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MH掌編:キリン奇譚

MH掌編。樹海のキリンについて。



キリン奇譚

 樹海のキリンが死んだという。
 集会所に行くと、顔見知りの弓使いが教えてくれた。なるほど、それで今日は酒場の空気が神妙なのだ。誰か狩ったのかいと聞くと、いいやひとりでに死んだらしいと答える。なんでも、死骸を見つけたハンターが蒼角つの破片かけを持ち帰ったよということだった。
 ひとつところに腰を据えず、長く各地をへめぐり歩いていると、ときたま人と竜の奇妙な関係を見聞きする。しかし樹海を臨むこの町で自分が遭遇した件は、相手がキリンということもあり、とくに印象深く奇異な出来事のように思える。はたしてどう結末を結ぶのか気にしていたが、こんな形になるとは意外であった。
 キリンはハンターの獲物のうちでも珍しい古龍だ。幻獣とも呼ばれる。蒼褪めた馬のなりをして、大きさは火竜よりよほど小さいが、どういう仕組かつねに身に雷をまとい稲妻のように駆ける。強いし、悪鬼じみて気が荒い。並の者には狩れない。
 それでも普段は希少さから依頼が入り、挑戦する命知らずも少なからずいる。実際、数ヶ月前までは掲示板に依頼書が数枚あった。受注する者が一人もなかったのは、みな気味悪がったからだろう。
 あるハンターがいて、一年ほど前、仲間でもあり恋人でもある女を失った。樹海のほとりの町だから、人が森の魔に魅入られて呑まれる話はありふれている。女も、そんなふうに消えたようだ。遭難かもしれないが、詳しい経緯はとうに風の彼方にある。とにかく女は消え、捜索もむなしく、定めの期日が過ぎるとギルドは諦めた。男が女を見つけたと、とつぜん集会所に報告したのは、それから三月も経ったあとである。
  樹海とはよくいったもので、大地は大した山谷もなく、密に絡みあった樹木と蔦の作りだす巨大なうねりが地の果てまで続いている。ほとんどは未開だ。鬱蒼とした植物の壁にハンターが分け入るたび新種の生物が見つかるし、どこかで半裸の現地人も炊煙を上げているかもしれない。彼らは、少なくとも大昔にはいた。あちこちに赤錆び色の巨石文化の遺跡が、時間ときに浸食された形で見られる。
 男が人びとを案内したのも、そんな廃墟のひとつだった。自分も、人に誘われて同行した。しかし暗い樹海の底で男の指差す先にみなが見たものは、傾いだ柱の頂きで青白く燐光する、怒れる一頭の古龍だった。
「あんな姿になっても、おれにはわかる。彼女の生まれ変わりだ。森の奥で捜していたんだ。名を呼んだら帰ってきてくれたんだ」
 こけた頬に奇妙に魅力ある笑みを浮かべ、男は言っていた。彼は樹海に入り浸るようになった。
 はじめのうち、荷車の上や、友人に支えられたり、己の足では立てぬ身体で男は集会所に戻ってきた。鎧は龍の雷撃にひどく痛み、ところどころ黒っぽく融けていた。焦げた異臭さえ微かにただよい、連れ戻されると、きまって彼はこうわめいた。「ほうっておけ、彼女が待っている。やっとおれを思い出してくれた。誰も邪魔をするな」
 男の戻る日がだんだんに減った。
 物好きが一人いて、自分と同じく、男のゆくえを気にしていた。十日も戻らないとなると、ついに辛抱たまらなくなってようすを覗き見に行ったらしい。数日のち、うそ寒いような表情で帰ってきて報告するには、次のような話だった。
「独りでえんえん喋っていたぜ。あの遺跡の奥に閑地があったろう。もうほとんど骸骨だった。立てもせずに座りこんで、それでもやたらに楽しげに喋っている。たぶん二人の思い出とかだろう。支離滅裂だった。時どき笑うが、やっぱりそれもへんに明るい。そうするうち、本当には彼が独りじゃないと気がついたよ。キリンがいたんだ、崩れた壁の影に。稲妻もなく、こうべを垂れて、両耳だけぴんとそば立てている。まるで歌でも聴いているみたいに、じっと動かず、あの不気味な蒼い眼を半分ばかり閉じて――」
 男の消息は、ぱたりと途絶えた。
 ぼつぼつあった古龍狩猟依頼も、その頃には消えていた。モンスターが人に心を開くなど、恐ろしい話だ。野生の獣は人には慣れない。憑かれて魂を奪われ、命を落とすのは人の側である。迷信深い者は魔性を信じ、もはや男の狂気を疑う者は一人もいなかったが、女の生まれ変わりだというキリンを狩りたがる者も、自分を含めて誰も出なかった。
 ――そうして、またひと月ほど経った頃だろうか。樹海へ仕事に出たハンターたちから、次つぎ同じ報告がされるようになったのは。
 キリンがいたという。寄ってきたともいった。ある日は大岩の上からハンターを眺め、別の日は唐突に木立から現れて、ごく間近を駆け去って行ったという。なんにしろ古龍は狩人とすれ違うのみで怪我人もなく、ただ人びとを気味悪がらせた。そんな話がいくらも続き、まさかと思った自分が例の遺跡へ行くと――やはり、男は死んでいた。
 森の奥深く、朽ちるばかりの遺跡に囲まれた小さな草地に、男はちょっと疲れて休息を取るふぜいで事切れていた。
 地に突き立てた大剣に背をもたれて座り、わずかばかりうつむいた顔は、梢から明るく差し込む日射しの影になって暗かった。あたりはしんとして、緑だけがむせかえるほどだった。小さな羽虫が黄金きんの陽光を翅に遊ばせ、無数にふわふわ舞っていた。男はだだをこねる子供のように手足を地面に投げ出して、苔むした防具の隙間から覗いたのは、すっかりむきだしになった乾いた薄い骨だった。
 キリンは、町の人間に男の死を報せたかったのだろうか? それなら、あのとき男の屍を弔おうとした自分に怒り、雷を放つことはしなかったろう。それに人びとが男の死を知ったあとも、これまでと同じように、たびたび狩人の前に何をするでもなく姿を見せることもなかったはずだ――けれども今日、キリンの死を聞いて思い当たったのだ。
 古龍は、男を探したのかもしれない。男が、恋人の生まれ変わりを樹海の奥底に探したように。キリンも彼の生まれ変わりを人びとのなかに探したのかもしれない。そうしてとうとう男を見つけられず、絶望して死んだのである。
 古龍は人を愛したのか? 自分は、あの静かな草地にぽつんと座った男の寂しい遺骸を憶えている。その足元に眠るように伏して、キリンはひっそりと死んでいたという。


(おわり)

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