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モンスターハンター!1 7章

銀嶺の双剣士 7章です。


モンスターハンター! 銀嶺の双剣士


 7章 急襲

 最初に気付いたのは当然ながら母親だった。
 シシィがいない。
 夕方、話の最中に突然怒りだしたのにはちょっと困惑した程度だったが、部屋に鍵までかけて閉じこもり、呼んでも返事をしないのは頑固すぎだった。夕飯の声にも反応がない。ついにはシシィの母親も怒ってしまって、しばらく放っておいたのだ。
 いくらもしないうちに、さすがにおかしいと思った。あまりにも静かすぎる。
 不安に思って扉をノックした。耳を当てる。中に人の気配がない。ぞっとした。
 慌てて外へ回り、窓から覗きこんだシシィの部屋は案の定からっぽ。坂の上のハンターの家にも行ってみたが灯りはなく、ハンターのいそうな集会所は閑散として、受付嬢もシシィの姿を見ていないという。
 頼みのシシィの父親は交易の調整で街に出ており今はいない。悲鳴を上げそうになる口を必死で抑え、彼女は村長の家へ走った。「ふむふむ、みんな。夜遅くに、よく集まってくれたね」
 緊急に招集した村人たちの前に立つと、村長は言った。
 しめ縄の巻かれた巨大マカライト原石の前。ぱちぱち強い音を立てて、篝火が火の粉を散らしている。昼間は青く美しい巨岩は、今は炎に照らされて妖しく赤いきらめきを帯びていた。
「ちょっと困ったことが起きた。シーラの娘のセシリアが、どうやら村付きハンターに付いて雪山に行ってしまったようでの。姿が見えぬ」
 村人がざわめいた。いくつか声が上がる。
「あの新しく来たハンターに? シシィを狩りに連れ出すなんて何を考えてる!」
「連れて行ったのではない。狩りに行くハンターのあとを、セシリアが追いかけたということだね。行商のコンスタンが一人で村を出ていくセシリアを見ておる」
「ええ!?」
 どうして止めなかったんだと集中した非難に、コンスは蚊の鳴くような声で「すんませぇん」と謝った。
「時間も時間だし一応どこ行くのか聞いたんすけど、お母さんのお使いだって言うもんっすから。村の子だし、俺もてっきり下の農場へ何か採りに行くもんとばかり」
「みんな、コンスを責めても仕方ないだろう。責任というならあの新しいハンターにあるんじゃないか?」
「そうよ、どうして彼は戻ってこないの? 村付きハンターだったら、狩りなんかよりシシィちゃんを村へ戻すのが先だと思わないのかしら!?」
「ヒューはそこまで愚かではない」
 そうだそうだと賛同する声をザクセンがさえぎった。先日まで村を守っていたハンターだから信頼がある。だが今は、その声にある切迫した音に村人たちは黙った。
「ヒューがシシィに会っていたら、狩りの最中でもすぐさま送って来るだろう。わかってくれ、みんな。つまり事態はもっと深刻だということなんだ」
「おそらくセシリアはハンターに追いつけなんだのじゃ。子供の足で、しかも病み上がりだからね。鍛えた狩人に付いて行くのはいかにも無理よ。――さ、すぐに捜索の仕度をしておくれ。動ける男衆で、まずは村から狩場までを捜しにゆくよ」
 道に迷ったか、怪我をして動けなくなっているのか、……あるいは。
 その先は誰も言おうとしなかった。たとえ人里近くでも現れるモンスターはいる。
「村長も私も捜索に参加する。教官と、男たちの中で何人かは女たちと一緒に村を守っていてくれ。ギアノスの群れを雪山で見たという報告もある。一応、村に滞在中のハンターにも声をかけてみるが、数は多くない。期待はしないでほしい」
 そこまで言ってザクセンが真一文字に口を閉ざした。辺りが沈黙に支配される。
「……こういう時こそ役に立つべきハンターが、逆に騒ぎを起こすとは……」
 誰が呟いたものだったのか。
 ため息交じりの言葉は、言った本人がぎょっとするほど周囲に低く響いた。


 沢山の気味の悪い黒い鳥が、空いっぱいに飛びまわっている。
 ギャアギャアと鳴き喚く声が恐ろしくて、シシィは耳をふさいだ。鳥の群れはそんな少女をからかうように更に高く叫びあい、やがて大空の中で一つにまとまり始めた。
 黒雲のようにわだかまり、ついには一羽の巨大な怪鳥となったそれは、天の高みで反転するとシシィめがけて急降下した。
「――!!」
 ヒッと小さく息を飲んでシシィは眼を覚ました。
「……夢」
 身を起こし、額に浮かんだ冷たい汗をぬぐう。シシィは胸を押さえた。あの不気味な鳥の闇色に呑まれたかと思った。
 しばらくじっとしていると、自分の呼吸と鼓動の音が聞こえてくる。そして夜露に湿った枯葉の匂い、背中には硬い岩の感触。ひとつひとつ感じられることを確認して、やっと少し落ち着いてきた。
 ――でも、ここはどこ? 本当に夢じゃないの?
 そう疑ったのも無理はない。なぜなら少女の周囲は塗りこめたような真っ暗闇で、相変わらずギャアギャアと耳障りな鳴き声がどこからか聞こえているではないか。
 ――ちがう。ううん、夢じゃない。あの声、もしかして……!
 怖かったが、確かめずにはいられなかった。シシィは岩陰からそっと顔を出す。
「ギアノス……!」
 何者かの冷たい手で、心臓をギュッとわしづかみされた気がした。
 月明りの中。川辺で群れて鳴いていたのは、青白い鱗と黄色のくちばしを持った小型の肉食竜・ギアノス。いつか村に迷い込んだ一匹が、ザクセンに倒されたのを見たことがあった。
 小型といっても、背は大人の男より高いくらい。身体は細く、後脚が発達して尾は優美に長かった。鋭く長い爪と牙は恐ろしげでも、縞の入った身体の模様が綺麗だとさえシシィは思ったのだ。だがあのときは死体だったからそんな余裕もあったのだと、シシィは初めて知った。
 血生臭いにおいに目をこらせば、ギアノスたちの足元に何かの獣が転がっている。大地に広がる黒いしみ。腹が裂かれて、はみ出しているのは内臓だろうか。一頭がそこに頭を突っこみ、何か細長いものをずるりと引っ張り出したのを見て、シシィは目を強く閉じた。ぶつぶつと肉を噛みちぎる音がする。目前のモンスターはまぎれもなく、この厳しい雪山で生きる獰猛で無慈悲な狩人たちなのだった。
 ――でも大丈夫。気づかれていないもの……。
 開けた明るい川べりからは、シシィのうずくまっている暗い森の中は見えないはずだ。
 震える手足をどうにか抑える。どうして自分が今ここにいるのか。シシィはやっと思い出してきた。
 日暮れ前のことだ。ハンターの役に立ちたいと思って、狩りに行くヒューのあとを追いかけた。母親の目を盗んで荷物をまとめるのに手間どったせいで、シシィが村を出たときにヒューの背中は遠かった。それでも山歩きには自信があったので、ほどなく追いつけるだろうと思ったのだ。
 ヒューの足は、思っていたより早かった。
 そして焦って近道をしようと森の中に踏みこんだ途端、シシィは方角を失った。灯り代わりの光蟲をかごにさまよっても、陽が落ちた山はまるで闇だ。光蟲程度の光では足元を照らすのがやっとで、一寸先も見えない中、わずかな段差に足を滑らせて気を失った。あれからどれほどの時間が経ったのか。
「どうしよう……」
 とにかく、ここから離れなくてはならない。ギアノスが憐れな犠牲者に気を取られている今なら、後じさりに逃げ出すことも出来るだろう。帰り道はそのあとだ。
 だがシシィの背筋はそこで凍りついた。いつのまにかギアノスの声が絶えている。
 音を立てる奥歯を噛みしめ、顔を上げる。
 血の匂いがしない。風向きが逆になっている。
 岩の向こう。川岸のギアノスたちは、確かにすべてシシィの方に顔を向けていた。
 しかし視線は少女の頭を素通りしている。
 振り返ったシシィと目があったのは、少女に覆いかぶさるように佇んでいた、ひときわ大きなギアノスの一頭。氷河色の尖ったトサカ。瞳孔が細く、冷たい黄色の目玉は真円。
 ――お母さん……、お父さん。
 開いたくちばしにずらりと並ぶ、矢じりのように鋭い牙。
 ――ヒューお兄ちゃん。誰でもいい。誰か。
 黒ずんだ長い凶器の爪が、かちかちとかすかに鳴った。
 ――たすけて。

 * * *

 ふと誰かに呼ばれたような気がして、ヒューは大きなあくびを中断した。
「旦那さぁん、ピッケルが止まってるニャ~。あんたが掘ってくれないと、オイラも氷結晶を拾えにゃいニャ~」
「だーって眠くってよぉ。ぬぁんだってこんな夜中に、俺たちゃ採掘なんてしてるんだ? 夜しか見つからねえ鉱石なんてわけでもなし、昼間だってできるだろ……ふぁあぁああ」
「あぁんたが中身をよく確認しニャ~で、締め切りギリギリの仕事にゃんか受注するから悪いのニャ~ン。付き合わされるこっちの身にもなれってもんニャフ~ン」
 ヒューのあくびが伝染して、オモチも不抜けた声を出した。眠いのは同じらしく、いつもより多めににゃあにゃあ言っているようである。
 狩場《雪山》にある山腹の洞窟内。昼間同様ハンターシリーズに身を固めたヒューとオモチは、ギルドで受けた依頼の真最中であった。雪山草と並ぶポッケ村特産品、氷結晶の採集クエストである。タイムリミット、翌朝。
 しぶしぶヒューがピッケルを振り上げ、凍りついた壁面に打ち降ろす。カーンと澄んだ硬い音が暗い中にこだました。
「ったく。結局ギルドにだって、駆け出しには」
 カーン!
「こんな程度の、採集クエストしか」
 カーン!
「ねえんだもん、なっ!」
 カーン! ……ころり。
「あっ、出たニャ~」
 岩の割れ目から転がり出たのは、透明な柱状塊である。拾い上げるとひんやり冷気を発する氷結晶は、砂漠など高温地域に必須のアイテム・クーラードリンクの原材料だ。鍛冶工房での精錬や研磨にも使用されるので、大陸南部では需要の割に供給が低い稀少鉱物として取引されている。
「やった! なんだよ、けっこう早く集まったじゃねーか。これなら明け方くらいまで、またキャンプで寝られるぞ。俺の働きに感謝!」
「調子に乗ってるニャ。そもそもの原因は誰だったかニャ~」
「くっ。俺だよ……」
 次からは気をつけるって、と言ってヒューはまたあくびをした。宵にふもとの拠点に到着後、数時間の仮眠を取ってはいるものの、連日のクエストの疲れが抜けるには不十分だ。ついでにぐぐっと伸びをして、ヒューは身体のこりをほぐした。
「さーて、トットと帰ろうぜ。明日の朝も村まで歩かなきゃならねんだし……。ん、どした?」
「シーッ。なにか聞こえるニャ」
 オモチがしっぽとヒゲをぴんと立て探るように耳を動かしたので、ヒューは反射的に身を低くした。氷壁を背にする。
 二人がいるのは、壁に張りだした細い通路のような場所である。一方は外の山道に続き、もう一方は更に洞窟奥深くへと続いていた。幅が狭くモンスターに襲われる心配はほとんどない場所なのだが、実は通路から飛び降りたところがちょっとした空洞になっていて、そこには飛竜の巣と思われる枯れ木と骨の山がある。痕跡は古く使われていないことは明白でも、ここは人里離れた野生の地であることを忘れてはならなかった。次に何が起こるかわからない。小さな油断がそのまま死に結びつく場所なのだ。
 しばらく息をひそめていると、下方から鳥に似た鳴き声がいくつも響いてきた。
 わずかに露出した地面にはヒカリゴケが自生している。氷が燐光を反射するので、カンテラを吹き消しても目が慣れれば視界はそんなに悪くない。やがて下層の広場に入ってきた影を見て、オモチがヒューの鎧袖を引っ張った。
「ギアノスの群れニャ」
「あれが」 ヒューは身を乗り出した。
 話には聞いていたが、本物を見るのは初めてだ。街の周辺に生息していたランポスという鳥竜種を思い出す。違うのは色合いくらいで、よく似ている。
「やっぱ多少集まってきてるみたいだな。よし、ザクセンの話じゃいずれ狩ることになりそうだし、先に数減らしておくか?」
「だ、駄目ニャ! ちょっと待つニャ! 今は止めた方が賢明ニャー。装備も体力も整ってないし、正式な依頼も貰ってないニャ」
「うーん。ま、それもそうか」
 ちょっぴり残念そうに口を尖らせつつも、ヒューは飛び降りかけた足を止めた。どうも考えなしというか無茶なところもあるが、いちおう引き際はわきまえているらしい。深入りは命取り。ハンターにとって、引き際の判断は最重要項目である。
「連中、あれで頭が良いからな。集団に囲まれるとキツイ」
「ニャ? 旦那さん、ギアノスを狩ったことがあったんニャ」
「ギアノスはねえけど、ランポスは訓練で何度もな。同じようなもんだろ」
 先のドスファンゴとの戦いぶりを見ても、ヒューには狩猟経験が全くないわけではないらしい。ならばいずれ来るギアノス討伐もそこまで心配することもないかなと、尻下がりに帰ろうとしたオモチを今度はヒューが引き止めた。
「なんニャ? やっぱり狩って行くとかいうオチはなしニャ」
「バカ、ふざけてる場合じゃねえ。お前、夜目が利くだろ。あれ見えるか? 俺の目じゃよく見えないんだ」
 低く強張った囁き。ハンターの指さす先に目を細め、オモチもぎょっとした。
「ひ、人? 子供ニャ! ギアノスが人間の子供をくわえてる……!」
「やっぱそうか。まずいぞ、こりゃ」
「動かないニャ……。し、死んでるんニャ?」
「気ィ失ってるだけかもな」
 下層に集まっているギアノスは少なくとも五、六頭はいるように見える。子供をくわえたギアノスが、最初から居たのか後から現れたのかは定かではない。もし後者なら、今後も数を増やす可能性もある。
 とりあえず、今のところギアノスたちは時折り耳障りな鳴き声をあげるだけで、静かに広場に立っていた。そこが逆に奇妙にも思えた。
「あいつら、なんか妙ニャ。なんで捕まえた獲物に手を出さないんニャ?」
「嫌な言い方すんなよ! でも確かに変だな。何か警戒してるのか……、いや」
 何かを待っている?
「嫌な予感がする。ここは急いだほうがいいかも知れねえ。どのみち噛みつかれたときに、やっぱり生きてましたじゃ遅ェだろ」
「でも、装備が……」 オモチが言いよどんだ。
 見捨てる気持ちはカケラもないが、道具類は単なる採集クエスト用にそろえてきた物しかない。長期戦には耐えられないし、一度でも致命傷を浴びればアウト。おまけに夜で視界も悪いとなれば危険な賭けになるのは分かりきったことである。まず普通のハンターなら逡巡し、まして初心者なら諦めても仕方ない場面だ。そしてそれを責めることは、ハンター稼業をよく知る者ならば絶対にしないだろう。
 なぜなら、ハンターは英雄ではない。
 商人や農民と同じ、狩りを糧に生計を立てるただの職業人なのだ。
 ――どうするつもりニャ。
 不安げにヒゲをなびかせて、オモチは彼の旦那を見上げた。なんとなく分かっていたことではあったけれど、見降ろすハンターの強い眼に迷いはなかった。
「やつらがランポスと変わらねえなら、俺には五頭くらいワケねーよ」
 どころか、でかいことを平気で言ってのける。思わずのけぞりそうになりながらオモチは意見しようとして、機先を制された。
「でもそれは、ただの狩猟だったらってことだ。連中の相手をしながら子供抱えて逃げるとなると、一人じゃ相当キツイだろう。俺にはお前の手が絶対必要だ」
「…………」
「どうしても無理だってんなら、もう言わねえよ。けど俺は行くぜ。もしそうなら、お前の持ってる道具や薬を俺に渡してくれ。今すぐにだ」
「ここでカッコつけたって、死んだらただのマヌケな男ニャ」
 わかってるという顔をしたヒューに、オモチは肩をすくめて続けた。
「あんたの雄姿の語り部がいなくなっても良いって言うなら、仕方ないから付き合ってやるニャ。これもおバカな旦那のオトモになったオイラの運の尽きってもんニャ」
「良いのか?」
「アイルーに二言はないニャ」
 見返すオモチの瞳には以前見えた怯えはない。ニヤッと不敵にヒューは笑い、オモチと拳を突きあわせた。
「決まりだな」
 携帯食料に少しの回復薬。砥石。あとは拾い集めた諸々の素材と氷結晶。とにかく手持ちの装備は貧相だ。今回は子供を救い出すことだけを念頭に、ギアノスの狩猟は後回しにするのが正解だろう。綿密に作戦を立て、いざ、と再び下層に目を落としたときである。
 件のギアノスが、ヒューの視力でもはっきり捉えられる場所に姿を現した。薄明かりに浮かび上がる“獲物”の身体。見覚えのある外套にヒューの息が詰まった。
「ちょ、ちょっと待て。あれ……」
 後ろの襟首を咥え上げられ、力無くうなだれた頭から流れる金髪は長い。
 だらりと垂れた右腕からぽとりと花の腕輪が落ちた。
「嘘だろ……、シシィ!」

 * * *

 彼は待っていた。判断を、である。
 口にくわえた獲物からは自分たちの嫌う匂いがしている。この山周辺に現れる二本足の生き物は、この匂いを身にまとっていることが多かった。だからと言って食えないわけではないが、嫌な気分はするものだ。
 それに二本足の中には鋭利な爪や牙を隠し持つ者がいて、強烈なしっぺ返しを食らうこともある。大抵はか弱く襲いやすいとはいえ、結局嫌な匂いがしたりするので、彼も彼の同胞もよほど腹が減らない限り、この山で二本足を狩ろうとは思わない。
 が、これは彼の獲物ではなかった。
 嫌な匂いがするからといって、その辺に打ち捨てるわけにはいかない。もし勝手にそんなことをすれば、彼自身に手痛い制裁が下るだろう。
 厄介なお荷物からの解放まで、どのくらい待てば良いのか――そう思った矢先。
 群れの中心に落ちてきた小さな何かが、激しい音と熱を発していきなり弾けた。
「ギシャアア――!!」
 仲間の叫びを聞いた直後、彼の首は宙に飛んでいた。


 ――生きている!
 斬り飛ばしたギアノスの首からシシィを抱きとめ、ヒューは心の底から安堵した。
 だが本番はこれからだ。
 オモチの落とした小タル爆弾によって群れは混乱を来たしたものの、あっという間に統制を取り戻しつつある。やはりランポス同様、ギアノスは賢く油断のならないモンスターだった。
「旦那さん!」
「任せる!」
 背後からオモチの声。見向きもせずにヒューはシシィを乱暴に託すと、低く構えて威嚇するギアノスたちへ疾風となって突っ込んだ。手前に三頭。奥の暗がりにもう二頭。右足で軽く踏みこみ、真正面のギアノスに雌雄両剣の切っ先を付きつける。――だがこれは、
「ただの牽制、だ!」
 驚いた一頭が跳びすさったとき、ヒューの腕は大きく右に振り上げられている。今まさにハンターに喰いつこうとしていた一頭のくちばしがそれで斬り割られ、タイミングをずらして追いかけた左刃が首の血脈を断ち割った。右回転斬り。遠心力の乗った剣先に引っ掛かり、ヒューの着地と時を同じくして左のギアノスも地に沈む。喉笛を裂かれていた。
「ギョワ、ギョワッ」
 天井まで噴き上がった仲間の血に動顛してか、残った三頭がさかんに鳴きたてる。威嚇を続けるモンスターに間断なくヒューは迫ると、頭から低く踏みこむ形で勢いよく二頭を斬り払った。眼の端で様子を捉える。息はあるが、脚の筋を切断されている。動けない。残った一頭を壁際に追いつめて仕留めるのは楽だった。
「す……すごいニャ、あんた」
 電光石火、とでも言うのだろうか。あまりにも鮮やかな狩りように、口を開けて見ているしかなかったオモチがようやく呟いた。
「ホントに初心者ニャ? こんにゃんなら、オイラがいなくても楽勝だったニャ」
「んなこたねぇよ」
 まだ足掻いていたギアノスにとどめを刺して、ヒューが応える。頬に飛んだ血をぬぐう表情は緩んでいない。
「こいつら、双剣士とやり合ったことがないみたいだ。こっちの動きにぜんぜんついてこれてなかったもんな。街辺りのランポスじゃ、こう上手くはいかないもんだぜ」
「そういえば、ザクセンさんは大剣とヘヴィボウガンが専門ニャー」
 一般に大きな街や都市、街道周辺に出没するモンスターは、人口の少ない地域に現れるものより強力な個体が多いと言われている。これはモンスターの生存にハンターという選択が働くことで、弱い個体の淘汰、そして強靭で賢い個体の繁殖が常態として引き起こされているためだと考えられていた。
「そんなことよりシシィはどうなんだ。怪我とかないのか?」
「見た感じ、ただ気絶してるだけみたいニャ。下手に騒がなかったのが良かったのかも。マフモフコートのおかげで凍えてることもないし、運の強い子ニャー」
「そっか」ふとハンターの表情がなごむ。「良かった」
「この子はオイラが背負って行くニャ。旦那さん、早いところ血の臭いから遠ざかるニャ。別のモンスターが来るとも限らニャいし」
「おう。……お前もなかなか根性あるよな」
 オモチよりも、シシィの身長はすこし高い。アイルーには重いだろう人の子を、背負って立ったオモチは実はちょっとフラフラしている。内心歯を食いしばっているのはよく分かったが、平静をよそおって忠告した姿は頼りになりそうだった。ヒューの言葉に、眼だけ動かしたつもりのオモチのしっぽがピンと上がる。照れたようだった。
 一旦下層に飛び降りてしまえば、採掘していた通路には戻れない。モンスターがいるかもしれない洞窟内を回って、外の山道に出るしか手はなかった。惜しくとも、倒したギアノスには手を付けずに二人は歩き出した。素材を剥ぎ取る余裕はない。
 飛竜の巣跡がある小空洞から、様子を探りながら外へ出る。先は天井の高い大空洞になっているが、中心部はごっそり地の底まで抜けていて、壁沿いにコの字に通路が走る豪快な地形になっていた。下りの山道へ出る一番の近道は、右手奥に真っ直ぐのルートだ。
 後方を確認し、そちらへ行こうとしたヒューの足が止まった。
「くそっ、新手か」
 目指す先の昏黒から、かすかな鳴き声が届いてくる。ギアノスだ。
「この場所で戦うのは危険ニャ。はさみ打ちにされるかもしれないニャ」
「さっきの場所でも今度は俺たちが袋のネズミだしな。走ってもすぐ追いつかれちまう。てことは、俺がおとりになるしかないってこった」
 早くもヒューは双剣を抜き、近付く暗闇の吠え声に正対していた。
「ふもとまでどのくらい掛かる?」
「いち……ニャ、三十分でなんとか下りてみせるニャ。途中でモンスターに出会わなかったら、ニャけど」
「行き会っても戦おうと思うなよ。暗がりで息止めて、ジッとしてりゃ何とかやり過ごせるさ。無理そうだったら、とにかく待ってろ。俺はここで三十分、あいつらを引き回してからお前に追いつく」
「旦那さん」
「いいから行け、やつらは足が速ェんだ。ぐずぐずするな!」
「にゃ、ニャー…!」
 襲いくるギアノスが何頭なのか分からない。おとりとなって駆けまわるうちに、もっと数を増やすかも。できれば自分も残りたかった。でも今すべき仕事はそれじゃない。
 振り返らずにオモチは走った。ヒューならきっと大丈夫だろう。むしろ心配すべきなのは自分自身。そう、この先は自分一人なのだ。
 ――オイラ一人で切り抜けなくちゃ。
「任されたんニャ。ここでコケたらオトモがすたるニャ!」
 オモチは根性で足を出す。右、左、右、左。もっと速く、もっと先へ!
 背中に背負ったシシィは重く、そして温かい。
 後ろの闇から、ヒューの発した気合いの声が空気を鋭く貫いてきた。


(「8章 狩るか狩られるか」へ続く)
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