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モンスターハンター!2 5章

荒天の弓使い 5章です。


モンスターハンター! 荒天の弓使い


 5章 お兄さんの憂鬱

 たん、とたたん。
 時どき思い出したように、風の加減で雨粒が窓を叩く。
 彼方に雷の気配を残しつつ、昼前の驟雨もどうやら小降りになってきた。
「オヤお客さん、お出かけですか?」
「夕方には戻るよ。なぁ、親爺さん。この町って晴れる日ないの?」
「はは、兄さん遠くから来なさったね。そりゃありますけど、今年はいやに雨ばっかですよ。お天道様も二週間ばかり拝んでませんなぁ」
 ふーんと気のない相槌を打つと、ヒューは宿屋から町に出た。
 狩猟から帰ると、少なくとも数日は休息するのがセインのやり方だ。緊急依頼でも入らない限り、長くて一月ほど自由行動のこともある。特に報酬の大きいモンスターを狩ったあとはそうするということだった。
「でも今回はヒュー君の都合がありますから、また明日には出るそうで。とりあえず今日はゆっくり休んでくださいね~」
 エムがそう告げたのが今朝である。なるべく多く狩場に連れ出してもらえるのは、嬉しいことではあったのだが……。
 ヒューは自分の腕をちょっとさすった。じんじんと鈍い痛みに眉をしかめる。
「ちぇっ、小兄の言う通りか……」
 貸してもらった傘をさして石畳の町を歩いた。
 どんな整備をしているのか、水溜りの少ない道は歩きやすい。人は人の住み良いように環境を作り変え、ようやく安穏とした生活を得られるのだと、沼地のぬかるみを思い出しながら考えてみたりする。
 人通りはあれど、誰も彼も雨を避けて足早だ。傘をさし、雨具を着込んだりで顔も見えず、町の空気は陰鬱だった。特に訪ねる知り合いも求める物もないヒューは、滅入った気分のまま適当に町をぶらついた。
 ――その女に声を掛けられたのは、なんとなく入った武具工房でのことである。
「ねえ、あなた。ちょっと良いかしら?」
「んあ? 俺?」
 振り向くと、コンガ毛皮の防具を着込んだハンターが立っていた。得物は片手剣。たぶんアサシンカリンガというやつだろう。
「そう、あなた。ウィバロウでは見ない顔だわ、ハンターよね?」
「ああ、そうだけど……」
 どぎまぎしながらヒューは頷いた。にっこり笑った三日月形の唇が赤い。口元のほくろが妖艶で、それは年齢不詳な感じの綺麗な女だった。
 テンションを落としていたところ、美女に話しかけられて悪い気はしない。うっかりすると深い胸の谷間に落ちそうになる眼を根性で上げる。何か見定めるような視線を感じたが気にならなかった。
「あたしはミレイ。あなたの名前は? 双剣士なのね、強そう」
「俺、はヒューだけど。なんで、双剣士だって?」
「だって今、双剣の棚を眺めてたじゃない。物欲しそうな顔してたわよ」
 そうかなと頭を掻くと、鈴を転がす声でミレイは笑った。拍子に、栗色に波打った髪が一房ふわりと顔に落ち、長い指がゆっくりと耳に掛ける。肌が白い。
 ――変な女だとは、ヒューだって思ったのだ。
 思ったが、そういう仕草一つ一つに妙に色気のある女に、上目遣いに見上げられてどうしろというのだろう? どこか挑発的なグレイの瞳。花のような切ない香りが鼻腔をくすぐる。長い睫毛の一本一本が見分けられる距離に詰め寄られては、すっかり鼓動は跳ねあがっていた。
「ヒューはどこから来たの? 仲間はいる? あたし、パーティーを組む仲間を探してるのよ。一人で狩るのってタイヘンだし、……寂しいじゃない?」
「へ? いや、えっと、俺」
「駄目かしら。あたしはあなたを見てぴんと来たわ。この人なら頼りになりそうって。だから、ねえ、あなたのこと教えて欲しいの……」
 へどもどしているうちにミレイがしなだれかかって来た。仰天したのはヒューである。女一人、支えきれないはずはないのに二三歩後退し、何かにつまずいてコケそこなった。木箱の山。もう後はない。箱が崩れる音がして、薄暗い店の中、入口から差し込む斜光にちらちらと埃が舞う。ぞくっとするほど冷たい指がこめかみからあごをなぞり、甘い声が名を呼んだ。
 しかし、浮かれた気分はそこまでだった。
 ――あ、あれっ? 嘘だろ、どうなってんだ!
「お、おい! ちょっと待てよっ」
「黙って。お願い……」
 真上に黒々と女の影。押しのけようとする力が入らなかった。
 情けなくも、腰が抜けた……わけではない。ヒューは内心唖然とする。女の細腕でどういう魔法を使っているのか、がっちり固定されているのだ、ミレイに!
 箱に埋まりかけるヒューの上に影は迫り、店内には人声もない。自由な片腕がいたずらに宙を掻き、女の手がいつのまにかヒューのシャツ紐を解きかけているのに気づいたときにはほとんどパニクっていた。
 なんだこれ。どういうこと。いくらなんでも急過ぎる!
 見上げたミレイの眼の光が、なぜか肉食竜のそれに似ていた。
 となれば防具も双剣も持たない自分の運命は一つである。すなわち、
 ――く、喰われる……っ!?
「はいはいっ、おねーさん。そこまでにしてあげてくださいねえ?」
 そうか、これが自然界の弱肉強食! ――と。
 ヒューが間違った意味で理解する前に、救世主はハンマーを担いで現れた。

 * * *

「あっはははは、ぶぁっははは! 喰われるはないです、腹がよじれるっ」
「あのな、笑い過ぎだって……」
「普通は立場が逆でしょう、あのシチュエーション! でも無抵抗だったのを見るとまんざらでもなかったですねえ? よっ。憎いね、この色男っ」
「違うっつの! なんかの固め技みたいにさ、変なところ押さえこまれて上手く力が入んなかったんだよ!」
「うっほほ。変なところってどこですか」
「それが俺にもよくわかんねー……って、肘とか関節とかだからな、多分っ!」
 がっくりと首を垂れるヒューの前で、エムはひたすら笑い転げている。
 所変わって加工屋近くの喫茶店だった。たまたま武器のメンテナンスに来たエムに救われて、ヒューはなんとか五体満足で生還することができたのだ。ちょっぴり惜しかったと思ったのは、今になっての話である。
「口の上手いセインの弟とは思えませんねー。もっと見学してれば良かったかも」
「一体いつから見てたんだよ……」
「私が入ったときには、あなたもう押し倒されてましたよ。野暮かと思って店を出るところでした。……で、ヒュー君。紐、まだほどけてますよォ」
「うおあっ!?」
 しかし笑うだけ笑ってから、エムは真顔に戻って言った。
「でも本当に気をつけて下さいね。あの手合いは後で何を言いだすかわかりません。特に新人ハンターは狙われやすいんですから」
 騒動の顛末はあっけないものだった。エムの横槍にミレイは鋭く闖入者を睨んだが、ヒューがエムの仲間と知れた途端、あっさり身を引いたのだ。
「そう……。あなた、セイン・パーシヴァルのパーティーだったの」
 思案げに呟くと、さよならと一言残して去って行った。
「なんだったんだ、あの人。小兄の知り合いだったのか?」
「まさかぁ。いくら美人でも、あんなやばそーな知り合いはセインにはいませんて。ミレイというのもおそらく偽名でしょう」
 先程から注意しろとエムが言っているのは、裏社会に経験の浅い狩人を勧誘し、密猟などの違法行為をさせる人間がいるためだ。口止め料を貰って解放されるならまだしも、ひどい場合は殺されたり罪を被せられてギルドに断罪されたりする。
「俺も夜道でギルドナイトに後ろからバッサリ、なんてやられたくねーし……」
「それよく言われてますけど、ギルドナイトって本当に暗殺なんかするんです?」
「そっか、エムはドルマっ子じゃないから知らねんだ。あいつらは昼は街の警備、夜はギルドに背く悪人を血祭りに上げる仕事人だって、街じゃ有名な話だぜ。うっかり暗殺現場に居あわせると生きて帰れない、とかさ」
「ぶっはは。完全にただの都市伝説っ」
「だけど本気で何度かあったんだよ。朝起きたら広場の真ん中に血溜りが!」
「スプラッタですねぇ。でも真実彼らの仕業かどうか分からないんでしょ? 第一、ギルドが普通に取り締まって裁いてるじゃないですか、犯罪者も密猟者も」
 言い差してエムは口をつぐんだ。脳裏によぎった声があったのだ。
 ――最近ドンドルマ周辺に性質の悪いハンターが……。
「密猟者って、まさかね……」
 眉をひそめて窓を見やる。通りの向こうの工房に当然ミレイの姿はない。
 コーヒーを一口飲むと、それはそれとして、とエムは仕切り直した。
「ヒュー君が思ったよりヘコんでなくて安心しました。まぁ、セインの嫌味攻撃は、愛情の裏返しみたいなもんですからー」
「それ絶対違うと思うぜ……」
「セインも厳しいこと言ってましたけどね、私たちの落ち度も大きかったですよ。あなたの剣さばきがかなり狩り慣れてたもので、つい同ランクの仲間と狩ってる気分になってたんです。もっとやり方を考えるべきでした」
「うん……。でもな、酒場ではムカついちまったけど、やっぱ小兄は正しいよ」
 少し慰められると、さっきの騒ぎで忘れかけていた思いが頭をもたげてくる。昨夜から痛みを訴えている両腕をヒューはさすった。
 思い返してみると、狩場のセインは実際優れたリーダーだった。
 恐ろしく眼が良い、とヒューは思う。狩猟の全体を見渡す眼。仲間が今何を求めているか、モンスターが次に何をするか、見極めて援護し指示を出す。敵の攻撃に身体で反応するヒューなどは、常に何歩も先を読み、余裕を持って仲間に警告を与えることなどとても出来ないという気がする。
 そのリーダーの決断を勝手な判断で無視してしまった。昨日のギザミ戦でヒューが最も責められた点である。
 軍人は規律で兵を縛るが、ハンターは信頼と絆で仲間をまとめる。ヒューの行為はセイン、ひいては兄を信頼するメンバーを裏切ることに他ならず、そういう綻びがギリギリで命のやり取りをする狩場で、パーティーの崩壊を招いたりするのだ。
「オトモアイルーと狩るのとは違うよなぁ。仲間がいれば狩りが楽になると思ってたけど、難しいこともあるんだってよくわかったよ。それに俺は、どうもまだ人の尺度でモンスターを見てるとこがあって……」
 述懐の途中、妙な気配を感じてヒューは顔を上げた。
 エムが感動したように若葉色の瞳をウルウル潤ませている。
「なっ、……なんだよ?」
「ヒュー君、あなた本当にあのスットコ天邪鬼な人格破綻者の弟なんですかっ!?」
「す、スットコあまのじゃく?」
「あり得ない素直さです、セインのバカに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい……」
「…………」 どうやら本気で言っている。
 命を預ける仲間に、ここまで罵倒される兄貴って一体。
「いや、そりゃ小兄ってすげー性格悪いけどさ。……そ、そんなに悪いかな?」
「いえいえ、信頼はしてますよ。モチのロンで。でもちょっと謎な部分があると言いますか、家出の理由とかね。聞ける雰囲気じゃありませんしぃ」
「親父と喧嘩したんだよ。ずっと仲悪かったんだ」
「あー、私もそこまでは承知してるんですが」
 今度はキラキラと期待を込めた眼差しを向けられて、ヒューは困って頬を掻いた。
 原因と言われたところで、実は自分もそれほど詳しくはないのだ。
「俺もガキだったから、本当はどうだったのかよく憶えてないんだよな。でも仲が悪かったのは小兄が弓使いだったからだよ」
「どういうことです?」
「親父は兄貴を双剣士にしたかったんだ。でも小兄は弓が好きだろ。出てったときの喧嘩も、確かそんな感じの口論だったと思うぜ」

 * * *

 ――間に合わない、と思った。
 躍りかかるドスランポスの鋭い歯列。矢筒に手を回して凍りついたセインに、その牙が届く前。割って入った黒い背中が一刀のもとに竜を斬り伏せていた。
「いい加減、弓の難しさがわかっただろ」
 抑揚もなく低い声が犬のように喘ぐセインの上に降る。
 逆光の中。頭からランポスの血を浴びた戦神のような男の、片目だけがセインを睥睨していた。こちらを真っ直ぐに射抜いてくる鮮やかなブルーは強すぎて。
「なんで弓など選んだのか知らんがな、お前の腕じゃモンスターの目眩ましと挑発がせいぜいだ。玩具おもちゃは捨てて剣に持ちかえろ、セイン。双剣なら俺が教えてやる」


 グッと腹に力が入って、セインは目を覚ました。
 暗い天井。窓から差し込む光はすでに弱い。雨音だけが静かな部屋を満たしている。いつのまにかうたた寝をしていたらしかった。
 ――懐かしい夢を見たものだ。
 サイドテーブルの水差しを取ってグラスに注ぐ。そのまま口を付けず、セインはしばらくじっとしていた。夢の余韻がまだかすかに胸を波立たせていた。
「……ざまあみろ、くそ親父。僕はまだ玩具を片手に狩人として生きている」
 独り呟いたところで、悔しがるべき男の姿はどこにもない。
 父デューランはセインが家を出た後、G級ハンターに依頼される特命クエストに出たきり帰って来なかった。遠く、海を越えた原初の樹海。前触れなく出現したランポスの群れから同道の調査隊を逃がすため、囮となって突っ込んでいったのが最後だったらしい。以来、男の消息はぷつりと途絶えている。
 部屋のランプに火を灯す。どこかに置いた眼鏡を探した。少し遠視気味なので、屋内にいるときは掛ける。それから手入れ途中だったのを思い出し、セインは弓を取り上げた。
 握りグリップで二つ折りになっているのは巨大さゆえだ。ガチリと快音を立てて組み上げると、上端アッパーリムから下端ロアーリムの長さは男の身長を軽く越えた。
「シューティング感覚が昨日は少し温かったな……。雨と湿気のせいか。火竜素材は軽くて強靭なのは良いが、水に敏感なのがいただけない……」
 弦のテンションやストリングハイトの調節をしたくても、宿で試射はできない。それらは後に回すとして、各部のチェックと掃除をすることにした。
 弓は、古来より狩猟に用いられてきた武器だ。単純な構造で作りやすく、獲物との距離を保ちながら攻撃できる。だから初心者ハンターには親しまれたが、狩人として経験を積み、より強大なモンスターを相手にするようになると逆に扱いの難しい武器に変わった。
 モンスター素材を用い、弓を強く大きくしたとて弦を引くのは人間である。火力は小さく、しかも矢が嵩張った。弾の小さいボウガンに比べれば手数は少なくならざるを得ない。補助装置で矢の安定度や初速を上げても、パワー不足は否めなかった。
 ただ、薬品ビンをセットして麻痺や毒の効果を持たせると、支援として優秀に機能する。セインがその方向へ進んだのも自然な成り行きだった。
 仲間の援護に特化する。火力不足については、モンスターの生態や弱点を抑えた精密射撃で補う。
 狩りを重ねるうちに仕事の成功率はみるみる上がった。今ではドンドルマの街でも、信頼性の高いハンターとしてセインは名を知られている。
 ――周到に準備をして、微塵の危険もなく獲物を狩るチキンプレイ。
 セインの狩り方をそう嘲る向きもある。もっともそれはモンスターの動きを読み、狙いどおりに狩る難しさを知らない三流のやっかみだ。ある程度上位のハンターは決してそんなことは言わない。しかし。
 ――時どき、それが的を射ている気がしてならない……。
 頭から消えない姿があった。
 かつて連れられて行った森での狩り。牙剥く炎の化身のような竜の王リオレウスに、恐れ気もなく向かった父の背中。
 それが昨日ショウグンギザミに突き転がされ、殺されかけてなお立ち向かっていった弟の姿に重なって見えた。
 力だけが全てではない。生物の王たるモンスターに、剣一本に命を託して戦い抜くことだけがハンターの矜持ではない。
 ――そう信じる一方で。
「弓では、無理だというのか……」
 頭の片隅にいつまでも焼き付いている思いがあった。
 蕭々と雨の声が聞こえる。作業の手はいつしか止まっていた。


 どれほど思いに沈んでいたのだろう。
 よく知った足音を廊下に聞き、セインは我に返った。唐突にドアが開く。
「小兄」
「ノックくらいしろ、愚弟」
 しかし鍵をかけ忘れていた自分も自分だ。ヒューは暗い部屋で弓を握りしめている兄に驚いたのか、入口に突っ立ってまごついた。
 外はとっくに日が落ち、部屋には宵闇が漂っている。確かにちょっと怪しかったかもしれない。
「何か用かい。ダンスのお誘いならお断りだぞ」
 にこりともせず、弟は黙って両腕の袖をまくって見せた。薄暗い部屋でも巻かれた湿布の白い色はよく目立つ。セインは眼を細めた。
「ヒビが入ったんじゃないだろうな」
「腫れてるだけだと思うぜ」
「どうかな。せっかく山から連れ出してやったのに、自分で狩りの機会を減らしていれば世話無い。ま、自業自得だね。――明日までに腫れが引かなければ予定は延期。今度は勝手に出て行ってくれるなよ」
「行かねえよ」
「鋼鉄に斬りつければ同じだけの衝撃が返ってくるんだ。いくら竜の爪牙で武装しても、自分が人間だということを忘れるな」
 むくれるかと思った弟は思いのほか素直に頷いた。それでセインも一言余計に付け足してやる気になった。
「痛みが強いなら、薬草に氷結晶を混ぜてすり潰したのを塗っておくといい……ああ、その腕じゃ辛いか。仕方ないな、必要ならあとで僕が作ってやるから――」
「小兄」
 セインは視線を上げた。廊下の灯りが強いので、入口を背にして立つヒューの表情はよく見えない。ただ何か緊張しているのか、弟の声がかすかに硬かった。
「どうした?」
「なんかさ、昨日ギザミ狩ってるとき急に怒ったろ」
 ギザミの地中攻撃を受けたあと、ヒューが兄のそばに退避したときのことだ。腕の感覚が戻り次第復帰すると言ったヒューに、不意にセインの声音が冷えた。
「あのときは俺が下手打ったせいかと思ったけど……」
 歯切れの悪い弟。次の言葉を待った。
「俺はさ、弓が弱い武器だなんて全然思ってないぜ? そう聞こえたんなら悪かったと思って、言っておこうと思ってさ」
「…………」
 ――弓は遠くても届くだろうけど、兄貴と違って……。
 弓使いと違って。
 双剣士は盾も持たずに強大なモンスターと間近に対峙し、己の剣と身一つで互いの命を喰らいあう。
 先ほど夢で見た父親の背中が脳裏をかすめ、セインは無意識に拳を握った。
 それはドンドルマの誰もが英雄と認めた、父デューランの誇りの一つ。
「俺思うんだけど、親父がずっと反対してたのは、弓が難しい武器だって知ってたからじゃねえかな。今の小兄見たら、親父も文句なんかつけっこないって……」
「何の話だ?」
 話の途中でセインはばっさり切り捨てた。え、と弟が固まる気配がする。
「あのとき僕が怒ったのは、お前が身のほど知らずにも、自分の状態を理解せずに出て行こうとしたからだ。……突然何を言いだすかと思えば」
 ふ、とセインは鼻で笑う。立ち尽くす弟の顔は見えない。きっと戸惑っているのだろう。構わずセインは突き放すように続けていた。
「ハタ迷惑な出たきりお父さんなんか何の関係もないよ。だいたい、ヒュー。お前まだあの人が生きてると思ってるのかい? 消えてからもう十年近い。僕はそろそろ葬式出してもいい頃だと思うくらいだ」
「……親父は、生きてるさ。絶対帰ってくる」
「それは逆だ。あの人のことだ、生きてたらとっくに帰ってきてる。今いないということは、死んでると考えるのが妥当だろう」
「誰も!」
 ヒューが一瞬声を荒げた。セインは静かに弟を見据える。
 お互い、この話題は逆鱗だった。知りながら踏んだ薄氷だ。
「誰も親父が死んだところは見てねェんだ。剣も、鎧だって見つかっちゃいねーし、ランポスに殺られるような剣士じゃねえ。何があったかわかるまで、俺は親父が死んだとは思わないからな!」
「そうかい、まぁ好きにするといい。樹海へはキースが何度か行って、実際何も出てこなかったようだし。ただ――狩場で死んだなら、お父さんも本望だったろうよ」
「……そんなに嫌いだったのかよ」
「ああ嫌いだね。今でも嫌いだ。あんな化石並みの分からず屋」
 なおも何か言い募ろうとしたヒューを、口元に笑みすら浮かべ、セインは遮るように言いきった。
「いなくなって清々したね」
 それきり、口論は途絶えた。
 静寂。雨の音が、やけに久々に聞くように耳に高く響いてくる。
 兄弟はしばらく睨みあっていたが、やがてヒューが踵を返した。足音荒く部屋を出て行こうとする弟にセインは声を掛けた。
「おい、ヒュー。それで、薬はいるのか?」
「いらねーよっ。自分で作れる!」
 バン!! ――破壊的な勢いで扉が閉まる。
「……バカだな」
 腕の怪我のことをもう忘れている。弟はこれだから不注意だというのだ。今頃廊下で悲鳴を堪えているに違いない。
 ひとつ息を吐いて、何事もなかったようにセインは弓の手入れに戻った。爪の痕が残るくらい強く拳を握っていたことには、そのとき初めて気が付いた。
 ――翌日。結局、狩りの予定は引き延ばしになった。


(「6章 沼地の呼び声」に続く)
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