スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

モンスターハンター!2 4章

荒天の弓使い 4章です。


モンスターハンター! 荒天の弓使い


 4章 レッツ・パーティー・カニハント!

 降りそぼる雨に、視界は薄墨を流したように紫色に煙っている。
 大陸中西部のこの辺りは年間を通して降水量が多く、特に温暖期の今は毎日のように雨が降る。別に、雨季とも呼ばれていた。
 狩猟場《沼地》は骨のように頼りない木が散在する薄暗い森と、水浸しの沼沢からなる広大な湿地帯だ。一面に苔やシダが生えた水はけの悪い大地、踏ん張りの効かないぬかるみ。身を隠せる物陰も少なく、天候によっては真昼でも夜のように暗くなる。突然大地が陥没したような洞窟や毒ガスが噴き出す場所もあり、決して狩りに向く地域ではなかった。
 しかし、特殊な環境には特殊な生態系が確立している。生息モンスターも普通の森や平地と異なり、得られる素材に貴重品は多かった。
「だからハンターも無理して沼地に踏みこむんですけど……。でも、単にヒュー君と狩りをしたいだけなら、他にも選択肢はあると思いません?」
「うむ」
「しかも初心者連れてギザミ討伐。何考えてるんですかねぇ、我らがリーダー殿は」
「うむ」
「もう、あなたはっ。うんとかすんとか以外言えないんですか、クロウ!」
 痺れを切らしてエムが叫ぶと、隣の鉄面皮はようやく少し身じろぎした。
「いや。しかしヒュー殿はかなり遣う。身のこなしにも隙がない。ショウグンギザミ相手でも、よい立ち回りができそうに思う。おぬし、杞憂ではないのか?」
「うーん。ヒュー君に関しては、そうかもしれませんけどぉ」
 狩り場の中でも、水たまりの多く光る泥炭地の隅に二人は立っていた。中央付近では泥を跳ねあげ、ヒューがイーオスという小型の鳥竜種相手に戦っている。少し離れた場所から、時どき近付くランゴスタをセインが射落としていた。
 エムには思いがけなく、ヒューは眼の醒めるような剣技を見せた。ギアノス素材をメインに固めた低級装備でも紅い双剣は鮮やかに獲物を仕留める。それはエムやクロウの出番がないほどで、これなら大物相手でも致命的な失敗はないだろうと思わせた。だからエムが気にかけているのは、実はヒューではない。
 ――セインの様子が、少しおかしい……。
 クロウが来る前から五年以上パーティーを組んで来た仲間である。理由はセインの狩猟スタイルにあった。
 セインはスマートな狩りをする。
 無理なく無駄なく、必要なら数日かけて調査をし、決して力押しはしない。前線で戦う剣士へのフォローも完璧な、安心して背中を預けられるガンナーだった。多少発言は無責任でも狩りに関しては誠実で抜かりがない。それがセイン・パーシヴァルという男であるはずだった……が。
 ――ミョ~に感情的になってるような気が、なんとな~くするんですよねぇ……。
 弟の売り言葉に、無茶な依頼など受けたのが良い証拠だ。普段の彼にはあり得ない。粋がる新米狩人など、うまく言い包めて構想どおりに事を運ぶのが本来だろう。
 ――剣士としてのヒュー君の力を知っていたから、ということなのかなぁ。
 そう考えると納得がいくようでもある。
 ――ただ、気になるのは。
 セインが、実は家出人であることだった。
 何を父親と争ったのかは知らないが、十年ほど前に飛びだして以来ほとんど実家に戻っていないらしい。元凶の父親が狩りに出た先で消息を絶った後でさえ。
 みてくれと愛想の良さから好人物という印象を与えるセインも、腹の底にはかなり激しい気性を隠していることをエムは知っている。
「家族に対して、何ぞややこしい感情抱いているのかも知れませんねぇ。だとするとけっこう繊細な面もあるんでしょうか、あの人。ちょっと新鮮。ほっほほほ」
「……何事だ」
 うっかり口に出していたらしい。
 急に笑ったエムに、クロウが気味悪そうに眉を寄せた。
「いえいえ、失敬。あ、イーオス掃討が終わったようですね……、さて。依頼主の情報ではこの辺に出るらしいですが、見当たりませんし、探しますか」
「無用だ」
「はい?」
 己のハンマー、バインドキューブを担ぎ直したエムが動きを止める。
 足もとから、かすかな振動が這い上がってきた。水溜りがさざ波立つ。視線を交わして頷きあい、エムはクロウと左右に分かれて走りだした。徐々に大きくなる振動。セインはすでに気づいている。
 一人だけ困惑しつつも、とにかく広場の中心から退いたヒューに向かい、エムは声を張りあげた。
「ヒュー君、もう少し後ろに下がって! カニ氏がおいでなすったですよ!」
 同時に、大地が割れた。
 水と泥が柱を作って冗談のように跳ね上がる。低い曇天を貫くが如く、初めに突き出たのは青い尖爪。ぼこりと大地が落ちこんだかと思うと瞬時に山と盛り上がった。雨に打たれ、現れてきたその姿。鎧竜の頭蓋を背負い、キシキシと関節をきしませる。
 人の家ほどもある巨大ヤドカリ――それが《鎌蟹》ショウグンギザミだった。

 * * *

「でかい……っ」
 事前に情報は得ていたが、耳で聞くのと見るのは違う。
 鈍色の空の下、文字どおり突如として地から湧いて出た巨大蟹に、ヒューは一瞬我を忘れてモンスターを見上げていた。
 雨に洗われた甲殻の色は群青。頭にある角のような突起はギザギザと厳めしく、自在に動かす二本の大鋏が凶暴だ。体長と同じくらいの長さがある。二つ名《鎌蟹》の所以であるこの細長い爪、振り回したときの破壊力はいかばかりか。ヒューは生唾を飲みこんだ。
 ――竜や牙獣相手なら、狩場で少しでも気を抜くようなことは、もうヒューはしなかっただろう。しかし初めての湿地で非常識に巨大なカニを前に、勝手が違っていたらしい。泥から這い出たショウグンギザミが背中のヤドを揺さぶって、鎌をぐいっと伸ばしたのに驚き、ヒューは身を竦ませて跳び退こうとした。
「おわっ!?」
 尻餅。深い泥に足を取られたのだ。
 まずい、と眼だけはギザミを追ったが、なんとカニは悠長に泥などついばんでいる。攻撃の予備動作ではなかったようだ。
 ――なんだよ、脅かしやがって。
 ふとセインの姿がギザミごしに眼に入った。薄暗い景色、雨のせいで表情はわからないが、あの嫌味な兄貴のことだ。絶対笑っている。
 ――カニはカニで、のんきに飯なんか食ってるしな!
 ヒューは双剣を引き抜いた。教えてもらった情報は頭の中。沼地の動きづらさと侮りがたさは今の尻餅でわかったし、実際の立ち回りは戦いの中から掴むだけだ。
 息を吐いて気持ちを切り替える。獲物はとうに眼の前に。仲間たちは自分の最初の斬り込みを待っている。
 ――よし、行くぜ!
 一言。胸で吼えて、ヒューは力強く地を蹴った。

 ギイン!!
 烈しい剣戟の音がハンティング開始の合図となる。
「かぁッ……てえーっ!!」
 銀色に散る剣花。剣を取り落としかけ、危ういところでヒューは堪えた。
 双剣はリーチが短い。それに硬そうなヤドよりは、と脚を斬りつけた初撃は見事に弾かれた。突っ込んだ勢いのぶん反動は強い。後ろに二、三歩たたらを踏み、態勢を崩したところへショウグンギザミの振り向く気配。
 ――やべ……っ。
 ひょう、と甲高い風切音。続いて小規模な爆音が響き、敵の動きがちょっとまごつく。一瞬見えた赤い軌跡。火矢だ。逆側にいるセインの牽制。
 火竜の延髄を仕込んだ炎弓・プロミネンスボウは放つ矢に業火をまとわせる。竜の炎はただの炎ではない。命中すれば烈しく弾け、枯野に野火が広がるように火炎はどこまでも類焼する。火山に生息できるほど熱耐性が高くとも、ギザミも無視はできないようだ。
 ――さすがだぜ、小兄!
 それにしてもタイミングはバッチリだった。すかさずヒューは距離を取り、油断なく周囲の状況を探る。
 ――エムはギザミのヤドの後ろ。クロウは正面、鎌の届かない位置に展開か。
 ハンマー使いのエムは常に一撃離脱を心がけ、普段の切り込み隊長はクロウが務めるという話だ。太刀は長い。カニの気を引きつつ、同志討ちを避けるためにこちらの動きを見極めようというのだろう。
 ――しっかし、これじゃ全身硬ェんじゃねーか。どこ斬りゃいいんだっつーの!
「援護はしてやる。好きなようにやってみろ」
 言った兄はギザミの基本的な行動様式は教えてくれても、攻撃すべき場所まで言及しなかった。閃光玉や音爆弾は効かない。甲殻種というだけあって異常に硬いという忠告のみ。そのへんが例の“試験”なのかもしれないが。
 ――闇雲に斬ってもらちは明かねェ。腹の下には潜れないし、頭は危険すぎるよな。
 なにしろあの鎌がある。実際の攻撃パターンを見ないことには……。
「キシキシキシキシ!」
 神経質な音を立て、右へ左へギザミが動いた。刹那、閃いたものがあった。
 ヒューは不敵にニッと笑むと、素早くギザミの左後方に身を寄せる。弾かれたばかりというのに懲りずに脚へ紅蓮の剣を叩き込んだ。
「見えたぜ、ここだろっ!」

 キシイイイイイイイイイイ!!
 金属的な悲鳴が響き、ギザミがぐらりと大きく揺らいだ。
「フン、わりに早く気付いたな。血の気の多さは変わらなくても、雪山で多少は頭を冷やしてきたらしい」
 背中にセインの呟きを聞きつつ、クロウはようやくモンスターに向かって駆けだした。全身青い装甲を纏うショウグンギザミ。剣がダメージを与えられる部分は限られている。一つは脚の関節だった。
 ――そのことにヒュー殿が気付いてくれたのならば……。
 あとは剣士が二人して左右から攻撃しつつ、ダウンを狙えばいいことだ。
 抜き放った黒刀【参ノ型】。一度ぐるりと頭上に回して左構え、水平に薙ぎ払う。確かな手応えに紫の体液がしぶいてギザミがよろめく。間髪入れず、
「どぉっせえい!!」
 ヤドにエムのハンマーが決まった。カニが崩れる。
「――参る」
 右の踏み出し。泥の上でも滑らかにクロウの足は大地を噛む。腰の据わった突きが甲殻の隙間に吸い込まれ、斬り開きながら刀身を引き寄せる。上段から袈裟斬り、更に振りかぶって右袈裟斬り。うなりを上げて一刀両断、斬り下がると同時にギザミの脚が一本飛んだ。
 ギィン、ガツッ!
 激しい音は、おそらくヒューが反対側で猛攻を加えているのだろう。頭に容赦なく降り注ぐセインの弓矢。
「シュウウウッ、シュウウウッ」 不意にギザミの発する音が変わった。
「怒り状態! 気をつけろ、回転攻撃!」
 セインの警告と同時、口から泡を噴いたギザミが両鎌をわずかに掲げる。と、次の瞬間、青の巨体がコマのように回った。
 ――ゴオッ!!
 旋風。凄まじい凶器が、とっさに伏せたクロウの頭上を通り抜ける。だが、
「ヒュー君!」 エムの声が響く。
 見れば弾き飛ばされた双剣士が水しぶきを上げて転がっていた。
 ギザミの回転爪攻撃は範囲が広く、当たれば致命傷になりかねない。特に怒り状態では折りたたんでいた内部の爪、牙のような突起を持つハサミを更に伸ばし、冗談でなく首を刈り取られることもあった。
 ――しかしあれは、受け身だ。
「かすっただけだ、問題ねえ!」
 案の定ピンピンした声が返ってきた。
「うげえ、ぺっぺっ。泥食っちゃった。腕なげーよっ」
 どころか文句まで言っている。なかなか元気な御仁である。
 ――間合いを測り違えたか。とはいえ良い反応だった。やはりエムの懸念は杞憂に終わろう……。
「そこのマヌケ、油断するな! カニが潜ったぞ、散れ!」
 セインの鋭い叱咤だった。
 気を散じていたのはヒューだけではない。クロウも素早く場を離れる。
 ぬかるんだ大地へ巨躯を捻じ込ませていくギザミの、ヤドの先が沈んだのが視界に入った。
 束の間の静寂。そして、
 ――ドオン!!
 潜った場所からまるで脈絡ない地点に、いきなり槍のような角が生える。
 これがギザミの恐ろしいところだ。一体どんな速度で地中を移動するというのか、足元に微弱な振動を感じた時点で手遅れのことも多い。精度が低いのだけが救いで、攻撃を避けるためハンターはひたすら走るしかない。
 ――ドオン!!
 二発目も空振り。
 ――ドオン!!
 しかし三発目で。
「う、おああっ!?」 誰かの悲鳴が響いた。
 曇天の鈍い光の中、木端のように突き上げられた人影が一つ。双剣士。
「……いかん、セイン!」
 珍しく、クロウは切迫した声を発した。
 ギザミが潜らず地上に出てこようとしている。感情のない黒い眼が宙を舞う獲物を捉えていた。勝利を確信するかのように、天に伸びる青い槍穂。落ちて来る双剣士。それがやたらと緩慢にクロウには感じられた。
 ギザミのスピードを甘く見たのか。それとも泥に足を取られたか。
 いずれにしろこのままでは――串刺しに。
「ヒュー!!」
 モンスターの軋む音と雨の中、セインの声が弟を呼ぶ。

 * * *

「何者だ、あれは……」
 茫然とクロウが呟く。セインすら、あり得ない曲芸を見ている気分だった。
 空に突き上げられた双剣士。落ちる途中でくるりと器用に身を返すと、柄と峯を両手で掴み、剣を揃えてギザミの尖角に当てたのだ。
「おおっらあああ!!」
 ガガガガガガッ!
 上手く側面に当てられた剣。激しく角を削りながら勢いを殺してヒューは落ち、最後に角の根元にあったギザミの片目までもさらっていた。
「クシュウウウウウウウ!!」
 仰け反るギザミにエムのハンマーが追い打ちになる。
 二連続の重撃。ピシッと細かな音を立てて甲殻にヒビが入る。その瞬間、麻痺したようにギザミの身体が痙攣を始めた。
 バインドキューブ。女性のエムが扱えるのだから、重量武器としては軽い部類だ。真骨頂は仕掛けられた特殊機構。空洞の槌内部に、ある種の竜や虫から得られる電撃を発する素材を仕込み、攻撃と同時に敵を麻痺させることができた。
 当たり所によって効果はまちまちだが、今この時は運よく急所にはまったらしい。できた隙にクロウは駆け寄り、すれ違ってヒューがセインのそばへ退避してきた。自分の足で、である。
「あーっ、びっくりした。俺、一瞬駄目かと思った」
「……驚いたのはこっちだ。ギザミが潜ったら全力で走れと言っておいたろう。怪我もないのか?」
「腕が痺れてる」 言ったヒューは、やや顔色が青ざめている。
 剣を納められないくらい感覚もないのだろう。あれだけの衝撃を受ければ当然だが、むしろその程度で済んだのが信じられない。
「よし、今日はもういい。あとはクロウとエムに任せて、僕の後ろにいなさい」
「さすがに剣が握れなきゃな。痺れが取れるまでは休んでるよ」
「何だって? お前、また行くつもりでいるのか」
「当たり前だろ。俺、双剣士だぜ? 弓は遠くても届くだろうけど、兄貴と違って、こっちはカニのそばに寄らなきゃ攻撃できねぇんだからさ……?」
 ふとヒューは言葉を切った。
 会話の最中もよどみなく矢を射ていた兄の手が一瞬止まり、視線がちらりとヒューを舐めたのだ。
 すっと細められた瞳の色が濃い。そこに浮かぶのは怒気である。
 鋭い呼気を発して、セインの放った矢がはしった。炎の軌跡は一直線、雨を斬り裂き、狙い過たずショウグンギザミの口へと突き立つ。
 理由がわからず戸惑うヒューに、セインは無下に言い放った。
「駄目だ、お前は二回も攻撃を受けてる。三度目はないぞ。今日は黙って、ギザミの狩り方をよく見ておくんだ。不満顔だが狩場のリーダーの決断には従えよ」
「…………」
 ――しかし気迫に押されて一度は素直に引き下がったヒューも、結局は辛抱できなかったのである。
 片目を失い、怒りやすくなったギザミは狂ったように鎌を振りかざし、近接攻撃の機会はなかなか掴めない。ついにはセインとヒューの方へも突進し、頭上から振り抜かれた鎌を左右に分かれて避けたとき。ヒューは再び双剣を握っていた。
「おいっ、ヒュー!?」
「もう大丈夫だって! 動きも充分わかったし、やらせてくれよ!」
「何度も言わせるんじゃない! 大人しくしてろと……くそ、あのバカ!」
 止めたところで聞きやしない。セインも援護で忙しく、矢を番えている間にヒューは飛び出して行ってしまった。
 降りしきる雨の中。何本かの脚を失い、体液を垂れ流したショウグンギザミが泥の上で静かになったのは、それからまもなくのことである。


 差し出された受領証に眼を通すと、エムは書類にサインをした。
「ほいほいっ。ギザミ討伐達成、報酬金七万五千ゼニー。受け取りましたよ、と」
「はい、確かに。ご苦労様でした」
 ギルドカウンターの受付嬢がにこやかに頭を下げた。
 酒と煙草、肉の匂い、そして鉄と獣の匂い。むっと密度の濃い空気に、ここはいつも狩人達の熱気とエネルギーが渦巻いている。狩りから戻り、集会所の酒場にいた。
 どの町でもギルド集会所と酒場は大抵セットだ。ハンターたちは集会所で仕事を請け、結果報告し、同じ場所で成功あるいは失敗の杯を交わす。エムたちも例外でなく、沼地から戻ったその足で直行してきていた。
 依頼は達成。だから本来なら今頃は、成功を祝う美味い酒を飲んでいるはず……、だったのだが。
 エムは、自分のパーティーが陣取る一角をそっと横目で眺めた。
 ――ああー。しょげてる、しょげてる……。
 ヒューだ。狩場から引きあげる竜車でもセインに取っちめらていたが、剥ぎ取ってきたギザミ素材の査定が終わったということで、エムが席を抜けたあいだにもまた何か言われたらしい。
 ――いやはや。こういうとき、クロウはてんで役に立ちませんからねぇ。
 すっかり出来あがっている酔客の中、パーティーの席だけ空気が重い。何事かと好奇心丸出しで盗み見した給仕アイルーも、上級装備のセインにじろりとやられて首をすくめた。基本的に危険に敏感な狩人たちは、気にしながらも完全放置。触らぬ神に祟りはない。
 これは早く帰ってやらないと、と踵を返しかけたエムを止めた手があった。
「待って、ハッジさん。ハンターの皆さんに重要なお知らせがあるんです。ギルドマネージャーからの連絡よ。最近ドンドルマ周辺で性質の悪いハンターが出没しているみたいなの」
「ほっほお、密猟者ですかぁ」
 依頼対象以外に卵や幼竜まで乱獲する。禁猟期に、又は禁猟区で獲物を狩る。
 ギルド規定に従わない素行の悪いハンターは密猟者と呼ばれ軽蔑される。事が露見すれば処罰もあるが――極めて悪質な場合は極刑まで――狩人に気の荒い連中は多い。もともと社会から外れた者も少なくないので、珍しい話ではなかった。
「狩人の皆さんがふんじばって突き出してくれるのが楽なんだけど、それは依頼外ですし。トラブルになるのも困っちゃうから、見かけたらすぐギルドに連絡してね」
「はぁー」
「ここはドンドルマからは距離があるから、心配も薄いと思うけど。街では何件も被害が出てるみたいなの。狩猟帰りのハンターを襲って素材を横取りするらしいわ」
「ほぉー」
「……あの、ハッジさん。聞いてます?」 それどころではない。
 横目で気にしていたパーティーの席。何か言い争っていたと思ったら、突然ヒューが立ち上がって酒場を出て行こうとしたのだ。エムは慌てて声をかけた。
「ちょちょっ、ヒュー君どこ行くんですっ? 食事は?」
「兄貴と一緒に飯なんか食えるか!」
 ああ、間に合わなかったか。
 席に戻ると、セインが黙って肩をすくめた。
「セイン、また皮肉でも言ったんでしょう。確かにリーダーの判断を蹴っ飛ばしたのはまずかったですが、彼はいい働きをしてくれたじゃないですか」
「そうは思わないね。僕の射線をうろつくし、君らも何度かカニの誘導を邪魔されただろう。まだまだあいつは不注意だ。ぺーぺーのヒヨッコさ」
「パーティーハント初めてなんでしょ? そこまでの要求は厳しすぎますって」
「うむ。双剣には、眼をみはるものがあるしのう。ギザミの正面に潜りこみ、残った眼まで斬り落としたのには驚いた。並の胆力ではない」
「そうそう。あれで後がグッと楽になりましたよねぇ……何ですセイン、その顔は。ありゃりゃ、まさか気づいてなかったとか」
 黙り込んだところを見ると、どうやら図星だった。
 狩りの流れを掌握し、指示を出すことに長けたセインには珍しい。エムはクロウと顔を見合わせて、むしろ心配するような口調になった。
「らしくないですねぇ。何かヒュー君と確執でもあるんですか」
「そんな愉快なものはないよ。ただ僕は、出る杭は打つ主義なんだ」
「因業ジジイか、あんたは! え、ちょっと。あなたまでどこ行くんです」
 今日は飲む気分じゃない、と一言。
 席を立ったセインを追いかけて、喧騒の中、かろうじて聞いた言葉にエムは思わず立ち止まる。溜め息をついて男を見送った。
「――あいつ。親父に似てきたな」
 振り返らずにセインは低く呟いていた。


(「5章 お兄さんの憂鬱」へ続く)
スポンサーサイト

トラックバック

コメント

コメントを残す

Secret



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。