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モンスターハンター!3 2章

熱砂の銃槍師 2章です。




モンスターハンター! 熱砂の銃槍師


 2章 邂逅の荒野

 竜車の揺れが、変わってきたようである。
 ヒューは閉じていたまぶたを開いて、半身を起こした。先ほどまで草を踏んでいた車輪の感覚が、もっとごつごつしたものに変化している。あくびをし、不安定な揺れの中、積荷をまたいで幌の外に頭を突き出すと、乾いた外光が強く目を灼いてきた。
「おー、あれがサボテンってやつかぁ。いよいよ砂漠地帯だな!」
 白んだ世界にようやく色が差してくる。見えたのは岩だらけの荒涼とした風景だ。
 長旅の疲れも吹きとばして、ヒューは好奇心に目を輝かせた。初めて見るものは何だって面白い。
 ポッケ村を出発し、フラヒヤ山脈から南下して、故郷ドンドルマを通り過ぎた。そこから広大な内陸海、ジオ・クルーク沿岸を船で西へ回りこみ、やっと目的地である砂漠行きの竜車に乗って二日が過ぎたところである。
 ジオ・クルーク西岸には高湿度のジャングル、メタぺ密林が、狭い地域ながらも鬱蒼と緑を茂らせている。その森を迂回し、続く草原地帯を通り抜けて、更に南下した竜車がやってきたのは草木のまばらに生えた黄土の大地だった。
 大小の岩がごろごろと転がり、不毛の丘陵と隆起した台地のあいだを道とも呼べない道が走る。直射光の照りつける荒野に生き物の気配は少なく、わずかな雲の浮かぶ青天に一羽の鷲が弧を描くばかり。乾燥した空気には砂の匂いが混じった。
 この岩石砂漠を半日も行けば目的の街に着くのだが、
 ――もっとずっと南には、一面砂の海って場所もあるって御者が言ってたっけ。
 砂砂漠というらしい。
 とてつもなく粒子の細かい砂が広大な海を作り、昼間は太陽光で黄金に、夜は月光で霜の降ったように白銀に輝く。だが、草木のない世界は灼熱と極寒の繰り返しで、その過酷な環境の中、独自の進化を遂げた生物が多様に生息しているとか。
 ――どんなモンスターがいるんだろうな。くっそぉ、楽しみだ!け、ど……。
 今回の遠征は遊びではないのだ。課せられた使命を思い出し、ヒューは気を引き締める。が、
「ふあぁああぁあぁ……」
 締めたそばから暇な気分が襲ってきて、青年は結局大あくびをした。
 ――砂漠に着く前から気ィ張ったってしょーがねーか……。
 根がお気楽な性質である。
 だいたいこの頃は移動につぐ移動で、誰かとまともな会話すらしていない。ヒューはつまらなくて仕方ないのだ。オモチがいればよかったのに、と思ったときだった。
「ん?」 ふと視線を感じた。
 荷台の最奥で、なかば積荷に埋もれるように休んでいる男がいた。
 ヒューの以前から竜車に乗っていた、もう一人のハンターである。というより、この竜車はもともと彼がオーダーしたものらしく、便乗したのがヒューだったのだ。荷台のほとんどを占領する荷物は、男の狩猟帰りのものである。
 ――なんだあいつ、起きてたのか。
 ぴくりとも動かないが気配でわかった。
 疲れているのか、人嫌いなのか。最初に名乗り合ったものの、人を寄せ付けない雰囲気なのでヒューも遠慮をしていたが、こちらもそろそろ限界だ。
 ――名前は、たしかルイって言ってたな。
 思い切って、ヒューは話しかけてみることにした。
「よぉ。お前、起きてたのか?」
 ガタガタと竜車は揺れる。
 よろよろしながら近付くと、ルイという名のハンターはやはり目覚めていたらしい。ちょっと躊躇ったそぶりをみせてから、片手で挨拶をして座り直した。
 年齢は、ヒューより二つか三つほど上だろうか。積荷の暗がりに溶け込んで見えたのは、夜のような黒髪と浅黒い肌のせいかもしれない。胴鎧メイルヘルムを今は脱いでいるが、ヒューの知らない鱗素材は上等そうな装備である。男は銃槍師じゅうそうしだった。
 相手のあまり気乗りしない顔つきも気にせず、ヒューは早速聞いてみた。
「なぁ。俺さ、ずっと気になってたんだけど、これって何かの角だよな? 牙か?」
 ヒューが示した男の荷物は、太くねじれた巨大な円錐形をしたものだ。根元を奥へ、荷台の対角線に置き、かろうじて車に乗せているが巻かれた布には長さが納まっていない。磨いたような真紅の切っ先が端から突き出ている。
 寡黙なハンターは表情を変えず、短く言葉を返した。
「ああ、角だ。モノブロスの」
「モノブロス!? ってあれだろ、ココットの英雄が最初に倒したっていう一角竜だよな!? いいなぁ、俺本物見たことない。仲間と狩ってきたのか?」
「いや……、俺はソロが多くてね」
「へえー、やるなぁ。この辺のモンスターでもモノブロスは手強いほうだろ?」
「どうかね。個体差があるから何とも言えないよ」
「ふーん、そっか……。あ、そうだ。お前のその武器、ガンランスだよな? 俺も何人か使ってるハンター見たことあるけど、なんか皆ぎこちなかったんだよ。やっぱり扱い難しいもんなのかな」
「さあ。どんな武器でも、向き不向きはあるだろうし」
「ふーん、そっか……。まぁ、そうかもな」
「…………」
 本気で寡黙な男である。話のつぎ穂が見当たらない。
 車内に気まずい沈黙が満ちる。空間には車輪がごとごとと岩を踏む音だけが流れ、困ったヒューはとりあえず率直な感想など述べてみた。
「お前ってさ……、なんだか謙虚なやつだな」
「……そういうあんたは、思ったことをそのまま口にするやつだ」
 ふっ、とルイは笑ったようであった。
 それは石像なみに動かなかった男から出た初めての人間的な反応で、ついヒューは嬉しくなって遠慮なくぶっちゃけた。
「なんだお前、普通に笑ったりするんじゃねーか。全然表情変わんないから、そういう縁起担ぎでもしてるのかと思ったぜ」
「縁起担ぎ?」
「ああ。狩りのあいだは人と喋らないとか酒飲まないとか、踊らないとか」
「…………」
「わ、笑うなよ。時どきいるだろ? なんか変に迷信深いやつがさ、ハンターには」
「踊らない?」
「いやっ、俺は別にそんな験担ぎしなくたって踊ったりしねーよ?」
「…………」
 くっくっく、と笑うルイ。この男、笑いのツボが謎だ。
 疑問符で頭をいっぱいにするヒューをよそに、ルイのほうは多少砕けてきたようである。少し柔らかくなった黒い目が、初めてヒューを正面から見た。
「俺も聞くが、あんたの防具は少し変わった素材だな。牙獣種か?」
「あ、ああ。えっと、これはフルフルって飛竜の皮でちょっと気味悪ィやつ。普通は白い竜なんだけど、亜種だったから赤いんだ。寒い地方に棲むから、きっと砂漠にはいないんだろうな」
「フルフル……、確かにこの辺じゃ聞かないよ。面白い名前だな」
「実物見たらそんなこと言ってられないぜ。こいつを狩ったときは俺、兄貴と一緒に喰われかけたんだ」
「兄貴もハンター?」
「ガンナーだ。俺が言うのもなんだけど、すげー弓使いでさ。こいつを一発で仕留めたときはホントびっくりしたもんな。矢で飛竜の頭蓋貫くんだぜ、普通じゃねーよ」
「ちょっと待て。あんたの兄貴、もしかして《天弓てんきゅう》パーシヴァルか?」
「なんだ。小兄知ってんの?」
「噂で少し。大げさな例え話かと思ってた」
「んなわけねーだろ! あのときは他にも雨とか密猟者とかで大変だったんだぜ」
「へえ……。面白そうだな、その話。聞かせろよ」
「おうよ、もちろん!」
 おだてられると調子に乗るのがヒュー・パーシヴァルという男である。
 それならと勢いこみ、腕まくりするノリで話し始めようとした矢先だった。
「ブモオオオオ―――!!」
 突然の悲鳴が響く。車を牽いていた草食竜アプトノスの咆哮だ。
 竜車ががくりと大きく揺れ、続いて混乱した御者の悲鳴。棹立ちになった竜が車と共に横倒しになる寸前、二人のハンターはそれぞれ己の武器を掴み、幌の中から飛び出していた。

 * * *

「おい、どうしたんだ!? 大丈夫か?」
 砂礫の上で、投げ出されたアイルー族の御者がひっくり返っている。
 駆け寄ったヒューが助け起こすと、御者は「ふニャン」と目を回した。
 竜車は完全に横倒しになっている。繋がれていたアプトノスはわめきながらもがいているが、ながえが邪魔でうまく起きられないようだ。
 しかし、事態はただそれだけだった。
 谷底の隘路を抜け、岩塊に囲まれた広場に出たところだった。強い陽光、コントラストの明確な影は縫い留められたように動かない。辺りを見回しても静かなもので、異常などは特に見当たらなかった。拍子抜けして、ヒューは双剣を納めると御者の砂埃を払ってやった。
「うニャ、びっくらしたニャ~。申し訳にゃいニャア、お客さん。急にアプトノスが暴れたのニャ」
「何なんだろうな。蜂にでも刺されたのかな」
「――違う、竜車から離れろ!!」
 警告はルイだった。
 反射的にヒューは御者を抱え、後方へ大きく跳び退る。同時に視界にとらえたアプトノスの足元で、まるで発破をかけたように黄土の砂塵が弾けた。砂煙の中、突き出した三角頭に御者が全身の毛を逆立てる。
「がっ、ガレオスだニャー!」
「ガレオス……って、砂竜ってやつか!?」
 ヒューは旅の途中で人に聞いた話を思い出した。
 それは砂漠にのみ生息する特殊な魚竜の一種だ。扁平な頭と大きなヒレ、砂色の身体を持つが、最大の特徴は彼らが砂の中を泳ぐこと。大地から突然飛び出し、砂の塊を吐きつけて獲物を狩る雑食の中型竜。目の前に現れた奇妙な生物は、確かに半身を地面に埋めている。
 ――こんな岩場でも泳げるのか。砂漠に着く前に会うとは思わなかったぜ。
「ったく、手荒い歓迎だよなっ!」
 御者を手放し剣を抜き放ち、ヒューは一気に駆け寄ると紅蓮の軌跡を竜の首へ叩きこんだ。がばりと開いた大あごにアプトノスの脚を咥えこみ、地中へ引きずり込もうとしていた魚竜はたまらず宙へ踊り出る。
 のたうつガレオスの腹から剣を撃ちこみ、ヒューはあっさりと決着をつけた。が、周囲にただよう異様な気配が狩人の警戒を解かせない。見れば二つ、三つ四つ……岩塊のあいだを縫って、三角の背びれが竜車の周囲を入り乱れて取り巻いていた。
「群れだが、規模は小さいほうだな」
 かけられた言葉に視線を向けると、黒髪の銃槍師がそばに来ていた。変わらぬ落ちついた風情で泳ぎ回る砂竜を眺めている。声には他人事のような響きさえあった。
「狩り慣れてんの?」
「セクメーアではよく会う顔だよ」
 何でもないように頷き、ヒューが仕留めた竜の死体に視線を落とす。
「あんたも大丈夫そうだ」
「俺はいいけど、お前は盾とか胴鎧とかが荷台の中だろ。取ってきたほうがいいんじゃねえの? 時間なら稼ぐぜ」
「いや、必要ないさ。追い払うだけならね。それとも狩りたいか?」
 確保すべきは道中の安全だ。竜たちが去ってくれれば問題はない。
 ヒューが首を振ると再度ルイは頷いて、重厚に黒光りする己の得物を持ち上げた。
 中折れになっていた銃槍はすでに重い金属音を立て、一本の巨大な槍へ変化している。だがそれは機械仕掛けの特殊な武器だ。近年のモンスター狩猟技術の発展にともない、より強力な飛竜に対抗すべく産み出されたハンター文化独自の兵器。
 刺突よりむしろ斬撃に向いた刃は、わずか槍身の三分の一。大部分を占めるのは太い円筒の銃身だ。突くと同時に砲撃も行える火力偏重型重機槍――内部機構のためにランス以上の重量になるというガンランスを、ルイは左腕一本で軽々と扱った。
 ――モノブロスを単独狩猟ソロハント、か……。
 先の狩猟の名残なのか。
 本来は別の色であったらしいモンスター素材の羽根飾りも、変色した血と砲撃の煤で鈍い黒鉄の輝きを放っている。それらは銃槍の巨大さと相まって、いっそ不吉な印象をヒューに与えた。だが掻き立てられるのは、むしろわくわくした対抗心だ。
 ――俺だって負けちゃいられねーよな。
 今は追い払うだけになるが、竜と向かい合うと血が昂ぶるのは双剣士の性である。雌雄二本の紅剣を構えると、ヒューの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「来るぞ」 ルイが呟く。
 ぐるぐると円を描いていたガレオスの一頭が、二人のハンターの前で直角に軌道を変えた。直後、魚竜は大地から飛び出し、両翼を広げて真正面から突っ込んでくる。
「うおおっ!?」 飛ぶなんて話は聞いてない。
 いきなり回転回避のヒューの傍ら、ルイは軽くステップを踏んで横に避けている。
 ――おおおおっかねーな! 眼が虚ろなのが怖えッ。
 正確には、地中が行動圏の彼らは視覚器官が退化しているのだ。視線で動きを読むことは難しい。赤黒い口を最大に開き、無表情に滑空して獲物に食らいつこうとする姿は、砂漠の無慈悲な狩人そのものである。
 しかし飛行は短く単純だ。地に潜った竜が次に飛び出してきたとき、ヒューはそれを攻撃チャンスに変えていた。頭は低く、身を捻りざま上へ突き出す紅蓮の双刃。
「キァアアアアア!!」
 自身のスピードと剣に乗った遠心力で、腹を裂かれたガレオスが悲鳴をあげる。痛みに暴れる一頭の向こう、更に向かってくる別個体の背びれが見えた。
 飛んではこない。潜行してヒューの手前で半身を現し、鎌首をもたげて鋭い牙を見せつけた。威嚇。ブレスの気配に距離を取ろうとしたとき、真横から疾風の影が突き込んできた。ルイだ。
 無言の刺突。竜の脇腹に突き刺した穂先を腕力で斬り上げる。頭部まで抜けた――と見えた瞬間、銃槍が火を噴いた。
 ――ドンッ!
 轟く爆音。硝煙と焼けた鋼の香りが黒煙と共にたなびく。
 ボウガンと違い実際に弾は出ず、爆圧による損傷が本質だが、口径は大きく殺傷力は高い。加えてガレオスにとっては別の効果があった。視覚の代わりに聴覚を発達させた彼らは巨大な音にめっぽう弱く、耳元で爆音を聞かされた日には地上で悶絶するしかないのだ。
「くーっ、やっぱカッコいいなぁガンランスは! しびれるっ」
「あんたも余裕だな……」
 砂竜そっちのけでキラキラするヒューでも、気を抜いてはいなかった。
 双剣で腹を撫でた一頭が復活し、体当たりを喰らわせてくる。危なげなく避けた上で鼻面に強烈なカウンター。忌々しげに唸りをあげて竜は地中へと逃げて行く。
「あと一押し二押しで諦めてくれると思うか?」
「よほど腹が減ってるのでなければ、たぶん」
「よし、んじゃちょっと頑張ろうぜ」
 二人のハンターは散開し、しばらく竜の相手を続けた。
 地上へ出たところを叩き、あるいは爆音で引きずり出す。ヒューもルイも大きな怪我を負うミスはない。が、
 ――なんか変だな……。
 幾度目かのガレオスの滑空を剣で迎え撃った頃だった。
 体力には自信のあるヒューの息が弾みはじめていた。何度となく追い払われても、ガレオスたちが一向に退こうとしない。さすがに疑惑が胸をかすめる。
「ルーイ! ガレオスって、いつもこんなにしつこいもんかあ!?」
「いや、少しおかしいな! もしかすると別の群れを待ってるのか……!」
 呼びかけると竜車の向こうからルイの返答。やはり違和感を持っていたようだ。狩猟に切り替えたほうが良さそうか……、と判断したときだった。それを視界の隅にとらえ、ヒューは慌てて向こうの銃槍師に警告を発した。
「おいルイッ、ドスがいる――!」
 大地を切り割る褐色の背びれが、ひときわ高い砂塵を撒いて向かってくる。野太くかすれた耳障りな咆哮をあげ、砂竜の首領はその巨体を地中からせり上げた。
 はじめから、群れには統率者がいたのだ。
 並はずれて大きな体躯、より黒ずんだ皮膚。光の宿らぬ滑稽なほど小さな眼だけは、子分たちと同じで冷たい。扁平な頭を低く構え、ヒレと化した両翼で天を指して威圧する。喉奥でごろごろと唸りを響かせると、ドスガレオスは岩のように固めた砂塊をいきなりヒューに吐きつけてきた。

 * * *

「これ、砲弾なみの威力じゃねーかッ」
 一瞬前まで自分が立っていた場の惨状に、ヒューは「うげぇ」と呻きを漏らした。
 大穴があいている。砂竜の首領の砂ブレスはとんでもない破壊力だ。図体が大きいぶん、吐き出す砂の体積も増せば当然勢いも増している。防具無しで直撃すれば骨の数本は確実に砕けるだろう。
 ――こいつがどんな動きするのか知らねーけど……。
 ガレオスさえ初見のヒューだったが、鎧も盾も竜車の中で潰されているルイをドスに当たらせる気はしなかった。
 ドスガレオスが両ヒレを広げ、首を回して空を仰ぐ。しかしヒューは存分の余裕をもって、むしろ竜の足元に滑りこんだ。
「攻撃は見え見えだっての!」
 またもやブレス。その予備動作は大きく、弾道はわかりやすい。大地が弾ける音を背後に、ヒューは刃風鋭く砂竜の脚を斬り払った。
 ガツッ。手応えは浅い。さすがにドスだ、皮膚が厚い。
 驚いた竜が足踏みし、双剣士は蹴飛ばされる前に腹下から走り出た。瞬間、
「うおっと!!」
 本能で身を伏せた頭上、風を切って凶器の尾びれが通り過ぎる。大型竜によく見られる、回転による尾の打ちつけだ。しかし危うく避けた安堵も一瞬、突然死角から激しい衝撃を受けて、ヒューは勢いよく地面を跳ねとんだ。
 ――くそっ、手下のほうか!
 星の散る視界を、身体をくねらせて這いずり行くガレオスの姿がよぎる。突進をまともに喰らったらしい。食ってしまった砂利を吐きだし、素早く体勢を立て直したところへ同じようにドスガレオスの這いずり突進。ヒューは今度は我から大地へ身を投げ出すことになった。
「痛ってて……! ちょっとやばくなってきたか」 こいつはかなりの混戦だ。
 ガレオスは図体のわりに脳が小さいのか、雪山にいるギアノスのような頭脳プレーはしない一方、数や力で押してきた。ドスが現れてから小物はルイが一手に引き受けて、ヒューが動きやすいように首領から引き離してくれている。視線を走らせて確認すると、銃槍師は二頭を仕留め、あと三頭ほど残しているようだ。
 ――まだ時どき、こっちに流れてくることもありそうだな。
 それで、とヒューは油断なく辺りを見回した。親分はどこへ行った?
「グオオオオオオオオ!!」 咆哮と共に黄砂が爆発する。
 潜行していたドスガレオスが踊り上がり、三発の砂弾を続けざまに吐き散らして、再び地下へ戻って行った。ヒューはなんとか回避している。
「けど、潜られたら俺は手を出せねえんだって……!」
 ドスガレオスは、すでに腹を立てているらしい。猛烈な勢いで稲妻形に大地を切り割り、無茶に泳ぎ回っている。怒れる竜を剣でどう釣りあげたものか――不意に声をかけられたのは、そんな思案の最中だった。
「あんた、そっちは手に負えそうか? なんなら俺がかわるが」
 竜車の向こうの銃槍師。反応したのはヒューではなかった。
 鋭敏な聴覚が新たな獲物を捕捉する。背びれがぐるりと旋回し、グッと隆起した大地は途端に巨大な竜をかたどった。扁平な頭部が真っ直ぐ目指す先は、ルイ。
「気をつけろ、ドスがそっちに行った!」
 追いかけながらヒューは声を張った。這いずり突進は直線的だ。警告さえすれば避けるのに距離は充分ある――はずが、見えたものにヒューは目を疑った。
「おいっ、何してんだ! 早く逃げろ!!」
 胴鎧も盾も持たない銃槍師が、動こうとしなかった。
 恐怖で足が竦んだのか? モノブロスを単独狩猟するハンターが。ありえない!
 すべての疑問を思う間もない。ガンランスを構えたまま凍りついた男へ、褐色の巨大な魚雷は狂ったように猛進する。刹那、ヒューの耳に届いたのは奇妙に甲高い風鳴りの音。何がと思った直後、轟音が荒野を震わせていた。
「…………」
 ヒューは言葉を失った。
 獣の遠吠えにも似た、不思議な残響だけが静寂の中にこだましていた。
 空気を伝ってきた爆圧は腹にまだ残っている。しかしほんの数瞬前まで場を席巻していた騒々しさは消え、いまだ煙をくゆらせる黒いガンランスの銃口の前、ドスガレオスは小刻みに痙攣しながら呆気なく失神していた。
 ひとむらの噴煙が風に流れ、青空に拡散していく。
「終わったな。ボスが倒れれば、手下も逃げる」
 一歩も退かずにドスガレオスの顔面へ最後の爆撃を放った男は、いそいで駆け寄ったヒューを見ると、そんなことを平然と告げた。


 ルイの言葉のとおり。
 リーダーを失ったガレオスたちは、蜘蛛の子を散らすように岩場の影へ消え去って行った。双剣を納めたヒューは泡を吹いているドスガレオスと、まだ砲撃の余熱を発し続けている銃槍を見比べる。やっとルイに声をかけた。
「今のが、ガンランスの竜撃砲ってやつか?」
「ん? ああ、そうだが。……見たことはなかったのか?」
「ガンサーと組んだことなくてさ。すげェんだな、お前。突進してくる竜の鼻面を叩くなんて。もしこいつが止まらなかったら、どうするつもりだったんだよ?」
「どうしようもないなぁ。たぶん轢かれて潰れるだろうさ」
 こともなげに言ったので、ヒューは呆れて笑った。
 黒髪の銃槍師はやはり自慢するでもなく、少し首を傾げたくらいで、倒れたドスガレオスをあごでしゃくった。
「それより、ここまで来たらトドメを刺してしまおう。死体の処理は面倒だが、息を吹き返したあと、この街道を縄張りにされても困る。どのみち討伐対象だ」
「んだな」
 同意してヒューは剣を取りかけ、ふと動きを止めた。砂竜の巨体を見上げながら、狩猟の最中からずっと気になっていたことを思い出したのだ。
 ドスガレオスの身体には大小無数の傷があった。特に首のうしろから脇腹にかけて走った裂傷は深く、今も血が滲みだしている。それらはヒューが負わせたものでも、ルイの砲撃によるものでもない。はじめからあった傷だった。
「あのさ、ルイ。最初は気付かなかったけど、こいつ来たときからボロボロだったよな。もしかして、どっかのハンターが仕留めそこなった竜だったのかな」
「おそらくね。俺の竜撃砲一発で気絶したのも、もとから瀕死だったからだろう。群れの動きにも上ずった感があったし、ドスが出てくるタイミングも妙だった」
「妙って? 何が?」
「ガレオスが群れで狩りをするとき、ドスがいるなら普通は先頭に出てくるだろう? それがこいつらの掟のはずじゃないか」
「ふーん、そうなのか。親分が先陣切らなきゃいけねーんだなぁ」
 やはり囮を使ったり、リレー形式で獲物を追いつめたりするギアノスとは違うらしい。のんきにヒューが呟くと、ルイは心底不思議そうな顔で訊き返した。
「そうなのかって、知らなかったのか?」
「だって俺ガレオス見たことなかったし。やっぱ砂漠には変な竜がいるもんだな」
「ガレオスを見たことがない?」
 それがちょっと素っ頓狂な声だったので、ヒューはルイを振り向いた。何を驚いたのか、銃槍師は呆気にとられた表情になっている。
「あれ、言ってなかったか? 俺、メタペタットより南は初めてなんだ。ガレオスの名前は聞いてたけど、ホントに竜が地面を泳ぐなんてさ。自分で見るまではちょっと信じらんなかったぜ。しかも飛ぶし砂は吐くし、びっくりだよな」
「あんたガレオスを狩ったこともないのに、さっき一人でドスに突っ込んで行ったのか」
「そうだよ。お前の装備がしっかりしてりゃ別だったろうけど」
「まさかとは思うが、ヒレに毒があることくらいは知ってたんだろうな?」
 え、とヒューが固まった。その明らかに「知りませんでした」という反応を見て、ルイは困惑気味に小さな溜め息を吐いた。
「ゲネポスと同じ麻痺性の毒だ。ドスは確実に持ってるが、稀に普通のガレオスでも持ってるやつがいる。……どうもガレオスが初めてなのは本当らしいな。それにしては、ヒレの打ちつけには用心していたように見えたけど?」
「ああ、それはさ。こいつ、やたらとヒレで叩いてこようとしただろ。何かあるのかとは思ったけど……。あぶねー、毒なんか持ってたのか!」
 今度は銃槍師が呆れる番だった。能天気に頭を掻くヒューを見て少し笑う。
「さっきあんたは俺を凄いと言ったが、自分のほうがよほどだ。ガンサーと組んだこともなかったんだろう? しかも慣れない土地で、初見の竜の腹の下に躊躇なく潜りこむ双剣士なんて、俺は初めて見たな」
「そうか? まぁ、無茶ってのはよく言われるけどよ」
「あんた、馬鹿だろう」
「なっ、お前に言われたかねーよ! くっそぉ、どいつもこいつも人をバカバカとっ」
「ははっ、そう怒らないでくれよ。嫌いじゃないよ、俺は。あんたみたいなやつ」
 ルイがそう言ったとき、狩猟が始まって以来姿を消していた御者がどこからともなく帰ってきた。
 逃げ足の速さは天下一品のアイルー族は手癖が悪いことでも有名だが、人の社会で暮らすとなると、そこそこの働き者へ変身する。二人のハンターと竜車を見捨てず、ちゃんと戻ってきてくれたようだ。ぐるりと白眼をむいた砂竜におそるおそる近付くと、鼻をひくひくさせてにおいを嗅いだ。
「ニャニャッ。ニャんとドスガレオスなのニャ。お客さん、よく無事だったニャ」
「へへ。腕の良いハンターが二人も乗ってて助かっただろ! ……まぁ、ドスをやったのはルイだけど」
「御者も戻って来たことだし、とにかく仕事を片付けちまおう。あんた、ガレオスの解体の仕方も知らないんだろう?」
 教える、というルイに感謝してヒューはドスガレオスに向かった。
 しかし作業を開始しようというところで、ルイが不意に振り向いた。「どした?」と尋ねると、銃槍師がきまり悪げに言い出したのは何とも意外なことである。ヒューは思わずあごを落とした。
「その、悪いんだが。あんたの名前、何ていったっけ」
「はあ? いっちばん最初に顔合わせたとき名乗っただろ!?」
「すまない、ちゃんと聞いてなかった」
「ヒューだよ。ヒュー・パーシヴァル!」
 怒るべきやら悲しむべきやら。
 ちょっぴり残念な気分で答えたヒューに、ルイは改めて手を差し出す。
「ヒュー。俺はルイ・ガルファイド」
「ったく。……よろしくな!」
 黄土の荒野の入り口で、二人のハンターは握手を交わした。それが双剣士ヒューと銃槍師ルイの最初の出会いである。


(「3章 砂塵の街」に続く)

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