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アクアノートの欠片文

アクアノーツホリデイが面白くて、なんとなく書いた部分的な何か。



アクアノーツ・ホリデイ ~隠された記録~  

 確かに中型船舶の操縦技術と知識なら持っているが、潜水艇など初めてだ。世の中で経験のある人間のほうが少ないだろう。しかも船は政府管轄研究機関の所有物。民間人が無断使用して良いはずがない。
 しかしそれを言うと、ジェシカはまるで「どうして太陽は東から昇るんですか?」なんて馬鹿な質問をされたみたいに、当たり前の顔で答えた。
「バレなきゃ良いのよ」
「……ジェシカ、きみは」
「いやねえ、冗談よ! 主任みたいな顔しないでちょうだい。本当は正式な申請と審査が必要だけど、実際お偉方からは半分忘れられてるようなラボだし。手続きするとなったら無駄に時間がかかるに違いないわ。その間にビルの手がかりが消えちゃうかもしれないじゃない。それでも良いの?」
「いや、もちろん良くはないよ。良くはないけど」
「大丈夫、ドルフィン号の操縦は馬に乗るより簡単だから! ベース周辺なんてプールと変わらないし、環礁内ならどこもそれほど難しい海流はなくて……」
「ちょっと待って、ジェシカ。きみ、潜水艇に乗ったことがあるのか?」
「あ」 しまったと片手で口を抑え、その後ぺロリと舌を出す。
 悪びれる様子もなく彼女は笑った。
「主任には内緒にして! 何度かベースの周りをお散歩したことがあるだけよ。操縦の仕方はビルから聞いたことあったし、マニュアルも残ってたし」
「けっこう命知らずなのかな、きみは。学者よりジャーナリストに向いてるんじゃないかい?」
「好奇心が旺盛なだけよ、科学者が皆そうであるようにね! とにかく、一般船舶の操縦知識があれば問題なく行けるんじゃないかしら。第一、ほとんどのコントロールはドルフィン2号自体がやってくれちゃうのよ」
 何か適当な答えで誤魔化された気がしたが、僕の意識はジェシカの後ろ半分の台詞に奪われていた。
「ドルフィン2号って、潜水艇の名前だったよね? 船自体が制御してくれるというのは一体どういうことだい?」
「アーティフィシャル・インテリジェンスが搭載されてるの。超高性能ナビシステムってとこね。彼の言うことを素直に聞けば大体の海域はオーケーみたい」
「へえ、AI付きか。それは面白そうだな」
「でしょでしょ? だから安心して、環礁に散在してるビルの研究データログを集めて来てね。来期の予算申請までに途中経過をまとめておけって、上からうるさく言われてるのよ」
 またお金を減らされたら、主任の愚痴を聞くのはわたしなのよ!
 おそらく本音と思しき呟きをジェシカが漏らした。当初の無免許無許可運転の問題も全く解決していなかったが、そんなことなど気にならない程度に、僕はドルフィン2号という潜水艇に乗り込みたくなっていた。
 もともと休暇――というより、療養――として訪れた海だった。
 ウィリアム・グラバーという海洋学者を、友人から聞くまで僕は知らなかったし、当局が三ヶ月捜索して(それがどの程度の熱意で行われたかは不明だが)見つけられなかった消息、あるいは彼に繋がる手掛かりを僕が発見できるとは到底思えない。
 何か記事を書くとして、気ままな南国ライフの軽いコラムになるだろう――あとは環礁各地に設置されているという、ビルの実験器具回収の使い走りか。
 それで良いじゃないか、と僕は思っていた。
 僕は疲れている。
 何も考えずに、ただ誰かに言われるまま、単調で穏やかな生活に埋没したい。
 特に有名でもなく、特に不審な点があるでもない消えた学者の行方を追う仕事など、社会から弾かれて逃げ出して来た僕のような男には似合いの役だ。
 誰からの期待もなく刺激もなく、しかし危険や苦しみも存在しない。
「アクアヘヴン、か……。まさしく天国みたいなところだ」
「なあに? 何か言った?」
「いいや、何でもないよ。早速だけどジェシカ、潜水艇と環礁のことを教えてくれないかな。すぐにでも海に出たい気分なんだ」
「昨日着いたばかりなのに、行動派ねえ。でもそうこなくっちゃ! 良いわ、まずは環礁の説明からね。地図をコピーしてあげる。こっちの部屋に来て」
「ありがとう」
 たぷたぷと、微かな波がベースの支柱を叩く音だけが今は聞こえる。
 壁の向こうに広がっている、美しく静かなキシラ環礁を思い浮かべた。その透明な青の底に早く沈んでみたい。ぼやけた遠い波音だけを聴き、自分の過去も現在も、未来すら水に融かし込んでしまえたら、きっと気分が良いだろうと僕は思っていた。


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エスコンX雑文

エスコンXが面白かったので熱いうちに雑文など。
グリフィス1の名前・設定とグリフィス隊一名捏造。


 エースコンバットX 偽りの空

 ▼ mission3:Prelude

「グリフィス1、グリフィス1。こちらクラックス」
「クラックス。こちらグリフィス1、どうぞ」
「地上部隊の斥候からの情報ですが、どうやら港だけでなく街中にも地対空ミサイルSAMが多数配備されている様子です。射程距離不明、少なくとも十五基。街上空の通過は危険かと思われます。……迂回したほうが良いのではないでしょうか、隊長サー?」
「ネガティヴ。今から街を迂回すれば敵に腹を見せることになる。戦場は海の上だ、問題ない。それから今は作戦中だ。コールサインで呼べ、クラックス。敬語もやめろ。時間の無駄だ」
了解したラジャー、隊……グリフィス1。今回は敵もプナ基地を失って警戒しているようなので、反撃は相当のものになることが予想される。……注意してください」
 気弱な新人通信士の無線が、尻すぼみに切れた。
 キャノピー越しの空は穏やかな晴天、視程は良好だった。F-4ファントムⅡの両翼に一機ずつの僚機を従え、コールサイン《グリフィス1》ことオーレリア空軍大尉アレクシス・アラスは、地上から一万三千フィート上空をパターソン港目指して飛行していた。
 レサス軍が占領し、彼らの重要な補給路となっているパターソン港奪還計画。
 沿岸に集結しつつあるという貨物船を含めた敵護送艦隊の規模を考えれば、戦闘機たった三機と、かき集めたオーレリア陸軍の残存部隊だけではかなり望み薄の、まさに細い綱の上を渡るような危険な作戦だった。
 ――だが、もう後には退けない。
 戦略物資を得んがため、アラスたちは先だってプナ基地を襲撃、敵からの奪還に成功している。オーレリア空軍の生き残りが反撃の狼煙を上げたことは、すでにレサス首脳部には伝わっているだろう。小バエと思って油断してくれるなら有難いが、それは楽観的すぎるに違いない。レサス軍は、軍事施設も持たぬ一般の町をも無差別に爆撃し、たかが辺境の小さな基地を制圧するため、あのSWBMまで撃ちこんできた狂気の軍だ。こちらの動きを敵に捕捉される以前に行動する――機動の鋭さだけが勝利へのたった一つの解であると、出撃前のブリーフィングでもアラスは仲間たちに言っていた。
 それでも、やはり無謀な作戦だった。
 ――これでよかったのか。本当に、これで正しかったのか。
 くそったれバスタード、迷っていると死を呼ぶぞ。半年前なら、アラスは口汚く自分を罵ったことだろう。けれど彼にはもうできない。アラスの自信は、オーブリー基地のグリフィス隊が初めてレサス空軍と戦った日、基地上空で彼の部下とともに粉々に砕け散ってしまった。彼が率いた四人の部下のうち生き残ったのは、今ファントムⅡの右翼に追従するグリフィス5だけだった。


「田舎で頭を冷やしてこい。お前に一隊をやる。チームを組んで飛ぶとはどういうことか、自分で学んでこい」
 下された航空指令書を破り捨てたい衝動を最後の忍耐でこらえ、アラスがサチャナ空軍基地の上官室を後にしたのは一年ほど前のことだ。
 戦闘機パイロットに求められる自制心と判断力の欠如――そう評価され、国でも辺境のオーブリー空軍基地に飛ばされた。この事実上の懲罰が、自分にとって幸運だったのか不運だったのか、アラスには今でもわからない。
 あまりにも唐突に、あまりにも迅速に――2020年10月、南オーシア大陸南端に位置するオーレリア連邦共和国は、その国土を隣国レサス民主共和国にわずか十日間で蹂躙された。国内最大の規模を持ち、オーレリア空軍の核であったサチャナ基地は、当然ながら真っ先にレサスの誇る空中要塞の攻撃を受け、多くの精鋭パイロットたちがあのSWBMの前に戦闘機ごと一瞬にして大気中の粉塵と化したという。
 そして国の北部、レサス国境から遠くない首都グリスウォールもほどなく陥落。命令系統を失い、各地で孤立した軍事施設は、まるで地図上の小さなシミをひとつひとつ消すように、あっけなく叩き潰されていった。国内基地でただひとつ残されたオーブリー基地は国土の最西端、つまりは世界の最果てにあり、本来の主任務が海上防衛にあるという戦略的価値の低さから、レサス軍はその制圧をもっとも後回しにしたようだった。
 侵略のさなか、祖国とは何か、とアラスは何度自分に問いかけただろう。
 世界の中心からは少し遠く、資源に恵まれたオーレリアは豊かで平和な国だった。先の大戦でも徹底して中立を守り、軍部はいつ戦争に巻き込まれても万全の状態であるよう常に緊張はしていたが、結局戦争には至らなかった。
 空軍飛行訓練学校を出、アラスが戦闘機を一機任された頃には、世情は一応の安定を見せつつあり、国々は復興への道を歩みだそうとしていた。戦地へ赴き、果敢に闘って敵を撃ち落とす――戦闘機乗りとはそうあるべきで、エースパイロットになりたいと強く願っていたアラスは時代に生まれ遅れたのだ。操縦士としての天性の資質が若いプライドを蛮勇に育てあげ、退屈な訓練や演習で、アラスは禁止された危険なアクロバット飛行を再三繰り返した。彼はサチャナを追いだされた。
 ――他国へ出ようと思っていた。この空で最高のパイロットになれないのなら。
 祖国とは、自分の魂の帰る場所なのだろうとアラスは思った。
 空は地上のどこにいても青く、太陽は同じように輝いている。けれど、やはり故郷の空と他国の空は違うのだ。
 アラスの魂とオーレリアの空は、見えない絆で結ばれている。それは親と子の絆に似ている。自分の力では、どうにもできない絆だ。否定も肯定もできない。自分が生きているかぎり魂の最奥に刻み込まれている、ある意味では呪いのようなものである。
 ――オーレリアが恋しい。つまらなくて退屈で、平和なオーレリアが。
「取り戻そう、オーレリアの空を。我々の手に」
 ついにオーブリーまで侵攻してきたレサス軍に対し、そうして決行されたアラスのグリフィス隊による迎撃作戦はしかし、隊五機のうち三機が撃墜。隊員二名が即死、一名が射出ベイルアウト失敗による死亡という無残な敗北に終わっていた。
 今でも耳に蘇る。そして一生忘れることはないだろう。爆撃機の撃墜に成功し、はしゃぐ部下たちの歓声が次の瞬間怒号と悲鳴に変わった騒乱を。
 計器レーダー上ではなく、アラスは実際にその眼で見ていた。傾いた青空、見えない衝撃波に砕かれ爆発炎上したリックとロイの機体。片翼をもぎ取られたフレッドの機体が、積雪の白い山嶺へ黒煙を吐きながらきりもみで墜ちていく――その先に一瞬だけ見えた、空に浮かぶ巨大な漆黒の怪物。
 空中要塞グレイプニル。それはオーレリアを十日で征服したレサスの軍事科学技術の結晶、超大型戦略飛行艇だった。衝撃波弾頭ミサイルSWBMという死神の鎌を容赦なく振り降ろし、グリフィス隊をなぎ払ったあと、身にまとった光学迷彩システムで亡霊のように空に溶けこみ姿を消した。
 ――俺の訓練が足りなかっただろうか……。
 そして、アラスはあの日から毎晩考え続けている。
 この一年、片田舎の基地への配属に拗ね、がむしゃらに空を暴れまわるような無理な飛行訓練しかしていなかったのだ。もし、部下たちの質問や疑問にもっと丁寧に答えてやっていれば。もっと熱心に飛行技術を伝えていれば。
 ――みんな死なずに済んだだろうか。
「グリフィス1、こちらバーグマン少佐。聞こえるか?」
 割れるような無線が入った。よく鍛えた軍人の性として、アラスの意識は瞬時に現実へと戻った。
「バーグマン少佐。こちらグリフィス1、どうぞ」
「君がグリフィス1か。私は地上部隊を指揮するバーグマンだ。情報は行っていると思うが、敵艦隊には揚陸艦も含まれている。我々の戦力では陸戦隊に上陸されると太刀打ちできん。湾内に三隻以上の揚陸艦が入らないようにしてくれ」
「了解、揚陸艦を優先して攻撃する。……だがこちらも三機しかいない。なるべく早い港の制圧を頼みたい」
「わかっている。兵たちも、電光石火でプナ基地を取り戻した南十字星の話には奮い立っているのだ。私も君と同様命をかけて戦おう。グリフィス1、一緒にパターソン港を取り戻そう」
 空とは異なる強い青色が視界に入ってきた。
 パターソン湾。今はレサスに占拠された、オーレリアの石油化学工業地域だ。
 周波数を合わせ、レサスの無線を傍受すると呑気な交信が聞こえてきた。こちらにはまだ気付いていない。だが艦隊はすでに港の手前まで迫っているらしい。
「グリフィス5、アクイラ2。このまま真正面から一気に湾まで突き抜けるぞ。私にぴったりついてこい」
 二機からそれぞれ短い了解が返る。死ぬな、とは言えなかった。
 轟音すら追い抜いて街上空を航過する。今更あわてふためく敵の無線。賽は投げられた。あとは激しく闘うしかない。
 アラスはミサイル誘導システムのスイッチを入れ、操縦桿を握りしめた。隊をなして航行している敵補給艦、貨物船、揚陸艦を目視。機首を下げ、微塵のためらいもなく急降下する。混乱する揚陸艦に照準の赤い輝点がぴたりと定まり、戦闘の白熱に埋没しつつあるアラスの耳へ、鋭い電子音がロックオンを告げた。

エスコン0雑文

ピクシーを殴りたいという思いだけで書きました。


 ACE COMBAT ZERO The Belkan War

 ▼ Near The Border:Galm1

 23.MAR.2007
 ユージア大陸 デラルーシ近傍

「ああ、空が広いなあ」
 完全に独り言のつもりだったので、寝ていたはずの向かいの男がくすりと笑ったのを耳にし、彼はちょっと戸惑った。
 大陸北方の小国、デラルーシ共和国に向かう乗り合いの軽トラックだ。荷台に乗っていた他の客は途中下車し、運転手の他には彼と、だらりと脚を伸ばし腹の上で手を組んで転がっているその男しかいない。
「なんだい。寝ていたんじゃなかったのかい」と声をかけると、
「さっき段差で揺れただろう。頭を打って起きた」と、下手なエルジア語が返ってきた。
 以前は整備されていた幹線道路は、小惑星ユリシーズの落下、大国エルジアが引き起こした大陸戦争、更には戦後エルジア残党軍が続けた抗戦によってあちこち断裂している。建物の残骸や散らばった金属の破片を踏んでパンクしないよう車は低速で運転していたが、もちろん田舎の砂利道などよりずっと揺れた。
「空が広い、は良かったな」
「本当にそう思ったのさ。何しろこのあいだまで、好き勝手に戦闘機が頭の上を横切っていただろ。あの轟音を聞くたび、空から全身を押さえつけられる気分だった。あの音はひどい。戦闘機てのは、どうしてあんなにうるさいんだ」
「静かな戦闘機のほうが俺は嫌だな。エンジンがまともに動いてない。墜ちる」
 淡々とした口ぶりで、本気か冗談かよくわからないことを言う。アイマスク代わりにかぶった帽子をのけた男の顔を見て、彼は初めてオヤと思った。
「デラルーシ人でもないと思ってたけど、あんたどこから来た人だい?」
「あー、ううん。西のほうだ」
「西?」
ISAFアイサフには、えらく腕の良い戦闘機パイロットがいるそうだな。たった一隊の飛行隊が戦況を引っ繰り返したとか」
 あからさまな話題転換にも、彼は少し肩をすくめるだけで気にしなかった。戦争は終わったばかりで、世の中はまだ混沌としている。言いたくない事情のあるものなど、はいて捨てるほどいたからだ。
 それで彼は鼻の穴をやや膨らませて、事情をあまり知らないらしい外国人にユージアの新しい英雄を自慢することにした。
「そうさ、ユージアの救世主さ。メビウス隊というんだ。去年、“自由エルジア”を叩きのめして残党軍の息の根を止めたのも彼らなんだよ」
「どのくらい墜としたんだ?」
「落とした? 何をだい」
「敵機のことだ。隊長機の撃墜数」
「そんなことまで知らないよ。とにかく、エルジア空軍の全部だろう」
「全部か……、それはすごい」
 馬鹿にしているのだろうか? 眉を寄せていると、気付いた男は真面目そのものの表情で「いや」と言う。
「本気で感心しているんだ。ところで、その飛行隊に片翼だけ赤いF15が……、いるはずがないよな。すまん。なんでもない」
 一人で笑って言葉を切る。本当に、妙な男だった。

 しばらく無言の道のりが続いた。
 三月も終わりに近いが、デラルーシの春は少し遠く、風は冷たい。ただ日差しに冬の鋭さはなく、野の花や草木も季節の変化を敏感に感じ取っているらしい。戦争の爪痕を覆い隠し、痛めつけられた風景を癒すように、そこかしこで淡い緑の芽吹きが見られた。
 彼にとって、一年ぶりの帰国となる。エルジアが降服勧告を受け入れ、大陸戦争が終わったのは2005年の秋だったが、その後デラルーシではエルジア軍の残党勢力が交戦を続け、特に国境付近でISAF軍と頻繁に小競り合いを繰り返した。年明けから衝突が激しくなり、彼と家族は民間の義勇兵に護られながら国を後にした。ISAF空軍の活躍で、ようやくエルジア残存兵が壊滅したのは昨冬だ。一人で故郷の様子を見に帰ってきたのが、この道行きだった。
 ――しかしながら、乗り合せたこの男は何者だろうと彼は訝る。
 顔つきからして、ユージア大陸の人間ではなさそうだった。観光客などは今いないから、ジャーナリストか何かかと考えてもカメラやレコーダーを抱えているふうでもない。身体はよく鍛えられ頑丈そうで若く見え、そのぶん年齢はよくわからなかった。
 ずっと景色を眺めていたのに、ちらちら気にする彼の視線に気づいていたらしい。また男が話しかけてきた。
「ISAFの英雄、メビウスといったか。彼らはやはりどこかの国の正規軍か?」
「さあねぇ。ニュースでも、どこの誰とは聞いたことないよ。あんた信じられないだろうが、戦争の始めの頃、ISAFは負け続けで解散一歩手前だったんだ。空軍もやられてただろうし、色んな国の兵隊の寄せ集めなんじゃないかね」
「ふうん、寄せ集めか……」
「メビウス隊が気になるかい? まあ無理もない。彼らの話は今、大陸中の人間が知りたがってる話題だからね」
「だろうな。俺もさっきからずっと考えていた。……戦争が終結した今、そいつらは何を思っているだろう」
「何って、そりゃあ喜んでるに決まってるだろう。この戦争は彼らが終わらせたんだぞ。くそ・・エルジア人以外なら誰もが誇りに思う英雄だよ。やっと自由で平和な時代が来るんだ。彼らのおかげさ」
「そんなに単純な戦争だったのか? 戦場で何が起きて自分が何をしたのかなんて、当事者にもよくわからんもんだ。見えてくるのは、きっと何年も経った後だ」
「…………」 呆気にとられて、彼は謎の男を見た。
 後方に土煙を巻きあげながら、トラックはのんびり走行している。
 来た道を濁らせていく煙を眺めながら言った横顔の瞳が強く、動かなかった。知っている眼だ、と彼はハッと思い当たり、反射的に言葉にしていた。
「あんた、兵士か」
「昔にな」
「どこで戦った?」
「ベルカだ」
「ベルカ戦争か……」

 酷い戦争だったと聞く。
 海を隔てたユージアの隣、オーシア大陸北方に、強国ベルカを盟主としたベルカ連邦がかつて存在した。
 1900年代初頭から、同じくオーシア大陸西方のオーシア連邦と領土拡張を競っていたベルカ公国は行きすぎた軍拡によって自国経済を悪化させ、1980年代後半に連邦法を改正。ベルカ連邦東部諸国に分離独立の気運が高まり、ウスティオ共和国を含むいくつかの国が誕生した。しかしすでに破綻を迎えていたベルカ経済に回復の見込みはなく、92年、国民の不満を吸収する形で極右政党が政権を把握。隣国ウスティオでの莫大な地下資源発見が契機となり、95年、ベルカ公国はついに周辺諸国への侵攻を開始する。伝統のベルカ軍が電撃的に周辺諸国を制圧するも、やがてオーシア連邦を含む連合軍の反攻に敗退を重ね、開戦からわずか三カ月で戦争は終結。連合軍の侵入を阻止するため自国領内で爆発させた核兵器が、ベルカ自身の息の根を止めるという悲惨な結末だったという。
「無茶な戦争だった。いや、そもそも無茶じゃない戦争なんて無いんだろう。ベルカ軍は自国内でも平気で焦土作戦をやったし、挙句には街を七つも同時に核で吹っ飛ばした。核兵器が炸裂したとき、俺はちょうど作戦中で空にいた」
「航空兵だったのかい」
 どうりで戦闘機に詳しげだった、と彼が頷くと、
「正規兵じゃあなかったがな。寄せ集めの傭兵パイロットだ」
 と男は答えた。
「真っ白い光が差して、機体がびりびり震えたよ。計器が一気にイカレたから、基地への帰還は骨だった」
 凄まじい経験にも関わらず、天気の話でもするように相変わらず淡々と語る。
 見た目はおそらく四十前で彼より若いはずだが、身にまとう空気になんとなく畏怖を覚え、少し距離を置く気分で彼はその男を眺めていた。
 ひどく厳しい、と思うのはなぜだろう。元戦闘機パイロットだったから、というだけではない気がする――強い眼差しだろうか。翳りなく静かな灰色の、あれは何を見てきた眼だろうか。
 ぼんやりとそう思ったところだったので、男に急に質問されて彼は少し慌てた。
「終戦後も、酷いのは変わらなかったな。旧ベルカの天然資源は強欲な戦勝国が奪い合っていたし、まったくどちらが加害者でどちらが被害者だったのか。……あんた、あの戦争の後にベルカでテロがあったのは知っているか?」
「ん? ええと、どうだったかな……」
「エルジア軍と同じだ。戦争終結に納得しないベルカの残党がクーデターを起こして、またウスティオに攻め込んだ」
「ああ、そういえば、そんなニュースを……」
 聞いたかもしれない。当時を思い出そうと頭を巡らせていると、「だが、その話は表向きだ」と男が何気なく言った。
「表向き?」
「実際はもっと複雑だ。テロリストはベルカの残兵というより、ある同一のイデオロギーを持った人間たちの集まりだった。だからウスティオの兵もいれば、オーシアの兵もいたな。俺はオーシアの識別信号をもつ機を撃墜したことがある。国境なき世界と名乗っていた」
「私は初めて聞く話だね。反社会主義者かな」
「そんなところだろう。やつらはベルカの勝利云々じゃなく、世直しとか革命とか言って、世の中全部を壊す気でいたから。――で、その片棒を担ぎやがったのが、戦争中に俺の掩護機ウィングマンをやっていた相棒でな」
 何だって?
 混乱して、彼は隣の男を見た。ベルカ戦争後のクーデターが世直しだというのもよく分からなかったが、戦勝国側の兵士がベルカ軍と一緒にテロを行うというのは更に分からない。
「しかしあんたは、あんたたちは戦争の勝ち組だったんだろう? どうしてあんたの仲間がベルカのクーデターに参加することになるんだね」
「ふん、勝ち組か。勝ちだの負けだのは、あいつにとってはあまり意味のないことだったんだ。やつが作戦中に急に姿をくらますまで、俺はそれに気付かなかったが」
 どういうことか、更に問いかけようとした彼を遮るように男は続ける。
「世界をぶっ潰そうっていうイカレたテロ組織に加わる理由が、やつにも何かあったんだろう。できることならブン殴って連れ戻したかったが、できなかった。テロリストはミサイル基地を乗っ取った。それで最後に、ボタンひとつ押すだけで都市を更地に戻せる兵器を機体に載せて、あろうことかあいつが俺に向かってきたんだ――たった一人で。相棒はそれでどこぞの首都を爆撃して、歪んだ世界をリセットするんだと言った。やつが命をかけてそのスイッチを押すというなら、俺も命をかけてやつを墜とすさ」
「……今あんたがここにいるということは、あんたが勝ったということかい」
「後悔してるのか、なんてつまらんことは聞かないでくれよ。同じことが起きたら、俺は何度でも繰り返す。その覚悟がなきゃ戦闘機には乗れん」
「…………」
「俺は後悔なんぞしてないし、やつもそうだったろう。そんなことは互いによくわかってる――相棒だったからな。しかし折に触れて考えるんだ。勝ったのは俺だが、本当に正しかったのはどちらだったのか」
 どう相槌を打てば良いのか、彼には分からなかった。
 おだやかに車に揺られながら、黙って流れゆく景色を眺め、しばらくしてからようやく口を開いた。
「私は、あんたが正しかったと思うよ。つまり、あんたが相棒を止めたから多くの人が死なずに済んだってことなんだろう? 誰だって、見ず知らずの他人に勝手な理由で殺されるなんて理不尽すぎると言うほかない」
「まあな。ちょっとまずいところがあるから全部ぶち壊してしまえなんていうのは、ガキの癇癪とそう変わらん。そんな単純な方法で上手くいくなら、俺たちより賢い誰かがとっくに地上に天国を作り出してるだろう。――だがあれから十年たって、世界は少しはマシになったか? 戦争は絶えない。憎しみは消えない。街は焼け、人々は死ぬ」
「…………」
「あのとき俺たちを戦わせたのは、時代じゃなかったのかと思うことがある。今の世界を形作っている流れに、俺も無関係じゃない。それどころか、でかいキッカケのひとつには組み込まれてるのかもしれん。もう俺個人がどうこうできる問題じゃないが、一時は互いに命を預けた戦友を墜としたことは忘れられない」
 老兵は死なずただ消え去るのみ、なんてクールには、なかなかなれんもんだな。
 自嘲気味に呟いて、男は静かに煙草をふかした。
「――その相棒から、ひと月前にメッセージをもらってな」
 おもむろに続いた一言は、とんだ隠し玉だった。
 色々と物思いに沈みかけたところだったので彼はすっかり仰天し、思わず声も裏返る。
「ええ?」
「どうやらあいつはくたばっちゃいなかったらしい。まぁいつも悪運を味方にするやつだったから。生きていると知って、どうにも無視できなくて、とうとう大西洋を越えちまったよ。俺も大概だ」
 おそらくかつて世界を救ったらしい戦闘機乗りは、笑うと近寄りがたい雰囲気がさっと失せ、ふいに人懐こい印象の男に変わった。

「相棒の居場所は分からないんだろう?」
 デラルーシの国境を越え、二人は同じ街で車を降りた。
 男の目的地はまさしく彼の故郷だったようで、奇妙な縁だと彼は思う。
「ああ。二年前にはこの街にいたようだが、さすがに今はもういないだろう。最初から見つけられるとは思っちゃいないんだ。じっとしていられなかっただけでな。何もしないでいるよりは、多少ふんぎりみたいなものはつくだろう」
「どのくらい滞在するんだい」
「一週間」
「会えるといいね」
「どうかな?」
 不思議に思って見返すと、男は困ったように笑った。
「その、相棒のよこしたビデオレターというのが酷いものでな。こっちは十年やつを殺した気でいたのに、あの野郎なにか悟りきったような安らかな笑顔しやがって、ありがとうと抜かしたんだ」
「はぁ」
「それで今までは、やつを見つけて一発殴らなきゃ気が済まないと思っていたんだが……あんたに色々喋ったら、どうでもよくなってきてしまった」
「ええ? そりゃまたどうして」
「知らん。今まで人に喋ったことがなかったんだ。考えごとを人に打ち明けるとすっきりすると言うが、本当だ」
「なんで私なんかに喋る気になったんだね?」
「さてな。メビウスの話を聞いたからか……」
 そこで男は少し黙り、ふと気付いたようによく晴れた蒼穹をまぶしげに見上げた。
「でなきゃ、空が広かったから、か」

 じゃあ、幸運を。あんたも。
 そう言って別れたあの日の男は、ベルカ戦争において鬼神と恐れられたウスティオの戦闘機パイロットだったのではないかと……。
 彼が考え始めたのは、弾痕も生々しい故郷の街に人々が戻り、暮らしていける程度に整理がついてきた頃だった。事情通の商人仲間から、ベルカ戦争でもメビウス隊と同じくらい目覚ましい働きをした戦闘機コンビがいたらしいという話を聞いたからである。
 あの男がまさか伝説のパイロットだと考えるのは、少し想像力たくましすぎるかもしれないが、彼の胸にはあの日の会話と元パイロットの眼差しが深く突き刺さって残っていた。戻ってきた近所の知り合いたちと戦勝祝いを謳ってささやかな宴を開いたこともあったけれど、友人たちほど素直に楽しめなかった自分の気持ちの変化が彼には少し意外だった。
 ベルカは別大陸の国、十年といえばひと昔。しかし人間の為すことには大して違いはないらしい、と自分たちの身に起こった戦争を思う。
「考えてみれば、エルジアにもエルジアなりの理由があったわけだ……」
 しかしそう呟くそばから、食事を告げる家族の声を聞くと、もし彼らがエルジアの銃弾に倒れるようなことがあれば、自分は決してエルジアを許すことなく憎み続けたに違いないと確信もするのだ。
 ――本当に信じられる善悪の基準など、どこにあるのやら。
「確かなのは、死んだ人間の命だけか……」
 やっと綺麗に片付いた書斎の窓から外を見ると、戦闘機の飛ばない空が広かった。
 はたしてあの男が相棒と再会できたのかどうか、知りたいと彼は思っていた。

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