スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

エスコン0雑文

ピクシーを殴りたいという思いだけで書きました。


 ACE COMBAT ZERO The Belkan War

 ▼ Near The Border:Galm1

 23.MAR.2007
 ユージア大陸 デラルーシ近傍

「ああ、空が広いなあ」
 完全に独り言のつもりだったので、寝ていたはずの向かいの男がくすりと笑ったのを耳にし、彼はちょっと戸惑った。
 大陸北方の小国、デラルーシ共和国に向かう乗り合いの軽トラックだ。荷台に乗っていた他の客は途中下車し、運転手の他には彼と、だらりと脚を伸ばし腹の上で手を組んで転がっているその男しかいない。
「なんだい。寝ていたんじゃなかったのかい」と声をかけると、
「さっき段差で揺れただろう。頭を打って起きた」と、下手なエルジア語が返ってきた。
 以前は整備されていた幹線道路は、小惑星ユリシーズの落下、大国エルジアが引き起こした大陸戦争、更には戦後エルジア残党軍が続けた抗戦によってあちこち断裂している。建物の残骸や散らばった金属の破片を踏んでパンクしないよう車は低速で運転していたが、もちろん田舎の砂利道などよりずっと揺れた。
「空が広い、は良かったな」
「本当にそう思ったのさ。何しろこのあいだまで、好き勝手に戦闘機が頭の上を横切っていただろ。あの轟音を聞くたび、空から全身を押さえつけられる気分だった。あの音はひどい。戦闘機てのは、どうしてあんなにうるさいんだ」
「静かな戦闘機のほうが俺は嫌だな。エンジンがまともに動いてない。墜ちる」
 淡々とした口ぶりで、本気か冗談かよくわからないことを言う。アイマスク代わりにかぶった帽子をのけた男の顔を見て、彼は初めてオヤと思った。
「デラルーシ人でもないと思ってたけど、あんたどこから来た人だい?」
「あー、ううん。西のほうだ」
「西?」
ISAFアイサフには、えらく腕の良い戦闘機パイロットがいるそうだな。たった一隊の飛行隊が戦況を引っ繰り返したとか」
 あからさまな話題転換にも、彼は少し肩をすくめるだけで気にしなかった。戦争は終わったばかりで、世の中はまだ混沌としている。言いたくない事情のあるものなど、はいて捨てるほどいたからだ。
 それで彼は鼻の穴をやや膨らませて、事情をあまり知らないらしい外国人にユージアの新しい英雄を自慢することにした。
「そうさ、ユージアの救世主さ。メビウス隊というんだ。去年、“自由エルジア”を叩きのめして残党軍の息の根を止めたのも彼らなんだよ」
「どのくらい墜としたんだ?」
「落とした? 何をだい」
「敵機のことだ。隊長機の撃墜数」
「そんなことまで知らないよ。とにかく、エルジア空軍の全部だろう」
「全部か……、それはすごい」
 馬鹿にしているのだろうか? 眉を寄せていると、気付いた男は真面目そのものの表情で「いや」と言う。
「本気で感心しているんだ。ところで、その飛行隊に片翼だけ赤いF15が……、いるはずがないよな。すまん。なんでもない」
 一人で笑って言葉を切る。本当に、妙な男だった。

 しばらく無言の道のりが続いた。
 三月も終わりに近いが、デラルーシの春は少し遠く、風は冷たい。ただ日差しに冬の鋭さはなく、野の花や草木も季節の変化を敏感に感じ取っているらしい。戦争の爪痕を覆い隠し、痛めつけられた風景を癒すように、そこかしこで淡い緑の芽吹きが見られた。
 彼にとって、一年ぶりの帰国となる。エルジアが降服勧告を受け入れ、大陸戦争が終わったのは2005年の秋だったが、その後デラルーシではエルジア軍の残党勢力が交戦を続け、特に国境付近でISAF軍と頻繁に小競り合いを繰り返した。年明けから衝突が激しくなり、彼と家族は民間の義勇兵に護られながら国を後にした。ISAF空軍の活躍で、ようやくエルジア残存兵が壊滅したのは昨冬だ。一人で故郷の様子を見に帰ってきたのが、この道行きだった。
 ――しかしながら、乗り合せたこの男は何者だろうと彼は訝る。
 顔つきからして、ユージア大陸の人間ではなさそうだった。観光客などは今いないから、ジャーナリストか何かかと考えてもカメラやレコーダーを抱えているふうでもない。身体はよく鍛えられ頑丈そうで若く見え、そのぶん年齢はよくわからなかった。
 ずっと景色を眺めていたのに、ちらちら気にする彼の視線に気づいていたらしい。また男が話しかけてきた。
「ISAFの英雄、メビウスといったか。彼らはやはりどこかの国の正規軍か?」
「さあねぇ。ニュースでも、どこの誰とは聞いたことないよ。あんた信じられないだろうが、戦争の始めの頃、ISAFは負け続けで解散一歩手前だったんだ。空軍もやられてただろうし、色んな国の兵隊の寄せ集めなんじゃないかね」
「ふうん、寄せ集めか……」
「メビウス隊が気になるかい? まあ無理もない。彼らの話は今、大陸中の人間が知りたがってる話題だからね」
「だろうな。俺もさっきからずっと考えていた。……戦争が終結した今、そいつらは何を思っているだろう」
「何って、そりゃあ喜んでるに決まってるだろう。この戦争は彼らが終わらせたんだぞ。くそ・・エルジア人以外なら誰もが誇りに思う英雄だよ。やっと自由で平和な時代が来るんだ。彼らのおかげさ」
「そんなに単純な戦争だったのか? 戦場で何が起きて自分が何をしたのかなんて、当事者にもよくわからんもんだ。見えてくるのは、きっと何年も経った後だ」
「…………」 呆気にとられて、彼は謎の男を見た。
 後方に土煙を巻きあげながら、トラックはのんびり走行している。
 来た道を濁らせていく煙を眺めながら言った横顔の瞳が強く、動かなかった。知っている眼だ、と彼はハッと思い当たり、反射的に言葉にしていた。
「あんた、兵士か」
「昔にな」
「どこで戦った?」
「ベルカだ」
「ベルカ戦争か……」

 酷い戦争だったと聞く。
 海を隔てたユージアの隣、オーシア大陸北方に、強国ベルカを盟主としたベルカ連邦がかつて存在した。
 1900年代初頭から、同じくオーシア大陸西方のオーシア連邦と領土拡張を競っていたベルカ公国は行きすぎた軍拡によって自国経済を悪化させ、1980年代後半に連邦法を改正。ベルカ連邦東部諸国に分離独立の気運が高まり、ウスティオ共和国を含むいくつかの国が誕生した。しかしすでに破綻を迎えていたベルカ経済に回復の見込みはなく、92年、国民の不満を吸収する形で極右政党が政権を把握。隣国ウスティオでの莫大な地下資源発見が契機となり、95年、ベルカ公国はついに周辺諸国への侵攻を開始する。伝統のベルカ軍が電撃的に周辺諸国を制圧するも、やがてオーシア連邦を含む連合軍の反攻に敗退を重ね、開戦からわずか三カ月で戦争は終結。連合軍の侵入を阻止するため自国領内で爆発させた核兵器が、ベルカ自身の息の根を止めるという悲惨な結末だったという。
「無茶な戦争だった。いや、そもそも無茶じゃない戦争なんて無いんだろう。ベルカ軍は自国内でも平気で焦土作戦をやったし、挙句には街を七つも同時に核で吹っ飛ばした。核兵器が炸裂したとき、俺はちょうど作戦中で空にいた」
「航空兵だったのかい」
 どうりで戦闘機に詳しげだった、と彼が頷くと、
「正規兵じゃあなかったがな。寄せ集めの傭兵パイロットだ」
 と男は答えた。
「真っ白い光が差して、機体がびりびり震えたよ。計器が一気にイカレたから、基地への帰還は骨だった」
 凄まじい経験にも関わらず、天気の話でもするように相変わらず淡々と語る。
 見た目はおそらく四十前で彼より若いはずだが、身にまとう空気になんとなく畏怖を覚え、少し距離を置く気分で彼はその男を眺めていた。
 ひどく厳しい、と思うのはなぜだろう。元戦闘機パイロットだったから、というだけではない気がする――強い眼差しだろうか。翳りなく静かな灰色の、あれは何を見てきた眼だろうか。
 ぼんやりとそう思ったところだったので、男に急に質問されて彼は少し慌てた。
「終戦後も、酷いのは変わらなかったな。旧ベルカの天然資源は強欲な戦勝国が奪い合っていたし、まったくどちらが加害者でどちらが被害者だったのか。……あんた、あの戦争の後にベルカでテロがあったのは知っているか?」
「ん? ええと、どうだったかな……」
「エルジア軍と同じだ。戦争終結に納得しないベルカの残党がクーデターを起こして、またウスティオに攻め込んだ」
「ああ、そういえば、そんなニュースを……」
 聞いたかもしれない。当時を思い出そうと頭を巡らせていると、「だが、その話は表向きだ」と男が何気なく言った。
「表向き?」
「実際はもっと複雑だ。テロリストはベルカの残兵というより、ある同一のイデオロギーを持った人間たちの集まりだった。だからウスティオの兵もいれば、オーシアの兵もいたな。俺はオーシアの識別信号をもつ機を撃墜したことがある。国境なき世界と名乗っていた」
「私は初めて聞く話だね。反社会主義者かな」
「そんなところだろう。やつらはベルカの勝利云々じゃなく、世直しとか革命とか言って、世の中全部を壊す気でいたから。――で、その片棒を担ぎやがったのが、戦争中に俺の掩護機ウィングマンをやっていた相棒でな」
 何だって?
 混乱して、彼は隣の男を見た。ベルカ戦争後のクーデターが世直しだというのもよく分からなかったが、戦勝国側の兵士がベルカ軍と一緒にテロを行うというのは更に分からない。
「しかしあんたは、あんたたちは戦争の勝ち組だったんだろう? どうしてあんたの仲間がベルカのクーデターに参加することになるんだね」
「ふん、勝ち組か。勝ちだの負けだのは、あいつにとってはあまり意味のないことだったんだ。やつが作戦中に急に姿をくらますまで、俺はそれに気付かなかったが」
 どういうことか、更に問いかけようとした彼を遮るように男は続ける。
「世界をぶっ潰そうっていうイカレたテロ組織に加わる理由が、やつにも何かあったんだろう。できることならブン殴って連れ戻したかったが、できなかった。テロリストはミサイル基地を乗っ取った。それで最後に、ボタンひとつ押すだけで都市を更地に戻せる兵器を機体に載せて、あろうことかあいつが俺に向かってきたんだ――たった一人で。相棒はそれでどこぞの首都を爆撃して、歪んだ世界をリセットするんだと言った。やつが命をかけてそのスイッチを押すというなら、俺も命をかけてやつを墜とすさ」
「……今あんたがここにいるということは、あんたが勝ったということかい」
「後悔してるのか、なんてつまらんことは聞かないでくれよ。同じことが起きたら、俺は何度でも繰り返す。その覚悟がなきゃ戦闘機には乗れん」
「…………」
「俺は後悔なんぞしてないし、やつもそうだったろう。そんなことは互いによくわかってる――相棒だったからな。しかし折に触れて考えるんだ。勝ったのは俺だが、本当に正しかったのはどちらだったのか」
 どう相槌を打てば良いのか、彼には分からなかった。
 おだやかに車に揺られながら、黙って流れゆく景色を眺め、しばらくしてからようやく口を開いた。
「私は、あんたが正しかったと思うよ。つまり、あんたが相棒を止めたから多くの人が死なずに済んだってことなんだろう? 誰だって、見ず知らずの他人に勝手な理由で殺されるなんて理不尽すぎると言うほかない」
「まあな。ちょっとまずいところがあるから全部ぶち壊してしまえなんていうのは、ガキの癇癪とそう変わらん。そんな単純な方法で上手くいくなら、俺たちより賢い誰かがとっくに地上に天国を作り出してるだろう。――だがあれから十年たって、世界は少しはマシになったか? 戦争は絶えない。憎しみは消えない。街は焼け、人々は死ぬ」
「…………」
「あのとき俺たちを戦わせたのは、時代じゃなかったのかと思うことがある。今の世界を形作っている流れに、俺も無関係じゃない。それどころか、でかいキッカケのひとつには組み込まれてるのかもしれん。もう俺個人がどうこうできる問題じゃないが、一時は互いに命を預けた戦友を墜としたことは忘れられない」
 老兵は死なずただ消え去るのみ、なんてクールには、なかなかなれんもんだな。
 自嘲気味に呟いて、男は静かに煙草をふかした。
「――その相棒から、ひと月前にメッセージをもらってな」
 おもむろに続いた一言は、とんだ隠し玉だった。
 色々と物思いに沈みかけたところだったので彼はすっかり仰天し、思わず声も裏返る。
「ええ?」
「どうやらあいつはくたばっちゃいなかったらしい。まぁいつも悪運を味方にするやつだったから。生きていると知って、どうにも無視できなくて、とうとう大西洋を越えちまったよ。俺も大概だ」
 おそらくかつて世界を救ったらしい戦闘機乗りは、笑うと近寄りがたい雰囲気がさっと失せ、ふいに人懐こい印象の男に変わった。

「相棒の居場所は分からないんだろう?」
 デラルーシの国境を越え、二人は同じ街で車を降りた。
 男の目的地はまさしく彼の故郷だったようで、奇妙な縁だと彼は思う。
「ああ。二年前にはこの街にいたようだが、さすがに今はもういないだろう。最初から見つけられるとは思っちゃいないんだ。じっとしていられなかっただけでな。何もしないでいるよりは、多少ふんぎりみたいなものはつくだろう」
「どのくらい滞在するんだい」
「一週間」
「会えるといいね」
「どうかな?」
 不思議に思って見返すと、男は困ったように笑った。
「その、相棒のよこしたビデオレターというのが酷いものでな。こっちは十年やつを殺した気でいたのに、あの野郎なにか悟りきったような安らかな笑顔しやがって、ありがとうと抜かしたんだ」
「はぁ」
「それで今までは、やつを見つけて一発殴らなきゃ気が済まないと思っていたんだが……あんたに色々喋ったら、どうでもよくなってきてしまった」
「ええ? そりゃまたどうして」
「知らん。今まで人に喋ったことがなかったんだ。考えごとを人に打ち明けるとすっきりすると言うが、本当だ」
「なんで私なんかに喋る気になったんだね?」
「さてな。メビウスの話を聞いたからか……」
 そこで男は少し黙り、ふと気付いたようによく晴れた蒼穹をまぶしげに見上げた。
「でなきゃ、空が広かったから、か」

 じゃあ、幸運を。あんたも。
 そう言って別れたあの日の男は、ベルカ戦争において鬼神と恐れられたウスティオの戦闘機パイロットだったのではないかと……。
 彼が考え始めたのは、弾痕も生々しい故郷の街に人々が戻り、暮らしていける程度に整理がついてきた頃だった。事情通の商人仲間から、ベルカ戦争でもメビウス隊と同じくらい目覚ましい働きをした戦闘機コンビがいたらしいという話を聞いたからである。
 あの男がまさか伝説のパイロットだと考えるのは、少し想像力たくましすぎるかもしれないが、彼の胸にはあの日の会話と元パイロットの眼差しが深く突き刺さって残っていた。戻ってきた近所の知り合いたちと戦勝祝いを謳ってささやかな宴を開いたこともあったけれど、友人たちほど素直に楽しめなかった自分の気持ちの変化が彼には少し意外だった。
 ベルカは別大陸の国、十年といえばひと昔。しかし人間の為すことには大して違いはないらしい、と自分たちの身に起こった戦争を思う。
「考えてみれば、エルジアにもエルジアなりの理由があったわけだ……」
 しかしそう呟くそばから、食事を告げる家族の声を聞くと、もし彼らがエルジアの銃弾に倒れるようなことがあれば、自分は決してエルジアを許すことなく憎み続けたに違いないと確信もするのだ。
 ――本当に信じられる善悪の基準など、どこにあるのやら。
「確かなのは、死んだ人間の命だけか……」
 やっと綺麗に片付いた書斎の窓から外を見ると、戦闘機の飛ばない空が広かった。
 はたしてあの男が相棒と再会できたのかどうか、知りたいと彼は思っていた。

 ACE COMBAT ZERO The Belkan War

 ▽ Near The Border:Galm1

 23.MAR.2007
 ユージア大陸 デラルーシ近傍

「ああ、空が広いなあ」
 完全に独り言のつもりだったので、寝ていたはずの向かいの男がくすりと笑ったのを耳にし、彼はちょっと戸惑った。
 大陸北方の小国、デラルーシ共和国に向かう乗り合いの軽トラックだ。荷台に乗っていた他の客は途中下車し、運転手の他には彼と、だらりと脚を伸ばし腹の上で手を組んで転がっているその男しかいない。
「なんだい。寝ていたんじゃなかったのかい」と声をかけると、
「さっき段差で揺れただろう。頭を打って起きた」と、下手なエルジア語が返ってきた。
 以前は整備されていた幹線道路は、小惑星ユリシーズの落下、大国エルジアが引き起こした大陸戦争、更には戦後エルジア残党軍が続けた抗戦によってあちこち断裂している。建物の残骸や散らばった金属の破片を踏んでパンクしないよう車は低速で運転していたが、もちろん田舎の砂利道などよりずっと揺れた。
「空が広い、は良かったな」
「本当にそう思ったのさ。何しろこのあいだまで、好き勝手に戦闘機が頭の上を横切っていただろ。あの轟音を聞くたび、空から全身を押さえつけられる気分だった。あの音はひどい。戦闘機てのは、どうしてあんなにうるさいんだ」
「静かな戦闘機のほうが俺は嫌だな。エンジンがまともに動いてない。墜ちる」
 淡々とした口ぶりで、本気か冗談かよくわからないことを言う。アイマスク代わりにかぶった帽子をのけた男の顔を見て、彼は初めてオヤと思った。
「デラルーシ人でもないと思ってたけど、あんたどこから来た人だい?」
「あー、ううん。西のほうだ」
「西?」
ISAFアイサフには、えらく腕の良い戦闘機パイロットがいるそうだな。たった一隊の飛行隊が戦況を引っ繰り返したとか」
 あからさまな話題転換にも、彼は少し肩をすくめるだけで気にしなかった。戦争は終わったばかりで、世の中はまだ混沌としている。言いたくない事情のあるものなど、はいて捨てるほどいたからだ。
 それで彼は鼻の穴をやや膨らませて、事情をあまり知らないらしい外国人にユージアの新しい英雄を自慢することにした。
「そうさ、ユージアの救世主さ。メビウス隊というんだ。去年、“自由エルジア”を叩きのめして残党軍の息の根を止めたのも彼らなんだよ」
「どのくらい墜としたんだ?」
「落とした? 何をだい」
「敵機のことだ。隊長機の撃墜数」
「そんなことまで知らないよ。とにかく、エルジア空軍の全部だろう」
「全部か……、それはすごい」
 馬鹿にしているのだろうか? 眉を寄せていると、気付いた男は真面目そのものの表情で「いや」と言う。
「本気で感心しているんだ。ところで、その飛行隊に片翼だけ赤いF15が……、いるはずがないよな。すまん。なんでもない」
 一人で笑って言葉を切る。本当に、妙な男だった。

 しばらく無言の道のりが続いた。
 三月も終わりに近いが、デラルーシの春は少し遠く、風は冷たい。ただ日差しに冬の鋭さはなく、野の花や草木も季節の変化を敏感に感じ取っているらしい。戦争の爪痕を覆い隠し、痛めつけられた風景を癒すように、そこかしこで淡い緑の芽吹きが見られた。
 彼にとって、一年ぶりの帰国となる。エルジアが降服勧告を受け入れ、大陸戦争が終わったのは2005年の秋だったが、その後デラルーシではエルジア軍の残党勢力が交戦を続け、特に国境付近でISAF軍と頻繁に小競り合いを繰り返した。年明けから衝突が激しくなり、彼と家族は民間の義勇兵に護られながら国を後にした。ISAF空軍の活躍で、ようやくエルジア残存兵が壊滅したのは昨冬だ。一人で故郷の様子を見に帰ってきたのが、この道行きだった。
 ――しかしながら、乗り合せたこの男は何者だろうと彼は訝る。
 顔つきからして、ユージア大陸の人間ではなさそうだった。観光客などは今いないから、ジャーナリストか何かかと考えてもカメラやレコーダーを抱えているふうでもない。身体はよく鍛えられ頑丈そうで若く見え、そのぶん年齢はよくわからなかった。
 ずっと景色を眺めていたのに、ちらちら気にする彼の視線に気づいていたらしい。また男が話しかけてきた。
「ISAFの英雄、メビウスといったか。彼らはやはりどこかの国の正規軍か?」
「さあねぇ。ニュースでも、どこの誰とは聞いたことないよ。あんた信じられないだろうが、戦争の始めの頃、ISAFは負け続けで解散一歩手前だったんだ。空軍もやられてただろうし、色んな国の兵隊の寄せ集めなんじゃないかね」
「ふうん、寄せ集めか……」
「メビウス隊が気になるかい? まあ無理もない。彼らの話は今、大陸中の人間が知りたがってる話題だからね」
「だろうな。俺もさっきからずっと考えていた。……戦争が終結した今、そいつらは何を思っているだろう」
「何って、そりゃあ喜んでるに決まってるだろう。この戦争は彼らが終わらせたんだぞ。くそ・・エルジア人以外なら誰もが誇りに思う英雄だよ。やっと自由で平和な時代が来るんだ。彼らのおかげさ」
「そんなに単純な戦争だったのか? 戦場で何が起きて自分が何をしたのかなんて、当事者にもよくわからんもんだ。見えてくるのは、きっと何年も経った後だ」
「…………」 呆気にとられて、彼は謎の男を見た。
 後方に土煙を巻きあげながら、トラックはのんびり走行している。
 来た道を濁らせていく煙を眺めながら言った横顔の瞳が強く、動かなかった。知っている眼だ、と彼はハッと思い当たり、反射的に言葉にしていた。
「あんた、兵士か」
「昔にな」
「どこで戦った?」
「ベルカだ」
「ベルカ戦争か……」

 酷い戦争だったと聞く。
 海を隔てたユージアの隣、オーシア大陸北方に、強国ベルカを盟主としたベルカ連邦がかつて存在した。
 1900年代初頭から、同じくオーシア大陸西方のオーシア連邦と領土拡張を競っていたベルカ公国は行きすぎた軍拡によって自国経済を悪化させ、1980年代後半に連邦法を改正。ベルカ連邦東部諸国に分離独立の気運が高まり、ウスティオ共和国を含むいくつかの国が誕生した。しかしすでに破綻を迎えていたベルカ経済に回復の見込みはなく、92年、国民の不満を吸収する形で極右政党が政権を把握。隣国ウスティオでの莫大な地下資源発見が契機となり、95年、ベルカ公国はついに周辺諸国への侵攻を開始する。伝統のベルカ軍が電撃的に周辺諸国を制圧するも、やがてオーシア連邦を含む連合軍の反攻に敗退を重ね、開戦からわずか三カ月で戦争は終結。連合軍の侵入を阻止するため自国領内で爆発させた核兵器が、ベルカ自身の息の根を止めるという悲惨な結末だったという。
「無茶な戦争だった。いや、そもそも無茶じゃない戦争なんて無いんだろう。ベルカ軍は自国内でも平気で焦土作戦をやったし、挙句には街を七つも同時に核で吹っ飛ばした。核兵器が炸裂したとき、俺はちょうど作戦中で空にいた」
「航空兵だったのかい」
 どうりで戦闘機に詳しげだった、と彼が頷くと、
「正規兵じゃあなかったがな。寄せ集めの傭兵パイロットだ」
 と男は答えた。
「真っ白い光が差して、機体がびりびり震えたよ。計器が一気にイカレたから、基地への帰還は骨だった」
 凄まじい経験にも関わらず、天気の話でもするように相変わらず淡々と語る。
 見た目はおそらく四十前で彼より若いはずだが、身にまとう空気になんとなく畏怖を覚え、少し距離を置く気分で彼はその男を眺めていた。
 ひどく厳しい、と思うのはなぜだろう。元戦闘機パイロットだったから、というだけではない気がする――強い眼差しだろうか。翳りなく静かな灰色の、あれは何を見てきた眼だろうか。
 ぼんやりとそう思ったところだったので、男に急に質問されて彼は少し慌てた。
「終戦後も、酷いのは変わらなかったな。旧ベルカの天然資源は強欲な戦勝国が奪い合っていたし、まったくどちらが加害者でどちらが被害者だったのか。……あんた、あの戦争の後にベルカでテロがあったのは知っているか?」
「ん? ええと、どうだったかな……」
「エルジア軍と同じだ。戦争終結に納得しないベルカの残党がクーデターを起こして、またウスティオに攻め込んだ」
「ああ、そういえば、そんなニュースを……」
 聞いたかもしれない。当時を思い出そうと頭を巡らせていると、「だが、その話は表向きだ」と男が何気なく言った。
「表向き?」
「実際はもっと複雑だ。テロリストはベルカの残兵というより、ある同一のイデオロギーを持った人間たちの集まりだった。だからウスティオの兵もいれば、オーシアの兵もいたな。俺はオーシアの識別信号をもつ機を撃墜したことがある。国境なき世界と名乗っていた」
「私は初めて聞く話だね。反社会主義者かな」
「そんなところだろう。やつらはベルカの勝利云々じゃなく、世直しとか革命とか言って、世の中全部を壊す気でいたから。――で、その片棒を担ぎやがったのが、戦争中に俺の掩護機ウィングマンをやっていた相棒でな」
 何だって?
 混乱して、彼は隣の男を見た。ベルカ戦争後のクーデターが世直しだというのもよく分からなかったが、戦勝国側の兵士がベルカ軍と一緒にテロを行うというのは更に分からない。
「しかしあんたは、あんたたちは戦争の勝ち組だったんだろう? どうしてあんたの仲間がベルカのクーデターに参加することになるんだね」
「ふん、勝ち組か。勝ちだの負けだのは、あいつにとってはあまり意味のないことだったんだ。やつが作戦中に急に姿をくらますまで、俺はそれに気付かなかったが」
 どういうことか、更に問いかけようとした彼を遮るように男は続ける。
「世界をぶっ潰そうっていうイカレたテロ組織に加わる理由が、やつにも何かあったんだろう。できることならブン殴って連れ戻したかったが、できなかった。テロリストはミサイル基地を乗っ取った。それで最後に、ボタンひとつ押すだけで都市を更地に戻せる兵器を機体に載せて、あろうことかあいつが俺に向かってきたんだ――たった一人で。相棒はそれでどこぞの首都を爆撃して、歪んだ世界をリセットするんだと言った。やつが命をかけてそのスイッチを押すというなら、俺も命をかけてやつを墜とすさ」
「……今あんたがここにいるということは、あんたが勝ったということかい」
「後悔してるのか、なんてつまらんことは聞かないでくれよ。同じことが起きたら、俺は何度でも繰り返す。その覚悟がなきゃ戦闘機には乗れん」
「…………」
「俺は後悔なんぞしてないし、やつもそうだったろう。そんなことは互いによくわかってる――相棒だったからな。しかし折に触れて考えるんだ。勝ったのは俺だが、本当に正しかったのはどちらだったのか」
 どう相槌を打てば良いのか、彼には分からなかった。
 おだやかに車に揺られながら、黙って流れゆく景色を眺め、しばらくしてからようやく口を開いた。
「私は、あんたが正しかったと思うよ。つまり、あんたが相棒を止めたから多くの人が死なずに済んだってことなんだろう? 誰だって、見ず知らずの他人に勝手な理由で殺されるなんて理不尽すぎると言うほかない」
「まあな。ちょっとまずいところがあるから全部ぶち壊してしまえなんていうのは、ガキの癇癪とそう変わらん。そんな単純な方法で上手くいくなら、俺たちより賢い誰かがとっくに地上に天国を作り出してるだろう。――だがあれから十年たって、世界は少しはマシになったか? 戦争は絶えない。憎しみは消えない。街は焼け、人々は死ぬ」
「…………」
「あのとき俺たちを戦わせたのは、時代じゃなかったのかと思うことがある。今の世界を形作っている流れに、俺も無関係じゃない。それどころか、でかいキッカケのひとつには組み込まれてるのかもしれん。もう俺個人がどうこうできる問題じゃないが、一時は互いに命を預けた戦友を墜としたことは忘れられない」
 老兵は死なずただ消え去るのみ、なんてクールには、なかなかなれんもんだな。
 自嘲気味に呟いて、男は静かに煙草をふかした。
「――その相棒から、ひと月前にメッセージをもらってな」
 おもむろに続いた一言は、とんだ隠し玉だった。
 色々と物思いに沈みかけたところだったので彼はすっかり仰天し、思わず声も裏返る。
「ええ?」
「どうやらあいつはくたばっちゃいなかったらしい。まぁいつも悪運を味方にするやつだったから。生きていると知って、どうにも無視できなくて、とうとう大西洋を越えちまったよ。俺も大概だ」
 おそらくかつて世界を救ったらしい戦闘機乗りは、笑うと近寄りがたい雰囲気がさっと失せ、ふいに人懐こい印象の男に変わった。

「相棒の居場所は分からないんだろう?」
 デラルーシの国境を越え、二人は同じ街で車を降りた。
 男の目的地はまさしく彼の故郷だったようで、奇妙な縁だと彼は思う。
「ああ。二年前にはこの街にいたようだが、さすがに今はもういないだろう。最初から見つけられるとは思っちゃいないんだ。じっとしていられなかっただけでな。何もしないでいるよりは、多少ふんぎりみたいなものはつくだろう」
「どのくらい滞在するんだい」
「一週間」
「会えるといいね」
「どうかな?」
 不思議に思って見返すと、男は困ったように笑った。
「その、相棒のよこしたビデオレターというのが酷いものでな。こっちは十年やつを殺した気でいたのに、あの野郎なにか悟りきったような安らかな笑顔しやがって、ありがとうと抜かしたんだ」
「はぁ」
「それで今までは、やつを見つけて一発殴らなきゃ気が済まないと思っていたんだが……あんたに色々喋ったら、どうでもよくなってきてしまった」
「ええ? そりゃまたどうして」
「知らん。今まで人に喋ったことがなかったんだ。考えごとを人に打ち明けるとすっきりすると言うが、本当だ」
「なんで私なんかに喋る気になったんだね?」
「さてな。メビウスの話を聞いたからか……」
 そこで男は少し黙り、ふと気付いたようによく晴れた蒼穹をまぶしげに見上げた。
「でなきゃ、空が広かったから、か」

 じゃあ、幸運を。あんたも。
 そう言って別れたあの日の男は、ベルカ戦争において鬼神と恐れられたウスティオの戦闘機パイロットだったのではないかと……。
 彼が考え始めたのは、弾痕も生々しい故郷の街に人々が戻り、暮らしていける程度に整理がついてきた頃だった。事情通の商人仲間から、ベルカ戦争でもメビウス隊と同じくらい目覚ましい働きをした戦闘機コンビがいたらしいという話を聞いたからである。
 あの男がまさか伝説のパイロットだと考えるのは、少し想像力たくましすぎるかもしれないが、彼の胸にはあの日の会話と元パイロットの眼差しが深く突き刺さって残っていた。戻ってきた近所の知り合いたちと戦勝祝いを謳ってささやかな宴を開いたこともあったけれど、友人たちほど素直に楽しめなかった自分の気持ちの変化が彼には少し意外だった。
 ベルカは別大陸の国、十年といえばひと昔。しかし人間の為すことには大して違いはないらしい、と自分たちの身に起こった戦争を思う。
「考えてみれば、エルジアにもエルジアなりの理由があったわけだ……」
 しかしそう呟くそばから、食事を告げる家族の声を聞くと、もし彼らがエルジアの銃弾に倒れるようなことがあれば、自分は決してエルジアを許すことなく憎み続けたに違いないと確信もするのだ。
 ――本当に信じられる善悪の基準など、どこにあるのやら。
「確かなのは、死んだ人間の命だけか……」
 やっと綺麗に片付いた書斎の窓から外を見ると、戦闘機の飛ばない空が広かった。
 はたしてあの男が相棒と再会できたのかどうか、知りたいと彼は思っていた。


(おわり)
スポンサーサイト

トラックバック

コメント

コメントを残す

Secret



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。