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モンスターハンター!3 4章

熱砂の銃槍師 4章です。

ラマラダが奇蹄類でラクダが偶蹄類なのは承知の上で……。
どうしても砂漠をラクダで渡るキャラバンが書きたかったのだった。


モンスターハンター! 熱砂の銃槍師


 4章 《狼吼》ガルファイド

「いやはや。なんだか、すげえのが来たな……」
 銀髪の青年が去ったあと――。
 マディフは残された者たちと共に酒場でしばし呆然としていた。イヴリンも驚いたふうに口に手を当てている。風が吹きぬけていったような印象があった。
「……あ。もしかしてあいつ、昨日ガルファイドと一緒にドスガレオスを狩ってきた双剣士じゃないか? 夕べは兜で顔が見えなかったが」
 我に返ったのはイヴリンも仕事に戻り、誰かがそんな呟きを漏らした頃である。
「言われてみれば……。しかし、やつが行ったのは一角竜の狩猟だっただろ?」
「帰り道で出くわしたようだぞ。アルコリスから下る街道の途中でな」
「はあ? あんなガレ場に、どうして砂竜が出るのよ」
「知るか。なにしろ《狼吼ろうこう》だ。何だって起こるだろうさ……」
 ――《十字傷》討伐で、そのうえ《狼吼》と組みたい、だァ?
 皆が解散するなかで一人残り、マディフは禿頭をつるりと撫でた。
 唐突にやってきた異邦の若者は能天気そうな面をして、酒場をかき回すだけかき回していったようである。あれで上位というのも驚きなんだが、と考えてマディフは思い直す。土地のハンターどもに楯突いた様子は確かに肚が据わっていた。
「妙な北風が吹いてきたもんだぜ。こりゃひと騒動ありそうだわ……」
 ぼやきながら、男は灼熱の日差しの街路に首を突き出した。どこか見えない一角に乱雲の兆しでも出ているのじゃないかと――そんな気がして、マディフはしばらく青空に目を凝らしていた。


 大剣使いが見上げている、その空の下で。
 轟竜狩猟に付き合ってくれとルイに直談判すべく、ヒューは人ごみをすり抜けて西門へと向かっていた。
 ――あいつは誰とも組まないとか、マディフは言ってたけど……。
 しかし、ルイとはすでにドスガレオスを狩った仲である。
 たとえ単独狩猟を好むにしろ、仲間と連携して動く必要のあるパーティーハントを苦手とするようには見えなかった。ただ、相手が悪名高き轟竜《十字傷》となると諾否は見えてこない。
 ――にしても、《十字傷》か……。
 大通りを西へ折れ、ヒューは額を流れ落ちる汗をぬぐった。
 呼び名がつくほど怖れられていたのかと思うと同時に、やはりと納得もした。
 フラヒヤ山脈で、あの竜が目撃されるようになって三年ほど。実はもっと以前から山に来ていたのかもしれず、今まで被害がなかったのは単なる幸運という気がした。ことはポッケ村だけの話ではない。砂漠で一度に十六人が殺されたと聞いたとき、もしどこかの集落が竜に見つかればその数字では済まないだろうと、ヒューはぞっとしたのだ。
 ――絶対に狩らなきゃならねえ。
 だが自分一人では役不足だ。誰かの助けが欲しかった。あの荒野で、迫りくる砂竜の顔面に臆せず竜撃砲を見舞った銃槍師の姿が、頭に焼きついていた。
 砂塵巻き上がる西通りを抜け、大門へ到着した。
「おっ、おおおお……!」
 しかし門を通り抜けるなり広がった光景に、ヒューはあんぐりと口をあけた。
「すっげー、ラマラダだらけだ……!」
 あまりに呆けて思いっきり砂埃を吸い込んでしまい、お約束で咳き込む。近くで見ていたラマラダの一頭が、馬鹿にしたように「ぶふぉ」と鳴いた。
 森林に住むアプトノスにかわり、乾燥地で大切な働き手となる草食獣がラマラダだ。長細い四肢に、ずんぐりした身体。眠たげに反芻をくりかえす様子は鈍重そうだが、背中のこぶに大量の脂肪、そして血中に水分を蓄えておけるので、少ない水と食料で長距離を移動できる優れた砂漠の歩行者である。
 西門外広場のラマラダ売買マーケットは一段落したあとらしい。あちこち張られた商人の天幕脇で、逃げないよう前脚片方を折りたたむ形に縛られたラマラダが、数頭から十数頭の群れを作って休んでいた。人間より家畜のほうが多いようだが、はたしてルイは本当にこんなところにいるのだろうか?
 ――とりあえず誰かに尋ねてみっか……。
 ヒューがきょろきょろしていると、斜め後ろからしわがれた声がかかった。
「ハンターか、砂漠の外から来た?」
 見ると、長い外衣ローブ頭巾ターバンを巻いた老人が立っている。
 ヒューが眺めていたラマラダの主のようだ。砂漠に生きる民らしい、日に焼けつくしたしわ深い顔。眼光だけは鷹のように鋭い。
「俺? うん。よくわかったな」
「妙なことを言う。見ればわかる。お前のような毛色は、砂漠にはおらん」
「そりゃそうだけど、ハンターってこともさ。防具着てねーのに」
 なにしろギルドの受付嬢にまで間違えられたのだ。
 自分で言ってヒューは微妙に傷ついたが、老人は表情も変えず、骨と皮だけの枯れ枝のような手で青年とラマラダを指差す。
「ラマラダを見慣れんのだろう。距離の取り方がハンターのものだ」
「そ、そうかあ……?」
「多くは怖れて近寄らない。まぬけな旅行者は近寄りすぎる。そして怒ったラマラダが吐いたものをかぶる。お前があと一歩近かったら、そいつはお前にむかって嘔吐しただろう。お前がいるのは、ラマラダの機嫌を損ねるぎりぎりの位置だ。良いハンターにはその線が見える」
「げっ。ブレス……じゃなかった、げろ吐くのか、こいつ」
 半分寝ながら反芻しているラマラダを見上げ、ヒューは二三歩後ずさった。
 しかし老人はそんな青年におかまいなく、どこからか砂色の布を引っ張り出してくると、なにげなくヒューに手渡した。
「お前。この長衣をやろう」
「なんだ、服? みんな着てるやつじゃん。民族衣装か?」
「セクメーアの太陽と砂は、その薄い生地では防げん。砂漠にいるならこれを着ろ」
「へえ、もらっていいのか? ありが」
「五千」
「へっ?」
「五千」
 パーを突き出し、無表情に繰り返す老人。三秒してからヒューは気づいた。
「金取るのかよ!! じ、爺さん、それちょっと高くね!?」
「五千だ」
「いや、じゃ、俺べつにいらねーし……!」
「なに。お前は受け取ると言った。取り引きで嘘をつくのは、セクメーアでは最大の罪になるのだぞ」
「でえっ!? でも俺は砂漠の人間じゃねえっつーか……!!」
 マディフといいこの老人といい、今日という日は厄日か!?
 狙った獲物は逃さない。ハンターをもたじろがせる、竜より抜け目ない砂漠の熱き商魂である。逃げ腰で押し問答するヒューだったが、割って入った助け舟は落ち着いた声だった。
「五千は吹っかけすぎだ、爺さん。相場は五百だろう」
 老人の天幕から顔をのぞかせた者がいる。
 頭まで布で覆う砂漠の民の服装をして、だが見覚えのあるやや険のある目元。片手で挨拶をしてきたのは、まさしく探していた銃槍師だ。
「ルイ! って、五百!? 十倍もぼるつもりだったのかよジジイッ」
「気に入らん。せっかくのカモを。なぜ邪魔する」
「俺の知り合いなんだ。まけてくれ」
「お前の知り合いだと。ますます気に入らん」
 憤慨するヒューにも恬として恥じず、とんでもない老人はぶつぶつ言った。そしてくるりと背を向けると、なおも口中で何事か呟きつつ天幕へ消えていく。
「お、おい爺さん、結局どうすんだよ?」
「五百でいいってことさ、ヒュー」
 戸惑うヒューと目が合うと、ルイは口の端だけでわずかに笑んだ。

 * * *

「ちょうど俺がいてよかったな。天幕にいたら、あんたの声が聞こえたから」
「助かったぜ。でも結局買わされるみたいだけどな、俺……」
 ヒューがぼやくと、長衣を検分していたルイは軽く眉を上げた。
「いや、これは少し値切りすぎた。爺さん人を見て渡したな。ものは良いから買っておいて損はないよ。砂漠にいるならいずれ必要になるしね」
「そうなのか? んじゃ、ラッキーだったのか。今の凄い爺さんと知り合いなんだ」
「まあね。それよりヒュー、こんなところで何してるんだ? 狩場へ行くラマラダなら、個人で手配しなくてもギルドで世話するはずだが……」
「ああ、いや、俺はお前を探しに来たんだよ、ルイ」
「俺を? 何か用か」
 いぶかしげに目を細めたルイへ、ヒューは単刀直入に言った。
「うん。お前さ、俺と一緒に《十字傷》を狩ってくれないか?」


 妙な横槍が入りつつ再開できたルイはしかし、今日も恬淡とした人物だった。
 訪ねた理由を語り、轟竜討伐に加わって欲しいというヒューの熱の入った勧誘にもわずかばかり沈思しただけで、あっさりと答えたのだ。
「あんたの事情はわかったが、俺は手伝えないよ。悪いが他を当たってくれ」
「ち、ちょっと待てよルイ。確かに、なみの覚悟じゃ挑めねえ竜だけど」
「パーティー向きじゃないよ、俺は。あんたなら他に組もうってやつもいるさ」
「背中まかせられる仲間なんてそう簡単に見つからねーって」
 ――マディフが無理とか言うわけだ……!
 必死に食い下がりつつ、意外な手強さにヒューは内心汗をかいた。なるほどルイは筋金入りの単独狩猟者ソロハンターだった。
 しかし昨日の砂竜狩猟を見る限り、パーティーハントに向かないことは決してないのだ。なにより集会所のハンターたちに濃厚だった《十字傷》への怯えがルイの目にはなく、なんとか仲間にしたい一心でヒューは語気を強めた。
「ルイ。俺はどうしても《十字傷》を狩りたいんだ」
「そう言われても。あれ相手となると、命を賭けるほどのつもりがいるし」
「死ぬまで付き合えとは言わねえよ。無理そうならリタイアだって考えるさ。でも俺は、お前とならなんとか行けそうな気もするんだ。お前は?」
「…………」
 沈黙は否定ではない。
 だがまったく表情を動かさないルイの胸の内は読めず、ヒューは次の言葉を探す。
「成功報酬は、お前に全部やってもいい」
「いや、金はいいんだが……」
「素材もだ。俺は《十字傷》が仕留められればいい。あいつがいなくなれば、ジャッダハの人たちだって助かるだろ?」
「そういうことじゃなく……。ヒュー、《天弓》には頼まなかったのか?」
「兄貴?」
 唐突に兄の通り名を出されて、ヒューは目を瞬いた。
「ああ、実を言うと兄貴のパーティーに手伝ってもらう予定だったのが、ギルド指名の緊急依頼で来れなくなっちゃってさ。やつを砂漠で狩るチャンスは今しかないから、俺一人で来た」
「来年まで待てないのか。そんなに急ぐ理由が?」
「待てねえ。あいつは山に、ポポって草食獣を喰いに来るんだ。村には家畜のポポがいるし、地熱で暖かい。ティガレックスはもともと寒冷地の生き物じゃねーし、村には餌も寝床も揃ってるから、見つければ必ず来るってオババ――村長も言ってる。今年の春は、村から峰ふたつ越えたあたりに足跡が残ってた」
「そうか……。だがその竜は本当に同じ個体なのかな。フラヒヤ山脈は、ここからかなり遠いんだろう。無駄骨だったら?」
「渡りをする竜はけっこういるだろ。かなり長距離を旅する飛竜もいるって、ドンドルマの学者にも聞いたしな。やつが出る時期も砂漠は繁殖期から温暖期で、雪山は寒冷期の初めか終りなんだ」
「かぶってはいないわけか……」
 何が気になるのか、色々なことをルイは聞くようだった。
 ジャッダハのハンターにしてみれば砂漠に出没するティガレックスさえ始末できればすべて片がつくものを、それで本当にポッケ村が守れるかというところまで気にしている。冷静なのか生真面目なのか、
 ――これで戦いぶりは熱いんだもんな……。
 なんとなく不思議な気分にとわられながら、ヒューは思い出して言い添えた。
「それに、あの額の十字傷な。縦の一本はザクセンがつけたんだ」
「ザクセン? 誰だ?」
「俺の狩りの師匠みたいな人だよ」
 言ってヒューは少し眉を険しくする。それは青年がポッケ村に赴任することになった直接の原因であり、今ここでルイと交渉している理由でもあった。
 二年と半年ほど前の初冬――。
 村の前任ハンターであるザクセンは雪山へ鉱石採集に行った先で、あの轟竜に遭遇した。たまたま後から来た仲間の助けで逃げることはできたものの、利き足に重い怪我を負い、ハンター稼業の引退を余儀なくされたのだ。しかしザクセンはその際、愛用の大剣で竜に一矢を報いてもいた。《十字傷》の名の所以である。
 ――その傷が俺を呼び寄せた。
 命取りだぜ、とヒューがひそかに闘志を燃やしたとき。ルイが低く呟いていた。
「――仇討ちか」
「え? 今なんか言ったか?」
「いいよ。あんたに協力しよう」
 最初に断ったときと同じ、あっさりした口調だった。
 驚いてヒューはルイを見る。聞き間違いかと思ったが、ルイは確かな表情でヒューを見返していた。
 先ほどまでの逡巡は何だったのか。さっぱりわからなかったが、そんなことはどうでも良い。ヒューは満面に喜色を浮かべ、思わずルイの両肩を掴んだ。
「助かるぜルイ、恩に着るよ。ありがとう!」
「あまり期待するな。俺は厳しい狩猟になると思う。……でもまぁ、よろしく」
 ――マディフのやつ。何が無理だ!
 やはり人は話してみなければわからない。これで轟竜討伐への道は一歩前進したのだ。砂漠の街の片隅で、二人は二度目の握手を交わした。
「よっしゃ、がぜん張り切ってきた! って言っても俺、しばらくは狩猟依頼も受けられねーみたいなんだけどな」
「ん、そうか。ギルド規則か」
「採集からやり直しだとさ。でも《十字傷》討伐までに互いの呼吸も掴んでおきたいし、ぬるい仕事で悪いけど付き合ってくれねえ?」
「もちろん、構わない」
「あとさ、ルイ。マディフっておっさん知ってるか? 狩場に詳しいとかで、砂漠を一度案内してもらおうと思ってるんだ。採集のとき、そいつが一緒でもいいか。それともお前がいれば充分かな?」
「あんたがしたいようにすればいいさ、ヒュー」
 しかし、いささかはしゃぎすぎなテンションで今後を考え出したヒューは、最後にルイが付け足した奇妙な言葉をうっかり聞き逃していた。
「――むこうが俺と組むのを嫌がらなければね」

 * * *

 ヒューとルイがパーティーを組んで半月ほどのち――。二人のハンターの姿は、セクメーア砂漠でもジャッダハからほど近い岩石荒野の狩場にあった。
 熱風が地表を舐め、陽炎を揺らめかせていく。
 じりじりと灼熱の太陽光は容赦なく地肌を焼くが、湿度は低いため岩陰に入ってしまえば涼しい。ただ、時折り吹く風と舞い上がる砂は厄介だ。まともに受けると息が詰まる。マスクがわりに巻いた布がずり落ちるのを、ヒューはもう一度、鼻の上まで引き上げた。
 ぽつりぽつりと雲の浮かぶだけの炎天。
 赤茶けた岩山は蒼穹の色をより深めている。風に地がえぐられ岩が削られしてできた台地は見通しが悪く、似た風景がえんえん続くようだが、実は少し先にちょっとした段差がある。そこへやって来るはずの者たちを、ヒューとルイは近くの岩陰で辛抱強く待ち続けていた。
「――来たな」
 大地に耳を押し付けていたルイが顔を上げた。ヒューは軽い頷きで返す。
 地鳴りだ。何頭もの大きな生物が突進する音が聞こえてくる。やがて岩山のむこうに砂ぼこりが立ち、姿を見せた集団があった。乾燥地帯でもっとも一般的な草食竜、アプケロスの群れである。
 背に亀のような硬い甲羅を持ち、近寄るものには何にでも頭突きを食らわせる。警戒心が非常に強く、神経質ゆえに飼育は難しいが、肉や卵は砂漠の貴重なタンパク源として人々によく利用されていた。しかし二人が待っていたのは彼らではない。
「ギャアア、ギャアッ」
 逃げるアプケロスを追い立ててきたものが、ゲネポスだった。
 大陸各地に群れで生息する小型鳥竜ランポスの砂漠適応種だ。黄褐色の体に緑のストライプ。色のほかは一見してランポスと大差ないが、特異なのは上あごから長く伸びた二本の前牙だ。神経性の麻痺毒を、その牙でのぶかく獲物に打ち込んで狩る肉食竜。
 しかし、ゲネポスは鳴きわめいてアプケロスを追うだけで、攻撃する気配はない。ときどき群れから弾き出された個体がいると、跳びかかって群れに戻す。それは家畜をまとめて厩舎に向かわせようとする人の動きに似ていたが、逃げ惑う草食竜が誘導に気づいた時にはすでに遅かった。十五頭ほどのアプケロスは、暴走の勢いのまま段差にむかって突っ込んでいく。すさまじい地響きと悲鳴。
 難を逃れたアプケロスたちが逃げ去り、立ちこめた土煙が風に散らされた頃。段差の下には、次々落下した仲間に潰されて圧死した二頭の死体が横たわっていた。
「グールルルル、ギャッギャッギャッ」
 そして、それを崖の上から見下ろした勝者がいる。
 ひとまわり体躯の大きなゲネポスのリーダー、ドスゲネポス。引き連れた十頭ほどの取り巻きも段差を降り立ち、リーダーと、群れでも地位の高いものから順に獲物を食べにかかった――そこまで見てとり、ヒューは背中の双剣を引き抜いた。
「いいか、ルイ」
「行こう」
 食事時は竜がもっとも油断する瞬間のひとつ。
 岩陰から矢のように走り出て、ヒューは崖の上に見張りに残った小柄な一頭を斬って蹴落とす。太陽を背負うハンターは逆光の中。威嚇音を発して振り仰いだ竜たちの視覚を、追い打ちにルイの投げた閃光玉が烈しくフラッシュして灼き貫いた。


「乾杯――!!」
 その夜。
 ジャッダハ周辺に棲みついたゲネポスの間引き討伐も問題なく達成し、街へ帰還したヒューとルイは酒場で景気よく杯を打ち鳴らしていた。
「っし、順調順調! これで大型モンスター狩猟も許可が下りるようになったな!」
「いそぎすぎるよ。おかげでこっちはくたくただ」
「悪ィ悪ィ。だって《十字傷》が出たとき依頼が受けられねーってんじゃ、俺が来た意味ないからさ。……今日も目撃報告はなかったみたいだなぁ」
「まぁ、息は合うようになったか」
「だろ! こういうのは間を置かずにやったほうがいいんだ。ぶっちゃけ俺たち良いパーティーだと思うぜ」
「自画自賛」
 ルイが口の端を持ち上げて言ったので、ヒューも快活に笑ってジョッキを傾けた。
 サボテン採集から始まって黄金魚釣り、アプケロス狩猟、砂竜のキモの納品。
 砂漠を知るための初級依頼を破竹の勢いでこなし、ヒューは今日やっとドンドルマと同等のランク認定をジャッダハギルドから得ることができたのだった。
 ルイは早すぎると言ったが、ヒューにすれば予定より時間を食っている。やはり砂漠は侮りがたく、特に地獄のような暑さには体温上昇を抑えるクーラードリンクの助けを借りても、バテることが多かったせいだ。それでも普段雪山を拠点にしているのを考えれば、倒れないほうが異常などとイヴリンやマディフは言っている。
「砂漠に来て感動したことの一番は、キンッキンに冷えたビールが格別にうまいってことだな」
「よかったな、飲めるようになって。少なくとも一杯」
「兄貴が、十杯一気して足がふらつかなくなったら一人前とか言ってて……」
「安心しろよ、ヒュー。それならほとんどのハンターは半人前だ」
 今日の狩猟内容を振り返ったあと、二人はたわいない会話をしながら食事をとった。初対面のときより銃槍師の口数も幾分は多くなっている。
 ヒューの最初の直感通り、ルイはヒューと馬の合う、果敢に攻める討伐狩猟を好むタイプのハンターだった。
 道具や薬品を多用する者、時間をかけて追い詰める者、危険な依頼は避けて安定した狩猟を行う者。ハンターも十人十色だが、どちらかというとヒューは生命を剥き出しにした竜との力のやり取りに積極的な狩人である。二人ともに刃となり、それぞれの裁量で獲物を攻めながら時に応じて連携できる――ルイは、ヒューにとって動きやすい最適の仲間だった。
「…………」
 ――でもやっぱり、ちょっと不思議なやつだよなぁ。
 野菜を塩茹でにしたのをつまみ、ぽいと口に放りこむ。そう思ったのは、酒場の喧騒の中、そこだけぽっかり音が抜けたように静かなルイのたたずまいが、以前からヒューの気持ちのどこかにひっかかっていたせいかもしれなかった。
 銃槍を構えていないとき、ルイは寡黙で穏やかな男だった。
 というより、静かすぎる印象がある。これでいざ竜狩猟となると、無謀で知られる自分がヒヤリとするほどの苛烈な戦い方をするのだ。
 ――《狼吼》ルイ・ガルファイド。
 この街で銃槍師がそう呼ばれているのを知ったのは、ヒューがルイと組んでまもなくのことである。
 武器職人が火竜のブレスを模して開発したという銃槍最大火力の砲撃、竜撃砲。ルイの黒いガンランスはさまざまな部品や組立ての具合によるのか、竜撃砲を撃ったあと、獣の遠吠えに似た独特のもの悲しい残響が尾をひく。明白な由来の二つ名は、しかしどうやら不吉な意味をともなって街の狩人たちに呼ばれているらしかった。
 ――なにしろ、マディフはルイと砂漠に出るのを嫌がったからな……。
 ヒューがさっそく採集クエストを受けようとしたときの話である。
 砂漠案内なら任せろと豪語した大剣使いは、ヒューがルイとパーティーを組んだことにすこぶる驚き、共に狩場に出ることを渋った。腹が痛いとか子供が風邪だとか、適当な理由をつけて断ってきたのだ。後日ようやく承知したクエスト中でも、禿頭の大男は始終どことなく腰が引けていた。
 ――でもま、俺は迷信とかジンクスとか、正体のわかんねーもんに振り回されるつもりはねえし。
 ちらりと見た銃槍師の横顔はいつもと同じ、無表情に酒場の様子を眺めるともなく眺めている。
 むかし何かあったとしても、ルイが言わないならあえて聞く必要はないだろう。狩猟では息も合い、上手く行きすぎているくらいだ。死と隣合わせの仕事も多いハンター稼業は、外に出しにくい事情を抱えた者が最終的に就く生業という側面も持つ。目に見える問題がなければ互いの詮索をしないこと。それは狩人たちのあいだで暗黙の了解となっているふしがあった。
「なぁ、ルイ。お前さ、リオレウス狩ったことはあるか?」
 だからこの夜、たった一杯で酔いが回ったヒューが楽しげに言いだしたのも、なにか特別な意図があったわけではなかった。
「いいや。遠目に見たことがあるだけだな」
「そっか。俺は一回だけ兄貴のパーティーと狩りに行ったことがあるんだ。……へへ、このへんのハンターが憧れる飛竜っていったらモノブロスみたいだけど、ドンドルマのロマンはやっぱレウスだよ」
 言ってヒューは頭のうしろで手を組む。目を閉じれば今でもありありと思いだす、あの狩猟の光景。
 ――それは老いた竜だった。
 力衰え、みずからの縄張りを若い個体にとって替わられた竜だ。新しい領土を奪うこともできず死ぬこともできず、ついには人里を襲うようになったもの。ドンドルマに舞い込んだ依頼を受けたのが、ヒューの次兄セインだった。
「年寄りでも、すげえ迫力だったぜ。威厳っつーか、圧倒的っていうかさ。俺らが狩りに行ったら、あいつのほうが先に感づいて出てきたんだ。一歩も退かねえって感じの、ぞくぞくする眼をしてたな……」
 炎のように赤い巨体が森から姿を現したときは、心が震えた。
 天から与えられた己の爪牙と翼だけで、この世界を生き抜いている。その気高い力強さが涙が出るほど美しかった。
 ――誇り高き空の王。雄火竜リオレウス。
 たとえ一瞬だけだとしてもお前と同じになれるのなら、俺は死んだって構わない。
 そしてハンターも二本の紅い牙を剥いたのだ。
 狩人としてヒューの根幹にあるものは、子供のように純粋な憧れだけである。大きく強く在る者への果てない憧憬。とほうもなく自由で偉大で、遥かな力に満ちあふれた、まぶしい生命あるものへ――。
「あんたは人に生まれるべきじゃなかったな、ヒュー」
「へっ?」
「竜に生まれりゃよかった」
 唐突に現実へと引き戻されて、ヒューは目を白黒させた。
 ルイは頬杖をつき、どこか遠い目でヒューのほうを見ている。言われた意味もよくわからなかったが、いつも生の感情を出さない銃槍師の声音に心なしか懐かしむような色が滲んだ気がして、ヒューは少し頭が醒めた。
「――俺が以前住んでいた街は、竜の少ない土地だった。大型竜どころか、ランポスみたいな小物もめったに見かけない」
「竜が少ない? そんな土地があんの?」
「まぁ、ここよりずっと北のほうにはね。それでも何十年かぶりに、街の近くを飛竜が通りすぎたことがあった。あの頃は名も知らなかった。リオレウスだったよ」
「へえ……」
「街は大パニックで、戦争みたいになった。城塔の錆びた大砲を竜に向けて撃ったが、届くはずがない。小馬鹿にしたように悠々と旋回して去って行ったな……。俺に竜の名前を教えてくれたひとも、騒ぐ連中を見て呆れていたよ。それから彼女は、あんたと同じようなことを言った……」
 ――自然に生きる者の孤高は美しく、掛け値のない自由と強さを持っている。あんなふうに生きられたら。
「…………」
「ルイ?」
 ヒューはぽかんと口を開けた。話の途中で急にルイが立ち上がったのだ。
 驚いて見上げるヒューに口元だけで笑むと、
「俺は今日はもう上がるよ。また明日な」
 それだけ言い、ルイは本当に手早く荷物をまとめ始める。ヒューが止めるのも聞かず、銃槍師は夜の闇に紛れるようにして飄然と酒場を出て行ってしまった。
「なんだあいつ……。俺、怒らせるようなこと言ったか?」
 残されたほうは、わけがわからない。酔いはすっかり醒めていた。
 よくよく会話を思いだしてみても、こちらはただ話を聞いていただけである。首をひねりつつヒューがなんとなく周囲を見回すと、何人かのハンターが慌てたように視線をそらした。
 ――ルイを気にしてるのか……。
 《狼吼》の二つ名。何がどう不吉なのか、人に聞いたことはない。自分が見込んだ相棒である。今更こそこそと身上調査などするつもりも毛頭なかった。
 ただ、この街の集会所でルイが他のハンターから避けられていることは、いくら鈍いヒューでも気が付いている。最初は単なる好みと思ったルイの単独狩猟も、本人が好むのも確かな一方、そうならざるを得ない理由も何かある気配がするのだった。
「……聞きたくなったら、直接聞くさ」
 遠巻きの好奇の視線に珍しくムッとしつつ、ヒューは声にして呟いた。席を立つ。
 集会所を出ると、昼間の熱気が嘘のように夜気は急速に冷えこんでいる。
 まだ絶えない人通りを縫って、ひとり宿へと歩いた。胸に残った釈然としないしこりは、不安ではないとヒューは思った。
 翌朝以降も、ルイは常と変わらぬ様子で集会所に姿を見せた。
 ヒューと次の狩猟計画を立てては砂漠にくり出し、適度な休息を挟みつつ徐々に調子を上げていく。ひたすら狩猟へおもむく一週間。
 ティガレックス《十字傷》は、まだセクメーアに現れない。


(「5章 護衛任務」に続く)
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コメント

はじめましてです。
初めて書き込みさせていただきますフォント5号と言います。
ピクシブのトリコ漫画(酒飲んでるだけ)から飛んできました!
どうしても、サニーさんのいないいないぶぁああに大爆笑したことを伝えたくて…。
ほんとにもうドツボで小1時間笑いっぱなしでした。
見ては笑い、見ては笑いの繰り返しです。
四天王はまだ揃ったことはありませんが、きっとこんな感じなんだろうなあ(ゼブラの音痴辺りなど)と思いながら楽しく読ませていただきました!
ありがとうございました。
それではコメントだけですが、これで失礼します。
  • 2011-07-24│18:16 |
  • フォント5号 URL│
  • [edit]
>フォント5号さん

はじめまして! うおお、わざわざブログにまでご足労ありがとうございます!!
いないいないネタは、思いついた瞬間、私もキモい笑みを真っ昼間の公道で浮かべてしまい
軽く不審者だったんですが、小一時間も笑っていただけたとは……
ギャグ屋として本望です(`・ω・´)キリッ
トリコ熱が高じて変なマンガ描きましたけれども、喜んでいただけて嬉しいです~。
はやく原作で四天王そろって欲しいですよね!笑
これからもトリコを愛でていきましょう、ご一緒に(何の勧誘
それでは、コメント本当にありがとうございました、励みになります……!^^
  • 2011-07-25│23:17 |
  • 銀貨 URL│
  • [edit]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2011-07-30│09:15 |
  • [edit]
>リンク報告くだすった方

こんにちは~、はじめまして!
(お名前を出して良いか分からなかったので、一応ふせました)
おお、聖剣でおいでくださったとは……コンテンツ残しておいて良かった(笑
私は最近すっかり別ジャンルにかまけてしまい、聖剣はご無沙汰ですが
マンガや絵なんかは残してあるので、楽しんでいただけると嬉しいです~。
リンクの報告もありがとうございました!
またいつでもお気軽にお越しくださいませ!^^
  • 2011-08-02│22:46 |
  • 銀貨 URL│
  • [edit]

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