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モンスターハンター!2 7章

荒天の弓使い 7章です。


モンスターハンター! 荒天の弓使い


 7章 雷鳴

 ――こんなことになるなんて!
 口の端から泡があふれ、よだれが流れ出るのも構わず彼は走った。
 泥が眼に入る。苔に何度か足を滑らせ、枝や葉で頬を切った。寒さと恐怖で血管は収縮し、かすり傷から血はにじみもしない。だから通ってきた道に残る赤は別の傷から流れたもの。仲間二人の首を刈った凶器は、彼の場合、腕を裂くにとどまった。
 ガア、ガア。イーオスの迫る声。
 だが本当に怖いのは、その後ろに潜むものだ。
 足をもつれさせ、喘ぎながら一心にアシ原を抜ける。霧のせいか酸欠のためか、視界は狭く曖昧だ。おぼろな景色の向こう側に揺らいだものは、……人影か?
 ――四人。あれは……、
「助け、助けてくれっ」
 ――俺たちの“狩猟”の“獲物”になるはずだった……。
「イーオスが……っ」
 彼は声をあげる。セイン・パーシヴァルのパーティーへ。
 罠に掛けるためではなく、彼自身が恐ろしい追手から逃れるために。

 草原のランポス、砂漠のゲネポス、雪山のギアノス。
 様々な環境に驚くべき適応力を示すランポス種でも、最も獰猛で危険な種がイーオスだ。丸みを帯びた頭部、赤く厚い外皮。喉の器官で生成される体液は飛竜にも忌避されるほど毒性が高い。他種同様、徒党を組まれると厄介な相手だった。
「怪我があるのか。ずいぶん血が出ているみたいだ」
 竜へ弓を向けつつ、セインは背後の男に声を掛けた。何者かと思っていた。
 ハンターなのは間違いない。齢はセインより多少上か。妙にちぐはぐな印象を受けるのは、装備が様々なモンスター素材の組み合わせであるせいだ。得物はデュアルトマホーク。戦斧型の双剣である。
 よほど凄惨な目を見てきたのだろうか。セインが問いかけると、男は蒼白に顔面を歪ませてぶるりと震えた。
「腕を、ちょいとな……。こいつは大方は仲間の血だ。みんな殺られた」
「そうか……、それは気の毒だった。イーオスはあれで全部?」
「いや、他にも」
「この狩場には昨日から僕のパーティーが入っている。君たちはなぜここに?」
「……密輸隊商の護衛をしてた」
 信じないほうが良い。そう思ったが、セインは軽く頷いた。
 もっと性質が悪く後ろ暗い狩人なら、正体が割れたとき逆上する恐れがある。扱う技術はさておき、対モンスター用武器は一般の刃物とは威力が違う。追及は仲間たちが狩り終えてからが無難だった。
 目前ではヒューが一頭を斬り倒し、クロウが相手をしていた二頭のうち片方を引き受けたところだった。ギアノスで狩り慣れたと見えて弟の剣に迷いはない。
 斬り上げる、突く。回転し、受け流し、斬り払う。踏み込んで斬り下ろす。
 冬の狼のような銀の髪。獲物を追う青い眼光。動きも姿も、どれほど父親に似てきたかヒューはわかっていないだろう。そう思ってからセインは考え直した。
 ――違うな。僕が意識しすぎなのか……。
 何年も忘れた気でいたのだ、父のことなど。
 ギルドは三ヶ月で捜索を打ち切った。キースは未だに情報を集めているようだが、本気で生還を信じているのはヒューくらいのものだろう。
 ――それが、あいつが双剣振るのを見た途端、夢枕にまで立たれるなんてね。まったく僕も仕方がない。
 口元には笑みを刷いても腹では苛々している。吐け口にされた弟が怒るのは当然で、エムやクロウの言うとおり、大人げない自分をセインはよく認識していた。
 ――ゲリョスにはフラれるし、キナ臭い男には会うし。何か無駄に疲れたな。
「ギャオウッ」
 エムの一撃で最後のイーオスが鼻血を散らし、もんどりうって倒れた。
 腕を降ろすと、セインは弓を折り畳んで背中に担ぐ。弦が矢筒に引っ掛かる感触がしたので首を回し、ふと背後の様子が眼に入った。男がクック素材の籠手を外して負傷箇所を確かめている。
「……?」 そこでセインは奇妙な違和感に襲われた。
 左腕の傷口。イーオスに襲われたにしては鋭すぎやしないか。
 一直線に、ぱっくりと。あれは明らかに剣で斬られた傷痕だ――。
 はっと視線を上げた瞬間、男の顔つきが変わっていた。
 眼を吊り上げ、にいっと歯をむき出す。凶相。それは追い詰められた獣のかおだ。
「お前っ……」
「動くんじゃねえ」
 身構えるより速く男が武器を手にしていた。
 背後から羽交い締めにされ、首にひやりと金属の感触。
「セイン!?」 異変に気付いた仲間たちが凍りつく。
 動くなと視線だけで彼らを制すと、セインは口を開いた。
「……お前、最近ギルドを騒がせてる密猟者か」
「ああそうさ、セイン・パーシヴァル。弓使いの優男が、いっぱしのハンター気取りやがって。てめえみてぇな野郎が一番いけすかねェんだよ。せっかくカモにしてやろうと思ったのに、てめえらのせいでトンでもねぇことになっちまった」
「話が見えないな。その傷はどうした」
「うるせえよ、今にわかる。とにかく――おらっ、寄るんじゃねえ!」
 耳元の胴間声に顔をしかめる。ヒューが動きかけてクロウに止められたのだ。
 牽制するように、男はセインに押し当てた戦斧を揺らしてみせた。
「それ以上近寄ってみろ、こいつの首が胴体と泣き別れるぜ。……そんなに怖ェ顔で睨むな、坊主。こいつが大人しくしてりゃ殺しゃしねェよ」
「何が目的だ。あいにく狩りはまだ途中で、お前にやれる物はないぞ」
「いいやあるね。てめえの命さ、優男。しばらく俺に付き合ってもらうぜぇ」
 そう言うと、なかば狂ったように男はククッと喉で嗤った。
 引きつった声、早鐘のような鼓動。セインは気付く。この男は怯えている。
 そして腕の創傷を見たときから、なんとなく予想していたことがあった。
 狩猟報酬を奪い取る気なら、現れるタイミングが違うのだ。密猟者は逃げてきた。それもイーオスからではなく、おそらくもっと別のものから――。
 ぽつ、ぽつと。
 降り始めた灰色の雨。
 散りゆく霧の中から――じわり。音もなく影が凝るのをセインの眼は捉えていた。
「――彼を放せ、デレク。無意味に罪を重ねるな」
 通った声は沈んで低い。仲間たちがぎょっとして振り返る。
 それは二人目の招かれざる客。およそ狩場にそぐわない青い礼服姿の女。
「ど、どうなってるんですよ……!?」
 混乱したエムが呟き、気配もなくギルドナイトはそこに立っていた。

 * * *

「デレク・イディス。ダート村出身、年齢二十九。ドンドルマハンターズギルド登録双剣士、ランク《ワーデン》……」
 次第に激しさを増す雨。頭上では、得体の知れない巨竜の蠢きのように低い雷鳴が轟いている。それでも青衣の女の声は不思議と明瞭に耳に届いた。
「畜生、来るな! 寄るんじゃねえ!」
「中肉中背。目つきは鋭く、えらの張った輪郭。髪、瞳ともにブラウン……」
「てめえ! 見えてねェのか、ギルドのいぬがっ。こっちには人質が」
「背に裂傷の治療痕、軽度のアルコール中毒。右肩に蜘蛛の刺青……」
 なんでもない文書を読み上げるように、淡々と。
 無感動に密猟者デレクのプロファイルを呟きながら進んだ女は、男の最も近くにいたヒューの横でぴたりと止まった。
「趣味は酒場での新人いびり」
 ――ギルドナイト……。
 呆然と、ヒューは女を見るしかなかった。
 その名の通り、ハンターズギルドを守護する騎士は見ない姿ではない。
 集会所や街なかで警備や使者として働く彼らは一般的だ。赤いベストと腰のレイピア。衣装は派手でも羽根帽子の目深な顔はほとんど見えず、発言も最低限。そうした不気味さだけでなく、モスにどつかれても平気な顔のハンターたちが彼らを避けて通る理由は、まことしやかに囁かれる黒い噂によった。
 ギルドナイトの裏稼業。ギルド規定に違反した狩人の諜報、制裁、暗殺行為。
 いわく、狩り場のギルドナイトはハンターを狩る、と。
 ――やっぱり噂は本当だったってことか……!?
 色こそ違えど、青と黒の礼服はギルドナイトそのものだ。帽子と胸のギルド紋章。黒鋼の脛当てグリーヴ籠手ガントレットが街の騎士より戦闘的で、携行するのは剣ではない。短銃。
「もう一度言う、デレク・イディス。複数人の一般ハンターに対する窃盗、強盗、暴行、恐喝および狩猟妨害、それらによる過失致死傷」
「黙れ……」
「再三の出頭命令にも関わらず、これを無視。ギルドの規律を乱し、信用を大いに傷つけた罪は極めて重い。ドンドルマギルドマスターの命により、貴様を粛清する」
「黙れェ!!」
「彼を放せ、デレク。無駄な足掻きだ、諦めろ」
 野獣の咆哮にも動じない低い恫喝。氷でできたカミソリを連想させる女だった。
 薄い色の金髪、鋭角的なあごの線。全体に冷酷な印象の女は唇だけが赤い。近くにいるのに気配がないのも恐ろしい。竜とも違う。生き物という気がしなかった。
 しかし、それでもやはり人間なら感情くらいあるだろう!?
 ――兄貴が人質に取られてんだぞ、もっと手加減しろよ……!
「ごちゃごちゃと、うぜぇんだよ、てめえらはっ。ギルドだ法だ、粛清だァ? ハッ、知ったことかよ! そこから一歩でも近づいてみろ、こいつの首が跳ね飛ぶぜ! 見殺しにはできねえよなあ、正義のナイトさんならよォ!」
「どちらにしろ貴様の運は尽きている。我らの任務に終わりはない。ギルドナイツは地獄の底まで貴様を追い、必ず息の根を止める。大人しく彼を放せば、仲間同様せめて苦しませずに送ってやるぞ」
「あんた――」
 情け容赦ない問答に、たまらずヒューが止めかける前。当の人質が口を挟んだ。
「おい、密猟者。しっかり斧を持ってくれ。手が震えてる」
「うるせえっ、てめえは黙ってろ!!」
 自分から煽ってどうすんだ、バカ兄貴――!
 ヒューの歯がみする思いとは裏腹に、憎らしいほどセインは平静だった。
 密猟者が凄んだ際、わずかに刃が沈んだらしい。首にひとすじ血が滴っても兄は眉ひとつ動かさない。それどころか皮肉げに口の端を持ち上げている。この場面でどんな神経をしているのか、あの兄は!?
「歩け!」 カッと稲光が閃いた。
 雷が空を裂き、雨は横殴りになる。どこからか響く地鳴りのような重低音。
 強風に押されるように、ついに密猟者がセインを引きずって逃亡を図り始めた。
 ――くそっ、何もできねえのかよ!
 兄貴の命が危うい以上、ヒューに手はない。数日セインといがみ合っていたことなど、とうに頭からすっ飛んでいた。
 終始強気だったギルドナイトも策があるかと思いきや、そのまま見送る様子だ。なんだよ、全然役に立たねえじゃねーか!――と睨んだとき。
「デレク。どうも貴様、我らの動きを嗅ぎつけて気が弱ったな。ウィバロウはダート村にほど近い。両親と妹は健在だったぞ……今のところは、な」
 露骨な脅し。男が硬直した、次の瞬間、
「て、てめえっ」
 密猟者が慌てた。一体いつ抜いたというのか、魔法のようにセインの右手に握られた剥ぎ取りナイフ。斧と首の間に割り込ませて身をよじる。
 ヒューが、女が。エムとクロウが。全員が一気に駆け出していた。
 たかが十歩に満たない距離をこれほど遠く感じるなんて!
 解放されたセインへとギルドナイトよりも速くヒューは手を伸ばす。腕を掴んだ。力を込める。引き寄せようとした、直後。
 大地が鳴動した。
 ドドォ―――――!!
「なっ……!?」
 何が起きたかわからなかった。
 突如視界に噴出した真っ黒で巨大な塊。ヒューをかすめて大蛇のように、圧倒的な勢いで密猟者と兄を呑み込んだ。爆音としぶきが天へと跳ねる。
「鉄砲水!?」 誰かの驚愕した声。
 一段低い泥炭地に決壊した川水が流れ込んだのか。濁流は一度壁にぶつかり渦巻いて、急激に向きを変える。凶暴になだれ込んでいった一点、岩壁には見たこともない大穴が闇の口を開いていた。
 セインの腕は離していなかった。
 しかし膝丈ほどの水流に侮れない圧力があり、すでに兄は頭しか見えず、ヒュー自身流されかけている。
「ヒュー…!」
 なんとか踏ん張ろうと満身に力を込めた。刹那セインの青い眼と視線が合った。
 もう音は聞こえない。唇の動きだけを眼で追う。兄は言った。
 ――はなせ。
 何言ってんだバカ兄貴、誰が離すかよ!!
 そう思った途端、ヒューは流れに足を取られて。
 回転する視界。眼に入ったのは暗澹たる雲、宙を掴んだクロウの腕。
 最後に聞いたのは多分、自分たちの名前を呼ぶエムの悲鳴だと思った。

 * * *

「せ……、セイン! セインッ、ヒュー君!!」
「エム、落ち着け!」
「ふ、ふざけないでくださいよっ。セインとヒュー君が流されたんですよ!? あんたこそ、なんで落ち着いていられるんだ!!」
「足元をよく見よ! おぬしまで流されてしまう」
 は、とエムは視線を落とす。紙のように白い顔で「すみません」小さく謝った。
 雨と、濁流と。水音だけがどうどうと轟く景色の中、残された者は立ち尽くすことしかできない。泥炭地を囲う壁の上から泥水は変わらず流れ込んでいた。
 破壊的な勢いこそ衰えたものの、むしろ水量は増すようだ。生贄がまだ足りぬとでもいうのだろうか、二人の足元へ絶え間なく押し寄せる小波。水は泥を運び、耳を弄する轟音と共に壁の穴へと吸いこまれていた。
「何なのだ、あの穴は……」
「地質だ。昔ここは火山地帯で、湿地東部に溶岩を通した古い地盤が残っている。まさかこんな泥炭地にまで及んでいるとは思わなかったが……」
 冷徹な声に振り返ると、ギルドナイトは無感動に立っていた。
「もともと内部に空洞か水脈があったのだろう。水圧が壁を崩したな」
「なぜ、こんなことに」
「どうやら巻きこんでしまったようだ。すまない……」
 だがこの女は先ほどヒューと並ぶ位置にいて、濁流の噴出を認めるやいなや一息で安全な場所まで退いたのだ。ハンターを救うための存在ではない。
「標的は三人。二人は殺ったが、一人にイーオスの群れに逃げこまれた。ハンターの上前をかすめ取るだけの男にしては機転が利いたな」
「……そんなことは、どうでもいいんです。あの穴はどこに繋がっているんです」
 できたばかりの穴だ。わかる道理がなかった。
 しかしギルドナイトは言った。
「ウィバロウに湿地の地形に詳しい者がいる。あなた方のどちらかは、乗馬は?」
「それがしが」
「ぬかるみの少ない間道を教える。私の馬なら、とばせば往復三時間かからない」
 大至急連れてきてくれ、と人物の名と共に女はクロウに何かを手渡した。
「この眼帯アイパッチをギルドマネージャーに見せろ。それだけで話は通る」
「――承知。そなたは」
「私の仕事は終わっていない。手ぶらでは戻らない……」
 赤い唇が薄く笑った。
 ギルドナイトはいつのまにか肩に革袋を提げている。今まで気付けなかった、ぷんと鉄臭い血のにおい。何が入っているのかは考えないほうが良さそうだった。
 茫然自失して危うげだったエムの瞳にも意志の光が戻ってきている。
「エム。あとを頼む」
「……あなたが戻る前に、二人を見つけておきます」
 身を返す前、クロウは兄弟が呑まれていった暗い洞をちらりと見た。
 冥府へ続くかのような底知れない闇である。
 ――期待すべきではないかもしれない。
 そして非情なギルドナイトは己の仕事の完遂だけを目的として動いている。
 しかし、この恐ろしく複雑な刺繍が入ったギルド紋章のアイパッチ。おそらくナイトの身分を示す重要な証なのだろう。託すからには女も本気だ。
 後ろ髪を断ち切ってクロウは走りだした。
 頭上にほとばしった稲妻に景色が白く浮かび上がる。
 だが一拍の間を置いて、再び世界は仄暗い雨の底へと沈んでいった。


(「8章 切れない絆」に続く)
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