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賑わいのドンドルマ

企画序文後半です。



 賑わいのドンドルマ


 頭上を翔け抜ける赤い彗星。憧れが、棘のある尾を引いて蒼穹を通過していった。
 咆哮はどこか無邪気だった。地表まで届く風を巻き起こし、火竜は翼を打ち鳴らして西の彼方へ遠く飛び去っていった。全身で力強く自由を謳い、まるで存在そのものが喜びの化身であるかのように。
 はたして竜は、遥か下の山道から眩しいような視線を送る一人の人間に気が付いただろうか? 一顧だにしなかった――そう思う青年はわずかに幼年の面影を残す顔に残念そうな、それでいて熱っぽい感情を浮かべ、飛竜の背を身じろぎもせず見送った。険しい山々に挟まれた空に、その姿が点となって溶けるまで。
 やがて朝日が力を増し、腰を据えた輝きを放ちだす。薄暗かった峡谷沿いの小路にも光が射しこみ、青年は催促された気分で旅路を再開する。火竜は西へ、旅人は東へ。
 旅慣れぬ身ではないが、この峡谷地帯はきわめて難路だ。肩幅程度の細い道が崖に張り付いて紆余曲折し、向かいの山へ渡るにしろ深い谷が邪魔となる。すぐそこに見える距離でさえ橋を探して迂回せざるをえず、数日をかけて進むのはほんのわずかだ。
 疲労のたまった足は鉛、身体は埃と垢の塊だった。汗をぬぐい、革袋の清水を呷りながら、ふと足元に目を落とすと数匹の蟻が這っていた。幼児の拳ほどの石ころすらまたぎ越せず、さまよう虫たち――自分もこの蟻と大差ないのだ。地上の生き物はみな不自由に地を這う者にすぎない。先ほど見た、あの雄火竜にしてみれば。
 だからこそ憧れは強く募った。空を舞う赤い炎。彼は野生の自由と躍動する生命の象徴だ。手が届かないと思うほど耀きを増す宝石のように。
 背中の武器を背負い直す。鎧の金具が重力に軋んだ。剣は竜骨素材の大剣、防具は大陸広くに生息するありふれた牙獣の革製である。この稼業では低級の装備、おまけに彼の痩身では剣を背負っているのではなく背負われているとよく笑われた。それでも山路を越えてきたのは、夢、野心、希望、不安――全部の未来を若い胸に予感したから。
 残す峠はあとふたつだ。越えた先で本街道と合流。多くの旅人に踏み固められた大路に出れば少しは歩みも楽になるだろう。自身を励まして断崖に区切られた蒼穹を見上げ、旅人は再びあの火竜に思いを馳せた。
 竜は東からやってきた。大気と炎の申し子たるワイバーン、雄火竜リオレウス。
 かの竜は、目指すハンターの街、ドンドルマを見たのだろうか――。

 数度の羽ばたきと滑空で火竜の雛が通りすぎた距離を、半日の時をかけ、ようやく辿りついた街は天まで繋がる階段状の要塞都市だった。
 呆けて見上げる青年を、かすかに笑みながら人々が追い抜いていく。
 切り立つ崖を回った途端に聳えたつ、砦門の威容。街を守る棘のある盾といった印象だ。回廊や見張り台には大砲と大型弩砲の鈍い反射が光り、中央扉の両脇と上部には何のためか威嚇的な大槍の穂先まで突き出ている。
 街の気質を示し、外部へ豪快に開放された扉は巨人用を疑う規格だ。門兵に見張られながら早速門をくぐりかけて、青年は背後のどよめきを聞き振り返った。人々に道を譲られながら帰還してくる竜車、積荷はなんと魚竜ガノトトスの巨体である。仕留めてきた一行は同業者の羨望を一身に浴び、慌てて避けた青年の真横を通り凱旋していった――これぞ狩猟都市、ドンドルマ! 将来の自分を見た気分で胸躍らせ、青年は街への一歩を踏み出した。
 空へとせり上がる。それが外からの印象だが、いざ門をくぐってみると、険しい山間にみっしり積み重なる建造群はむしろ東西北三方から覆いかぶさる雪崩の圧迫感があった。
 最初の広場は竜車や馬車、気球船や隊商の滞留空間で、人と家畜が大勢たむろしている。
 興味をひくのは左端にある背の高い施設だ。人をかき分けて受付を覗きこむと、真正面に瓶底眼鏡の拡大した眼球があった。ぎょっと身を引いた闖入者など丸きり無視して、竜人族の老爺は元の作業に復帰している。コンパスと定規を添え、手元の地図にびっしりと細かく……、何を書きつけているのか? 突然頬をかすめて飛びこんだ伝書鷹にも驚いた青年は、隣のアイアン装備にニヤリと不気味な流し目を喰らうのだった。
「ここが古龍観測所だ。邪魔はいかんぜ、ヒヨッコちゃん」
 玄関口と居住区域は、地上モンスターに対する防御のためか深い断崖に隔てられている。橋を渡り、街の本拠へ。
 土地には独自の匂いがあるが、街にも固有の香りがある。ドンドルマの空気は、人と獣の汗が入り混じる麝香に似た臭いがした。
 それに草花と革の甘い香り。焼いた肉と鉄の煙、上層から吹き下ろす風に漂う冷涼な水の気配。街を貫く大階段の底に広がる円形市場は、さながら街中のにおいが集まる博覧会だ。居並ぶ露店では人声、品物、一万種類の音と色彩も無秩序に競い合う。
 大陸東西からの多彩な品に目移りしつつ商人の太鼓腹に圧倒されつつ、青年は人ごみに流されて、次に出た先が重厚な岩窟風の入口である。出入りは同業者が多い。入ってみると、熱気。
 赤々と灼熱の炎が高天井を照らし、耳に鋭い鎚の音。大陸の粋を集めた最新鋭の鍛冶工房だ。奥では小屋ほどもある大歯車が噛み回り、裸の上半身から蒸気をあげた職人たちが鍛造や成型に精出している。立てかけてある、変てこな武器は何だろう? 無造作に置かれた魚鱗や蝶翅、竜玉に鋼晶、獣胆――希少素材もあまりに魅惑的だ。涎を垂らして身を乗り出した足元を、しかしここでも一部毛の焦げたアイルー職人がすり抜けて言うのだった。
「あんた初心者? 仕事の邪魔ニャ、冷やかしはお断り」
 たしかに自分は田舎者で、懐具合が寂しいのは一目瞭然ではある、が……。
 工房を出、隣接の建物に入ろうかと迷ううち、装備も立派な同業者たちに追いやられて、青年はいつのまにか大階段をとぼとぼ登っていた。
 左右には脇道が細かく入り組み、奥には様々な店や家もありそうだったが、結局無心に足を運ぶ。やっと最上近くまで来たところで出迎えたのは突然の槍の突き。街を仕切る大長老のおわす大老殿には許可された実力者しか入れない。怖い顔の警備兵に怒られては、青年はさらに悄然となった。
 この街は何もかも圧倒的に大規模だ。夢を叶える日は、一体いつになるやら……。
「そんなにしょぼくれるな、若人よ。後ろを見てみるといい」
 ――振り返ると、絶景があった。
 街全体と周囲の峡谷地帯すら見下ろす壮大な景色が広がっていた。人々は小さく動き、世界を手中に収めたような魂の広がる心地がする。背後からの微風が身体を透き通していく。
「王にでもなった気分だろう。これが飛竜の見る世界だ」
 そして耳を澄ませと警備兵に言われたとき、街に入って以来ずっと背景に聞こえていた不思議な音に青年は初めて意識を向けた。
「ドンドルマは風と水の街。きみも骨の芯を揺さぶる低い響きを感じるか? 街中にある水車と風車の回る音だ。工房の歯車も、あれらの動力で駆動している。
 あの音を励みにしろ、若者よ。古龍の咆哮にも勝るドンドルマの魂の声だ。多くのモンスターに抗して我々が築き上げたもの、街を守ってきた力を思いださせ、信じさせてくれる振動だ。狩場に出てもあの声を常に胸に聴くようになった頃、またここを訪ねるがいい」
 まあ、景色を見るだけならタダだ。いつでも来いよ!
 意外と人好きのする警備兵に勧められて向かったアリーナは因縁の鍛冶工房の横、太い円柱の支える神殿風建築だった。
 入った矢先、目を奪われる、広い客席奥に据えられた石舞台。背景に垂れたいかにも神聖な白羅紗布は街を流れる滝を想起させ、音楽的な旋律で織られたひだが美しい。岩肌も荒く、そこかしこを力強く削り上げられたこの無骨な街において、異世界に紛れこんだように静謐な空間だ。舞台中央に女が一人。濃い肌色、俗世離れした瞳をもつ竜人の歌姫。
「生命は生まれ、生命は尽きる、陽は昇り、陽は沈む。火と水、空と大地――」
 アリーナを後にする頃、青年はすっかり元気を取り戻し、最後の目的地へ向かった。
 円形広場をよぎり、肩をそびやかして、ついに階段ふもと左手にある大扉を開く。瞬間、顔面に押し寄せる雑然としたエネルギー。大天井いっぱいに騒々しいドラ声と、食べ物と酒と煙草の臭気。そして彼らがその武器防具に沁みこませて持ちこんだ、かすかな原生林と竜の気配。大衆酒場――ドンドルマの街が抱える真に熱い動力源だ。
 雰囲気に飲まれぬよう青年は胸を張る。油断のない様々な思惑をもつ眼が新入りを出迎えた。いずれも百戦錬磨の荒くれたちだ。抜き身の剣や砥がれた牙のあいだに分け入ってゆく気分がする。
 ギルドカウンターに辿りつくと、受付嬢が微笑んだ。用件を見抜いた少女は無言で退き、背後のしなびたような竜人爺と視線が合う。紫煙を吐いて青年を品定めし、老人はやがて頷いた。歓迎と挑戦の笑みが浮かぶ。
「若者よ、よくぞ来た。ここが人の力を遥かに凌駕し、大陸全土を闊歩するモンスターを狩る者ども、ハンターたちの集会所だ。求めてきたのは富か、力か、名声か? 何にしろ依頼は絶えぬし狩場への扉は大陸一広い。あとは狩るも狩られるもオヌシの腕次第、運次第。
 さて、登録は済んだかな。身分証を受け取りなさい。これでオヌシもドンドルマの一員じゃ。ランクはもちろん《新人ルーキー》から。酒場は昼夜開いておる。まずは肉でも食っていけ。仲間を探すのもいいだろう。……オヤ見ろ、北で轟竜を仕留めてきた英雄たちのご帰還じゃ。なに、自分も早くああなりたい? 焦るな若人、命は大事にするものだ。彼らの後ろに続いたのは、鎧竜に炙られた骸だったな。
 ではな、期待しておるぞ。我らを抱く森羅万象に栄えあれ、街は新たな同胞を得た! あとは……、ほーい、ジョッキを頼む! よしよし、これがなくては始まらぬ。それでは、若きモンスターハンターの門出を祝って――乾杯!」

(おわり)
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