずに済んだな。
 ほっとして最初の広場を覗きこんだヒューは、内心手を打った。ラッキーなことに、モンスターの姿がない。駆け抜けるには今しかない。絶好のチャンスだ!
 委細かまわず走り出て、全力疾走した。その足が突然つんのめるように止まった。
「おいおい……、マジかよ……っ」
 ザッ、ザッ、ザッ、ザクッ。
 前方から大地を噛む重い音。ハンター目がけて躍り出た白い影は容赦なく大きい。
「ギョロロロ、ギャアア! ギシャアア――!!」
 凶悪な鉤爪のある脚が信じられない跳躍力を見せて、一瞬にして間合いが詰まる。
 低く構えて威嚇するその姿。引連れてきた他のギアノスより頭一つ抜き出ていた。
 感情の無い眼に射すくめられ、影に呑まれてヒューは一歩を後退る。
 肌が粟立った。
「ははっ、冗談きついぜ……!」
 魔物の名は知っている。雪山に巣食うギアノスたちを束ねるリーダー。その鱗の輝きから《白雪》の二つ名で呼ばれることもある、残忍な肉食竜。
 ――ドスギアノス……!!

 * * *

「落ち着けニャ、どうするニャ、戻れないニャ、進めないニャ!」
 洞窟の出口で、オモチはさっきからそればかり繰り返している。
 外は河畔。岸辺をよぎって山の斜面を少し登れば、ベースキャンプはそこにある。
 ハンターのキャンプは安全地帯だ。ギルドが詳細に狩場を調べ、ここなら絶対に危険なモンスターは訪れないという穴場的な場所を探して設営するからである。
 大岩の間隙や重い獣なら沈んでしまう泥沼の近く、あるいはモンスターの感覚を狂わせる匂いや音が自然発生している場所。ここ雪山の場合では、険しい斜面が崩れてできた小規模なくぼみの中にキャンプがあった。入り口も上部も木々が覆って、そこにくぼみがあることは外からでは簡単にわからない。
 だからヒューは、とにかく山を降りろと言った。村までは無理でも、ふもとの拠点にたどりつければ一通りの危険は去るのである。まさかキャンプの周囲にまでギアノスがいるとは思いも寄らずに。
 幸い、洞窟の出口は高台にあった。おかげでギアノスと鉢合わせるということはなかったものの、あの竜の脚力なら登ってこれない場所ではない。見つかるのも時間の問題かと思われた。
 ――旦那さんならどうするニャ。
 考えかけてオモチはヒゲを垂れた。答えは単純、三頭程度のギアノスなどヒューなら難なく切り伏せるだろう。だから、ヒューが今すぐここに来てくれたらいい。けれども約束の時間はとうに過ぎて、こんなふもとにまでギアノスが溢れているところを鑑みても、もしかしたらハンターはハンターで何かあったのかもしれなかった。
 ――八方塞りニャ。やっぱり初心者のオイラたちには無謀な作戦だったんニャ。
 オモチの膝が折れた。
 崩れるように、シシィを地面に降ろしてしまう。少女が一向に目を覚まさないのも気がかりだった。横たえたシシィの額に手を置くと、熱い。呼吸も浅い。
 なんとかしなきゃとは思っても、オモチには立ち上がることができなかった。
 ――もしギアノスがこちらを見つけるまでに、ヒューが間に合わなければ……。
 このままここで死ぬのかニャア、と思った。
 オトモとしての仕事を始めたばかりだった。多少おバカでも、冴えた剣の腕を持つ気の好い旦那に巡り会ったようでもある。危険を顧みずにシシィを救い出すことを決めたのはヒューだったが、責める気にはなれない。むしろシシィを頼むと言われてどうやら果たせそうにない、自分に失望を感じていた。
 ――やっぱりいくら勉強したって、こういう時に頼りになるのは力だニャ。オイラも旦那さんくらいに強ければ……?
 後悔ばかりで、絶望に押し潰されそうになっていたオモチの思考がふと停止した。
 視線が、ある一点に吸いついている。シシィの外套のポケットから、かぼそく明滅する黄色の光が漏れていた。
「なんニャ?」
 何も考えずにポケットを探る。取り出したもの。それは華奢な六本の脚をカサカサと動かして、オモチの手の中で驚いたようにピカリと強い光を放った。オモチの頭に火花が散った。
「光蟲……!」
 ――前言撤回ニャ。勉強だって、ちゃあんと役に立つんニャー!
 運命の女神は、まだ自分たちを見放してはいないらしい。
 大急ぎでオモチはアイテムポーチを逆さに振った。思ったとおり、中からは以前に拾い集めたネンチャク草と石ころが転がり出てくる。
 ネンチャク草は名前の通り、ネバネバした保護粘液を葉から茎から沁み出す植物で、道具調合の接着剤として重宝される素材だ。これを使って手ごろな石に光蟲を巻きつければ、即席の閃光玉が出来上がる。生きている状態だとわずかな光しか放たない光蟲も、物理的な衝撃で身体を潰すと、一呼吸の間を置いて辺り一面真っ白になるほどの烈しいフラッシュを引き起こす。これは多くのモンスターに有効な目くらましで、数十秒から数分間も相手の動きを止めることができた。
 オモチは器用に閃光玉を作り上げると、深呼吸して何度か瞬く。手足がちょっと震えたが、武者震いだと思うことにした。
「旦那さん、あんたもフシギな人だニャ。おっかないとか言うわりには、ドスファンゴと対等に向き合ってたニャー」
 そんなことを、いつだったかふとオモチは彼の旦那に聞いたことがある。
 するとヒューは「んあ?」と締まらない返事をしてから、いつもの能天気な笑顔でこう言ったのだった。
「そりゃ怖いもんは怖いさ。俺よりでかいしドスファンゴなんて狩ったことねーし、だいたいあの牙見ただろ? 突かれたらタダじゃ済まないもんな。でも、まず気力で張り合うのが大事なんだよ」
「気力?」
「ああ。覚悟決めて、なんだコノヤロウって闘志燃やしてさ。動いてるうちに勝機ってのは見えてくるもんらしいぜ。腹くくって正面からぶつかり合う気概を持つことさ。逃げ腰でいると逆に隙ができたりするんだ、これが」
 いきなり精神論かと理屈でものを考えるオモチはそのとき思ったものだったが、実戦に出てよくわかった。攻めの気持ちでいること。いつでも行動できる準備でいること。
 教えてくれたハンターは今、自分たちのために山に残って一人でギアノスの群れを掻き回しているはずだ。
 ほふく前進で洞窟を抜けだし、竜たちがよく見える位置までオモチは移動した。
 腹は決めた。自分だって、やるしかないのだ。
 高台の上に二本の足でオモチはしっかと立ち上がり、閃光玉をガチリと打った。
「これでも、喰らうニャ――!!」
 ギアノスたちが一斉に振り向いた、最高のタイミングで。
 ――カッ!!
 圧倒的な白光が辺り一面に爆発した。


「なんだ、あの光は!?」
 茂った樹木のあいだから眩いばかりの光線が漏れでて、ザクセンたちは声をあげた。
 ようやくベースキャンプにまで到着したときだった。先に来ていたコンスに迎えられ、誰もいないようだと報告を聞いている最中に。
「今のは閃光玉じゃないのか。急げ、誰かいるぞ!」
 村人たちが一斉に走り出した。斜面を駆け下り、やや遅れて河畔に出たザクセンの目に飛び込んできたのは、目を回したギアノスたちの足元を必死の形相ですり抜けてくる一匹の白いアイルーの姿。
「見ろ、オモチだ! シシィを背負ってるぞ!」
「なんでこんなところにギアノスが」
「こっちだオモチ! おい、私の大剣を渡してくれ。援護を頼む!」
 オモチとすれ違って、ザクセンはギアノスの群れへ向かった。やはり先ほどの光は閃光玉で、目をかれたギアノスたちは悲鳴を上げながらのたうっている。
 その一頭にザクセンは大剣の強烈な一撃をお見舞いした。動けないギアノスなら、熟練ハンターであるザクセンの敵ではない。柄も含めれば身の丈より長大なカブレライトソードが、ぶうんと低い唸りをあげて二頭目の身体を骨ごと砕いた。三頭目は槍や猟筒を持った村人たちが集団で取り囲み、串刺しにして仕留めている。
「オモチ、何があった! セシリアは無事なのか」
 ギアノスの絶命を確認して振り返ると、シシィは大地に寝かされて、隣にオモチがへたりこんでいる。村長や村人たちがザクセンに頷き返した。
「熱があるようだが怪我は無い。命に関わるようなことはないみたいだね」
「ヒューはどうした、オモチ。何があったか説明してくれ」
「こ、こっちが、聞きたいくらいニャ。洞窟で採掘してたら、ギアノスが……」
 息も絶え絶えなオモチから、シシィ救出のあらましを聞く。村長が更に尋ねた。
「よくやってくれたね、オモチ。それでハンターはどうしたね」
「そ、そうニャ! オイラたちを逃がすために一人で山に残ってるんニャ。すぐに追いつくはずが、旦那さん、まだ降りてきていないんニャ!」
「オモチ、ドスギアノスが来ているんだ。ヒューはそれを知っているのか?」
「ど、ドスギアノス……!?」
 眼に見えてオモチの顔が引きつった。ザクセンは声を張る。
「照明弾を上げて、ほかを探している連中に知らせてくれ。それから腕に覚えのある何人か、私と一緒に付いてこい。セシリアを助けるためにヒューが山に取り残されたようだ。手助けに行く」
 あれほどへばっていたオモチも、いても立ってもいられないという風情で尻尾を上下させ、先行して駆け始めた。
 ――準備して挑むならともかく……。不意打ちでは、ドスギアノスは彼にはまだ荷が勝ちすぎる!
 間に合ってくれと祈りながら、ザクセンもあとに続いた。危急の夜はまだ長い。


(「9章 狩人よ、前へ」へ続く)
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