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モンスターハンター!3 6章

熱砂の銃槍師 6章です。
章題はP2Gのクエスト名から(ネタバレになりますw)


モンスターハンター! 熱砂の銃槍師


 6章 砂嵐を呼ぶ者

 冷たく張りつめた甲高い音が、未明の大気に鳴り響いた。
 音爆弾――鳥竜種の体内器官・鳴き袋と爆薬で作成する、特殊な狩猟補助道具の炸裂音だ。人の可聴域を超えた音波は人間に無害な一方、はるかに優れた聴覚を持つ魚竜には痛烈な一撃となる。地面から飛びだし、陸に揚げられた魚のごとくのたうつガレオスたちへ、待ってましたとばかりに突っ込んだのは、もちろんヒューだった。
「いっただき!」
 紅い双剣が閃く。踊るような見事なステップで魚竜の背びれを次々斬り裂いていく。
 大した損傷ではないが、背びれは彼らにとって力の象徴だ。首領ドスさえいなければ、ぼろぼろにされるだけで案外簡単に戦意喪失してしまうことを、ジャッダハの街に来た当初すでにヒューは学んでいた。
 自慢のひれを破かれ、どことなくしょげた感じで立ち上がった竜たち、たった三頭では群れとも呼べない。駄目押しよろしく最後にルイが砲撃二発で脅してやると、ほうほうの体で大地にもぐり逃げ去っていった。
「――よし。もういいぞ」
 安全を確認し、ルイは黒い銃槍を背に納める。小高い岩山の上に伏せていたラマラダたちの長い首が呼びかけに応えて、ぴょこぴょこと持ち上がった。「うんざりだ」とでも言いたげに、彼らは寝ぼけた色をした暁の空へ白い鼻息をたなびかせた。
 街を発って三回目の夜明けを迎えていた。
 温暖期の砂漠渡りは、酷暑となる日中を避けて夜歩くのが普通だ。それは砂漠に生きるモンスターも同じで、昨夜も日没から深夜にかけて二度、先刻の一度と、隊商は計三度の竜との遭遇あるいは襲撃を受けている。これから日が昇って気温が一気に上昇すれば、驚異的な代謝機能を持つ竜たちですら活動を休止せざるをえない。それにあわせ、隊商の人間とラマラダも、ようやくゆっくりした食事と睡眠の時間に入るのだった。
 隊商は、相変わらず巨岩が多く見通しの悪い複雑な路を進んでいる。
 先頭の爺さんがふと路をそれ、自然が造った岩のトンネルをくぐり、左に折れて姿を消した。すぐ後ろにいたヒューも続くと、路は尖塔のような岩山の外縁をぐるり登り、山腹がえぐれている空間に出た。頭上の半分ほどを、赤茶けた縞のある岩がひさしのように出張っている。周辺には似た大きさの岩山が林立しており、北を臨む眺めはさほど良くないが、縁まで行くと今まで歩いてきた道筋を足元に見ることができた。
「へえ。これなら見張りが楽だ」
 感心して独り言をつぶやいたヒューに、
「当たり前だ。そういう場所を選んでいる。――みな、休息だ」
 地獄耳の爺さんがしっかり返事をした。
 空間は、十一頭のラマラダまで収容するには広さが少し足りない。必要な荷だけ降ろし、二人の砂漠の民が家畜を別の場所へひいていく。岩棚の縁から見降ろしていると、ちょうど反対側の台地上が彼らの休憩所になるらしかった。
 旅立つ前、ラマラダには水と食料をたっぷり与えたから、実に二十日間は飲まず食わずで歩くことができる。したがって餌の世話は無用だったが、逃亡防止のため一頭一頭の両前脚を短いロープで繋がなければならない。二人の男が作業を始めるのを見て、ヒューも武器防具の手入れをすることにした。
「おーい、ルイ。ルイ!」
 布や砥石を取り出しながら、ヒューはまずルイに声をかけた。
 砂漠の民がラマラダの糞で火をおこし、食事の準備をしている。ルイは壁に寄りかかってそれを眺めていたが、呼ばれるとこちらへ顔を向け「どうした?」と言った。
「どうしたじゃねえよ、武器の手入れ。するだろ?」
「ああ……」
「なんだ、また忘れてたのか?」
 そういえば、という気のない反応のルイに、ヒューは手にしていた砥石を放り投げる。
「前にも言ったじゃねーか。ガンランスなんて、とくに整備が大切な武器だろ。面倒がってると、いざって時にぶっ壊れたらどうするんだ」
「そこまで放置しないさ」
「本当かよ。お前のガンス、何とかいうヒプノック素材を手に入れて補充すれば、本当は睡眠属性攻撃ができるんだろ? 鍛冶屋に聞いたぜ。なんでちゃんとメンテしないんだ」
「この頃、ヒプノック狩りの依頼が少なくてな」
「だったら貯蔵箱ボックスにストックしとくか買えばいいじゃん。俺の親父も言ってたぞ。武器防具の手入れがなってるかどうかでハンターの仕事がわかるってさ」
「そうか?」
 受け取った砥石でお手玉しながら、ルイはぼんやりした口調で応えた。
 装備品の状態の良不良はハンターの命に直接関わる。律義な性格のルイにそれが分かっていないはずはないだろうに、銃槍師の武器防具の扱いはなぜか雑だった。
 ルイの評判うんぬんは気にせずとも、実戦に関係するとなればヒューも看過できない。この相棒に不満があるとすれば、その一点だった。
 重ねてヒューが何か言おうとした気配を察したか、ルイはしぶしぶといった様子で銃槍を持ちだし、腰をおろした。まず弾を抜き、工具を取って分解にかかる。
 ヒューはアルコールで湿らせた布で、剣の汚れをていねいに拭きとる作業に没頭した。
 《双焔》という名の紅蓮の剣は、古龍・老山龍の大角から削り出した業物だ。素材を入手したのは行方不明になっているG級ハンターの父。作刀者は不明だった。ドンドルマにいた東方系の鍛冶職人ということまでは分かったが、その人物は今はどこかへ流れ、消息を絶っていた。ポッケ村の鍛冶屋イェルゴによると、《双焔》は切れ味が鈍っているらしい。相当の砥ぎ師がきちんと研磨するまで最高性能は発揮できないだろうと言われていた。
 ――それでも《双焔》は大した剣だ。
 竜の血をきれいに落とした刀身を掲げ、ヒューは満足げに口元を緩める。
 飛竜フルフルの厚皮を斬り裂き、リオレウスの甲殻を貫く強靭な刃。地に横たえて数種類の砥ぎ石で磨き、ある種の精製植物油を最後に塗ると、刀身に浮かぶ樹木の年輪に似た模様がぐっと深みを増した。白刃に自分の影がうっすら映る。次の獲物はなんだ、と呼びかけられた気がした。
 武器の手入れをすると、心が落ちつく。皮肉屋の兄でさえ加工屋から完璧に整備された弓が戻ると、一日上機嫌で人に優しくなる。しかし、ルイは違うようだった。
 隣で少し身をかがめ、細かい部品のすきまに布をねじこんで掃除をするルイを見ると、ぜんぜん楽しくなさそうな顔をしている。
 ガンランスの機構は複雑だ。火薬も使うから煤がたまり、汚れやすい。いくつもの部品に分解し、各部掃除をして油をさすのは確かに手間だろう。それならマメに加工屋に出して整備を任せればいいのだが、そうもしていないらしい。ヒューはジャッダハの職人に文句を言われたことを思い出した。あんたの相棒に、そろそろ工房に顔を出すよう言ってくれ。良い武器を作ってやったのに、毎度スクラップ寸前で戻すのは勘弁してほしい――。
「なぁ、ルイ。街に戻ったら鍛冶屋に行けよ」
「ガンスのメンテか?」
「そう。こないだ店に行ったら俺が文句言われた」
「それでやたら気にしたのか。悪かったな」
 作業の手を休めず、ルイは横顔にちらっと笑みを浮かべたが、自分の武器を見る目はどこか冷めた色をしていた。
 砂漠の民に呼ばれたので、キリのいいところで中断して食事をとる。
 キャラバンの旅では毎食が同じメニューだ。小麦粉をラマラダの乳で練り、砂に埋めて蒸し焼きにしたパンと、干し肉と乾燥野菜を煮込んだ塩味のスープ。ドライフルーツ。
 ぺろりと食事をたいらげ、八人の男たちは再びそれぞれの仕事に戻った。ハンターは装備の手入れ、ラマラダの見張り役二人は岩山を下りる。西門外で、爺さんが砂漠の民は戦士だと言ったが、まったくそのとおりだと今ヒューは理解している。
 彼らは全員が両刃の直剣と盾――ハンターで言うところの片手剣の装備を身につけ、必要とあらば勇猛に竜と戦った。それに砂漠の生物の動向を察知する爺さんの勘ときたら、野生動物並なのだ。ハンターの活躍はもっぱら竜を追い払うときだけで、なるほどこれは出る幕がないと、ヒューは古来からこの地に生きてきた人々の知恵に感動した。
「陽が昇れば乾燥する。寝ている間に干からびられたら、たまらん。飲んでおけ」
 二人のハンターのそばに“砂漠の民の大切な習慣”であるところの食後のお茶を持って、爺さんがやって来た。ヒューはありがたく飛びつく。気温はまだ低いので、砂糖をたっぷり入れた熱いお茶がうまい。
「砂漠って、汗ばむ前に皮膚が乾いちまうんだよな。ほんとにすごいところだ」
「渇きの海という。わしらの古い言葉で。セクメーアとは、そういう意味だ」
「爺さん。やはり竜が多いな」
 どかりと腰をおろした老人に、ルイが言った。
「去年は二日に一度遭うか遭わないかだったと思ったが」
「そうだ。こんなことは珍しい。アスジャドは、夏の村をいつもより西に移した。交易路もいくつか塞がっている。――次の出発は、日没から二刻後だ。一刻で砂沙漠の入り口につく。一刻休み、様子を見る。何事もなければ五刻でひと息に砂海を渡る」
「明日は新月だ。つまり耳のいい連中以外にも見つからないうちに、ということだな。……爺さん、ヒューを焦らすのはそろそろ止めてやれ。何を怖れてる? 砂漠の中心に何が来ているんだ」
「ティガレックスか」
 ヒューは思わず身を乗りだした。が、老人は唸り声とともに茶をすすった。
「どんな飛竜だろうと知らん。巨大なやつは、この狭い岩迷路へはこない。この路で飛竜に出くわしたことはない。だから選んだ」
「だけど、ってことはやっぱり強い飛竜がいて、それで他の竜が逃げ出してるって爺さんも踏んでるんだろ? そいつがどのへんにいそうか教えてくれよ。勘でもいいからさ」
「なぜ、狩らねばならん。あれらは人の世の理を超えたものだ。放っておけ」
「だーから理由は何度も話したぜ! 爺さんたちだって《十字傷》には困らされてるんじゃねーか! 俺たちがやつを狩ってやるから、前に見た場所とか――」
「ハンターは好かん」
 言い切られて、ヒューは二の句がつげなかった。
 街を出立した日から、ずっとこのやりとりを繰り返しているのだ。爺さんの狷介さには、いいかげん頭に血が昇ってくる。
 しかしつい悪態を口にしかけ、ヒューは結局言葉を飲みこんだ。見据えてきた老人の眼差し、その底に見えた、何がしかの侵しがたい信念の強さに気後れを感じたのだ。
 砂漠の民の長は言った。
「わしらは、古くからこの砂漠で暮らしている遊牧民だ。竜が出たなら避ければいい。村が壊れたなら去ればいい。わしらはもともと、この何もない砂漠からやってきた。すべてを失ったとしたら、また砂漠へ戻るだけだ」
「……けど、それじゃまた一から出直しか? 人も死ぬかもしれないし、今まで作ってきたもん守ったほうが、砂漠の民の暮らしだって今より進むんじゃ――」
「なぜ、進まなければならない。そうしなければならないと誰が決めた」
「…………」
「季節は巡るものだ。風が雲を呼び、雲が雨を呼び、大地に草が芽吹き、家畜が仔を産み育てる。生き物はやがて死して砂になり、風に散ってまた雲を呼ぶ。わしらは与えられた自分の生命を、ただ生きて死ねばよいのだ。他に何かできたとしたなら、それはすべて天の恵み」
「俺は――でも俺は、村を守りたい。壊されたくない。爺さんみたいには割りきれねえよ」
「…………」
 老人とヒューはしばらく黙って互いを見ていたが、やがて爺さんが視線を落とし、茶を口に含んだ。
「青い眼の狩人。お前は砂漠の民ではない。生き方も違うだろう」
 ぼそりと言って、立ち上がる。
 そのまま寝床へ歩いて行こうとするので、
「なんだよ爺さん、教えてくんないのかよっ」
 ヒューは慌てて声をかけたが、老人はちらりと背後を一瞥しただけだった。
「……しっかり働け」
 はー、とヒューは溜め息を吐く。
「これだもんなぁ。他の連中も無口だし、砂漠の民ってむずかしいな!」
「まぁ、気を長くもつのが彼らと付きあうコツかね」
 慣れているのか、ルイは苦笑しているだけだ。
 狩り場では頼りになる飄々とした態度も、こういう場面では逆に憎たらしい。ぬるくなった茶をがぶりとやけ飲みしつつ、ヒューは相棒に胡乱な視線をむけた。
「んなこと言ってねーで、もっと俺に味方してくれてもよくない? そういえば、お前って砂漠の民とはどういう関係なんだ」
「ん? ……何年か前、遭難しかけてたのを助けてもらったことがあってな」
「あの爺さんが! うそだ」
「死にかけてる人間を放っておくほど薄情じゃないさ。こっちが欲しい情報をタダでくれるほど親切でもないがな。ともかくもう寝よう、ヒュー。どうせ見張り番で起こされるんだ」
 そうだなと肩を落とし、ヒューはその場にごろりとふて寝した。結局、しっかり休む以外に今できることはなさそうだった。
 荷袋を枕に、砂よけの長衣を頭から引っかぶる。まぶたを閉じると夜通し歩いた疲労がどっと全身を襲って、強烈に照り始めた太陽にも気付かないまま、ヒューは眠りの中へすとんと落ちていった。

 * * *

 翌夜は、前日と比べれば穏やかな道行きで始まった。
 ゲネポスの足音もガレオスの気配もなく、アプケロスの邪魔も入らない。時どき松明の光に巨大な羽虫ランゴスタが寄ってくるくらいで、隊商は順調に旅程を進めた。
 この数日で、ヒューはラマラダを乗りこなせるようになっている。今夜もなじみとなった一頭を駆り、隊列の前後を護って警戒を続けていたが、偵察中、隊に先んじて岩迷路から抜けだしたとき、いきなり眼下に広がった光景には仕事を忘れて感嘆を漏らした。
「うっひょお、来たぞ! 砂沙漠だ……!」
 びっしりと星の散りばめられた、濃藍の夜空が広がっていた。
 月はない。星明りをうすぼんやり反射する銀砂の大海原が、遥か地平で闇に融けこんでいる。冴えわたる夜の大気は静寂そのもの。なめらかな砂丘は幾重にも重なり、しかしそのひとつひとつは信じられぬほど巨大な山なのだ――それゆえ正確な距離感も掴めない。宏漠たる砂の海こそ、セクメーアの中心に横たわる危険地帯、砂沙漠だった。
「様子はどうだ? ……ここへは三度目だろう、ヒュー。まだ珍しいのか」
 声を失ってヒューが絶景を眺めていると、背後から笑い含みの問いがあった。
 岩壁の割れ目から、ルイが影のようにするりと抜け出てくる。切り立った断崖の小道は急勾配で下の砂地まで届き、その先に隊商が安全に休める場所はなくなる。
「そりゃな! 何度見ても別世界に来たみたいだぜ。竜は大丈夫だ、見当たらない」
「じゃあ爺さんに報告だ。休憩と準備をして、すぐ移動になるだろうな」
 砂原を慎重に一望してルイが言い、同意したヒューも隊商に引き返す。
 大地に目立った凹凸のない砂原は、満月の晩ともなればかなり遠くの人影さえ動きがはっきり目につく。視力の高いゲネポスなどに発見される危険を極力減らそうと、砂漠渡りの日に朔の今夜を選んだのは、やはり先住民の生活の知恵だ。
「みな、よく眼を光らせろ。何か見たら、すぐに知らせるのだ。しかし大声は出すな、砂竜を呼ぶ。日の出までに砂海を渡りきる。休みはない。早足だ」
 時刻は真夜中を巡り、しばらくした頃合いか。白い息を吐いて爺さんが告げた。昼間とはうってかわった低温に備えて入念に長衣を巻きつけると、無言の一団は海底を歩むに似た青白い世界へと足を踏み入れていく。
 ――ひとくちに砂漠って言っても……。
 その表情はさまざまだ、とヒューは思っていた。
 これまで通ってきた岩迷路のような場所もあれば、ただひたすら砂利の広がる不毛の丘陵もある。灌木の茂る小さな林も見たし、丈の短い草が一面生えた草原もあった。けれど、やはり最も厳しい環境はここだ。
 一歩を踏み出すごとに、ラマラダの幅広い蹄ですら砂地に深くめりこんでしまう。
 めまいがするほど膨大な量の砂は、さらさらと細かい。行くものの足をすくい、斜面を登るときなど端から崩れていくので、硬い地面を進む数倍の時間と労力を要した。気温の日較差は大きく、太陽熱を緩衝する草木もなく、風で砂が流されるだけで地形もたやすく変わってしまう土地だ。地図など役に立たず、旅人は星を読んで進んだ。それから、砂沙漠には音が無かった。
 狂気が匂うほどの無音。柔らかな砂地が音をすべて吸収してしまうせいだ。虚無に心を蝕まれぬよう、砂漠の民の中には不思議な抑揚のついた祈りだか歌だかを低く口ずさむ者もいて、そうしながらも眼は油断なく周囲を観察していた。人間はガレオスほど聴覚に優れない。最大の頼りは視覚なのだ。
 そしてまさにその眼で、進路の偵察に当たっていたルイが行く手を阻む奇妙な影をいち早く発見したのだった。
「……なんだと思う?」
「……なんだろうな」
 聞かれたヒューも答えられない。見たこともないシルエットをしていた。
 道のりの大半を何事もなく踏破し、そろそろ地平線に朝日の赤みが射すだろう時刻。
 すぐそこには再び岩壁が迫り、終着地のオアシスへ至る洞窟の狭い切れこみが口を開いている。問題の黒い影は、まるで人々の疲労と安堵を見透かしたように、その正面にうずくまっていた。
「でかい蜘蛛みたいに見える。まさか新種のモンスターとか?」
「……もしかして、カニじゃないのか、あれ」
「カニって、ダイミョウザザミのことかあ、ルイ? どのへんがだよ?」
「よく見ろ、殻を背負ってないんだ。だから妙な形態に見える」
「……うぉ、本当だ。まぎらわしいな、あいつどこでヤドを落としてきたんだ」
「他の竜と同じだとすると、嫌な感じだな。轟竜にやられて逃げてきたのなら……」
「近くに《十字傷》がいるかもしれないって!?」
 ルイの恐ろしい予測に、ヒューはぎょっとして周囲を見回す。しかし真っ先に見えたのは、もっと差し迫った恐ろしいものだ。爺さんの渋面。
「無駄口を叩いとらんで、早くなんとかしろ。何のためのハンターだ。空が明るくなる前に、あれを追い払ってこい」
「……了解」 もはや口ごたえする気も起きない。
 二人は頭をふりふり、素早く狩猟の準備に取りかかる。
 ダイミョウザザミは、人間大の甲殻種ヤオザミが二倍以上に巨大化した雑食性モンスターだ。外見はピンクのヤドカリで、つぶらな瞳がキュートだ(と言うハンターも一部いる)が、サイズだけは悪夢のようにでかい。
 温湿度の高い水辺や砂地に生息し、ヤシの大木も片手で切断する強力なハサミと硬い身体が難敵だ。ただし知性はあまり高くなく、時に大発生して土地を荒らすので、狩人たちには初心者の頃からお世話になる狩猟対象だった。
「あれでけっこう敏捷だからな。ヤドを背負っていないと尚更だ。俺が気を引こう」
「んじゃ、尻けっとばす役は俺か。手負いだし、逃げてくれりゃ楽なんだけど」
 風向きを確かめる。三時間ほど前から北東の風が吹いてきている。ハンターたちは二手に分かれ、まずルイが風上から敵の正面に姿をさらした。
 盾を前面に出し、じりじり近寄る。あと五十歩の距離で、寝こけていたザザミもようやくルイに気付いた。左爪を振り上げて威嚇、横歩きに迫ってくる。
 唸りをあげてハサミの振り下ろし。強烈な打撃圧で銃槍師の両足が砂に押し込まれる。凄まじいパワーだがルイも上手く受け流す。再度、攻撃。衝撃、防御。
 ――気が立っているな。俺たちを朝飯にするつもりか。
 ヤド無しは、いわば裸同然だ。すぐ逃走してもよさそうなものを、ザザミは両爪を左右に大きく広げ追撃態勢、あくまでもやる気らしい。眠鳥ヒプノック素材の頑強な盾を構え、しかしルイが見たのはハサミの重撃ではない。
 モンスターの後ろ、気配もなく走り寄ったヒューの一閃。
「ギイイイ――!」 悲鳴をあげてザザミが慌てる。
 普段ヤドに隠れている背面部の突出は、内臓の詰まった急所だ。宣言どおり双剣士は敵の背後に張りつき、なぎ払うような斬撃を数度くりだした。が、すぐ攻撃を止める。
「どうした、ヒュー」
「剣が届かねえ! お前が突っつけ、ルイ」
「了解だ。いいサイズだものな。残念だったな、攻撃できないなんて」
「くそ、リーチの欠点だけはなんとかしねーと。飛竜の尻尾にも毎度苦労するぜ!」
 役割チェンジ。ヒューはいかにも無念そうにザザミの正面にまわるが、機敏なフットワークでモンスターを翻弄しはじめる。爪は双剣士をかすることなく砂地に突き立ち、すきにひらりと駆け寄っては、からかうような剣撃がハサミに脚に傷を残す。ダイミョウザザミは頭に血を昇らせ、背後に回ったルイに気付かない。
「キシァアア――!」
 銃槍の穂先が鋭くザザミの肉をえぐった。抜いた傷口からほとばしる紫の体液。
 深手だ。これで戦意も尽きるだろう――と思いきや、ザザミは予想外の反撃にでた。真後ろへの突進。ルイはかろうじてガード、しかしその体勢のまま大きく弾き飛ばされる。間髪いれずモンスターは脚をバネのように縮めて上空に大ジャンプした。標的はヒュー。
 人家ほどある巨躯ながら、信じがたい真似だ。ヒューは首をのけぞらせて空中の影を見、全力で落下地点から退避。個体によっては敵が逃げる先を読んで跳ぶものもいるが、こいつにそこまでの脳はない。地響きを立てピンクの砲弾が着弾。衝撃が同心円状に砂地を波立たせ、ハンターたちの足を揺らす。ザザミは口から血泡を噴いていた。
「狂ってるぜ、このカニ! 生存本能どこに置いてきたよ!」
「ヤドと一緒に忘れてきたかな。長くは付き合えない、ヒュー、仕留めるぞ!」
 並んだ二人へ、真正面からザザミは両爪をがちがち言わせつつ猛進。身構えるルイの背後にヒューが隠れ、ハサミ振り下ろし直後に生まれる隙を狙う。
 しかし、いつまで待っても次の攻撃はなかった。
「……なんだ。ルイ、カニは」
「わからない、途中で止まった。……潜るぞ。逃げる気か」
 ジュウジュウという怒り状態特有の荒い泡吹き音も消えていた。
 盾の後ろからヒューは首を伸ばす。満身創痍のダイミョウザザミが、頭の触覚を忙しく動かしながら砂に潜っていくのが見えた。
 ザザミはヤドを背負っているとき、地中から地上の敵を突き上げることがある。一応警戒してヒューとルイは散開したが、急襲はなかった。地下深くに潜っていくかすかな地の震えも落ち着くと、ダイミョウザザミは二度と姿を現さなかった。
「――カニ鍋、食い損ねたな。それにしても変なやつ。あそこまできて退くか、普通」
 首をかしげながら、ヒューは少し重くなってきた双剣を背におさめた。
 あっけない終わり方だ。それでも神経を張りつめた砂漠渡りの後では、なかなか疲れる締めではあったが。
「どうせなら、もっと早く消えてくれっての」
「急に夢から覚めたみたいな感じだったな。竜ならまだしも、甲殻種の考えることはちょっとわからんよ」
 そういうルイも少し頬がそげて精気がないようだ。
 空を仰ぐと、やや明るくなったものの陽は昇りきっていないらしく薄暗い。これなら爺さんにどやされる前に砂沙漠を脱出できそうだった。二人が隊商の隠れる方向を見やると、ラマラダたちがすでに砂丘を乗り越えて来ている。
「あれ見ろよ。まだ呼びにも行ってないってのに、気が早ェよなぁ、爺さん」
 手を振ろうとするヒューを制止したのはルイだった。
「待て、様子がおかしい。なにか手信号を――」
 砂丘の上に立った人影。両腕を天に差し上げて手をひらめかせていた。合図を読みとるが早いか、ルイはヒューの腕を叩いて隊商へ走りだす。
「なんだよ、何だって?」
「いそいでラマラダを追いたてるぞ。洞窟に避難だ、ヒュー。砂嵐だ!」
 小高い砂丘を駆けあがる。途端、強風が顔面にぶち当たってきた。飛んでくる砂粒の散弾から顔をかばい、薄眼をあけて見た光景にヒューは絶句して立ち尽くした。
 太陽は昇っていないわけではなかった。頭上、はるかな天頂では天鵞絨びろうどのような夜の群青は薄れ、砂漠の朝の澄んだ光が満ちはじめている。闇の残る大地に射しこむべき陽光を邪魔していたのは、北東の地平を中心に立ち上がりつつある巨大な雲の壁。
 地を擦りながら恐ろしい勢いで迫ってくる。それを目にすると、もはやヒューは何も言わず、逃げてくる隊商を迎えに駆けだしていた。

 * * *

「行け行け行け! 早く洞窟へ入れ!」
「入り口は狭い、詰まるなよ! 二頭ずつ入れろ、いそげ!」
 風に追われ、砂を蹴立ててラマラダが駆ける。暴風はすでに人々の怒鳴り声をかき消すほどの勢いになっていた。ほとんど地吹雪だ。
 耳の横を斬るように音立てて空気の塊が通りすぎ、それでも背後、その更に彼方から、地鳴りのように低い唸りが凄まじい圧力で迫っているのをヒューは肌で感じ取っていた。
 ――なんとか間に合った!
 鞭で急かされ、最後のラマラダが岩穴に飛びこむ。後を追ってハンターと砂漠の民も滑りこむと、直後ひときわ強い風が岩壁をドンと襲った。
「もっと奥には行かないのか?」
「この洞は短い。すぐそこが出口だ。嵐がすぎるまで、中心でじっと待つのがいい」
 一緒に駆けこんだ砂漠の民は息を切らしながら答えた。
 砂嵐。それは飛竜と並び、砂漠に生きる者たちに最も恐れられる災禍のひとつだ。
 繁殖期から温暖期にかけ、セクメーアではしばしば大風が吹き荒れる。短い場合は数時間、時には三日以上。吹きあがる砂塵は視界と方向感覚を奪い、人々や家畜を遭難させるだけでなく、吸いこみすぎると胸の病を患ったりする。悪化させれば死ぬこともあるという。
 ヒューは、それを砂のために目の充血が取れなくなった隊商仲間に教わった。砂漠の民には隻眼の者も多いとも聞いた。
「ほら、騒ぐな。こっちだ――」
 浮足立つラマラダを爺さんたちが鞭打って洞窟の端に集めている。
 群れて伏せてしまえば、家畜たちは落ちついて苦境に耐える体勢を整えていた。慣れているのだ。長い睫毛も開閉する鼻の穴も、砂と乾燥に耐えるため適応している。
 ひとまず準備できてしまうとヒューは好奇心に負け、洞窟の口に戻って顔を出してみた。
「なんだあれ、雲の化け物か……」
 地平に見えた非現実的な光景――それは猛烈な速さで青空を喰っていく、不定形の黄砂の大津波だった。
 斜めからの陽光に周縁部は神々しく金色に輝いている。だが地に接する底は塗りつぶしたような闇だ。なにか恐ろしく巨大な魔物のようにも見える。きっと通りすぎたあとには屍しか残さない――。
「何をやってる!」
 鎧袖を強く引かれ、呆けていたヒューは後ろにたたらを踏んだ。
「悪ィ、砂嵐って見たことなくて」
「命知らずめ。まぁ、ハンターなんて皆そんなものか。見られたか?」
「ああ。すごいもんだな」
「もう来る。マスクをして、目も口もしっかり閉じておくことだ。砂の中には目に見えない邪悪なものがたくさん混じってる。ただの風と思って油断していると、死ぬぞ」
 促されて奥へ戻り、ヒューはうずくまるラマラダの影に身を寄せる。まもなく洞窟入り口がふっと翳り、猛烈な勢いで砂粒が吹きこんできた。
 ――どうせ動けないなら、寝ちまおうと思ってたけど。
 その見込みは甘すぎたらしい。ヒューはマスクの下で、ちょっと顔をしかめる。洞窟内でさえ息苦しく、視界も霞むほどの砂の乱舞だ。砂粒の勢いは弾丸並で、竜素材の防具を持たない砂漠の民と家畜にはかなり痛いだろう。
 吹きさらしの砂漠で立ち往生する隊商を想像すると、肝が冷えた。とはいえこの大嵐では、大型モンスターといえども動くのは難しいはず。風の通過をただ耐えれば済むと思えば多少は気分も楽である。ヒューはラマラダに体重を預け、気を緩めてまぶたを閉じた。
 再び目を見開いたのは、いくらもしないうちだった。
「……おいおい、本気かよ」
 ヒューは慄然とする。感じたのは微弱な振動。
「ルイ、聞こえるか。まずいぞ、ザザミが戻ってきた!」
「ザザミ? 確かか、どこだ……」
「下だ。地響きがする」
 まったく自然は、いつだって人間の常識を軽く超えてくる!
 瀕死だったザザミだ、もう戻らないと思っていたのに……狩りきっておくべきだったと後悔しても遅い。
 ――頼むから、俺たちに気付くなよ。洞窟の中には出るな……!
 ラマラダも気付いたらしく、怯えて呼吸が早まっている。だがこの嵐では隊商の避難は実質不可能だ。神経を張り詰めて、ヒューは地下の気配を探った。
 緊張の時はそれほど長く続かなかった。祈るような思いが通じたか、震源は隊商に近付くことなく通りすぎていく。揺れが止まっても、周囲に風以外の異常はない。どうやらザザミはどこか洞窟以外の場所、外の砂沙漠へ出たらしい……ヒューはほっとして、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
 その安堵を裏切り轟きわたったのは、胃がざわつくような錆びた金切り音だった。
 ギィイオオオオオオオオ――!!
 風の障壁を突き破り、洞窟全体が震撼する。
 反射的に耳を押さえてうずくまる人々、ラマラダの呻き。
 ――冗談じゃねえ……!
 ヒューの全身にじわりと冷や汗が滲んだ。
 荒れ狂う砂嵐の中、予感に突き動かされて必死に眼を凝らす。大量の砂に遮られ、赤っぽく変色した陽光が射す洞窟入り口。風に逆らってそこまで身を折るように進み、ヒューは生唾を飲みこんで外界を覗き見た。
 本能で確信していた。外にいるのはダイミョウザザミなどではない!
 ――竜……!
 禍々しいばかりの赤光に満ちた、幾層もの渦巻く分厚い砂の紗幕。
 その向こうに悠然とゆらめく巨影があった。
 ――でかい。
 ドスゲネポス、ドスガレオス――これまで砂漠で出会ったどのモンスターよりも遥かに。
 今この状況で相手にしていい存在ではない。ハンターとしての全神経が最大級の危険を叫んでいる。細心の注意を払い洞窟内へ後退した。その動きを決して相手に悟られぬように。危うく声をあげかけたのは、入れ替わって前へ進み出た予期せぬ人影に驚いたからだ。
 ――ルイ!?
 目を疑った。濁りきった視界の中、暴風に抗い、外に出ようとしているのは間違いなく銃槍師だ。
 あの影が見えていないのか? 慌ててルイの腕を掴んだ手、それが乱暴に振り払われてヒューは更に驚いた。より力を込めて次は肩を掴む。が、
「邪魔をするな!」
 初めて聞く相棒の怒声だった。
「バカ、大声出すなよ……! どう見ても、あれはやばいだろ」
「離せ、行かせてくれ! あの竜を確かめるだけだ! あいつは、もしかすると――!」
「黙れ、ルイ。どうしちまったんだ、落ちつけって」
 何が起こっているのか――錯乱しているとしか思えなかった。
 予想外の抵抗にあい、ヒューは激しく突きとばされ尻餅をつく。困惑にかわって頭をもたげたのは焦りと苛立ちだ。ルイはこの場にいる全員を危険にさらす気なのか!?
 猶予はない。洞窟から二三歩踏み出したルイに背後から組みついた。はがい締めにしてなんとか連れ戻そうとするが、銃槍が邪魔でうまくいかない。歯ぎしりしたとき、後ろから加勢の腕が伸びてきた。砂漠の民たち。
「やめろ、離せ! せめて確かめさせてくれ、何年も待ってたんだ! あの竜は――!」
 問答無用で洞窟に引きずりこむ。口を封じ、数人がかりで押さえつけた。爺さんらしき人影が手で指示するのを認めて、ヒューはとにかく外の様子をうかがいに出る。
 騒ぎは、すべて風の音がかき消してくれたようだった。
 竜巻の中心に放りこまれたような酷い世界に謎の竜影は消えている。暴風の彼方に一度、頭蓋の裏を引っ掻くような不快な哭き声を聞いた気がしたが、息苦しくて、ただの耳鳴りと区別がつかなかった。
 ――なんだったんだ、今のは。ルイはどうしたっていうんだ……。
 セクメーアの奥底に潜んでいた、わけのわからない凶暴なものを不意に見せつけられた気分だった。
 舞い狂う風砂を見つめ、しばし呆然とする。不気味な不安が胸に広がる。一瞬の悪夢でも見たような。唐突に、あまりにも目まぐるしく色々なことが起こり、砂漠に来て初めて動揺している自分をヒューは意識した。
「竜は、いない。……ルイが心配だ」 頭を振って混乱を整理する。
 ――俺もあいつも疲れてたし、ちょっと動顛しただけかもしれないし……。
 もう一度、砂の紗幕の奥を見据え、大地に耳をつけて震動の有無を確かめる。安全を確認すると、相棒の様子を見るべくヒューはすぐさま洞窟内へと踵を返していった。


 ジャフ・ナ・ダハ、砂漠の街の集会所――。
 二人のハンターが隊商護衛任務に出発してから、十日が過ぎていた。
 酒場は、噂を聞きつけた耳の早い狩人たちで今朝からごった返している。依頼の続行・取り消しの確認にきた者、狩場の位置を確かめる者、ギルドや他のハンターたちと情報交換しにきた者。
「むうん、まずいな。遅くとも、今日の朝にゃ帰ってるっつう話だったがなぁ」
 不穏なざわめきの中、さすがに酒という気分にもなれず、マディフは仲間と喋りながらイライラと時を過ごしていた。狩猟帰りのハンターが集会所に入ってくるたび、首を回してそちらを見る。予定の遅延は珍しくもないが、今回だけは心配が募った。結局、待ちわびた銀髪頭が入り口に現れたのは、昼も回って陽が傾きはじめた頃だった。
「おおっ、ヒュー! 無事だったか。ずいぶん遅かったじゃねえか」
 ばたばた歩み寄ると、砂で全身白っぽく薄汚れた青年が疲れた顔をあげた。
「マディフか。ただいま」
「なんだい、お前さんらしくもなく元気ないな。まぁ、砂漠の民相手の仕事じゃくたびれもするか。おい、《狼吼》はどうした?」
「ルイはラマラダを返しに行ってるよ。あとから来るだろ」
 不機嫌にそっぽを向く。その様子に、何かあったかと勘繰るマディフも今はそれどころではない。ただ一言だった。
「《十字傷》が出たぞ」
「……本当か、マディフ。いつだ!?」
「昨日だよ。報告が入ってな、鉱石掘りに砂漠南部まで行ってた連中だ。やつらは洞窟ん中にいたんで無事だったが、巨大なティガレックスが砂沙漠をうろついてるのを見たとよ」
「砂沙漠を」
「帰りが遅いんで、もしやお前さんらも、と心配したが遭遇はなかったらしいな。無事で何よりだぞ。砂漠の民はどんなルートを――」
「そいつらが竜を見たってのは、いつなんだ」
「えー、三四日前じゃねえか? 仕事放りだして粟食って帰ってきたようだから――どうした、顔色が悪いぞ。……なぁ、ヒューよ、無理だと思うなら無茶な真似はよせよ。命あっての物種って言うだろうが。退くのは、べつに恥ってわけじゃあ」
「違う。マディフ、俺たちも砂沙漠で飛竜を見た。六日くらい前に」
「なんだと」
 周囲でやり取りを聞いていたハンターたちも集まってくる。砂嵐の中で見た影のことをヒューが話すと、それは轟竜に違いないと誰かが言った。
「危なかったな。風で命拾いとは」
「でもな、砂漠の民もはっきりとは言わなかったし、俺もフラヒヤで何度かやつに追われたことあるけど、あの影は……」
「なにい!? お前さん、雪山でも《十字傷》を狩ろうとしたのか!?」
「いや、偶然だよ。雪山草って薬草を採集に行ったら、はち合わせたりしてさ。最初に遭ったときは俺、崖から落ちた」
「そ、そうか。まとにかく、セクメーアの砂嵐を平気で動き回れる竜なぞ、たとえ飛竜でもそう多くはねえ。タイミング的にも、お前が見たのはやつに違いない」
 早く報告に行けと催促し、むしろマディフは自分が先立ってカウンターへ向かう。
「…………」 対して、ヒューの足取りは重かった。
「《十字傷》を、まだ狩りに行くつもりでいるのか」
 鈍い歩みの後ろから腕を捕まえられ、ふいに声をかけられたのはその時だった。
 人ごみから少し離れた薄暗い柱の影に男が一人。近頃、顔見知りとなったハンターだ。この期に及んで聞かれ慣れた質問である。ヒューは首筋をなでながら、うんざり答えた。
「あのな、何度言われたって同じだぜ。俺は本気だ」
「《狼吼》と、行く気なんだな」
「……ああ」
「あいつとうまくやってるようだったからな、誰も言わなかったが、お前さんは良いやつだからよ、ヒュー。一応言っておく」
「なぁ、だから俺は」
「轟竜狩りは、もう誰も止めやしないよ。だが《狼吼》とは手を切ったほうが身のためだ。あいつは砂嵐を呼ぶ」
「……なんだ、砂嵐を呼ぶって」
「悪い星の下に生まれてるとか悪運を背負ってるとかいうのを、ここらあたりじゃそう言うのさ。巻き添えを喰うのは一緒にいるやつだ。お前、街に来たとき、アルコリスからの街道でドスガレオスにぶつかったと言ってたろう」
「ああ」
「それも《狼吼》が呼んだんだぜ。ジャッダハより北はずっと岩石地帯で、その先は草原だ。本来ガレオスが回遊する場所じゃない。そのうえ、だだっ広い砂沙漠をたった一晩よぎったときに轟竜に出くわすなんて――おっと、やっこさんのお出ましか。いいかヒュー、忠告はしたぞ」
「…………」
 目を転じると、ルイが両開きの大扉をあけ、集会所に入ってくるところだった。背負った黒いガンランス。街路からの逆光にその影はより暗く、塵埃にまみれていても一種異様な存在感を放つ。
 ――どこが忠告だよ。
 ただの言いがかりじゃないのか。十日前なら、そう軽く言い返していただろう。けれど今はとっさに言葉を出せず、視線を戻した先に男の姿はない。
「やけに殺気立ってるな。なんの騒ぎだ」
 そばにきたルイが周囲を見回しながら言った。
「砂沙漠でティガレックスの目撃情報が入った。サイズからして《十字傷》だ」
「そうか。いよいよだな」
 ルイの声はいつもどおり平静だった。
 だがその顔に表情は無く、あの凶悪な轟竜出現の報を聞いてもただ頷くだけである。翳りのある横顔を、ヒューは黙って見つめた。
 カウンターで、イヴリンが二人の名を呼んだ。


(「7章 絶対強者」に続く)
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コメント

ええっと。
初めましてと言うべきでしょうか。ロッソです^^;

こちらのサイトに辿り着いたのは、ホントにまったくの偶然の産物で。
このヒプノックはどこかで見たことあるなぁとか思っていたら銀貨さんのサイトでした。
的確で深みのある自然描写。
親しみやすく、海外ドラマや映画のような掛け合いが楽しいキャラクター達。
なるほど、ブログを読んで小説の土台がしっかりしてるワケだと納得しきり感心しきり。
何事にも興味を持つのは大事なのですね。

ともあれ。
銀嶺の双剣士、荒天の弓使いときて、熱砂の銃槍士。
今回の舞台は砂漠。そしてペアを組むハンター。どちらもいい味でてますw
私も砂漠を舞台に話は書きましたが、あくまで舞台でしかなかったなと反省。
熱砂~のように砂漠だからこそというお話が羨ましいです。

また小説だけでなくイラストも描かれているようで。
ヒューの末っ子ぶりとかガノトトス釣りあげてビックリとか、なんとも微笑ましく。
巡回サイトがまたひとつ、増えました^^
  • 2012-06-17│23:03 |
  • ロッソ・チネリ URL│
  • [edit]
ロッソ・チネリさん
ロッソさん、こんにちは! いやもちろん存じております!
よよよようこそ、このような辺境においで下さいまして恐縮ですというか
見つかってしまったというか(落ちつけ

作品途中にも関わらずコメントありがとうございますー。
どうも昔から自然ドキュメンタリーだの、地球の辺境を行く冒険番組だのばかりを
好んでるもんですから、二次創作においてもMH世界の生物や環境について捏造しては
小説の中で旅するのが楽しくて仕方ない、といった病ですw

しかし私も白状するなら、ロッソさんの短編をwordに落として参考に保管するくらい
お話を読ませてもらっております。ごちそうさまです。
自分の文章には客観的になりきれないので正直よくわからんのですが、
ロッソさんの、簡潔でもリアルで説得力のある表現はいつもすごいなぁ、と。
ハンターたちの描写が好きです。粗野で馬鹿で獣(いや、酒)くさいけどタフ。
翡翠竜姫のレイア戦、たった十数行が熱かったなぁ……MHGのOPに出てくる
銀髪の女性ガンナーが、もはやフレアにしか見えません。あれはライボだけどw

という告白を、自分のブログでしていいのか、私は。ほどほどにします。

当方、二次創作はイラスト(4コマ)から入った人間なので、絵もやるんですけど
なぜかMHは今のところほぼネタ絵しか描けません。
なぜだ……いや、MHてギャグ・アクションだろ……? あれ……?

最近はブログのみ更新で、こちらも亀ですが、よければまたお越しください~^^
いや、むしろ、私がロッソさんの次回作お待ちしてます。正座待機。
  • 2012-06-19│20:51 |
  • 銀貨 URL│
  • [edit]

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