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マガラ幻想

久々に文など。
いつもメモ帳にいれて腐らせておくタイプの自分用小ネタ文でした。


 MH4 欠片文  天廻の門


 風鳴りの村に虚ろな風が吹く。あちこちでカラカラと回る、主を失った風ぐるまの乾いた祈りの音が、いまだに揺らぐジェシの胸をしんしんと責めたてていた。
 雲は速い。紫がかった鋼色の帯が幾筋もたなびき、槍のように空に突き出でた岩の峰々のあいだをすり抜けていく。隙間から時折り金のきざはしとなって陽光が差し込んだが、それも一瞬で、惜しむ間もなく幻のように世界は再び不安に還った。
 天がざわめいている。下界にまで災いの手を伸ばして。
「――まだ、決心はつかないか」
 飽きもせず彫像となって凍りつき、天空山のそそりたつ峻峰を見つめるジェシに、歩み寄った団長が父のように問いかけた。彼の踏む小石のかすかな音はハンターの不自由な右耳には届かなかったが、腕にしがみついた猟虫が主人を触角で叩いて報せていた。
「ギルドはおまえに期待しているが、この村の人々はおまえを犠牲にしようなどとは夢にも思わん。村は諦めてもいいんだぞ。禁足地を、今までより少しだけ広げりゃいいってことで」
「あんたはそうは思ってないんだろう、学術院の書記官殿。村を封印しても、シャガルマガラが下に降りない保証は無い。実際、脱皮前には海にまで降りてきたわけだし」
「それじゃ、もう一度やつを狩れるか」
「ここは遺跡平原じゃない――ひどい足場だ。天空山での狩りはつらい。おまけに大僧正の話だと、禁足地は崩壊しかかった峰の上で、行くだけでも生死の保証はできないとさ。一方で龍には翼がある。リオレウスが泣いて王者の名を返上するような飛行能力だ」
「まったくな。おまえ史上でも最悪だよなあ」
「俺史上ね。どうだろ、あんたとお嬢のいつもの依頼ほどじゃあないよ」
 ジェシの冗談に、団長は帽子に手をやり「こいつは手厳しい」悪かったと謝った。俺もたまには反省するか。ああ、ぜひ、そうしてくれ。
 硬質な陽光が頭上をよぎり、二人は少し笑ったが、また風ぐるまがカラカラと回る。
 村を雲が通りぬけていった。
「断るか、ジェシ。ハンターの勘を大切にしろ。団員も村人も、みんなおまえの味方だ」
「いや、団長、そうじゃない。違うんだ。俺は狩りに行ける。環境も獲物も最悪だが」
「それ以上に迷う理由があるか?」
「なんというか、うまく納得できない。俺にはよくわからないんだよ」
「なにがだ」
「……なぜ今まで人に姿を見せなかった古龍が、下界に降りてきたのかが」
 ジェシは口を閉じて自分の内部に言葉を探し、鋼色の峰々に視線をさまよわせた。
 ――この光景。
 昆虫の脚にも似たいびつに鋭い岩槍が群れをなして雲海から貫き出、さらに上空の天に霞む。硬い岩盤に強固に根差し、意志あるもののごとく絡みついた驚異のツタが山々をつなぎとめ、落盤した大岩を受け止めて宙にぶらさげている。その隙間を渦巻いて駆け乱れる気流。
 空はつねに薄曇りで、大気は鈍い銀色の輝きを抱き、命と色彩に溢れた地上とは完璧に切り離されたここは異界だ。許された者のみが息づく天空の世界。
「シャガルマガラは、どうしてあの鱗粉を撒き散らすんだ? 暴れるわけはなんなんだ。なぜここから地上に降りてきて、なぜ他の生き物を狂わせる。何ひとつ龍の言い分もわからないまま、俺はあの龍を殺すのか?」
「ハンターらしくない台詞だなあ。マガラの性質がどうであれ、鱗粉がやつ以外の他の生物を狂わせ、自然の均衡を崩しちまうことは事実だ。俺が思うに、鱗粉が含むウィルス自体に意味はない。だが人が感染すれば体力が落ちて、ただの風邪みたいな病でも死んじまう。襲われた村では襲撃そのものの被害よりも、肺炎での犠牲のほうが多かったと筆頭連中から聞いただろう。――ハンターなら、狩る理由はそれで十分すぎる」
「そうだよな」
「ジェシ。なにか、ひっかかっているんだな」
「長老が言っていた。あの龍は、ただ故郷に帰ってきただけなのかもしれない、とね」
 団長は深い色の眼差しを一瞬ジェシに向け、そうかと言った。
 昔に故郷を失い、以前は各地を流れ歩いていた青年と並んで腰をおろし、山を眺めた。
「……おまえらしいなあ。その言い伝えは俺も聞いた。だけど、おとぎ話だよ」
「竜人族の十四代というと、だいたい何年くらいかな」
「彼らの寿命は俺も知らん。だが人間よりゃずっと長い。ある婆さまが自分は三百歳だと言うのを聞いたことがあるから、十四代なら軽く千年以上にはなるだろう。伝承に残る、以前の大災厄の時期はな」
「あのゴアマガラが、そのときの子供だったら?」
「おとぎ話だよ、ジェシ」
 ――遠い昔の物語だった。
 山から悪しき風が吹き、生き物たちは心蝕まれて互いに喰らいあい、あとには骨と血だけが残された。山は風音のみ響く死者の地となり、再び命が帰るまでには長い月日がかかった、と。
 シナト村の老人たちが、祖父母、そのまた祖父母から伝え聞いた災厄の物語はまるで樹木のように枝分かれして、話のすじも結末もいろいろだったが、その中のひとつを、ジェシは忘れることができなかった。
 荒神退治の話だ。それは繋がった二枚の翼の姿をして、まばゆく輝きながら山の頂に現れたという。風を操って生き物を苦しめ、山に滅びをふりまいたが、最後は自身も天罰に当たって死ぬことになる。人々の祈りが天に届き、雷が翼を貫いたのだ。翼は散りぢりに破れたがその怨念は凄まじく、死の間際に新たな一対の翼を産みおとし、またいつか廻り来ると叫びながら墜落した。人々は落下した小さな翼を下界へ追いかけ、しかしそこに砕けた白亜の欠片が散らばるばかりの大地を見つけた。何事もなく山は静寂を取り戻し、話はめでたしめでたしで終わる。
 ――けれど。
 鋼色に流れる雲の帯。群れ立つ鋭い槍の峰々。その物語を聞いたとき、ジェシの脳裏に浮かんだのは、暗い山々のあいだを一直線に転落していく純白の古龍の幻想だった。
 翼は、きっと龍だったのだ。漆黒のマガラとは、色はかけ離れているけれども。そして龍は母だったのだ。仔を産みおとして果てた。
 あの海の大嵐の中を自在に翔けていたゴアマガラの姿が、ジェシの眼には焼きついている。暴風をものともせず、むしろそれこそが生きる場であるかのように舞い踊る古龍の姿。生まれ落ちた直後から鹿は自らの脚で立ちあがり、魚は水中を泳ぎだす。天に棲む龍が墜落しながら世に生まれいで、両目を開くよりも早く翼を広げて風を掴んだとして何の不思議があるだろう。
 伝説のなかに産み落とされた小さな翼。それは、あのゴアマガラだ。
 ジェシは、そんな気がしてならなかった。
「――ただ、生まれ故郷の風が懐かしくて帰ってきただけだったら?」
「龍の思考を人と同じと考えるな」
「……そうだな」
「狂い死にさせようとして、あの鱗粉を撒き散らすわけじゃないのと同じようにだ」
「それでもあいつは死ななければならないか。シナト村の人々の故郷を守るために、俺がシャガルマガラから故郷を奪うのか」
「前にも言ったろう、ジェシ。あの龍は、地上の世界とは相容れない存在なんだ。おそらくこの天界の山々のどこかには、まだ俺たちの知らない生き物が数多くいて、シャガルマガラのうまく組みこまれた生態系もあるのだろう。俺たちが遭っているのは、そこを出てしまった個体なんだ。たとえ龍に悪気はなくても、このままでは弱いほうが滅びる」
「ああ……、本当はわかってる。割りきらないとな」
「狩人よ――」
 口元に笑みを浮かべ、団長はがらんとして人けのない村を眺め渡した。
 ギルドの勧告に従って、村人のほとんどはすでに村を離れている。シャガルマガラの脅威が取り除かれないかぎり、二度と戻れないかもしれない。
「そうやって悩むおまえだから、シナト村の人々は運命を任せたのだろう。疑問も抱かず、金や戦いのためだけに武器をふるうハンターなど大勢いる。おまえは龍への、生き物への尊敬を忘れていない――猟虫使いのジェシ。虫と共に生き、人が自然の一部でしかないことを知っているおまえだからこそ、この山で封印の門を代々守り、天地の生命を守ってきた竜人族も、おまえの判断を信じることにしたのだ。……と、まあ、俺はそう思ってるが」
「――天へ、追い返せればいいんだけどな」
 そんな生半可な覚悟では、たぶん死ぬだろう。
 息を吐き、ジェシは身動きした。指先が風に冷えて固まっている。動かしているとすぐに血が巡って温かくなった。右腕にしがみついた猟虫が触角を細かく震わせ、狩りの気配を敏感に嗅ぎ取っている。
「そうか――行くか」
「俺は鉄砲玉のあんたじゃないんだ、まだ行かないよ。とにかく条件が悪い。いろいろ準備してからじゃなきゃとても行く気にならないね」
「ハハ、そりゃそうだ。どうもおまえにはだいぶ迷惑をかけてるらしいなあ、俺は。――だが、腹は決めたんだな」
「最初から決まってるさ、狩るしかない。でも俺は、殺しに行くんじゃない」
 ジェシは立ち上がり、尻についた砂埃を払った。
 けれど狩人はそのまま動かず、しばらくのあいだ、灰色の空を貫く岩峰群を無言でじっと眺めていた。主を信じきり、眠ったように大人しい猟虫を右腕にとまらせたまま。
 天界の遠い彼岸では絶えることなく、高く低く、吼えるように泣くように、風の音が聴こえ続けていた。

(おわり)
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