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モンスターハンター!3 8章

熱砂の銃槍師 8章です。


モンスターハンター! 熱砂の銃槍師


 8章 セクメーア、烈震

 荒い息遣いだけが聞こえていた。
 薄暗い洞。入口から差しこむ逆光の奥に影が蠢く。はっと息を飲む静寂も一瞬、激しく外壁を掻き崩す音。地底から湧くような唸りが狭い空洞に響きわたる。しかし、洞穴に熱く生臭い息が吹きこまれた好機をルイは逃さなかった。
 ガフッ――奇妙な悲鳴を残し、入口に鼻を突っ込んでいた竜の影が消える。
 しばらく耳をそばだてたが、気配は遠のいていた。鼻面にペイントボールをぶつけられては、さすがの《十字傷》もその悪臭に気を削がれたらしい。いつ洞窟を崩されるかと緊張していたハンターたちは、我知らず長い息を吐きだした。
 ――なんとか、切り抜けたか。
 ヒューは入れ直した左肩を抱え、瓦礫のあいだに座って壁にもたれた。
 とろりとした緑色の回復薬を取りだそうとして、かすかに震える右手に気がつく。栓を抜いて一息にあおった。まだ頭では戦闘中で、ハチミツを溶かしこんだ薬の甘味も感じられず、外の様子をうかがっているルイを見ていた。
「まだ近くをうろついてる。どのくらい粘る気か……」
「あいつはかなり気まぐれだ。どのみち俺らもすぐには動けねえ。……マディフには感謝だよな、この穴を教えてもらって」
 戻ってきたルイにもヒューは薬瓶を差しだしたが、銃槍師は受け取らなかった。
「この装備だと夜は厳しい。陽が落ちる前に地下洞窟に移動しないと」
「そうだな。……ルイ、座れよ」
「いや、夕暮のほうが危険か。むしろ夜更けまで待つべきか――」
「座れって」
 防具の端を引っ張られて、ようやくルイは口をつぐんだ。
 奥行きもさほどない、洞窟ともいいがたい窮屈な横穴だった。ヒューの視線を無意識に避け、ルイは並ぶように腰を下ろして兜を脱ぐ。呼吸が苦しいのは負傷のせいばかりではない。感情が昂ぶると双剣士の青い眼は鮮やかさを増す。ヒューが腹を立てていた。
「ほら、薬」
「あんたは?」
「もう飲んだ。傷も手当しろよな。銃槍ごとお前を抱えて走れって言われても無理だぞ」
「悪かったよ、ヒュー」
「なんなんだ。どうしたってんだよ、お前。まるでタガが外れちまってる。俺だって無茶だ無謀だとか言われるけど、お前みたいな突っ込み方はしねえ。踏み込みが深すぎるんだよ。いつもいつも、ほとんど相討ち狙いになってる。わかってるだろ、あのときからだ。砂嵐で《十字傷》に遭ったときから!」
「あれは《十字傷》じゃない。轟竜じゃなかった」
「集会所の連中は《十字傷》だって言ってたろ」
「……わからない。轟竜だったかもしれない。そうだな……、《十字傷》だったのかも」
 にがそうに、ルイは回復薬を飲んだ。突然、洞穴の外を吹きぬけた風が獣のように低く哭き、二人はさっと視線を走らせたが何事もなかった。
 しばらく沈黙が続いた。闘いの余熱も冷めてくると、傷を受けた全身がさまざまな痛みを訴えだしてくる。防具を脱いで手当すべきだったが、ヒューもルイも黙ってうずくまっていた。疲労が重くのしかかる一方で、痛みは失敗と敗北に波立つ心を落ちつかせた。
 再び、ヒューが口を開いた。
「俺、大丈夫かって聞いたよな、昨日」
「…………」
「何が問題なんだ。どうしても喋る気はないのか」
「言って何か変わるわけでもない」
「死にかけたぜ、俺もお前も」
「それは――すまなかった、本当に。よく頭を冷やすよ……、二度と危ない真似はしない。誓って言うよ。あんたの仇討ちには、最後まで付き合う」
「仇討ち、俺の? なんの話だ?」
「……違ったのか? あんたの狩りの師匠、《十字傷》にやられたんじゃないのか」
「ザクセンのことか? ハンターを引退しなきゃならなくなったのは、そりゃ《十字傷》のせいだけど……、ザクセンは今もピンピンしてるぜ」
「そうか……。なら、俺の思い違いだ。忘れてくれ」
 ――どうして、仇討ちなんだ。
 ヒューは銃槍師の横顔を眺める。奇妙な、脈絡のない言葉だった。そして薄暗い洞穴の中から外界の細い光を仰ぐうち、その光景にある記憶を刺激されていた。
 あの砂嵐の日。竜影に向かって叫んでいたルイにヒューが見たものは、激しい怒りだ。
「お前、竜に誰か殺されたのか」
 ルイは目を閉じ、小さく首を振る。ヒューはただ溜め息をついて、話題を変えた。
「お前が喰らった攻撃だけど。何だったんだ、ブレスかな」
「バインドボイスかと思ったが、鉄板を叩きつけられたような衝撃だったな。兜がなければ、たぶん鼻がへし折れてたよ」
「俺は竜のうしろで、すごい雄叫びを聞いただけだ。空気砲みたいなものかもな――片手でひねられたよな、俺たち。ジャッダハのハンターが手を出せないわけだ。《十字傷》は、きっとG級の獲物だ」
 言うと、ヒューは大儀そうに右腕を伸ばして双剣を一本取り上げた。
 武器はハンターの命だと言い、いつも狩猟から戻ると真っ先に手入れをして大切にしている剣だ。《十字傷》の堅い装甲には歯が立たなかったが、しなやかな紅刃に目立つ傷はない。つられるように、ルイも傍らに転がした己の銃槍を見やる。砲撃の煤と竜血に黒く汚れた槍穂は、ところどころ刃毀れしていた。
「狼煙を上げて、助けを呼ぶか」ルイが呟いた。「救援部隊を危険にさらすことになるが」
「みんなの忠告無視して、ギルドから無理に引きだした仕事だぜ」
「俺も、できれば自力でなんとかしたいが――肩はどうだ、隣の洞窟まで走れそうか?」
「俺が心配なのはお前だよ、ルイ」
「俺は……、大丈夫だ。薬も効いてきたようだし。少し休めば行けると思う」
「本当か? もしまた《十字傷》が来ても、お前、冷静でいられるか」
「……すまなかったよ、ヒュー。パーティーを組む相手が俺じゃなかったら、あんたはもっと良い狩りができただろうな」
「やめろ」
 急に、ヒューは斬るように右手をあげた。銃槍師の顔をのぞきこむ。ルイは石像のように動かなかったが、ヒューはかまわず言葉を続けた。
「さっきから謝ってばっかりだ。狩り場で弱音は禁物だろ。――なぁ、ルイ。お前に何があったのか俺は知らねーし、ジャッダハの連中がお前を避ける理由もよくわかんねーよ。お前が何も言いたくないってんなら、いいよ、俺はもう訊かないさ。ただ俺は、お前には感謝してるんだ。本気で《十字傷》狩猟に乗ってくれたのは、お前だけだったからな」
「俺のせいで死にかけてもか」
「お前がいいやつだってことは知ってるよ。でなきゃ救援部隊の心配なんかするもんか。腕だって悪くねえのに、なんで急に雑な動きするようになったのか――いや、言えないならいいけど。つまり俺が言いたいのは、まだ狩りは終わってないだろってことだ」
 意図をはかりかね、うつむいていたルイも顔を上げる。眉を寄せ、また《十字傷》に挑むつもりかと聞いたルイに、ヒューはニッと笑ってみせた。
「そうじゃない。ここは狩り場のど真ん中だって意味だよ。弱気になるなよ。そんで生きて帰ろうぜ。《十字傷》狩猟はジャッダハに戻ってからまた考えればいいんだ。死にさえしなきゃ次があるだろ。――で、どうなんだ。今度こそ突っ走らないでいられるか」
 ルイはしばらく気を呑まれたように双剣士を見ていたが、ややあって「ああ」と頷く。その目を強く見返し、ヒューは気合いを入れるように相棒の背を叩いた。
「背中、預けるからな」
 鎧を脱ぐのを手伝ってくれといわれ、ルイは手を貸した。
 肩や打撲傷の熱をクーラードリンクで冷やし、薬を塗るのだ。ヒューの赤い防具を引きぬくと、轟竜の牙にかかったらしい左脇部分がルイの目に入った。厚く強靭なはずの竜革は無残に切り裂かれ、下の鎖帷子までもが少し破れていた。


 セクメーアの午後が暮れた。
 口では強がっても身体は限界を訴えていた。怪我の処置のあと二人は回復に専念し、岩の隙間に丸くなって眠ろうとした。まどろみかけると足や腕の筋が緊張するので深く休めなかったが、まぶたを閉じてじっとしているだけでも、ハンターたちの秘蔵の薬は効果を発揮した。起きる頃には駆ける体力が戻っていた。
 陽はいまだ沈まず。しかし西空にピンクがかった暮色が滲み、砂は赤みを増している。灼熱の刻がようやく過ぎ訪れる、砂漠に棲む者たちの生ある時間。
「静かだな。ゲネポスすら見ない」
「ティガレックスが大暴れしてりゃ当然だ。どんな竜にも迷惑だろうぜ」
 砂沙漠深部で本来ありふれた光景――水と食料を求め移動する草食竜の群れも、それを追う肉食竜の姿も、見渡すかぎりの砂海に影形もない。皆《十字傷》を怖れているのだ。気付かれないうちに二人も動かなければならない。
 夜陰を待つには防寒具も足りず、夜目は竜のほうが利く。体力のあるうちの移動を決めた。
「岩壁沿いを行くか、砂地を突っ切るか……」
 外をうかがうルイに、背後から顔をだしたヒューが大気に鼻をひくつかせた。
「ペイントの臭いはかなり遠い。寄せ餌の臭いは消えたな」
「持って行ったんだろう。あれだけで満足するかどうか。なるべく崖に沿っていくか。やっぱり、砂地は目立ちすぎる」
「俺もそう思う」
 やっと、落ちつきを取り戻したか。
 そんな顔でヒューはルイに同意し、「よし。じゃ、戻ろうぜ」一言。二人は前後連なって、そろりと洞穴を抜けだした。
 砂沙漠の西端は、えんえん延びた断崖に砂の侵食を阻まれている。草原から砂岩地帯へ、砂岩地帯から砂の海へ――段階的な変化ではなく、絶壁が砂地へ岬をせり出し、入り江を形作って境界を明確に切り分けるのが西端の地形だ。
 今、隠れていた洞を背にして目的地は北東。直線距離なら一キロ強だが、壁は西にえぐれて深く湾曲している。湾に押し寄せる大波のごとく横たわった砂丘のせいで、突っ切る場合も所要時間に大差はない。
 ならば壁沿いを行くのが得策だ。すでに陽は傾き、壁は砂地に長い黒影を伸ばしている。影に紛れるのが安全だろう――ルイの下した判断は、ヒューを明らかに安堵させた。それがルイの自責を深めた。
 背をかがめ、大岩には身を寄せ、ひんぱんに立ち止まって周囲に気を配る。
 途中、風に吹かれた小石が崖上から落ちてきたとき、ルイに先行していたヒューは身を硬くして長いこと頭上を睨んでいた。それは洞穴でルイに向けた笑みほど、余裕のある動きではない。
 ――また、殺すところだった。
 理性を取り戻した思考と昼間の熱気を失っていく空気が、灰色の牙でルイの心臓を噛んでいた。
 前を行く双剣士の背から逃げるように視線をそらすと、東の果てでは夜が滲みつつある。完全に日が沈めば、迫るほどの星ぼしが天を巡りはじめるだろう。セクメーアを訪れた当初、毎晩飽きずに開催される自然のショーに感嘆したのも、ルイには遠い昔に思えた。ヒューと組んでから忘れかけていたが、ソロの自分は今と同じ気持ちを胸に刻みつけて、日々の終わりを迎えていたのだ。
 ――仕事の失敗もヒューの負傷も、全部、俺の責任だ。
 実際には《十字傷》は強大で、討伐まで至らなかったかもしれない。けれどヒューなら、幾度か退却を繰り返してでも轟竜に喰らいつき、深手を負わせるくらいはしただろう。調子がよく少し抜けたところのある男に見えて、狩りへの執念は驚くほど烈しい。早々のリタイア決意は自分への信頼を失ったからに違いなく、そしてそれは無理もなかった。
 ヒューと交替し、崖沿いを小走りに駆けながらルイは道を確かめる。
 歩みを止めて全方位を警戒。これまで変化のなかった景色のなか、上空に禿げ鷲が舞っていた。後方の双剣士に合図を送る。
 ――それでも、ヒューは笑ったのか。
 ハンターにはたまにいる。窮地にいても仲間を励ませる人間が。誰もが足を取られる暗闇を虚勢を張ってでも前へ這い進み、他人まで引きずって道を見つけだせる人間だ。自分の凶星につきあわせて、ヒューを死なせるべきではない。
「……街へ、戻る」 そうだ、今はそれだけだ。
 過去は過去だ。今はとにかく、この仕事に集中しよう。自身に言い聞かせるように呟くと、ルイは高まる鼓動を意識の外へと追いやった。
 東の夜にぽつりと落ちた黒点は、やがて夕陽の金色を反射させ、見る間に竜の姿となる。額の白十字が鋭利に輝き、再び《十字傷》はハンターたちに襲来した。

 * * *

「ヒュー、走れ!」
 双剣士に警告し、ルイは東を指差した。駆けながらヒューが轟竜を見る。
 左手奥に砂の吹きだまる広場があり、少しだけ崖が途切れた箇所だった。じゅうぶん注意したつもりで、《十字傷》の優れた視力は、はるか彼方から斜陽をよぎる小さな影を逃さなかったのだ。
「意外としつこい性格じゃねーか!」
 追いついてきたヒューが毒づく。轟竜は間近に迫る。二人は前方にダイブした。
 頭上を突風が吹き抜け着地衝撃。背後で横滑りと激突音、呻きがあがる。ヒューとルイは振り返らずに疾駆した。
 ――地下道まで間にあうか!?
 陥没した口は見えている。無心に駆けたが背中を騒音が追ってきた。一歩二歩、三四五歩で無音。反射的にハンターたちは真横へ跳び、頭上を影が飛び越えて轟音。風に吹っ飛ばされて立ち上がった先で《十字傷》が前脚から前傾姿勢で着地した。ブーメランのように巨体を振り、岩壁表面を斜めに叩き割っていった尾ごと後脚を洞窟に突っ込ませる。
「ルイ」
 ヒューが確かめるように呼びかけてくる。目線で頷き、ルイは言った。
「俺が気を引く。あんたは少し離れて、地下道側で退路を守ってくれ」
「待てよ、二人で――」
「一人のほうが竜の動きを御しやすい。俺には盾があるし、あんたの肩はまだはずれやすくなってるはずだ。入り口を確保したら閃光玉の援護がほしい」
 殺られる気はない。危険を呼ぶような真似も、もうしない。ヒューは何か言いかけたが、
「わかった。慎重に行けよ」
 思い定めた心を察したのか、同意したのがルイの力になった。
 わめきながら、蟻地獄の流砂から轟竜が這い出してくる。剛力の前脚で加速突進、ルイは盾を構え、目を見開いて衝突の角度を調整した。激突。正面ではなく斜め前方に押し出され、かわりにヒューが竜の背後に逃れる。
 閃光玉で視界を奪うと《十字傷》は暴れ狂う。洞窟から引き離すため、ルイは砂塵に獲物を見失った竜を砲撃で呼んだ。反応は速く、いきなり大顎が頭上に現れる。盾をかざして殴りつけると、牙と削れて火花が散った。
 さらに連続して二度突進を受け流し、遠すぎず近すぎず、確実に撤退できる距離を稼ぐ。相変わらず《十字傷》の攻撃は熾烈を極めたが、巨体がくりだす大振りな動きを今度はルイはよく捉えていた。
 ――そろそろ、頃合いか。
 盾を突き立て回転攻撃の風圧を防ぐ。長期戦は無用、轟竜の頭を砂沙漠側から転回させ、ヒューの援護を頼んでいい距離だった。タイミングよく閃光玉を決めれば、砂漠に竜を残したまま地下道まで逃げ切れるだろう。しかしそう判断したとき、ルイの視線は砂地の一点に吸い寄せられていた。
 ――あれは……。
 砂からわずかに頭を出した目印。使うことができなかった、最後の落とし穴の。
 一秒にも満たない自問。俺は今、冷静か? 答えとともにルイは足を踏み出す。
 ヒューが何か叫んでいる。轟竜の雄叫びでかき消される。だがルイはすぐに振り向き、盾を構えてバックステップ、右腕を振り上げる《十字傷》と正対した。おろされる途中で爪は残像を歪ませ、雪崩れる音とともに巨躯が砂に沈んだ。
「目ェ瞑れ!」 たたみかけてヒューの閃光。
 光が収束し、塵埃が流される。荒い息を抑えてルイが周囲を見回すと、そこにはもがきながら罠の深みにはまっていく轟竜の姿があった。
「おどかすな、この野郎。あの状況で、よく落とし穴が見えたな」
 走り寄ったヒューが、不敵な笑みを浮かべてルイの腕を叩いた。
「早い援護、助かった。逃げ道を確保してろと言わなかったか」
「また竜撃砲かと思ったんだよ。な、大タル爆弾が埋まってるよな」
「起爆させる気か? 罠が壊れたら……」
「目は潰してる。この位置なら撤退は余裕だ。逃す手はないぜ、土産にしてやろう」
「お前がそう言うなら」
 導火線は目印のところだ。半身を網にからめ捕られ、もがきまくる竜の脇で地中から長い紐を引きずり出す。先端に火をつけると二人は後を見ずに駆けだした。
「お前のおかげで、やられっぱなしで逃げ帰ったってギルドに報告しなくて済む」
 隣を走るヒューが言った。ルイは答えずに少し笑った。――その顔が凍りついたのは、地下洞窟まであとわずかの距離だった。
 二人のハンターは足を止め、振り返った。大地が鳴動している。あがく《十字傷》ではなく、その背景に立ち昇る砂塵が見えた。一直線に近付いてくる。猛烈な勢いで。赤く燃える砂沙漠の、黄昏と夜の狭間から。
 爆音があった。ハンターたちは足を踏ん張り、押し寄せた風から腕をかかげて身を守る。そして爆圧で一瞬浮きあがった轟竜《十字傷》の巨躯が、もう一度、下から突き上げられるのを見た。沈む夕日の最後の残光が噴煙を黄金色に輝かせ、それを突き破って現れた、ねじ曲がった二本の大角。もう一頭の飛竜。
 頭蓋を掻きやぶる軋んだ絶叫が、セクメーアの大気を震撼させた。
 ルイの中で、何かが白く弾けとんでいた。


 現れたものの衝撃に、ヒューは呆然と立ちすくんだ。
 耳を塞ぐのも無意味な大咆哮は、おぞましい金属質の不協和音。電撃のように脳裏をよぎったものがある――あの砂嵐に聞いた不気味な咆哮だ。
 砂中から出現した飛竜は翼を打ち、悠然と砂を払いとばす。湾曲した頭角を振り立て、低く構えるや爆弾のダメージに喘ぐ《十字傷》に突進した。
 為すすべもなく突き転がされる轟竜。度重なる爆破で鱗は軟化し、大角の一撃に皮膚はたやすく切り裂かれる。串刺しにすべく双角が更に《十字傷》を追う。凄まじい音がした。突き出された角を、仰向けの轟竜が巨大な顎で咥えこんでいた。
 両者の凶器は音立てて削れあい、拮抗する力と力。
 後脚で敵を蹴りあげ野獣のように跳ね起きる轟竜と、その鋭爪をものともせず長い尾を大地に叩きつけ威嚇する飛竜と――唸りながら睨みあう二頭の怪物を見て、ヒューの頭で多くの“なぜ”が氷解していった。
 傷を負ったモンスター。棲みかを逃げ出す生物たち。砂嵐に消えた竜影。
「ありえねえだろ、《十字傷》と張りあう飛竜がいるなんて……」
 巌のような褐色の装甲。身体の各所に角を生やし、なかでも特徴的な頭部の襟飾りと湾曲した双角。街で話には聞いていた。ガレオス同様砂中を泳ぎ、しかしケタ違いの巨体と獰猛さを誇る砂沙漠の君臨者――双角竜ディアブロス。
「まさか、こいつらの縄張り争いがセクメーアの混乱の原因か……!?」
 爺さんは知っていたのだろうか? ふと砂漠の民の厳しい顔を思い出し、ヒューは強制的に思考を止める。目前では規模の違う砂煙をまきおこしながら、二頭の竜が壮絶なファイトを始めているのだ。これ以上の撤退の好機はない。
 闘いの帰趨を見たい気もしたが、残れば巻き添えは必定だ。後ずさりに移動をはじめて、ヒューは、しかし幽霊でも見たかのように足を止めた。
 飛竜同士の激戦へ向かい、ルイが歩きだしていた。
「お、おい、待て。どこ行くんだよ」
「角……、やつの角を見ろ」
「ああ?」
「外側へねじれてる」
 慌てて引きとめた銃槍師の視線は、ディアブロスに釘付けになっている。
 その眼の色が違ってしまっていることに気付いたとき、ヒューはルイを張り倒してでも引きずって帰るべきだったのだ。
「あいつだ。ずっと探していた。ヒュー、あんたはキャンプへ戻れ」
「は?」
「俺はあいつに用がある」
 怒り混じりの叫喚がヒューの注意をそらし、後悔したときには遅かった。
 ディアブロスに乗りあげた《十字傷》が、飛び越えざまに相手の尾をがっぷりと牙で捕えていた。回転した身体ごと轟竜は敵を打ち倒し、自分と同じか、より巨大なディアブロスを信じがたい顎の力で投げ捨てる。双角竜は一度大地で跳ね、砂をえぐりながら滑った――ハンターたちを潰す進路で。
 ルイの腕が手から離れ、褐色の壁が迫った。相棒を気にする余裕もなくヒューは回避行動に入る。唯一確認できたのは視界ゼロの砂塵に響いた銃槍弾倉充填リロード音だけだった。
「ルイ!」
 答えないだろう。頭のどこかで確信しながら。
「ルイ!」
 頭上に影が差し、ヒューは跳びすさる。斧に似た形の尾が唸りをあげて空を斬り、砂煙が晴れたそこには、すでに手出しできない構図が見えていた。
 邪魔な障害を見つけ、突進寸前に興奮したディアブロス。対峙して暗い光を放つ銃槍。喘ぎながらヒューは目を凝らす。ルイの口元に凄絶な笑みが浮かんでいた。
「やっと会えたな。さあ来い、砂漠の悪魔。お前が殺し損ねた男がここにいる――!」
 大地を擦るように双角を構え、大質量の塊が銃槍師に殺到した。
 ――なんだ。ルイは何を言ってる?
 動けなくなったヒューの前で、だがディアブロスはいきなり横転する。《十字傷》が真横から跳びかかり、喉元に喰らいついていた。それを翼で叩きのめし、刺突を見舞おうとする双角竜。激しく首を振り咬み裂こうとする轟竜。
 ――どうすりゃいいんだ。なぜこんなことに。
 猛る竜たちの尾がのたうち回り、轟竜の咆哮で岩壁が粉砕した。合間に砲撃が数発。どちらの竜とも知れぬ怒りの声がほとばしり、湧きあがる砂塵、砂嵐。
 ルイを残して帰還するなど選択の埒外だった。薄暮のせいか混乱ゆえか、争う二頭の影は黒い塊に見え、ヒューは小走りに格闘の間近へ寄っていく。我に返ったのは、ディアブロスに向けて《十字傷》の放った砂塊が傍らで炸裂した瞬間だ。
「何やってんだ、あいつは――!」
 あれだけ何度も言ったのに。理由など、もうどうでもよかった。
 ディアブロスの尾をかわし、ティガレックスの跳躍をくぐって銃槍師の姿を探す。敵を角ですくいあげた双角竜が轟竜を押し去った後塵の中、人影を見つけヒューは滑りこむ。痛烈な足払いをかけた。
 転倒。起き上がりかける兜を掴んで大地に叩きつけた。馬乗りになる前に蹴りとばされる。転がり起き、なお竜を追おうとする背中にタックルし、互いの胸倉を掴みあってようやく視線が交差した。
「邪魔だ、ヒュー! 帰れと言ったはずだ!」
「帰れるかクソ野郎、どういうつもりだ! 血迷ってんじゃねえぞ!」
「いいか、お前が《十字傷》を追ってたのと同じで俺はあのディアブロスを待ってたんだ! この砂沙漠で、何年も! だから」
「飛竜二頭同時に狩るってのか!? 状況よく見て言えよ、頭冷やせ!」
「だからお前は帰れと言ってる!」
 咆哮と地響き、轟竜の大口が暴走してくる。もつれあったまま転がり逃れた二人など眼中になく、《十字傷》は彼らの後ろで待ちかまえるディアブロスに襲いかかった。横なぎの大角を機敏に避け後脚に噛みつく。姿勢を崩す双角竜は尾を振り回し、地を打った反動で轟竜の半身が浮いた。着地衝撃は大きい。乱戦へ向かうルイの足がぐらつき、ヒューが体当たり、銃槍師ともども砂地に転がる。
「てめえの死体を運ぶ気はねえ! 一緒に来い、ルイ!」
「パーティーは解消だ、俺が死んでもお前にはもう関係ない! 一人で行け!」
「関係ないだ!? なんで俺が仲間見捨てて逃げなきゃならねェんだ、見損なうな!」
「仲間」黒い双眸に氷の苛烈さが宿った。「俺に仲間はいない。みんな死んだ!」
 地を震わす大絶叫があった。近距離からディアブロスの衝撃波を浴び、二人は悶絶しかける。《十字傷》すらひるませて双角竜は正面撃破を狙う。轟竜をすくいあげ、突き上げて叩き落とす。巻きこまれたハンターたちの至近をかすめ特攻、伏した轟竜の身体を容赦なく踏みつけまたぎ越していった。
「街に戻れ、ヒュー」 ふらつきながら立ち上がり、ルイが言った。
「轟竜狩りに最後まで付き合えなくてすまない。次は、もっとまともなハンターと組めよ。俺みたいなクズじゃなく」
「うるせえ、駄目だ。ぶん殴ってでも連れ帰る」
 ヒューの真横で、唸りながら轟竜がよみがえっていた。
 《十字傷》も不死身だ。絶対に立ちたくない距離に巨大な頭部があり、複雑な色味のグリーンの虹彩がギロリと双剣士を睨んだ。金に縁取られた闇の瞳孔。ナイフのように細く収縮した鏡に、ヒューは自分の姿を見る。《十字傷》は雑に頭を振り、邪魔者を張り倒した。
 遠くでディアブロスの威嚇、轟竜の身体が熱を発した。好敵手へ死の暴走を始めた《十字傷》をルイが追っていく。ヒューは止められなかった。まるで全身の骨が砕かれた衝撃で、呼吸もままならなかった。
 やっと立ち直ったとき見たものは、天に垂直に突き立ち、のたうちながら地中へ潜っていく双角竜の尾と激昂した轟竜。両者のあいだに小さな銃槍師の姿があり、《十字傷》と、潜行したディアブロスの作る砂丘が挟み撃ちに迫っていた。咆哮とともに大地が爆発。轟竜は翼を広げて空中へ逃れ、双角竜は飛びでた勢いで回転しながら滑り去った。
 鉛の身体を引きずって、ヒューはルイを探した。銃槍師は、二竜衝突の爆心になかば砂に埋もれて倒れていた。傍らに砕けた盾の破片。
 死んでいるなら置いていこうと思ったが、息があった。担ごうとして膝が折れる。ガンランスが重い。ベルトを外す指がうまく動かず、ヒューは悪態をつく。顔を上げて溜め息を吐いた。ディアブロスの起こす砂嵐が向かってきていた。
 ――この馬鹿を見捨てるべきだったか?
 今度こそ一歩も動けない。どこでマズッたのか、とヒューは思った。
 ルイの正体を見極めるべきだったのか。ジャッダハの狩人たちや爺さんの忠告を聞かなかったのが悪かったかも。いくら村のためとはいえ、轟竜討伐自体が無茶だったと兄やオモチなら言うだろう。
 前にはディアブロス、後ろにはティガレックスだ。かなり派手な死に様になる。ヒューは最後の力を振り絞り、意識のないルイを担いで立ち上がった。
「……どこで間違ったか、だって? 俺は何も間違っちゃいねえ」
 他人にも自分にも言い訳は持っていない。あの砂嵐が俺の死なら、これが俺の全力の生き方だった。自分を信じて死ぬ以上の終わりはない。
 双剣を抜きたかったが、あいにく手は無謀な相棒で塞がっている。ヒューは歯を食いしばり、迫りくる砂塵を真正面から睨んだ。頭上で高く澄んだ音爆弾の音色が響き、ディアブロスが異常なカーブを描いて進路を変えたことを理解するには、数秒必要だった。
 背後で爆発音。振り向くと轟竜が何発もの銃撃を受け、怒りながら跳びはねている。どう見てもボウガンの徹甲榴弾だ。
「ヒュー、こっちだ! 早く来い!」
 地下洞窟の入口から、いつの間にかばらばらと人が湧いて出ていた。数人が駆け寄ってきてルイを担ぎ、銃槍を拾ってヒューを支える。
「この馬鹿で無鉄砲で、とんでもねぇくそガキめ! よく生きていやがった、くそ!」
「マディフ。あんたも死んだのか?」
「ばかたれが、医者は街だ。傷の痛みで自分が死んでないとわかるだろうよ」
 射撃音は続いている。聴覚をやられて苦しみもがくディアブロスの脇を走り、多くのハンターたちに押されてヒューは地下道へ逃げこんだ。たくさんの安堵や驚愕の言葉が周りを囲む。人声がこんなに懐かしいと思ったのは初めてだ。
「どうしたんだ。みんな、なんで来たんだ」
「お前さんが熱すぎたよ。俺たちにも火がついて――」
 声が、光が遠くなる。混乱を抱きながら、ヒューは意識を洞窟の闇色へと手放した。

 * * *

 出入りする多くの人々で、ジャッダハの集会所は活気づいていた。
 ハンターやギルド職員だけでなく、商人や職人などの一般人も多い。二頭もの危険な飛竜が街近辺をうろついているとは思えないほど、以前の重苦しい影を孕んでいた雰囲気は払拭され、全体にエネルギーが充満している。熱気、闘気――そういう空気が、失敗した討伐狩猟の負傷をひきずるヒューの身体にも心地よく沁みこみ、沈んだ気分を癒してきた。
 さっそくヒューを見つけた人々が「よう」と声をかけ、手をあげて応える。退却で世話になった面々に礼を言っていると、酒場からマディフがホピ酒片手にすっとんできた。
「おいおい、お前さん、まだ入院中じゃなかったのか?」
「今日も飲んでんのかよ、おっさん。もう治ったから出てきた」
「三泊だけでえ? ミイラ男よ、そのナリで言っても格好つかんぞ」
 言いながら、飲みかけのジョッキを勧めてくるマディフもマディフだった。
 心なしかハゲ頭の照りが嬉しげだ。ガーゼをはがしながらヒューがぎこちなく笑い返していると、カウンターに受付嬢たちを連れたイヴリンが姿を見せた。
 集会所中のハンターが腕組みして集まり、人だかりを作る。ヒューとマディフは最前列の椅子に陣取り、イヴリンが持つ白い紙きれをみつめた。それはハンターズギルドが高速の通信手段として使う、鳥が運ぶ連絡用紙だ。以前から酒場の噂になっていた《十字傷》へのギルドの対処が、ようやく公式に知らされるのだった。
「今朝、ギルドマスターから連絡が届きました。ミナガルデのハンターズギルドが、《十字傷》討伐にG級ハンターを出してくれることになったわ」
「そりゃあ残念だな。せっかくどこかのイカレた双剣士のせいで、ジャッダハ・ハンターがついにやつの討伐に結集したってのによ」
 笑い声。後ろの誰かに小突かれたヒューは、ニヤついて軽く手を振る。
「気球艇で、気流がよければ四日程度で到着するはずよ」
「着いたらパーティーだ。イヴリン、また大人数狩猟の許可を出してくれるだろ? 俺たちの砂漠だ。ミナガルデのやつらだけに任せられん」
「もちろん。この狩猟はハンターズギルドだけでなく、ジャフ・ナ・ダハ全体で支援する計画で進めます。これ以上、あのティガレックスをのさばらせておくわけにはいかない」
「ヘイ、みんな。女神さまがやる気になってるぞ。これなら負けはないな」
「しかし竜人婆ちゃん、しばらく見ないと思ったらミナガルデに直接交渉に行ってたとは。イヴリンも先に言ってくれりゃよかったのによ。なあ、ヒュー」
 俺その話聞いてたよ、と、ごく普通の口調で答えたヒューにぶっとんだのはハンターたちだ。結果を待てよと呆れた誰かがツッコんだが、受付嬢たちは沈痛な面持ちでいる。
「うちのギルドは以前、ミナガルデの有望株を《十字傷》狩猟で大怪我させたことがあるでしょう? だから正直なところ望み薄だったのよ。G級ハンターは各ギルドの宝みたいなものだし、交渉にも時間がかかりすぎてたの。でも、やっぱり狩猟を許可すべきじゃなかったわ、ヒュー。あなたたちが無事で本当によかった……」
「無謀承知で砂漠に出てったのはこいつだ。悪いのは全部ヒューさ。だろ、お前ら?」
「当然。馬鹿はこの馬鹿だ」
「みんな笑うな。反省の色がないぞ、こいつ」
「だけど問題はディアブロスじゃないの。まさか轟竜に双角竜とは、セクメーアが荒れるはずだ。砂漠の覇権争いなら、よそでやってほしいよ」
「ありゃ《ねじれ角》だったぞ。だが考えてみれば、やつらが互いに潰しあってくれるんなら仕事も楽に――」
「あのディアブロス、有名な飛竜だったのか」
 ぽつりと呟いた声を聞きつけ、マディフは隣のヒューを振り向いた。
 青年はカウンターにもたれて腕を組み、その上にあごを乗せて大人しくしている。
 危ういところを助けだされ、救護車両での搬送途中に意識を戻したヒューは《十字傷》討伐戦の話を今まであまり喋ろうとしていない。双角竜の乱入まで受け、武器防具の損傷度合いを見ればその壮絶さは窺い知れたが、マディフもあえて聞きだそうとはしなかった。相棒はまだ病院のベッドの上だ。
 議論は他の連中にまかせ、マディフは元気のないヒューに頷いてみせた。
「セクメーアの主だ。もう何十年も棲みついてる見事な雄竜でな。ディアブロスってのは頭角が内側に向かって生えるもんだが、やつは違っただろう。内側に一度曲がって、また外にねじくれ返ってる」
「そういや変な形だったなぁ。だから《ねじれ角》?」
「そう呼ぶハンターもいる。母ちゃんの尻追っかけてる頃からなじみの俺にとっちゃ、やつこそ《双角竜ディアブロス》さ。この数年セクメーアは旱ばつ続きでな。それで姿を消してたんだろうが、今年は雨が降って好物のサボテンもだいぶ生き返ったんで、様子見に戻ってきたんだろうよ」
「ディアブロスってサボテン食うの? あの顔で草食竜かよ」
「し、知らなかっただと。そんな上位で大丈夫か、ほんとに。ふざけた野郎だな」
「あいつに殺された人間はいるのか?」
「いないと思うか? ディアブロスってのは、同族同士の喧嘩でも死んだりする好戦的な飛竜だぞ。敵と見りゃ縄張り出るまで容赦なく襲ってくる。まぁ、最近は他の双角竜も別の土地へ行ってたようで被害は聞いてねえが……」
「――《狼吼》が呼んだかな」
「俺はジンクスみたいなもんは信じない」
「まだやつをかばうのか、ヒュー。お前もいいかげんに、なぜガルファイドがソロで狩っていたかわかっただろう」
 苛立たしげに指でカウンターを叩いたのは、左隣の剣士だった。ヒューが硬い表情で見返すと、彼は同情する眼差しで首を振る。
「その怪我はお前の腕だけのせいか? 違うな。《狼吼》が、一人で突っ走ったんだろうが」
「どうして……」
「察しはつくさ。あいつが最初から単独専門だったと思うな。俺も《狼吼》と組んだことがあるんだよ」
 ヒューは周囲を見回して渋い顔をし、銀髪をかいた。
 いつのまにか他のハンターたちも議論の声を収めて、彼らの会話に注目している。言い淀んでいたヒューも、ようやくうんと頷いた。
「……このあいだまでは違ったんだ。急にだ。おかしくなったのは」
「お前と組んだ頃は落ち着いてたようだが、前はずっとそうだったんだよ。この街に来たての頃は、ゲネポスを見ただけで暴走したんだぞ。群れと見れば殺しつくそうとする。数頭の間引き依頼のはずが、退路を断たれた決死のゲネポスに反撃喰らって、パーティー全員炎天下で半日昏睡したこともあった。俺は熱中症で死にかけたよ」
「組むほうはたまったもんじゃねえ。あいつ自身無傷じゃ済まんが、援護に走る側まで毎度ひどい怪我して帰ってみろ。《狼吼》がソロ専になるまで、すぐだったぜ」
「なんでルイは――」
「ああなのか? 誰も知らないよ、ヒュー。やつも何も言わない。だから皆言うんだ。ガルファイドは砂嵐を呼ぶ。危険を呼びよせる《狼吼》だとな」
「…………」
「それでヒューよ、お前さん結局どうする気だ。G級が到着して、次の《十字傷》討伐狩猟のとき、ガルファイドとまた組むかい」
 ヒューはしばらく押し黙ったが、マディフに静かに問われると、やがて片手で顔をぬぐった。吐き出すように答えた。
「――ルイは、駄目だ。危なくて、とても連れていけない。俺は死ぬかもしれない、、、、、、けど、あいつは確実に死ぬ」
「あんたとのパーティーは解消だと言っただろう、ヒュー。だが、あのディアブロスはどうするんだ?」
 ぎょっとしたように人垣が割れた。
 カウンターにもたれていたヒューは背を起こし、声のほうを見やる。いつのまにか集会所の入り口に、ヒュー同様あちこち包帯を巻きつけたルイが忽然と立っていた。


「轟竜と双角竜の同時狩猟は、G級ハンターも契約外と言うんじゃないか? ティガレックスはG級に任せるとして、ディアブロスを狩る仕事も別口で必要だろう。イヴリン、ギルドから俺に依頼を出してくれ。ディアブロス討伐依頼だ」
 微妙な空気にも気付いていないかのように、ルイはカウンターに歩いてきた。
 邪魔立てするものはいない。ハンターたちは無言で道をあけ、角席の剣士が椅子を立つ。ヒューは身体を回し、ほぼ五日ぶりに相棒と向きあっていた。
「急に来て、なに勝手なこと言ってんだ、ルイ」
「なにが。お前はここのハンターたちと《十字傷》討伐の援護に行けばいい。村の問題も、それで解決だろう」
「ディアブロスの話だ。依頼を出せって、本気で言ってんのか」
「冗談で言う理由が?」
「どうせ一人で受けるつもりなんだろ。絶対行かせねえからな」
「何の権限で言ってる。お前には関係ないだろう」
 周囲のハンターたちはすでに距離を置き、ヒューは椅子を蹴倒して立ちあがっている。
 誰にも止める気がないのを悟ると、怯える受付嬢たちを背後に押して、イヴリンは慌ててカウンターから身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待って! ディアブロス狩猟依頼はあなたには出せないわよ、ルイ!」
「なぜ。G級ハンターに依頼するのか」
「違うけど、とにかく私の話を聞いてちょうだい。《十字傷》の件を受けて、うちのギルドも今後G級区分を設けることになったの。あの双角竜は《十字傷》に次いでG級認定されるでしょう。階級制限が発生して、上級のあなたに依頼は出せない。まずこれが一つ」
「他には?」
「あなたの言うとおり、轟竜討伐に双角竜は最大の障害だわ。ミナガルデにこの話は通ってないから、二頭同時討伐依頼は無理。でもディアブロスは抑えておく必要がある。だから《十字傷》討伐のあいだ、ディアブロスはジャッダハ有志で足止めする作戦……が良いと思うの。つまり、一般・個別用のディアブロス狩猟依頼を出す予定はありません」
「……二つ目は、今考えたんだな?」
「えーっとそうかもしれないけど、あの飛竜二頭の扱いは、間違えればもはや街全体に響いてくる。私たちの一存で決められる範囲を越えてるわ。マスターが帰ってこないと」
「…………」
 集会所の誰もが、息を詰めて次の展開を見守っていた。
 束の間、ルイは考えこむ顔でぼんやり立っていたが、ふいに何もかも興味を失ったように踵を返す。拍子抜けする周囲と違い、去りかける足を呼び止めたのはヒューだった。
「ルイ。ギルドの決定を無視した狩りは違反だぞ。密猟になる」
「……だから?」
「お前、行くつもりだろう。独りで」
「どうかな」
「《十字傷》にも歯が立たなかったんだ。お前にも俺にも狩れない。わかってるはずだ」
「…………」
「それでも行くのか。今度こそ帰ってこれないぞ」
「俺の問題だ、ヒュー」
「お前、死にたいのか」
 宙をさまよっていた黒の双眸が、ふとヒューを見た。
「そうかもな」
「歯ァ食いしばれ」
 とんでもない音がした。
 椅子二つを突き転がし、ルイは吹っ飛んでいた。壁に叩きつけられ、糸の切れた人形のごとくずり落ちる。ヒューは固めた右拳を開くと、激しい怒りを噴出させたままの眼でカウンターを振り返った。つい先ほどまで手負いの獣のように机上に伏していた人間と同一とは思えない、それは飛竜をも身構えさせる狩人の眼光だ。怖れた受付嬢たちが細い悲鳴を飲みこんでいた。
「絶対に、あの馬鹿を砂漠に出すな! ここにもギルドナイトがいるんだろ、イヴリン! 必要なら牢にでもぶち込んでおけばいいんだ!」
「そ、そこまではできないけど、わかった。目を光らせておく。……えっと、ヒュー、どこへ行くの?」
「ゲストルームに空きは? 借りたい」
「あるけど、あなたのランクに見合う部屋は満室よ。最下級の部屋しか」
「そこでいい、借りる。G級ハンターが到着したら呼んでくれ。俺は寝る!」
「ええ? ちょっと、四日は先よ?」
 あとは一言も発さず、宿泊施設へ続く階段の上へヒューは消えていった。
 それで、ひと区切りがついたようだった。
 見守っていたハンターたちも軽く眉をあげ、肩をすくめて解散し、それぞれの仕事に戻っていく。脳震盪から回復したルイがやっと立ちあがる頃には、集会所に男を気にするハンターは誰もいなくなっていた。
 ただ一人、イヴリンがカウンターから手招きすると、ルイは口の端の血をぬぐい、気だるい仕草で被害を免れた椅子に座る。イヴリンは生肉の切れはしを差しだした。
「はい、これで冷やして。打ち身に効くから」
「……どうも」
「あなたの相棒に、あとでちゃんと謝っておきなさいよ」
 目の前で見ていたくせに、当てつけがましいことを言う。
 あからさまに面倒げな視線を向けたルイに、イヴリンは困った微笑を浮かべた。
「ヒューは、俺とは関わらないほうがいい」
「残念ね。彼はあなたと組めて、とてもはりきっていたのに」
「あいつはいつもたくさんの人間に囲まれてる。そのうち、もっとマシなハンターと組むさ。ドンドルマには兄貴がいるし、専属の村にはオトモアイルーもいるんだ」
「同年代の、気の合う仲間ができて嬉しかったんでしょ、ヒューは」
「誰といても、あいつは楽しそうだったよ」
「あ、じゃあ聞いてないのね、その話。本人には言わないか。そうよね。素直な男なんて、リオレウス希少種なみの存在確率だわね。知ってる」
「…………」
「お兄さんのパーティーだと、どうしても弟として扱われるみたい。かと言ってオトモはハンターとは違うでしょ。ちょっと怖がりな性格もあって、ヒューが言うには『一緒に飛竜の顔面に突っ込ますわけにはいかねー』猫ちゃんなんですって。今の似てた?」
「いや……」
「ルイ。なぜディアブロス狩猟なの? あなた、あのディアブロスと何か関係があるの」
 二三度、目をしばたいたルイを、イヴリンは探るように見つめた。
「思い出したことがあるの。何年か前、妙な騎士団がこの街に来たことがあったわ。シュレイドの王都ヴェルドから。彼らは勝手に猟場に入り、砂沙漠で全滅してた。通報があって、うちのギルドナイトが急行したときには手遅れで、原因も不明だったわ。現場は鳥竜や砂竜に荒らされていたし。でもあの頃、あのあたりはディアブロスの縄張りとして危険区域に指定されていたのよ」
「…………」
「ルイ、あなた、あのときの騎士たちと何か関係があるんじゃない?」
「…………」
「あなた、ヴェルドの騎士でしょう」
「王都の騎士なら、ガンランスは使わない」
「え?」
 相変わらず、焦点を宙にさまよわせたままの瞳でルイは言った。
 それはほとんど独り言のようで、自嘲気味の笑いの中に語尾はまぎれて消える。
「槍に銃を組みこむなんて、野蛮なハンターの武器だと言って……。でも俺は、ハンターですらないな。ただ、竜を殺しているだけだ。自分でも、何をしているのかわからないんだ。俺は、本当に……」
 椅子から立ち上がり、背を向けようとするルイに、イヴリンは慌てて声をかけた。
「ねえ、余計なお世話って言われるのわかってるけど言っとく。あなた、独りでいるべきじゃないわ」
「イヴリン、世話になったよ」
 肩越しに一言だけ。そしてルイは、他の誰にも気付かれぬうちに、幻を行くようなゆっくりした足取りで集会所を去った。


(「9章 狼の彷徨」に続く)
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