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マガラ幻想

久々に文など。
いつもメモ帳にいれて腐らせておくタイプの自分用小ネタ文でした。


 MH4 欠片文  天廻の門


 風鳴りの村に虚ろな風が吹く。あちこちでカラカラと回る、主を失った風ぐるまの乾いた祈りの音が、いまだに揺らぐジェシの胸をしんしんと責めたてていた。
 雲は速い。紫がかった鋼色の帯が幾筋もたなびき、槍のように空に突き出でた岩の峰々のあいだをすり抜けていく。隙間から時折り金のきざはしとなって陽光が差し込んだが、それも一瞬で、惜しむ間もなく幻のように世界は再び不安に還った。
 天がざわめいている。下界にまで災いの手を伸ばして。
「――まだ、決心はつかないか」
 飽きもせず彫像となって凍りつき、天空山のそそりたつ峻峰を見つめるジェシに、歩み寄った団長が父のように問いかけた。彼の踏む小石のかすかな音はハンターの不自由な右耳には届かなかったが、腕にしがみついた猟虫が主人を触角で叩いて報せていた。
「ギルドはおまえに期待しているが、この村の人々はおまえを犠牲にしようなどとは夢にも思わん。村は諦めてもいいんだぞ。禁足地を、今までより少しだけ広げりゃいいってことで」
「あんたはそうは思ってないんだろう、学術院の書記官殿。村を封印しても、シャガルマガラが下に降りない保証は無い。実際、脱皮前には海にまで降りてきたわけだし」
「それじゃ、もう一度やつを狩れるか」
「ここは遺跡平原じゃない――ひどい足場だ。天空山での狩りはつらい。おまけに大僧正の話だと、禁足地は崩壊しかかった峰の上で、行くだけでも生死の保証はできないとさ。一方で龍には翼がある。リオレウスが泣いて王者の名を返上するような飛行能力だ」
「まったくな。おまえ史上でも最悪だよなあ」
「俺史上ね。どうだろ、あんたとお嬢のいつもの依頼ほどじゃあないよ」
 ジェシの冗談に、団長は帽子に手をやり「こいつは手厳しい」悪かったと謝った。俺もたまには反省するか。ああ、ぜひ、そうしてくれ。
 硬質な陽光が頭上をよぎり、二人は少し笑ったが、また風ぐるまがカラカラと回る。
 村を雲が通りぬけていった。
「断るか、ジェシ。ハンターの勘を大切にしろ。団員も村人も、みんなおまえの味方だ」
「いや、団長、そうじゃない。違うんだ。俺は狩りに行ける。環境も獲物も最悪だが」
「それ以上に迷う理由があるか?」
「なんというか、うまく納得できない。俺にはよくわからないんだよ」
「なにがだ」
「……なぜ今まで人に姿を見せなかった古龍が、下界に降りてきたのかが」
 ジェシは口を閉じて自分の内部に言葉を探し、鋼色の峰々に視線をさまよわせた。
 ――この光景。
 昆虫の脚にも似たいびつに鋭い岩槍が群れをなして雲海から貫き出、さらに上空の天に霞む。硬い岩盤に強固に根差し、意志あるもののごとく絡みついた驚異のツタが山々をつなぎとめ、落盤した大岩を受け止めて宙にぶらさげている。その隙間を渦巻いて駆け乱れる気流。
 空はつねに薄曇りで、大気は鈍い銀色の輝きを抱き、命と色彩に溢れた地上とは完璧に切り離されたここは異界だ。許された者のみが息づく天空の世界。
「シャガルマガラは、どうしてあの鱗粉を撒き散らすんだ? 暴れるわけはなんなんだ。なぜここから地上に降りてきて、なぜ他の生き物を狂わせる。何ひとつ龍の言い分もわからないまま、俺はあの龍を殺すのか?」
「ハンターらしくない台詞だなあ。マガラの性質がどうであれ、鱗粉がやつ以外の他の生物を狂わせ、自然の均衡を崩しちまうことは事実だ。俺が思うに、鱗粉が含むウィルス自体に意味はない。だが人が感染すれば体力が落ちて、ただの風邪みたいな病でも死んじまう。襲われた村では襲撃そのものの被害よりも、肺炎での犠牲のほうが多かったと筆頭連中から聞いただろう。――ハンターなら、狩る理由はそれで十分すぎる」
「そうだよな」
「ジェシ。なにか、ひっかかっているんだな」
「長老が言っていた。あの龍は、ただ故郷に帰ってきただけなのかもしれない、とね」
 団長は深い色の眼差しを一瞬ジェシに向け、そうかと言った。
 昔に故郷を失い、以前は各地を流れ歩いていた青年と並んで腰をおろし、山を眺めた。
「……おまえらしいなあ。その言い伝えは俺も聞いた。だけど、おとぎ話だよ」
「竜人族の十四代というと、だいたい何年くらいかな」
「彼らの寿命は俺も知らん。だが人間よりゃずっと長い。ある婆さまが自分は三百歳だと言うのを聞いたことがあるから、十四代なら軽く千年以上にはなるだろう。伝承に残る、以前の大災厄の時期はな」
「あのゴアマガラが、そのときの子供だったら?」
「おとぎ話だよ、ジェシ」
 ――遠い昔の物語だった。
 山から悪しき風が吹き、生き物たちは心蝕まれて互いに喰らいあい、あとには骨と血だけが残された。山は風音のみ響く死者の地となり、再び命が帰るまでには長い月日がかかった、と。
 シナト村の老人たちが、祖父母、そのまた祖父母から伝え聞いた災厄の物語はまるで樹木のように枝分かれして、話のすじも結末もいろいろだったが、その中のひとつを、ジェシは忘れることができなかった。
 荒神退治の話だ。それは繋がった二枚の翼の姿をして、まばゆく輝きながら山の頂に現れたという。風を操って生き物を苦しめ、山に滅びをふりまいたが、最後は自身も天罰に当たって死ぬことになる。人々の祈りが天に届き、雷が翼を貫いたのだ。翼は散りぢりに破れたがその怨念は凄まじく、死の間際に新たな一対の翼を産みおとし、またいつか廻り来ると叫びながら墜落した。人々は落下した小さな翼を下界へ追いかけ、しかしそこに砕けた白亜の欠片が散らばるばかりの大地を見つけた。何事もなく山は静寂を取り戻し、話はめでたしめでたしで終わる。
 ――けれど。
 鋼色に流れる雲の帯。群れ立つ鋭い槍の峰々。その物語を聞いたとき、ジェシの脳裏に浮かんだのは、暗い山々のあいだを一直線に転落していく純白の古龍の幻想だった。
 翼は、きっと龍だったのだ。漆黒のマガラとは、色はかけ離れているけれども。そして龍は母だったのだ。仔を産みおとして果てた。
 あの海の大嵐の中を自在に翔けていたゴアマガラの姿が、ジェシの眼には焼きついている。暴風をものともせず、むしろそれこそが生きる場であるかのように舞い踊る古龍の姿。生まれ落ちた直後から鹿は自らの脚で立ちあがり、魚は水中を泳ぎだす。天に棲む龍が墜落しながら世に生まれいで、両目を開くよりも早く翼を広げて風を掴んだとして何の不思議があるだろう。
 伝説のなかに産み落とされた小さな翼。それは、あのゴアマガラだ。
 ジェシは、そんな気がしてならなかった。
「――ただ、生まれ故郷の風が懐かしくて帰ってきただけだったら?」
「龍の思考を人と同じと考えるな」
「……そうだな」
「狂い死にさせようとして、あの鱗粉を撒き散らすわけじゃないのと同じようにだ」
「それでもあいつは死ななければならないか。シナト村の人々の故郷を守るために、俺がシャガルマガラから故郷を奪うのか」
「前にも言ったろう、ジェシ。あの龍は、地上の世界とは相容れない存在なんだ。おそらくこの天界の山々のどこかには、まだ俺たちの知らない生き物が数多くいて、シャガルマガラのうまく組みこまれた生態系もあるのだろう。俺たちが遭っているのは、そこを出てしまった個体なんだ。たとえ龍に悪気はなくても、このままでは弱いほうが滅びる」
「ああ……、本当はわかってる。割りきらないとな」
「狩人よ――」
 口元に笑みを浮かべ、団長はがらんとして人けのない村を眺め渡した。
 ギルドの勧告に従って、村人のほとんどはすでに村を離れている。シャガルマガラの脅威が取り除かれないかぎり、二度と戻れないかもしれない。
「そうやって悩むおまえだから、シナト村の人々は運命を任せたのだろう。疑問も抱かず、金や戦いのためだけに武器をふるうハンターなど大勢いる。おまえは龍への、生き物への尊敬を忘れていない――猟虫使いのジェシ。虫と共に生き、人が自然の一部でしかないことを知っているおまえだからこそ、この山で封印の門を代々守り、天地の生命を守ってきた竜人族も、おまえの判断を信じることにしたのだ。……と、まあ、俺はそう思ってるが」
「――天へ、追い返せればいいんだけどな」
 そんな生半可な覚悟では、たぶん死ぬだろう。
 息を吐き、ジェシは身動きした。指先が風に冷えて固まっている。動かしているとすぐに血が巡って温かくなった。右腕にしがみついた猟虫が触角を細かく震わせ、狩りの気配を敏感に嗅ぎ取っている。
「そうか――行くか」
「俺は鉄砲玉のあんたじゃないんだ、まだ行かないよ。とにかく条件が悪い。いろいろ準備してからじゃなきゃとても行く気にならないね」
「ハハ、そりゃそうだ。どうもおまえにはだいぶ迷惑をかけてるらしいなあ、俺は。――だが、腹は決めたんだな」
「最初から決まってるさ、狩るしかない。でも俺は、殺しに行くんじゃない」
 ジェシは立ち上がり、尻についた砂埃を払った。
 けれど狩人はそのまま動かず、しばらくのあいだ、灰色の空を貫く岩峰群を無言でじっと眺めていた。主を信じきり、眠ったように大人しい猟虫を右腕にとまらせたまま。
 天界の遠い彼岸では絶えることなく、高く低く、吼えるように泣くように、風の音が聴こえ続けていた。

(おわり)
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MH4欠片文 黒穢狂嵐


ゴマ初遭遇ムービーあたりの書き起こし。こくえきょうらん。



 MH4 欠片文  黒穢狂嵐


 大嵐が、迫る脅威の気配を完全に消し去っていた。団長の白鷹が猛禽ならではの鋭い視力で船に忍びよる黒影を見つけ、警戒の甲高い叫びをあげたときにはすでに襲撃に備える余裕などなかったのだ。
 もっとも、鋼の紗幕によって閉ざされたような大雨、舵柄を支えろという怒号をかき消す暴風、次々と襲いくる狂った大波濤に翻弄されるさなかでは、船目指してまっしぐらにやってくる存在をはるか以前に知ったとしても、迎撃はもとより逃げ隠れすら到底不可能だったに違いない。
 正気を失った空は世の終わりを感じて暗く、端からちりぢりに水滴となって乱れ崩れる雲底は低かった。そのときジェシは、船の横腹に何度も貪欲に噛みついてくる大波と闘っていた。生ぬるい雨があらゆる方向から身を打ちたたき、ずぶ濡れではあったが、頻繁に強弱を変える暴雨の間隙に呼吸できる空気のあることが、まだ船が転覆していないとわかる唯一の証だった。
 縮帆は、かろうじて間に合った。造船した土竜族の忠告に従い、補強した両脇の張り出し材アウトリガーの支えのおかげでなんとか船はもっていた。だが今、白く残虐な牙を剥いた三角波が一気に船体を高みへと押し上げ、船は間違った角度で危険な波の谷間へ落ちこもうとしていた。
 砕け波が絶え間なしに襲う甲板では、体重の軽いアイルーや老人、女子供など簡単に水にさらわれてしまう。彼らを船倉へかくまい、団長の指示のもと、加工屋と二人、死に物狂いで溶接したように動かぬ舵に取りつきながらジェシは鷹の悲痛な警告を聞いたのだ。
「なんだ、あれは!?」
 団長の驚愕。目線だけ動かしたジェシの頭上を、巨影が風雨を斬り裂いていった。
 速すぎてなんだかわからない。だが次の疑問を浮かべる前に、そいつはジェシと加工屋の背後からいきなり黒い突風となって甲板へ飛びこんできた。
 船にぶつかった衝撃と重量は凄まじかった。ジェシは加工屋とともに舵から吹き飛ばされ、崩壊寸前の軋みをあげながら甲板がありえないほど傾斜していく。滑り落ちるまいと船床に爪を立てて耐え抜き、ようやく再び二本足で立てるようになったころ、船が、ずり落ちてきたのとまったく逆のルートを遡って波の壁を越え、転覆の危機を脱したのをジェシは知った。そして甲板には新たな悪夢が、この暴風雨にも轟きわたる重低の唸りを発しながらうずくまっていた。
「な、なんだ、いったい。海の魔物か。どこから……」
 切った腕から血を流し、加工屋があえぐ。ジェシはシュッと鋭く息を吐いて彼を制した。
 いるはずのないものがそこにいた。大気も水も、なにもかもが狂いわめく大嵐のど真ん中に、どうやって現れたのか。魔物か、精霊か――一瞬迷信的な疑念に囚われかけ、しかし烈しい雷光に断続的に具現化する濡れた塊は、広い甲板の一隅を占めるほどに巨体だった。圧倒的実在感と、喉奥に痰でも絡まるような喘鳴にも似た激しい呼吸音が、それが幻影ではなく現実の生物であると全世界に告げている。
 絶対に、決して、この昏黒の塊を刺激してはいけない――生き物としての全本能が命の危険を叫び、ハンターとしての全経験が急激な行動をジェシに禁じた。誰の説明も要らない。こちらの骨の髄まで震わせてくる、自信と支配欲に満ち満ちた脅迫の唸り声を聞けば充分だ。突き刺すようにやつが主張しているのはただひとつ、己が完全なる捕食者だということ!
「ヒカザ、船倉へ行ってくれ。操虫棍がほしい」
「だが」
「絶対にこいつに背を見せるな。獲物と思われる。ゆっくり動け、ゆっくりだぞ……」
 ジェシは加工屋をかばって立ち、もはや制御のきかない大揺れの船上を、密航者から目を離さずにそろそろと横歩きしはじめた。二人の移動に呼応し、相手ももぞもぞと体勢を変える気配がする。稲光の明滅ごとに、微妙に位置を変えたそれの不気味な陰影が浮きあがった。
 息詰まるような緊張のあと、ようやく船室への下り口に辿りついた。加工屋をなかば強引に押しこみ、詰めかけているキャラバンの仲間たちに絶対に出るなと手で示す。
「ジェシさん、あれは水獣ですか? あの、団長は? 大丈夫ですよね?」
「お嬢にもわからないか。俺も初めて見るんだ。浸水の具合は?」
「もう限界ニャル! みんなで掻き出してるニャルが、どんどん入ってくるニャルよ!」
「おまえの武器を持ってきた、ジェシ。頼む、あれが居座っていては船が沈む」
「なんとかするよ。筆頭オトモトムキャットはまだ駄目か」
「手伝いたがっているが……、船酔いで足腰が立たない」
「わかった、大丈夫だ。ヒカザ、団長を探してくれ」
「まかせろ。たぶん船尾で気絶しているんだ。あの人の運は強い。……俺も、おまえを援護できたら」
「鍛冶屋に仕事を取られちゃ困るよ。棍と俺の猟虫をくれ」
 ブンと心強い羽音がし、暗がりの奥から大きな緑の甲虫が飛びだしてきた。右腕に慣れ親しんだ重みが加わると同時に差し出された棍を掴み、ジェシはその場を一息に離れる。
 不安定な揺れの上でも修練を積んだ確実な挙動で棍の中折れ刃を展開、謎の密航者に対峙し穂先を向けた――その瞬間。戦闘の意志を感じるや、電光よりも速く、モンスターは大咆哮を上げながら突如闇色の身体を何倍にも膨れあがらせ、ハンターの前に立ちはだかってきた。
 それは翼だった。これまで見たどんな竜翼ともおよそ似つかない、呪術師の黒衣のように長く禍々しく、裾は悲惨に破れていた。あらゆる光を吸収して返さぬ漆黒の翼が壁としてジェシの視界を大きく抉り、しかしその下には奇怪に黒光りする四脚の獣身がついていた。
 ――なんだ、こいつは!
 反射的に後ずさり、跳ね上がった心臓の鼓動を鎮めるべく努力する狩人に、闇の生物は滑らかな丸い頭部をぐるりと向ける。両翼を暴風になぶらせ、ひと目で肉食とわかる牙の並びを見せつけながら痙攣的に首をねじった。雷光に照らし出されたその顔を見て、ジェシは全身そそけ立った。
 魔物の顔には、目が無かった。
 狩人は激しくまばたきし、あまりの混乱に頭がいかれたのかと自問する。だが相手がわずかに胸を反らせるのを目にすると、考えるより先に身体が動いた。
 ブレス攻撃。完璧に避けたと思う暇もなく衝撃。魔物は三発の衝撃波をたて続けに吐き、ひとつが直撃していた。幸運だったのはそれが火竜のような火炎球ではなかったこと。ジェシは間髪いれず全力で立ち上がり、棍を床に突き立てて宙へ舞い上がる。船の揺れが跳躍を助け、狩人の足下で、モンスターの鞭のようにしなる尾は獲物ではなく木箱を粉砕した。
 落下の速度と全体重を乗せ、着地ざまに操虫棍を振り下ろす。刃は魔物の背から脇腹にかけて走ったが、手応えは巌を撫でるに等しかった。そして初めて相手の鱗を見分けられるほど肉薄したジェシは、しかし呻き声を漏らし、連撃に移りかけた手を引いて思わず大きく後退した。
 ――なんなんだ、この竜は……!
 いや、そもそも竜なのか、獣なのか。
 常ならば欠かせない攻撃手段とする猟虫も、彼は放つのを躊躇った。バネのような強靭さで敵が襲いかかってくる。棍を突き立て、狩人は妙に苦しい呼吸で宙へと逃げる。
 空中で回転しつつモンスターの体躯に目を凝らした。暗さと雨で視界が悪く、間近に寄るまで気付けなかった。魔物の表皮が、吐き気を催すほどおぞましくけがれていることに。
 ――ひどい。
 鱗はかびた革よりもなお汚れ、色々の斑点が沁みついていた。あちこちひび割れ、ささくれ立っているようにすら見える。背のあたりは大小の腫瘍が群がる寄生虫のように醜く噴き出し、びっしりと鱗を蝕んで外形を崩れさせていた。瘡蓋かさぶたと発疹の覆う皮膚に触れれば、同じ呪詛を与えられるのではないか――相手にしていた生き物は、嫌悪を感じるなというほうが無理な怪物だったのだ。
 着地。勇を奮って斬りかかり、素早い動きにかわされた。異様に関節の多い翼が真上から叩き潰すように迫る。翼? 冗談じゃない、あれは膜のある第五第六の腕だ! 転がりながらジェシは激しく咳きこむ。魔物の最大の凶爪は掌と同じ形で翼腕の関節から開き出ている。
 爪と牙、目の無い頭部だけが多くの獲物の血で磨かれたのか凄惨な光沢を放っていた。噛みつく牙を避け、棍の石突で敵の顎を殴り上げる。さらに首へ斬りつけたが魔物は微塵も動揺せず、赤黒い口を巨大に開けて空気を呑んだ。
 ブレス。狩人は横跳びにかわし、だが一拍後、ジェシの身体は船端まで吹っ飛んでいた。単なる息の塊が、吐き出された先で爆発していた。こんな生き物は見たことがない!
 混乱の極地において、それは神のいたずらだったのか――ふいに頭上の乱雲が途切れ、豪雨のとばりがさっと掃ける。一瞬、弱々しい陽光が甲板を灰色に照らしだし、ジェシは自分が浴び続けたブレスの正体に震えた。
 戦場には、濃く薄く、黒い煤が漂っていた。嵐の風に渦巻きながらも、煤は確かな重さを持って魔物の周囲に浮遊し、沈着し、時折り毒々しい紫の燐光を放ちさえした。モンスターの荒い呼気は黒い霧のようであり、それよりも濃い黒煙が呪布のような両翼からとどまることを知らずなだれ落ちている。
 天啓のごとき静止は消え去り、激動の嵐が戻る。モンスターは野太く吼え、ジェシは気管の違和感に猛烈に咳きこみながら右腕の猟虫を囮として空にはなった。
 ――化け物だ。こいつは生き物じゃない、本物の怪物モンスターだ……!
 また大波が船を襲い、骨組までもがみしみしと悲壮に限界を訴えていた。メインマストが折れれば船は、《我らの団》は終わりだ。一刻も早くこのモンスターを撃退し、船の制御を取り戻さなければならない。だというのに、闘志は狩人の心から急速に失われつつあった。
 かわりに氷のように芽生えたのは恐怖。渦天かてんの悪夢から生まれいでた黒い病魔。目も持たずにどうして船を見つけ、正確に俺へ爪を向けられるのか。この発狂した大嵐よりも理解不能な、呪われた超自然的存在に――俺が敵うわけがない!
 冷えた身体が急激に重く、疲労し、ジェシは天に押し潰されるような圧迫感にあえいだ。狂騒と恐怖はその冷たい触手で今や完全に狩人の心臓を縛り、彼の足をその場に縫いとめた。
 息が苦しい。喉が焼け、早鐘だった鼓動が更に破裂寸前に胸で弾けている。――あの六本脚の化け物の、血濡れた爪を見たか。鱗は蝕まれ、腐り……黒い煤、あれはやつの壊れた甲殻のかすか? だが俺もあれを吸いこんでしまった、いずれ病むのかもしれない。黒ずんだ肌は崩れ、骨が肉を破り、赤黒い畸形の過剰腕が生え――くそ、悪魔め! 近づいてくる、あの怪物が唇を裂いて獰猛に嗤う……
 ――見ろ、俺を咬み裂こうと血走った眼を光らせて……いや、ちがう、
 ――眼は、無いはずだ。さっき見たじゃないか? あいつの顔……、
 ――待て。
 ――俺は何を言っている、、、、、、、、、
 ブンと風圧が頬を打ち、ジェシは右腕に衝撃を感じて尻餅をついた。腕の痛みに目をしばたかせると、戻った猟虫が顎で主人の腕に噛みついている。これは、気絶した操虫者を目覚めさせるための行動……。
「ジェシ、なにをまごついてる! 立て、逃げろ!」
 誰かが自分を呼んでいた。ジェシは頭を振り、必死に意識を集中した。
 錯乱している――自分は今、明らかに異常だ。なぜ?
 わけもなく怖気づき、混沌へ飲まれかけていた意識が少しだけ覚醒し、ジェシは全身をガタガタ震わせ奥歯を噛み鳴らしている自分にようやく気付いた。汗は滝のようだ。寒いのではなく、ひどく熱い。近寄るモンスターの姿がぶくぶくと醜悪に膨らんではまた貧層にしぼみ、融解し、一瞬たりとも安定しない。景色すべてが歪んだガラス越しのようにちらつき、鮮烈な色の光が天に明滅して眼球に突き刺さる。頭痛――だが、これほどの錯覚を起こす傷を負った憶えはないのだ。
 ならば、これは幻か? あの煤のせいか!
 経験のない強烈な恐怖と惑乱で、ジェシは叫びだしそうになる己を――俺に近寄るな、化け物!――必死の理性で抑えこんだ。意に反して駆けだしたがる足の筋がびくびく痙攣する。今にも棍を振り回して突っ込もうと怯える野獣の恐慌をねじ伏せ、猟虫がギリギリ咥える腕の痛みに神経を研ぎ澄ませた。
 黒い塊が突っ込んでくる。棍を頭上で一度唸らせ、勢いよく地に叩きつけてジェシは宙に踊った。甲板隅の樽積みに頭を埋めた穢れた背へ、上空から操虫棍を叩きこむ。熱に浮かされたまま烈火のごとき連撃を加え、急反転しそこねた相手がドウと横倒しになったとき、停滞していた血液がやっと全身に巡りはじめたのか、視界の爆発が収まってきた。
「ハッハァ、さすがは我らの団ハンター! しかし何者だ、そいつは!?」
 船尾楼を見上げれば団長だった。後ろには加工屋の姿。
「聞いてくれ、ジェシ! なんとかそいつを船縁から追い落としてくれ! やつに空を飛ばせるんだ、それだけでいい!」
「団長、策があるのか!?」
「あるさ、大型弩砲バリスタと撃龍槍がな! 俺にも撃てるし威力はでかい、どうだ! さあハンター、この窮地を切り抜けるぞ!」
 くそ、こっちの苦労も知らず気楽そうに言ってくれる。
 脈打つ頭痛に眉をしかめ、ジェシは腹を立てたが、団長の無事な姿と溌剌とした号令は彼の心を孤独な闘いからすくいあげたようだった。
 全身で抗ったのが功を奏したらしい。意識はクリアに、視界もほぼ回復してきた。残る手足の震えやそのほかの変調も、もう不思議と気にならない。船はまだ沈まず、仲間は無事だった――先刻までの錯乱はなんだったのかと思うほど、ジェシはいつもの狩猟精神を取り戻していた。猟虫を空へ解き放つ。
 小うるさく周囲を舞う猟虫にモンスターが苛立つ、その隙をついて棍を見舞った。暴れる巨躯の腹下を抜け、くぐりざまに斬撃を噛ませる。頭上を跳び越え操虫棍を叩きつける。
 幾度かの激しい攻防のあと、甲板がまた大きく傾き、勢いよく転がってきた樽を避けようとして黒き密航者はついに船床から爪をひきはがし宙へと羽ばたいた。
「今だ、大型弩砲バリスタ――!」
 団長と加工屋が駆け、次々と矢弾を放った。乱れる気流をものともせず、モンスターは信じられぬほど巧みに宙を翔けたが数発は命中したらしい。憤怒のわめきとともに船首方向へと逃げる――撃龍槍の射程内へ。
 ジェシは跳躍した。船首にある作動スイッチ、押しこみ型の大きなそれを落下の勢いのまま操虫棍で叩きこむ。圧縮されたエネルギーが解放され、船全体が鳴動した。鈍い駆動音とともに船首から一本の図太い槍が突出する。
「はずしたか……!」 しかしこの一瞬だけ、自然は人間の味方だった。
 波風に大きく煽られた船は、棘のある大槍の柄をモンスターの脇腹に叩きつけ、魔物は初めて本当の苦悶を喉から絞りだしたのだ。
 固唾を飲んで見守る三人の前で、正体不明の襲撃者はむせかえるように吠えつつ背を向ける。上下にふらつきながら飛翔し、雨のやんだ海上を遠ざかっていった。
「……行った……」
 呆然と、ジェシと加工屋は異口同音に呟き、長い息を吐いた。
 遠く目に入った水平線では、海と空の隙間が開き、嵐の終わりが薄黄色く輝いている。
 このまま倒れこみ、ジェシは百年眠っていたい気分だった。とはいえ船は依然として荒海の真っ只中。暴風域を抜けるまで気は抜けない。
 そう思うかたわら、団長が笑顔で自分への信頼を延べ、無言で頷く加工屋の肩越しに団の仲間たちが、まだ不安げな表情を船室からのぞかせるのを見つけると、専属ハンターとしてひと仕事終えたという充足感がじんわりと満ちた。
 危険は去った、もう心配ない。そう教えてやらねばならない。
 土竜族の娘はまた泣くのだろう。挫いたのか、団長が片足をひきずっている。竜人商人ならよく効く薬草を持っているはずだ。俺は料理長のホットビールが飲みたい。それどころの場合じゃないと小言を喰らうだろうが。
 誰一人、欠けずに済みそうで良かった――しかし、そんなジェシの安堵は、団長の白鷹の再びの警告によって千々に霧散してしまった。
 鷹の視線の先。鈍色の空に一点、穴を穿ったかのように闇があった。撃退したはずの魔物。一直線に船に向かってきていた。
 これはぶつかる気だろう、と思った。
 気色の悪い外見どおり、陰険で執拗なモンスター。あの勢いでは船は真っ二つに割れて海の藻屑となる運命だ。防ぐにはやつの鼻面を殴って進路を変えるしかない。でも、もう大砲や大型弩砲は間に合わない。
「馬鹿、やめろ――」
 団長の焦った叫びが背後に聞こえたが、ジェシの足は駆けだしていた。
 猟虫は放っておく。身体を軽くするために。
 こんな大海の中心で、船を大破されてたまるか。
 泳げない者まで荒波へ放り出されてしまう。誰かがきっと死ぬだろう。
 あるいは全員無事ではすまない。そんなことが許せるか。
 やつが何者だろうと知ったことじゃない――叩き落とす!
 船床を砕きかねない操虫棍の刺突音がした。次の瞬間ハンターの身体は弾丸の速度で宙へ跳び出し、放物線を描く絶頂で、なお高く刃はジェシの頭上にあった。
 足下は泡立つ海。彼を上回る致死的なスピードで、眼の無い顔が目前に迫る。
 そして狩人の視界が闇一色に溢れ、渾身の操虫棍が振り下ろされた刹那――ハンターとモンスター、二者とはまったく別の巨大な力が、突然彼らのあいだに暴力的に割りこんできた。
 己の武器が魔物に届いたのか、弾かれたのか。ついにジェシは知ることができぬまま、衝撃に全身を打ち砕かれて、破壊された船の木切れとともに宙を舞っていた。完全に意識を手放す間際に見えたのは、団の船のものとは異なる金剛色の撃龍槍。
 ――誰かが俺の名を呼んでいる。団長? 聞き覚えのあるような、ないような……。
 しかし狩人の身体は、もはや指先を動かすだけのわずかな余力も残さず、黒く寒々しく、重苦しい海水に包まれて、次第に深みへ沈んでいった。


(おわり)



MH4設定(銀貨式)

MH4の俺式設定です。MH4欠片文が2篇ほどあるので、いちおう。


MH4世界観設定(銀貨式)


■ 新大陸
世界観

■ ハンター
ジェシと虫

■ 我らの団
団長

団員


年代としては、うちのP2G小説よりはやや後の時代。
自分にとってP2GとTRIは、圧倒的な大自然のなかで小さい人間が一生懸命生きている世界。
MH4は、環境に及ぼす人間の影響が大きくなってきて、人と自然の関係が逆転しつつある世界。
どうもP3以降、シナリオやクエ依頼文から、そういう臭いがする……。
ノーテンキ団長の矯正が最大の課題でした……。



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