スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

モンスターハンター!2 6章

荒天の弓使い 6章です。


モンスターハンター! 荒天の弓使い


 6章 沼地の呼び声

 クアアと小さくいなないて、翼を痙攣させた鳥竜が静かになる。眼を覗き、口に手を当てて息絶えたのを確認すると、男たちはようやく武器を納めた。
「ふう、やっとくたばったぜ。イャンクックなんかに手こずっちまったなぁ」
「うっとうしいのはこの雨だ。まるで天の底が抜けたみたいに降る」
 ヘヴィボウガンを担いだ男が煩わしげに頭上を仰ぐ。ランスや狩猟笛を背負った狩人も疲れたように首を振って、ヘルムからしたたる雫を落とした。
 狩猟場《沼地》の中でも比較的木々が自生する区域である。森という規模ではないが、びっしり地面を覆う苔で辺り一帯緑灰色に薄暗い。
 ――ぐしょり。
 具足の下、踏みつける苔から不快な音が漏れた。降りすぎて溢れた水に苔すらも浮いているのだ。この天然トラップのせいで何度転倒したことか。イャンクックもこいつに足を滑らせて、首の骨を折ったかして自滅した。
「うお、また荒れてきやがった。早いとこ剥ぎ取り済ませて引きあげようぜ!」
 横殴りの風に、雨が大地を激しく打ち叩き始めた。色を失くす世界の中、疲労した四人のハンターたちは言葉少なに竜にナイフを差し入れる。
「寒いな。町へ戻ったら何か熱いのを飲もう。ビールなんか震えが来るよ」
「ああ……」
 桃色の甲殻、鱗、しゃくれたクチバシ。扇形の耳も綺麗に切り取る。傷のある場所も無駄にしないのは、それはそれで使いようがあるからだ。狩った獲物は骨まで使う。解体作業は面倒でも、それがハンターたちの不文律だった。解体しきれなかった遺骸は他の生物の糧となる。竜も人も同じ世界で巡る命だ。
 あらかた作業が終わったところで、大剣使いが顔を上げた。
「ん? 今何か聞こえなかったか? 人の悲鳴みたいな……」
「バカ言えよ、疲れてるんだろ。ブルファンゴでもいるなら厄介だが」
 しかし、白濁した景色の中から急に飛び出してきた影があって、四人は一斉に腰を浮かせた。若い女。ひどく取り乱している。
「助けて、助けてください! 隊商がイーオスに襲われて、積荷が……!」
「隊商? この付近に交易のルートはないだろう?」
「お願いします、まだ人が残っているの! 助けてよ、ハンターなんでしょ!?」
「そうは言われても、なぁ……。どうするよ?」
「ギルドが把握してないルートってことだろ。やばいんじゃねーのか?」
「ねぇお願いよ! 助けてくれたら積荷を半分あげてもいい! 夫が残ってるの!」
「……積荷の中身は」
 香辛料、と女は言った。
 決定的だった。密輸品である。
 大陸東部でしか採取されない種類の香辛料は、西では稀少鉱石と同等の価値を持つ。市場が特定商人や貴族に独占されて、値段も余計につり上がるのだ。そのぶん非正規に仕入れて売りさばく闇の道も多い。
 リーヴェルなどの西側都市と交易を持つギルドは、密輸商人への協力を原則禁止していた。とはいえそれは表面的で、見て見ぬふりの感も強い。ハンターと密輸との関わりが表沙汰になった時だけ、得意先へのパフォーマンスに厳しい裁定を下すのだ。――それにしても、積荷半分である。
 魅力的な話だった。なんだかんだでハンター稼業は金がいる。香辛料なら、たとえ一箱でも良い金になるだろう。それでもっと強い装備を整えれば、リオレウスにだって挑めるようになるかもしれない。
「……人助け、だよな」
 一人が呟くと、残りの三人も強張った顔で頷いた。
「イーオスは何頭くらいだ。ドス……、大きいのもいるか?」
「わからない、五頭くらいよ! みんな同じくらいの大きさ!」
 ならばドスイーオスはいない。割に合うどころか、かなりの得だ。
 一人をイャンクック素材の見張りに残そうとして、恐慌状態の女に猛反対された。全員で行かないと報酬はないと言うのである。
 仕方なく四人は揃って駆けだした。女が言う場所はごく近い。しかしアシ原に入る手前の隘路あいろを抜けようとしたときだ。
「うわ! おい、何だ!?」
 頭上から降ってきたネット。わけもなく絡め取られて団子になり、続く狙撃音。
 バシュッ――!
 誰かの呻き声があがった。視界に広がる不吉な霧。なす術もなく吸い込んで、やってきたのは急激な睡魔。
 ――睡眠弾……!?
 身体の力が抜けていく。仲間たちと折り重なり、大剣使いは苔の大地に倒れ伏す。兜の隙間から泥水が流れ込んで来ても、もはや指一本動かすことができなかった。
「――へっ。他愛もねえな」
 ぐずり。耳元で誰かの足音がした。
「当たり前じゃない、クックごときに三日もかける三流よ。あたし待ちくたびれて、もううんざり。雨のせいでどろっどろだし」
「まったくよ。時がかかった割には安い仕事になっちまったな。さっさとブツかっぱらって帰ろうぜ。酒が飲みてえ」
 ――待て、と叫びたかった。
 畜生……、腹の底から怒りが湧く。こいつらは密猟者だ。いや、強盗か。ギルドで小耳に挟んだばかりのハンターを襲うハンター。
 欲をかいて失敗した。リーダーの俺が怪しまないで。全員がやられたのか。ヘルムに水が入ってくる。場所が悪ければ溺死する。せめて自分が真っ先に立ちあがって、仲間たちが命を落とすようなことだけは――。
「やだぁ。ちょっと、あの鳴き声イーオスじゃないの?」
「ああん? 噂をすればなんとやらだな。チッ、これじゃ全部は持ち切れねえ」
「高く売れる素材だけでいい。大荷物じゃ道々怪しまれる」
「うふふ、バカなギルドもようやく動き出したみたいだし? そういえば、ねえ、あいつらはどうするの?」
「ああ? 知ったこっちゃねえ。ハンターのくせに見え透いた儲け話に食いつくから悪いんだろ。いつもと同じだ、ほっとけ」
「クックとイーオスの挟撃でクエスト失敗しましたァ、めでたし。ってとこだな」
 嗤い声が遠ざかる。ガアガアという喚き声が近くなる。
 誰かなんとか起きあがってくれ。俺の身体、動いてくれ。どうしても瞼が重い。
 上からするすると闇が降りてきて、目の前が真っ暗になった。
 それきり彼の眼が光を見ることはなかった。

 * * *

「くはぁ、食べた食べたぁ!」
 思いっきり朗らかな声、最っ高に輝くステキな笑顔!
 明るい空気を愛嬌たっぷりに演出し、エムは元気に仲間たちに呼びかけた。
「さあっ、お腹もふくれたところで。今日こそ良い狩りをしましょうねぇ皆さん!」
「…………」
「…………」
「うむ」
 しーーーーーーーーーん。
 地獄のような静寂に雨音が虚しく響いた。


 太陽も流れて消え果てたかと疑うくらい、沼地は今日も雨だった。
 ギルドの狩場は広大な湿地帯に散在している。ベースキャンプもその数あるわけだが、今回パーティーが拠点にしたのは蓮の花咲く沼に面したキャンプだった。
 水上に漂う霧のために果てしない奥深さがある。実際この沼はかなり広く、はるか先ではそのまま泥炭地に繋がっていた。
 水深はどこも膝丈から腰上ほど。表層の水は澄み、神秘的な雰囲気をかもす蓮が美しいが、辺りにはいつも微妙な腐臭が漂っている――その答えは時折り水面から突き出ている白い骨片にあった。底無しの泥に囚われて死んだ生き物のなれの果て。めったに生物の寄りつかない場所は、すなわちハンターには安全地帯ということになる。
 エムが岸辺で食器や鍋を洗っていると、クロウがきて手伝い始めた。この男は常に足音を立てずに歩く。
「……ありがたいんですけど、クロウ。セインとヒュー君を二人きりにしておくと、また何が起こるか」
「口もきかぬ、眼も合わせぬでは何も起こりようがない。大丈夫だ」
「なーにが大丈夫なんですかっ。一緒にできる最後の狩りまでこの調子なんて! 喧嘩別れは嫌ですよ、私」
「おぬしが喧嘩しているのではなかろう。我らが口を出しても詮方ない。ほれ、昔から竜も食わぬとも申す」
「それは夫婦喧嘩でしょーが……」
 おおそうか、と無表情ながら驚いたクロウに、エムはがっくり肩を落とした。
 ギザミ狩猟から始まったヒューとのパーティーハントも今回で最後の予定だった。
 灰水晶やキノコの採集、コンガやイーオスの狩猟など沼地特有のクエストをこなすうち、パーティーの連携はどんどんスムーズになっていった。ヒューの飲み込みが半端でないのだ。真綿が水を吸うように……目の前で一人の人間がハンターとしてぐんぐん成長していくさまは、エムに一種の感動すら与えたほどだ。
 ――しかし、その一方で。
 反比例して悪化していったのがセインとヒューの兄弟仲であった。
 ヒューの言によれば、ギザミ戦の翌日に父親が死んだの死なないので口論をしたらしい。以来彼らは事あるごとに角突き合わせ、今では視線すら合わせない。
「狩りにまで持ち込まないので、まぁ何とかなってますけどねぇ」
「あの二人、狩猟の形で争っておるのだ。まるで我らの出る幕がない」
 クロウの言う通りである。連携を意識しながらもヒューは我先に斬りかかり、セインの矢数は明らかに増えた。ここ数回の狩猟など、本来なら剣士に任せる場面にまでセインが射込む。それでいて援護も外さないリーダーの器用さには、凄まじいを通り越して二人は呆れた。
 激しく高レベルな狩りにおける、恐ろしく低レベルな意地の張り合い。
 もはやどこから見ても事態はただの子供の喧嘩と化している。
「あんなに意固地なセインなんて初めて見ましたよ。ヒュー君は鷹揚な方ですから、一言セインが褒め言葉でもかけてやれば全て解決すると思うんですけどー」
「おぬし。セインから折れると思うのか」
「いいえ全然。これっぽっちも」
 ガシガシと鍋を洗いながら二人は同時に溜め息をついた。
「話は変わるが、エム。朝飯がとても美味かった。狩場の飯にしては豪勢だった」
「ああ、クロウ! あなただけですよ、そう言ってくれるのはっ。美味しい料理はささくれ立った心を穏やかにしてくれるものですから。まぁ、約二名には効果なかったみたいですがー」
「モス肉を血で煮込むというので驚いたが、コクのある味になるものだ」
「すり潰した肝も入れて、とろとろに煮込むんです。野菜とキノコ、臭味を消すための香草とお酒少々。肉が口の中でとけるくらいになるまで、ほんっとに手間が掛かるんですよ。まぁ、約二名にはわかってもらえませんでしたがー」
 その約二名は食前にも一悶着起こしそうになり、エムに「ご飯あげませんよ!」と言われて大人しくなった経緯がある。司令塔はセインだが、パーティーで一番偉いのは料理番のエムであった。
 ごろごろという遠雷にエムは顔を上げる。
 空は一様な曇天ではなく、裾をちりぢりに乱しながら幾筋もの鉄色の雲が西から東へ流れていた。霧のようだった雨が当たれば粒を感じるものに変わる。無数の波紋が水面に広がり、辺りはいっそう薄暗い。
 天候はずっと荒れ模様だ。セインとヒューも上手くいっていない。おまけに先日、良くない噂を聞いた――。
「例の密猟者の件。とうとう死人が出たみたいですね」
「うむ、場所もこの近くだ。用心せねばなるまい」
「二人とも、そろそろいいかい。今後の予定を決めよう」
 振り返ると、セインが腕組みして立っていた。後ろには不機嫌そうに横を向いたままのヒューが座っているのが見える。
 再び荒れ始めた空を見上げ、セインはうんざりと赤毛の髪をかきあげた。苛ついているときの癖である。それでも表情だけはいつも通りにリーダーは二人へ告げた。
「昨日は森からだったから、今日は泥炭地から回ってみよう。それでもしゲリョスの痕跡が見つからなかったら、クエストはリタイアだ。不満は残るだろうが諦めてくれ。僕の不肖の弟が北へ帰らなきゃならないものでね」

 * * *

 一太刀、二太刀。
 いくつか傷を負わせると、桃色の毛を持つ大猿・コンガは喚きながら逃げて行った。
 双剣を納め、ヒューは頭を振って雨滴を振りとばす。今回のターゲットはコンガではないので、背後を突かれる危険さえなければむやみに殺す必要はない。仲間たちも同様に追い払うだけにとどめていた。
 ベースキャンプの北西に広がる泥炭地である。だだっ広い場所なのに、ミルクのように濃い霧で見通しは最悪だ。いつどこでモンスターと遭遇するかわからない。おまけに今は付近の川が周囲の音を消し去っていた。覗きこんでみると、この頃の長雨で恐ろしい水量と速さになっている。
「この区域にはゲリョスの気配は感じられぬな」
 振りむくと、クロウがいつもの無表情で立っていた。濡れ鼠でも背筋はピンと伸び、ガルルガヘルムの奥の眼に憔悴の色は見えない。
「一日や二日、目当ての竜が見つからぬことは、よくある。毒怪鳥は飛翔が下手だが頻繁に縄張りを見回るゆえ、探すのに骨折る」
「クエスト期限内に見つからないってこともあるのか?」
「ある。セインは、そのような失敗はめったにせぬが」
 ふーんと返事をして、ヒューは兄についての内容は無視することにした。
 毒怪鳥、ゲリョス。今回の狩猟ターゲットである大型鳥竜だ。
 こぶのあるクチバシとハンマーに似たトサカを持つ、異様な風体の竜である。毒液を吐いたり閃光を発したり、果ては死んだ真似をするといったトリッキーな生態をしているらしいが、そんな情報も竜が見つからなければ意味はない。
 昨日から狩場に入っていながら、パーティーは獲物の姿を一向に見出せずにいた。足跡やフンなど、追跡の重要な手がかりを雨が洗い流してしまうからだ。
「駄目だな、これは」
 更に踏みこんだ北の地で、そこにも竜がいないことを知ったとき。ついにセインが言った。
「完璧にすれ違いになっているか、もしかするとゲリョスのほうがテリトリーを変えた可能性がある」
「後者なら、依頼そのものが取り消されることになりますけど」
「どうだろう。本当に竜が縄張りを変えたのか証拠はないんだ。ギルドはクエスト失敗と見なすだろうね」
「ならば、これからどうする」
「金は惜しくないが労力は惜しい。まだ時間は残ってるし……」
 あごに手をかけ、セインは少し思案するようにした。雨は小康状態に入っている。霧に塞がれた東を見据え、やがてリーダーは頷いた。
「森を探そう。ただし、あまり広範には調べない。ゲリョスがねぐらにしていそうな場所があったね? あの近辺で竜を待つ」
「待てよ小兄。森なら昨日も探しただろ。それよりこの先のアシ原まで行ったほうが」
「あそこは環境が悪い。狩りには不向きだ」
 口を挟んだ弟を、セインは見向きもせずに切り捨てた。
 途端にヒューがむっと口を結び、まずいと身構えたのはエムとクロウである。
 これは、アレだ。また始まる。
「竜がいたらどうすんだよ。昨日見つかんなかった森探すより、まだ行ってないとこ探したほうが良いに決まってんだろ」
「アシ原にゲリョスの餌はない。この雨で虫は隠れて、キノコ類も育っていない。大型竜は一二週間喰わなくても平気だが、無用な体力の消耗は避けるだろう。逆に夜は雨が弱まりがちで、ゲリョスは夜行性にもなり得る。だから今は餌場よりもねぐらを探すのが正解。――お前、この程度もわからないで本当にハンターやってたのかい?」
「んだとっ!?」
「どうどうどうっ、苛立つのもわかりますが落ち着きましょうねぇヒュー君! それでセイン、あんたは一言余計なんですよ!」
「何をおっしゃるやら。僕は、正面突破しか能がない初心者に丁寧にレクチャーしてやってるだけさ」
「セーイーンーッ!」
「うむ。ちと大人げないのではないか」
 無口なクロウにまで苦言を呈されても、リーダーはどこ吹く風だ。
 エムに抑えられている形のヒューは喉奥から唸りを上げる竜のようになっている。最近何度もやり込められているので沸点が低いのだ。
 けれど今にも兄貴に噛みつきかけたところで、ヒューは動きを止めた。
「ヒュー君?」
「……今、なんか聞こえた。鐘が鳴る音みたいな」
 え、とエムはクロウに意見を求める。太刀使いは無反応だ。同意したのは意外にもセインだった。
「聞こえたな。人の呼び声だったみたいだけど」
「人間じゃねえだろ。今のはモンスターだよ」
「どうやら性能が悪いのは頭だけじゃないらしい。人だね」
「モンスターだ!!」
 この兄弟、もう勘弁してほしい。
 しかし辟易したエムが仲裁するまでもなく、答えはおのずと知れた。濃い霧の向こうから一人の男が泳ぐように駆け寄って来たのである。
「助け、助けてくれっ。イーオスが……っ」
「む、おぬし狩人か? なぜこんな所に」
「クロウ、説明はあとにしましょう」
 言うやいなやエムはハンマーを構え、ヒューが双剣を引き抜いていた。
 視線の先。揺らめく霧から飛び出してきたのはイーオスの赤い群れ。
「ガア、ガアッ」
 錆びたラッパに似た声でけたたましく鳴く、その数四頭。毒液を吐くのにさえ注意すれば、この程度はパーティーの相手ではない。
 ――しかし、なぜ我ら以外の狩人が同じ猟場に?
 セインの背にかばわれた男へクロウは視線を走らせた。
 事故や争いを防ぐため、一つの狩場には一つのパーティーしか入れない。ギルドが定めている法がある。
 ――とまれ、今はイーオスを退けるのが先……。
 新たな人間に動揺したか、躊躇したふうに歩を止めた二頭に向かい、クロウは神速の太刀を抜きつけた。


(「7章 雷鳴」に続く)
スポンサーサイト

トラックバック

コメント

コメントを残す

Secret



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。