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ドンドルマ短編集企画について

ノリと勢いでMH短編小説集の企画を立ち上げてみました。

街のリアルな空気、人々の市井生活を表現した作品群を通し、MH世界に存在する
ドンドルマという街の全体像をコラージュ的に造りあげる

というものです。以下、企画基本ルール・パイロット版。


ドンドルマ短編集企画・説明書


ヌハハハハ! よく来たな、書士諸君。我輩だ、企画主だ!
これから貴様に、このアンソロジーについてみっちり説明してやる。覚悟はできているな!

企画主のキは銀貨のギ! ぬ? 濁音になっている? 貴様もハンターなら細かいことは気にするな!

まずは目的について教えてやろう!
このアンソロジーは、企画主がノリで立ち上げた個人趣味全開文集で、
ドンドルマと、街の人々の日常風景をテーマとした短編集の体裁をとる……予定だ。
街のリアルな空気、人々の市井生活を表現した作品群を通し、MH世界に存在する
ドンドルマという街の全体像をコラージュ的に造りあげることを目的とする。
読者は《世界ふ●あい街歩き》をしている気分になり、
執筆者は自身の小説で活かせるネタを発見する。そんな場になれば最高だ!

基本的にはただの俺得企画だが、賛同する奇特な書士がいたときのために
作品参加要項も、我輩が懇切丁寧にサポートしておいてやろう。
意欲のある者は、必ず! 目を通しておくのだぞ!!

その1! 公式設定をおろそかにせず、原作をそこそこ尊重すること!
これは企画主の趣味だが、魔法・異世界・チート・過度の擬人化等はご遠慮下さい!
ハンター大全を持っていると尚良し。無いなら公式設定のリサーチ推奨だ。

加えて、この文集以外の自作品で登場するキャラクター、いわゆる《うちの子》や、
原作で個人名を持つ、または重要な役のNPCを主人公に据えることもNGとする。
あくまで街の一般人、日常生活をテーマとするための規制だ……許せ。
モチロン脇役としてならどんどん登場させて構わないから、マイキャラや、
好きなあの作品の登場人物を、コッソリ描写してみるのも面白いかもしれないぞ。
後者の場合は(程度によって)作者ご本人に事前確認を忘れないようにな!

その2! 小説や散文、報告書、それらに類する文章として読める作品であること!
山無し・オチ無し・意味無し上等。起承転結がなくても問題無し!
ただし、設定の箇条書き等は認めないので注意しろ。書士たるもの、
人が読んで楽しめる作品の形にキチンと整える仕事が重要だ。日々これ精進!

その3! 1話完結の読み切り短編作品であること!
同テーマでの連作はいいが、長編として続く場合は自分のIDで発表しよう。
なぜならこれは長編物語からこぼれる小ネタをまとめるための救済企画……、
簡単に言えばアンソロGだからだ。わかるな?

ふ~む、条件としてはそんなところか。
参加希望者は作品を少なくとも1篇完成させて、企画主に連絡してくれ。
わからないこと、質問のお問い合わせも随時受け付けている。

それから最後にこれだけは言っておこう!
この文集はパズル(ピース間に矛盾のない一つの絵を完成させる作品)ではなく、
コラージュ(様々な素材を貼り合わせ、積み重ねて全体を造形する作品)だ。
原作に準ずることが前提でも、世界観の細かい解釈や捏造模様が執筆者のあいだで
異なることは想定内。そのへんを踏まえて、書き手も読み手も存分に楽しみまくってほしい。

以上で説明は終わりだ。
細かいことは実地で学ぶのが一番! さあ、作品を読んでみろ!
ここから貴様のドンドルマ生活の第一歩が始まるのだ。
貴様の参加と活躍をお待ちしているぞ!! レッツ執筆!!

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飛竜の眼

アンソロG企画の序文、
ドンドルマの街への導入として書いた短編の前半です。



 飛竜の眼


 東の果てから星光が薄らぎ、しずしずと、天は新しい一日に目醒めつつあった。
 いまだ朝日は見えず。はるかな地平との接しぎわで空は淡紅と黄色と白に滲み、より上空を覆う群青が澄みわたるにはもう少し暇がかかる。
 万物はまどろみの中。最初の兆しに気付いたものはごくわずかだったろう。彼方、夜と朝の狭間の空に黒いしみのような点がひとつ、ぽつりと浮かびあがっていた。
 針で突いたような点は見る間に固有の輪郭を顕わし、やがて射した光輝に影を躍らせ、ゆったりと翼を打った。オレンジ味の残る赤鱗はうぶな艶やかさを保ち、甲殻は薄く柔らかい。身体も翼膜の斑も幼く、生えた棘も少ないが、爪牙は捕食者ならではの鋭利さ、払暁の空を悠然と飛翔する姿にはまぎれもなく王者の片鱗が見て取れた。大陸東部の森に生を受け、巣立ちを迎えたばかりの雄火竜、リオレウスの雛であった。
 火竜が舞うにはやや早い時刻だが、彼は旅の途中にあった。腹も減っていた。背を温める太陽の熱に励まされ、少しずつ高度を落とす。まだ世を知らず、すべてが物珍しく映る無垢な青い眼が地表を眺めまわした。
 深いしわを刻んで見えた大地は幾重にも重なる山と峡谷だ。彼の育った湿潤な森と異なり、緑はさほど多くなかった。山間に夜闇が残る。谷底の川に沿って濃緑の帯が長く伸びる。岩がちな山のところどころに、こんもりと木立の塊。
 視界の端を何かが動き、彼は翼を傾けた。集束する視点は、空の高みから木陰に隠れた獣を見定める天眼だ。絶壁に取りついた鹿であった。食事には物足りない。居心地のよい暗く湿った巣穴で、兄弟たちと、腹いっぱいに獲物の肉を溜めこんだ母竜の帰りを待っていた頃ならいざ知らず、今や立派に飛行するまで成長した彼にはケルビなど動く骨と皮にすぎない。旋回し、進路を戻した。
 今や太陽はあかあかと大地を照らし始めていた。しつこく地を這っていた夜陰も吹き払われ、万色が鮮やかに息を吹き返す。下から全身を包みあげてくる、熱を受けた土の匂い。五感が快く刺激され、飛竜の眼に、世界は全貌を顕わしてきた。
 峡谷地帯は北の果てに景色が霞むまで続いていた。片や南方の陸地は途中で切れ、朝日を真珠色に反射する広大な湖となる。湖岸は東西にどこまでも長い。南の果ては水平線だ。かわって背後、かぐわしい東にあるのは故郷の森。そこは母竜と妹たち雌火竜の領域で、彼が追い出されてきた場所である。戻れない。
 さて、それではどこへゆこうか。彼は当てどもなく旅立ち、この山地になんとなく辿りついていた。峡谷の険しさは空を舞うものにとって何ら障害にならないが、腹を満たす大きな獲物が見つからないのは困ったことだ。獲物はどこに? ここではない。風の中から声がする。いや、身の内から? ――西へ行かねばならない。西へ。
 見えないコンパス、生まれながら体内に備えた神秘の羅針盤に従い、彼は翼を羽ばたかせる。上昇気流を探そうとして、ふと経験のない不思議な香りがひとすじの風となり鼻腔に流れこんできた。
 木や花や、肉、屍、炎、汚物、水、獣。その他わけのわからぬ奇妙なものの入り混じる複雑な臭いの集合だ。ちょっと考え、若者らしい好奇心のうずきに抗せず、彼は急遽旅程を変える。頭をぐるり巡らせて、においの出所へ翼を向けた。
 一本の深い枯れ谷を辿った先に、その街はあった。
 蛇の這うごとくうねった谷底。荒っぽい街道が一度広く開け、石造りの巨大な砦門がそびえている。門の先に、南北に細長い独特の景観を持つ街がある。外界への接続は砦門に守られた南街道が幅広く、蜘蛛の足を開くに似た他方面への支道は細い。三方を険しい断崖に囲まれた天然の要塞だ。
 上空から見れば、まず門を抜けた先に円形の広場があり、そこから曲がりくねる石階段が北へ長く伸びていた。階段左右には四角い積み木が重なるように住宅風の建物が並び、石段最上の大ドームをもつ建造物まで続く。東西の絶壁からはいくつかの水脈が滝となって流れ落ち、建物のあいだや沿道の水路に別れて、銀糸を張り巡らせるがごとき眩しい反射を煌めかせていた。
 崖上から、何やらの紋様が彩られた大きな赤布も垂れ下がる。旗がはためく。緑は多く、花壇は色鮮やかである。あちこちに大小の風車と水車が回り、街路では大勢の人間が歩みを止め、あるいは駆けまわり、そのすべてが上空を優雅に舞う彼――リオレウスの姿を見上げていた。
 もちろん年若いリオレウスは、そこが大陸東部に名高いハンターの街、ドンドルマであることなど知る由もない。そもそも人間すら見たことがなく、珍妙で小さな生き物が大きな巣を作っているなという印象しか抱かなかった。
 鼻を衝く異臭もすごかった。胃袋に訴える美味そうな腐肉の香気も微かにしたが、見える範囲に獲物はいない。はっきり分かるのは、あの小生物が発する妙な臭い――それは朝食の炊煙であり、スパイスであり香水であり、布や鉄や薬などありとあらゆる人工物の香り、また人間そのものが発する汗と体臭の渦で、人にとっては心地良いか、ほとんど感じない弱さの香り――だけなのだ。
 街の一角には彼と同種の竜の吐く火焔の燻りも漂ったが、どうやら生者の火ではない。この気付きは、いささか不吉な予感を伴った。仲間の死骸のある場所は、すなわち危険な場所かもしれないから。
 それを裏付けるようにドンドンと大音が轟き、彼は慌てて高度を上げた。安心できる高さまで昇り、再び円を描きながら何事かと見降ろすと、ドン。まただ。砦門や建物屋上から白煙がたなびいている。それぞれ人間が数人集い、彼に大砲を向けていた。ドドン。
 空砲であった。彼は大砲を理解しなかったが、それが一種の警告であることは正しく感じ取っていた。
 食べ物も憩う場もなく、奇妙な臭いがして騒がしい――こんな土地に用はない。長く街上空をのんきに旋回していた彼は、やっと興味を失って本来の目的を思い出す。西へ行け、西へ行け。本能の呼び声が強くなる。
 反転して気流を掴んだ。宙を自在に舞う能力こそ雄火竜の飛竜の王たる所以である。大気は彼の眷族だ。まっすぐ西を向いた視野に入った、遠く、うっすら青空に浮かぶ白い峰々。あれだ! 個としての記憶もない太古の魂が知る歓喜がよみがえる。
 湧きあがる熱は血流に乗り、全身を駆け廻る。しなやかな筋に満ちる力。烈しく翼を打ち、広げ、風を孕んだ急上昇。喉奥で小さな太陽が爆発し、火の粉を散らして咆哮がほとばしった――あの山々を越えるのだ! 腹は減っているが大丈夫。その先にすべてが待っている。
 加速する寸前、彼は下の山道で一人の人間がこちらを見上げるのに気がついた。重たげに大きな剣を背負い、焦がれるような眼差しで。だが彼は地を這うばかりの小動物にはもはや関心もなく、ただ一路、西を目指して高く高く飛翔を始める。

賑わいのドンドルマ

企画序文後半です。



 賑わいのドンドルマ


 頭上を翔け抜ける赤い彗星。憧れが、棘のある尾を引いて蒼穹を通過していった。
 咆哮はどこか無邪気だった。地表まで届く風を巻き起こし、火竜は翼を打ち鳴らして西の彼方へ遠く飛び去っていった。全身で力強く自由を謳い、まるで存在そのものが喜びの化身であるかのように。
 はたして竜は、遥か下の山道から眩しいような視線を送る一人の人間に気が付いただろうか? 一顧だにしなかった――そう思う青年はわずかに幼年の面影を残す顔に残念そうな、それでいて熱っぽい感情を浮かべ、飛竜の背を身じろぎもせず見送った。険しい山々に挟まれた空に、その姿が点となって溶けるまで。
 やがて朝日が力を増し、腰を据えた輝きを放ちだす。薄暗かった峡谷沿いの小路にも光が射しこみ、青年は催促された気分で旅路を再開する。火竜は西へ、旅人は東へ。
 旅慣れぬ身ではないが、この峡谷地帯はきわめて難路だ。肩幅程度の細い道が崖に張り付いて紆余曲折し、向かいの山へ渡るにしろ深い谷が邪魔となる。すぐそこに見える距離でさえ橋を探して迂回せざるをえず、数日をかけて進むのはほんのわずかだ。
 疲労のたまった足は鉛、身体は埃と垢の塊だった。汗をぬぐい、革袋の清水を呷りながら、ふと足元に目を落とすと数匹の蟻が這っていた。幼児の拳ほどの石ころすらまたぎ越せず、さまよう虫たち――自分もこの蟻と大差ないのだ。地上の生き物はみな不自由に地を這う者にすぎない。先ほど見た、あの雄火竜にしてみれば。
 だからこそ憧れは強く募った。空を舞う赤い炎。彼は野生の自由と躍動する生命の象徴だ。手が届かないと思うほど耀きを増す宝石のように。
 背中の武器を背負い直す。鎧の金具が重力に軋んだ。剣は竜骨素材の大剣、防具は大陸広くに生息するありふれた牙獣の革製である。この稼業では低級の装備、おまけに彼の痩身では剣を背負っているのではなく背負われているとよく笑われた。それでも山路を越えてきたのは、夢、野心、希望、不安――全部の未来を若い胸に予感したから。
 残す峠はあとふたつだ。越えた先で本街道と合流。多くの旅人に踏み固められた大路に出れば少しは歩みも楽になるだろう。自身を励まして断崖に区切られた蒼穹を見上げ、旅人は再びあの火竜に思いを馳せた。
 竜は東からやってきた。大気と炎の申し子たるワイバーン、雄火竜リオレウス。
 かの竜は、目指すハンターの街、ドンドルマを見たのだろうか――。

 数度の羽ばたきと滑空で火竜の雛が通りすぎた距離を、半日の時をかけ、ようやく辿りついた街は天まで繋がる階段状の要塞都市だった。
 呆けて見上げる青年を、かすかに笑みながら人々が追い抜いていく。
 切り立つ崖を回った途端に聳えたつ、砦門の威容。街を守る棘のある盾といった印象だ。回廊や見張り台には大砲と大型弩砲の鈍い反射が光り、中央扉の両脇と上部には何のためか威嚇的な大槍の穂先まで突き出ている。
 街の気質を示し、外部へ豪快に開放された扉は巨人用を疑う規格だ。門兵に見張られながら早速門をくぐりかけて、青年は背後のどよめきを聞き振り返った。人々に道を譲られながら帰還してくる竜車、積荷はなんと魚竜ガノトトスの巨体である。仕留めてきた一行は同業者の羨望を一身に浴び、慌てて避けた青年の真横を通り凱旋していった――これぞ狩猟都市、ドンドルマ! 将来の自分を見た気分で胸躍らせ、青年は街への一歩を踏み出した。
 空へとせり上がる。それが外からの印象だが、いざ門をくぐってみると、険しい山間にみっしり積み重なる建造群はむしろ東西北三方から覆いかぶさる雪崩の圧迫感があった。
 最初の広場は竜車や馬車、気球船や隊商の滞留空間で、人と家畜が大勢たむろしている。
 興味をひくのは左端にある背の高い施設だ。人をかき分けて受付を覗きこむと、真正面に瓶底眼鏡の拡大した眼球があった。ぎょっと身を引いた闖入者など丸きり無視して、竜人族の老爺は元の作業に復帰している。コンパスと定規を添え、手元の地図にびっしりと細かく……、何を書きつけているのか? 突然頬をかすめて飛びこんだ伝書鷹にも驚いた青年は、隣のアイアン装備にニヤリと不気味な流し目を喰らうのだった。
「ここが古龍観測所だ。邪魔はいかんぜ、ヒヨッコちゃん」
 玄関口と居住区域は、地上モンスターに対する防御のためか深い断崖に隔てられている。橋を渡り、街の本拠へ。
 土地には独自の匂いがあるが、街にも固有の香りがある。ドンドルマの空気は、人と獣の汗が入り混じる麝香に似た臭いがした。
 それに草花と革の甘い香り。焼いた肉と鉄の煙、上層から吹き下ろす風に漂う冷涼な水の気配。街を貫く大階段の底に広がる円形市場は、さながら街中のにおいが集まる博覧会だ。居並ぶ露店では人声、品物、一万種類の音と色彩も無秩序に競い合う。
 大陸東西からの多彩な品に目移りしつつ商人の太鼓腹に圧倒されつつ、青年は人ごみに流されて、次に出た先が重厚な岩窟風の入口である。出入りは同業者が多い。入ってみると、熱気。
 赤々と灼熱の炎が高天井を照らし、耳に鋭い鎚の音。大陸の粋を集めた最新鋭の鍛冶工房だ。奥では小屋ほどもある大歯車が噛み回り、裸の上半身から蒸気をあげた職人たちが鍛造や成型に精出している。立てかけてある、変てこな武器は何だろう? 無造作に置かれた魚鱗や蝶翅、竜玉に鋼晶、獣胆――希少素材もあまりに魅惑的だ。涎を垂らして身を乗り出した足元を、しかしここでも一部毛の焦げたアイルー職人がすり抜けて言うのだった。
「あんた初心者? 仕事の邪魔ニャ、冷やかしはお断り」
 たしかに自分は田舎者で、懐具合が寂しいのは一目瞭然ではある、が……。
 工房を出、隣接の建物に入ろうかと迷ううち、装備も立派な同業者たちに追いやられて、青年はいつのまにか大階段をとぼとぼ登っていた。
 左右には脇道が細かく入り組み、奥には様々な店や家もありそうだったが、結局無心に足を運ぶ。やっと最上近くまで来たところで出迎えたのは突然の槍の突き。街を仕切る大長老のおわす大老殿には許可された実力者しか入れない。怖い顔の警備兵に怒られては、青年はさらに悄然となった。
 この街は何もかも圧倒的に大規模だ。夢を叶える日は、一体いつになるやら……。
「そんなにしょぼくれるな、若人よ。後ろを見てみるといい」
 ――振り返ると、絶景があった。
 街全体と周囲の峡谷地帯すら見下ろす壮大な景色が広がっていた。人々は小さく動き、世界を手中に収めたような魂の広がる心地がする。背後からの微風が身体を透き通していく。
「王にでもなった気分だろう。これが飛竜の見る世界だ」
 そして耳を澄ませと警備兵に言われたとき、街に入って以来ずっと背景に聞こえていた不思議な音に青年は初めて意識を向けた。
「ドンドルマは風と水の街。きみも骨の芯を揺さぶる低い響きを感じるか? 街中にある水車と風車の回る音だ。工房の歯車も、あれらの動力で駆動している。
 あの音を励みにしろ、若者よ。古龍の咆哮にも勝るドンドルマの魂の声だ。多くのモンスターに抗して我々が築き上げたもの、街を守ってきた力を思いださせ、信じさせてくれる振動だ。狩場に出てもあの声を常に胸に聴くようになった頃、またここを訪ねるがいい」
 まあ、景色を見るだけならタダだ。いつでも来いよ!
 意外と人好きのする警備兵に勧められて向かったアリーナは因縁の鍛冶工房の横、太い円柱の支える神殿風建築だった。
 入った矢先、目を奪われる、広い客席奥に据えられた石舞台。背景に垂れたいかにも神聖な白羅紗布は街を流れる滝を想起させ、音楽的な旋律で織られたひだが美しい。岩肌も荒く、そこかしこを力強く削り上げられたこの無骨な街において、異世界に紛れこんだように静謐な空間だ。舞台中央に女が一人。濃い肌色、俗世離れした瞳をもつ竜人の歌姫。
「生命は生まれ、生命は尽きる、陽は昇り、陽は沈む。火と水、空と大地――」
 アリーナを後にする頃、青年はすっかり元気を取り戻し、最後の目的地へ向かった。
 円形広場をよぎり、肩をそびやかして、ついに階段ふもと左手にある大扉を開く。瞬間、顔面に押し寄せる雑然としたエネルギー。大天井いっぱいに騒々しいドラ声と、食べ物と酒と煙草の臭気。そして彼らがその武器防具に沁みこませて持ちこんだ、かすかな原生林と竜の気配。大衆酒場――ドンドルマの街が抱える真に熱い動力源だ。
 雰囲気に飲まれぬよう青年は胸を張る。油断のない様々な思惑をもつ眼が新入りを出迎えた。いずれも百戦錬磨の荒くれたちだ。抜き身の剣や砥がれた牙のあいだに分け入ってゆく気分がする。
 ギルドカウンターに辿りつくと、受付嬢が微笑んだ。用件を見抜いた少女は無言で退き、背後のしなびたような竜人爺と視線が合う。紫煙を吐いて青年を品定めし、老人はやがて頷いた。歓迎と挑戦の笑みが浮かぶ。
「若者よ、よくぞ来た。ここが人の力を遥かに凌駕し、大陸全土を闊歩するモンスターを狩る者ども、ハンターたちの集会所だ。求めてきたのは富か、力か、名声か? 何にしろ依頼は絶えぬし狩場への扉は大陸一広い。あとは狩るも狩られるもオヌシの腕次第、運次第。
 さて、登録は済んだかな。身分証を受け取りなさい。これでオヌシもドンドルマの一員じゃ。ランクはもちろん《新人ルーキー》から。酒場は昼夜開いておる。まずは肉でも食っていけ。仲間を探すのもいいだろう。……オヤ見ろ、北で轟竜を仕留めてきた英雄たちのご帰還じゃ。なに、自分も早くああなりたい? 焦るな若人、命は大事にするものだ。彼らの後ろに続いたのは、鎧竜に炙られた骸だったな。
 ではな、期待しておるぞ。我らを抱く森羅万象に栄えあれ、街は新たな同胞を得た! あとは……、ほーい、ジョッキを頼む! よしよし、これがなくては始まらぬ。それでは、若きモンスターハンターの門出を祝って――乾杯!」

(おわり)

ドンドルマの食卓 メシマズ編

ドンドルマ短編集企画にアッシュドランカーさんから寄稿作品です。

電光石火の寄稿、ありがとうございました!
正式にHUNTERLOGUE避難所で短編集企画としてまとめてありますが、
掲載場所は多いほうが誰かに読んでもらえるかな、という個人的判断でこちらにも残しておきます。
削除要請はツイッタのほうへよろしくお願いします <(_ _)>




 ドンドルマの食卓 メシマズ編
アッシュドランカー著 


 玄関の木扉が控えめにノックされる。応対に出る前に、米袋が地面に降ろされたような音がした。嫌な予感がする。素早く玄関に駆けより扉に開けると、手紙が添えつけられた麻袋と、逃げるように離れていく見慣れた背中があった。
 せめて説明しろバカタレ、とあの背中に叫んでやりたい気持ちもあったが、とりあえず添えつけられた手紙に目を通した。
「ドドブランゴの肉です。腐りやすいから、早めに食べてね」
 ミミズのような文字で書き殴られたそれに、軽い目眩を覚えた。まぁ、貴重なタンパク質をタダでもらえたと考えれば、ね。
 5kgはあろうかという麻袋を厨房に運びこむ。袋の口からは、鼻を押さえたくなるような獣臭が渦巻いていた。やっぱりタダほど高い買い物は無いかもしれない。思い起こせば、前に奴から貰ったグラビモス肉の処理には苦労した。奴を死体遺棄で訴えたら勝てる自信はある。

 とにかく、調理台の上に肉をのせる。中には氷結晶も詰め込まれていたため、肉の量は実質4kg弱といったところだ。前回のグラビモス肉のような、内出血のさせ過ぎでどす黒く変色している様子がないのは救いだった。ただ、普通市場に出回るような竜肉獣肉とは違い、ずいぶんと赤黒い。献血の時に見る、静脈血みたいな色をしている。
 肉のまわりは分厚い脂肪に覆われており、いかにも寒冷地のモンスターといった風情だ。ただ、脂肪の色は雪のように真っ白な霜降りなのではなく、ところどころ黄色く変色していたり、鮮血のようなピンク色になっていた。人生初のドドブランゴ肉は、なんとも食欲が減衰する色彩を放っていた。
 たぶん――いや確実に、食肉用の処理とかしていないんだろうな、コレ。

 ケース1 ドドブラステーキ

 深く重いため息を出し尽くした後、いよいよ調理を開始することにした。肉には既に骨が取り除かれ、ある程度はブロック状に切り揃えられていた。汚染されていそうな脂肪の表面を切除し、初めは1cm厚のステーキにしてみることとした。まぁこれで肉の本来の味がわかるだろう。
 適当に塩コショウを振った後、猛牛バターをひいたフライパンの上に載せる。強火にかけると厚い脂肪が勢いよくはじけ始めた。よしよしと頷いたのも束の間、脂肪に火が燃え移る。慌てて火から離してみたが、火が消える気配なし。ワーオ。
 はい、上手に焦げましたー。今更ながら、ドドブランゴは火に弱いということを思い出す。肉質そのものも火に弱かったようだ。そういやグラビモス肉を煮込む時は苦労したもんなぁ。……ほんとに、苦労、したんだよなぁ。
 
 黒焦げになった部分を泣く泣く捨て、今度は弱火でじっくりと焼くこととした。レアのほうが上手いのかもしれないけれど、寄生虫とかがいたら怖いので、ウェルダン一択。今度は焦がすようなヘマをしなかったのだが、別の問題が出てきた。
 すごく臭い。控えめに言えば獣臭い。控えめに言わなければ、食事中には言ってはいけないアレを焼いているような臭いがする。焼きあがるころには、フライパンに臭いが染み付いてしまった。たわしで擦っても中々臭いがとれず、涙がちょちょぎれる。

 まぁ、皿に盛りつけられたドドブランゴステーキは、中々ジューシーで旨そうな佇まいであった。臭いも大方フライパンの方に移ったのか、食に耐えられる程度にはなっていた。適当にハーブでもまぶして誤魔化そう。
 さっそくナイフで切り分けて……、切り分けて……、切り……分け……てっ!
 鋸のほうが良いのではと思う程、肉が硬い。繊維も太く多く、素晴らしく鍛え上げられた筋肉だと感心させられる。額に汗がにじみはじめた頃に、ようやくステーキを全て一口大に切り分けることができた。さっそく口に運んでみる。口当たりはそれほど悪くないように思えたが、最初だけだった。
 噛み切れる気がしないうえに、噛めば噛むほどアルコール系の刺激臭と苦みが肉から溢れだしてくる。これは肉だ、ゴムじゃない。肉だ。言い聞かせる。無理でした。もはや無心で咀嚼する。
 3分ほどかけて、咀嚼完了。皿にはまだ1ポンド程の肉が残っており、思わず天井を仰いだ。

 神は我に七難八苦を与えたもうた。
 

 ケース2 ドド鍋ンゴ

 ドドブラステーキを食べきったことで、人として大切な何かを失った気がする。こうして世界はベジタリアンへと向かっていくと思うと感慨深い。この肉を食べきった暁には、奴にたっぷりとお礼参りしようと思う。
 ともあれ、ステーキはNGだったので、別の手段を模索することとした。手っ取り早く、ポッケ村から出稼ぎに来ているお隣さんに聞いてみた。
 お隣さんは、ブランゴ料理について嬉しそうに語ってくれた。話を聞いていると、先ほど自分が食べた肉はブランゴとは別の何かだと思えてくる。とりあえず一旦話を戻し、ドドブランゴ料理について聞いてみる。お隣さんの笑顔が翳った。肉を得た際の状況を聞いてくる。今朝ハンターから貰いました、状況はわからないと答える。お隣さんが察したような顔つきになった。細かく刻んで、強めに味付けして、とにかく煮込め、とアドバイスをくれたお隣さんは、足早に去ってしまった。去り際にぼそりと、駆除された奴の肉はねぇ、と言っていた。
 とりあえず、奴がくれた肉が危険物らしいことはわかった。お礼参りの内容が充実していくのを感じる。メモ帳にリストアップしておこう。
 家に帰り、調理に取り掛かる。調味棚から、ミソスパイスなるものを取り出してみる。この前お隣に引越してきたシキ国の方からの頂きものだ。味と匂いが独特なため中々使い道がなかったが、今回の調理にはぴったりだろう。
 強い味付けで、煮込むといえば鍋だろう。早速、肉を細かく切ることとした。
目標、親指の先端くらいのサイズ。肉に包丁を入れる。うまくカットできないので、2年ぶりぐらいに包丁を研いでみた。軽快に切れて気分が良いが、消耗も早かった。結局全ての肉をカットする頃には、研ぐ、切る、なまくらになる、を3ループぐらい繰り返した。明日は筋肉痛確定だろう(断じて、明後日以降ではない、断じて)。
 さらに、今回はカットした肉を下茹でしてみることとした。5分後、鬼のように灰汁がでてきた。すかさずボールに灰汁を移す。最終的には、灰汁だけで3品ぐらい作れるのでは?というほどの量となった。しかもこの灰汁、かなり臭い。お隣さんから苦情まで来た。灰汁は後で穴を掘って埋めておくことにした。
 下茹に手間をかけたおかげで、肉の匂いはかなりマシになっていた。ステーキに比べれば格段に柔らかい。ようやく鍋が作れる。秘伝のミソスパイスを多めに投入し、じっくりと煮込む。
 通常の3倍近い手間と時間をかけて、ようやくドド鍋ンゴ、完成です。
 汁を啜ると、体の芯までじんわりと暖かくなった。肉を頬張る。少々硬く獣臭いが、ステーキと比べれば随分とマシだ。季節は今、寒冷期。肌寒い日には鍋をつつくのが最高だ。今までの苦労を噛み締めながら、しわくて、硬くて、ちょっと臭いドドブランゴ肉を頬張る。そうして、鍋を食べきって一息ついたあと、しみじみと思った。

 やっぱり家畜は偉大だな、と。


 ケース3 ドドブランゴの塩ミルク煮込み

 ドドブランゴ肉を全て鍋に消費してしまうのも良いのだが、残り3kg全てを鍋、というのもさすがに飽きる。なので、さらなる情報収集のためドンドルマ町立図書館にやってきた。さっそく調理本コーナーに行く。さすがに狩猟都市だけあって、ジビエ、ブッシュミート、保存食コーナーはかなりのスペースがある。まずは安定のムッシュ・シエロ著の料理本を物色する。すると、そこには見慣れたアイル―が居た。奴の厨房の料理長だ。理不尽かも知れないが、皮肉の一つでも言ってやろうと思い近づいたのだが、思わずたじろいでしまった。奴のアイル―は、シエロ著のジビエ本を、修羅の形相で読んでいた。その目からは生気が失せつつある。彼(彼女?)の置かれている境遇も自分と同じなのだと気付くのに、時間はかからなかった。彼の肩にちょこんと手を置いてやると、泣き出してしまいそうなほど、申し訳なさそうな表情だった。どうやらこちらの事情も察してくれたらしい。我々は、仲間だ。
 とりあえず、下茹でしてはいけない、ミソスパイスとの相性は最悪、煮込み料理はNG、ステーキはわりといけた……などのアドバイスをした。生気を取り戻し、笑顔で別れた彼の背中に、邪悪な笑みを堪えることが出来なかった。

 アイル―がいなくなったあと、いくつか本を読みこむ。お勧めの香味野菜が紹介されていたので、メモを取る。さらに、ブランゴ肉に関する記事を発見。あのアイル―には見つからないよう1週間ほど借りておこう。
 ブランゴ肉についてだが、旬は温暖期で、性成熟したばかりのメスが一番おいしいらしい。鍋や唐揚げ、カレー,煮物もいけるらしい。ただ、個体ごとの、季節ごとの味の差が激しく、素人には難しいと書かれていた。特にいけないのは、繁殖期から寒冷期の成熟オスで、この時期はメス争いのために筋肉が硬質化し、脂肪にはフェロモンの匂いが染みついてアルコール系の刺激臭を帯びるらしい。畜生め。だが、全てのドドブランゴ肉が不味いわけではないと知ることができたのは、今日一番の収穫であった。
 その後もいくつかジビエ料理の本を読み、市場へと向かう。棍棒ネギに塩ミルク、生姜などを手に家へ戻った。ラストのレシピはミルク煮とすることとした。最終的にも肉の匂いと味を消す方向でしか調理できなかったのは心残りだったが、仕方あるまい。
 肉を細かくカットし、下茹でして灰汁を取り、沸騰したミルクの中にネギ、生姜を投入後、ブランゴ肉を入れる。湯気からはミルクの甘ったるい香りと生姜の風味が香り、胃袋が鳴った。味見してみる。ミルクの中に浮かぶ、ピリリと生姜の味が効いたドドブランゴ肉は、今まで最も美味であった。甘いようで、辛いようで、それでいて暖かい料理となった。
 ドンドンと玄関の木扉が叩かれる。応対すると、ゲッソリとやつれた奴が立っていた。足元には料理長のアイル―が、彫刻みたいな表情を作っている。大体の事情は察した。一人と一匹を家に招き入れ、ドドブランゴのミルク煮を振舞ってやることにした。
 まぁ、お礼参りはドドブランゴ肉を全て消費してからでも遅くはないだろう。それに、気心知れた者と卓を囲んだ方が料理は美味い。これで残りのドドブランゴ肉も楽しく消費できそうだ。

 ただ、ドドブランゴ肉を消費するまでにかかった手間と金銭は、同量の家畜の肉を買っても十分お釣りがくる程だったということは、注記しておく。

フルベビ紀行

ドンドルマ短編集企画にロッソ・チネリさんから寄稿作品です。ありがとうございます^^

正式にHUNTERLOGUE避難所で短編集企画としてまとめてありますが、
掲載場所は多いほうが誰かに読んでもらえるかな、という個人的判断でこちらにも残しておきます。
削除要請はツイッタのほうへよろしくお願いします <(_ _)>




 フルベビ紀行
ロッソ・チネリ著 


“伸びるよ 伸びる フルフルと
 ほっぺためがけてパックンチョ
 ながーく首を伸ばしてみれば あたしゃ、そんなに待てないよ
 ちょいとお待ちよお客さん
 噛みつく相手はおいらじゃないよ
 よくよく練って
 よくよく伸ばして
 白がいいかい? 赤がいいかい?
 どっちも欲しいときたもんだ!
 さすがは我が町ドンドルマ
 胃袋 ふところ 金冠サイズだ!
 さあさ、できたよ 持ってけメラルー
 おやまあ まるっと飲み込んで
 どっちがどっちか 分かりゃしない!”


 第一景・夏の風物詩


 カルチェのフルベビアイスはいつでも満員御礼。中央広場に屋台や呼び売り商人の姿は数あれど、暑い盛りに売り出されるこの冷たくて甘いお菓子は温暖期の風物詩だ。岩窟院の学生もギルドスタッフのお姉さんも、ドンドルマっ子なら誰でも知っている。
「とは言ってもだ。所詮コイツぁ、まがい物さ」
 ようやく並んで手に入れたフルベビアイスなのだが、目の前のハンターはちょっと皮肉そうに笑う。
「じゃあ、それも私が食べてもいいですよね?」
「まだ自分の分食べてるじゃねぇかよ」
「甘いものは別腹です」
「別に不味いって言ってるワケじゃないさ。それに経費で落ちるんだろ?」
「そりゃあ、まあ。そうですけど……」
 月刊・狩りに生きる、といえばハンターならば知らぬ者はいない雑誌なのだが、残念ながらこちらはしがないタウン誌である。
「なんて雑誌だっけ?」
「『ドンドルマなう』です」
「どこら辺のセンスだ、そのネーミングは」
「うるさいですよ。印刷所は同じなんですから」
「間借りしてるだけ、と」
「うー!」
 その昔この場所が氷河であったことを示すかのように、ドンドルマは切り立った山間に張り付くようにして存在している。歴史としてはドンドルマより新しいジォ・ワンドレオからの旅人は、まずその山道に閉口する。どうしてこんなところに人が住んでいるのか。東西貿易の要であり、いかだを組んだ水上都市の住人には今ひとつ理解できない点が多い。川を遡上してその恵を受け取ることはあれど、こんな坂道ばかりの場所には到底住む気がしないというのが大方である。
「少し下れば小さいながらも扇状地が広がってるのに、どうしてここの住人はそっちに町を作らなかったんだろうなぁ」
「あら、ハンターのクセに知らないんですか」
「何が?」
「ここはあの巨大な龍、ラオシャンロンが通るんです。そんなところに町なんか造ったらペシャンコですよ」
「ならもっと別んとこに作るとか」
「よくは知らないですけど、元々ここに町を築いた先住民がいたんだそうです。そこを大長老さんが指揮して今のドンドルマを作り上げたって、岩窟院の文献にはあります」
「なるほどねぇ。イチから作るより楽ってワケだ」
「アリーナの石組みは、その時に切り出した石からできてるそうですよ」
「さすがは『ドンドルマなう』の記者。よく知ってるじゃん」
「貴方にそう言われると複雑な気分がするんですが」
「褒め言葉は素直に受け取ろうよ。もてないよ?」
「貴方に心配されなくても大丈夫です。彼氏、いますもん」
「こんなちんちくりんな娘……ぬわっ、危ねぇ!」
 スプーンで伸ばされたアイスがハンターを仰け反らせる。
「話、続けますよ」
 困難多きドンドルマ開拓の副産物として数多くの鉱脈が発見され、今日の工房の発展に繋がっていった事は想像に難くなく。掘られた横穴や、偶然にも発見された洞穴は今でも倉庫として使われている。季節を問わず一定の温度を保つそうした洞窟はこと、食料の保存にぴったりの場所だった。
 これに目をつけたのがカルチェの初代である。
 彼は洞窟の中を氷結晶で内張りすることを考えた。雪山では一般的な氷室を再現しようと思い立ったのである。アイディアとしては珍しいものではなかったが、それを実行しようと思い立った者も稀である。なぜか。天然の洞窟であればワインセラーとしては充分だし、地下水に浸しておけば夏でも冷たい食材が楽しめる。誰も凍るほどの低温を必要としていなかったのだ。それでも彼はドンドルマに氷室が欲しかった。
「暑がりなんだな、きっと」
「アイス、没収しますよ」
「えー」
「えー、じゃないです。そういう人はアイスを食べる資格はありません」
「もう半分食べちゃったよ?」
「あとで請求しますから。大丈夫です」
「お、鬼がおる……」
「まあ確かに、料理人のこだわりと言えばそれまでなんですけど。この初代の方はどうも北国の生まれのようでして。少しはノスタルジックな気持ちがあったのかもしれません」
「おかげでここドンドルマじゃあ、他所じゃ食えないとろける様なステーキにありつけるんだけどな」
「あら。ハンターといえばこんがり肉なんじゃないんですか?」
「たまにゃ、筋張ってない肉も食いたくなるさ」
「見かけによらず、贅沢なんですね」
「一言、余計だって」
 彼がなぜ、そこまでして食材を冷やしたかったのか。本当に故郷を懐かしむ気持ちだけだったのか。ムッシュ・シエロに代表されるように、人の美味いものに対する追求は余人の計り知れない領域にまで達するのだろう。そうしたこだわりが今こうして目の前にあるフルベビアイスとなった事は、例えその成り立ちを知らなかったとしても素直に祝福したい偉業であることに間違いはない。
 温暖なドンドルマにあって夏でも溶けず、疲れた身体に染み渡る甘さ。
 たちまち町一番の名物となり、瞬く間にカルチェの名は広まったのである。
「それが皮肉なことか、その秘密を暴いていったのもハンターなんだよねぇ」
「え……。ハンターの間では周知の事実なんですか!」
「そこまで驚かんでも。アイス、落ちるぞ」
 みょーんと伸びたアイス。辛くも受け取って頬張ることに成功。
「うぐぐっ……」
「まったく面白いお嬢ちゃんだ。しょうがねぇな、ついて来なよ。特別に秘伝の知識を披露して差し上げよう」


 第二景・香りが運ぶもの


 中央広場には多くの露天が並ぶ。大衆酒場のある西側では生活雑貨や服飾を始めとする店が手ぐすねを引いて客を待ち、アリーナのある東側では食材・食品を扱う店が声を張り上げて道行く客を誘惑する。そんな坩堝のような露天市場においてドンドルマの胃袋を一手に引き受ける西区の市場はまさに雑多な物を扱っていた。
 薬草や解毒草などの野草を扱う薬草屋。その中でも食用に適した部分に特化した食材屋。ハンターの消耗品を数多く扱う調合屋。燻製を売りにしている店もあるし、薬草を含めて治療薬を作って売りに出す薬屋もある。それぞれがそれぞれのニーズに応じた素材を欲しており、同じ素材でも目的が違えば採取する産地も季節も違う。
「ハンターって人種はただ持ってくりゃいいって考えてる輩が多くて困るねぇ!」
 大きな身体を揺すりながら薬屋の女将さんが笑う。
「市場のおっかさんってのは、何だってこうも肝っ玉かねぇ……」
「そりゃあ、アンタ。商売は気力・体力・面の皮。度胸のひとつも据わってなけりゃ。おまんまの食い上げさね。冷やかしでも帰るときにゃ、毎度ありって買わせるのがあたしらの心意気ってもんよ」
「てなワケで覚悟しろよ、お嬢ちゃん」
「はい?」
「財布の中身はオーケーか? 腰は据わったか? こいつぁ狩りだぜ?」
「……なんだかよく分かりませんが、貴方を盾にする準備はできました」
「それ、酷くない?」
「おばさん、この方が私に色々買ってくれるそうです」
「あいよー。さあ、逃がさないよー!」
「女って怖えぇ……」
「それで一体、何をご所望だい。風邪薬かい、虫下しかい、それとも熱さまし?」
「万能薬さ。オルキス・マスクラの球根。あるだろ?」
「おやまあ! お連れさんは彼女かね。今夜はお楽しみなのかい」
「誤解だ」
「訂正して下さい」
「二人してまあ、息もぴったりだねぇ」
「説明、してくれますよね?」
「賢者の目でにこやかに微笑むのはマヂ勘弁して下さい……」
 薬屋の軒先に鈴なりに吊るされた干からびた球根。女難の相によって弁明苦しいハンターのために説明すると、オルキス・マスクラとは一部の地域に自生する野性蘭である。高度のある比較的乾燥した低草地帯に育ち、質の良いものを入手しようとするとそれなりに苦労するモノだ。
「最近じゃ都市部のワイン畑や果樹園にも生えてたりするけどねぇ」
「そういうやつは小さいし効能が薄い。高値にはならねぇよ」
「おやおや、よく知ってるじゃないか。さすがは殿方、お盛んだね!」
「頼む。そう誤解のある言い方はカンベン。お嬢ちゃんに睨み殺されます……」
「風邪薬、咳止め、整腸剤。食欲増進に、なんてったって飲めばたちまち元気な強壮薬だ。王都くんだりじゃあ、王侯貴族の秘中の秘。手のひら一掴みで同じ量の金と交換だなんて、まことしなやかに言われてるねぇ!」
「じー」
「……居た堪れないので許して下さい」
「オトコは尻に敷かれた方が可愛げがあるさぁね!」
「とにかく。これがカルチェの秘密だ、お嬢ちゃん」
「ほー。あんた、ちょっと見かけによらない博識ぶりじゃないか」
「その貴重さをこのお嬢ちゃんに教えてやって下さい……」
「しょうがないねぇ。ちょっと待ってなよ……」
 女将さんはおろし金を持ってきて手近な球根を擦り始める。茶色く乾燥した見た目からは想像できない、真っ白い粉末が擦り上がる。
「ほら。嗅いでみなよ」
「あ、これ……アイスの香り?」
「そいつがカルチェの秘密ってワケさ」
「あそこの旦那はねぇ、昔は薬売りだったのさ。北からやってくる行商人。旦那の故郷じゃこの粉末を飲み物として飲んでいたんだと。民間療法ってやつさね。あの屋台、寒冷期になると入れ替わりにもうひとつの名物が出るだろ?」
「フルルンドリンクですね」
 伸びるアイスが暑い温暖期の風物詩とすれば、ドンドルマの象徴である大老殿を真鍮で模ったサーバーは、寒冷期の風物詩だ。中には熱々のミルク飲料が収められていて、鼻先に近づけると薬湯のような香りがする。不思議と癒されるその香りを楽しみながら、ふうふうと冷ましながら啜れば臓腑に落ちていく甘みがすっかり寒さを吹き飛ばしてくれる。
「もしかしてフルベビアイスって、フルルンドリンクを冷やしたもの……?」
「そこを俺らが答えるワケにゃ、いかねぇな」
「そうさねー」
「ま、カルチェの名物ってのはちょっと独特の香りのする食べ物が多いだろ? シナモンとか」
「言われてみれば……そうですね、確かに」
「それが他のどんな食べ物屋台にも真似できないノウハウさ。クセになったらやめられない。見た目を楽しませ、香りで惹きつけ、味で虜にする。カルチェがこのドンドルマで繁盛する本当の理由は、商売上の秘密だけじゃないのさ」


 第三景・恵みの味、狩りの季節


「はぁ……」
「太るの気にしてんのか。お嬢ちゃんはもっと食ったほうがいいぞ。ただでさえちんちくりん……」
「ワザと言ってます?」
「み、みょーん」
「とぼけても駄目ですよ。まったく」
 広場に戻り、本日二度目のフルベビタイムである。売り口上に釣られてついつい財布の紐が緩む。暑くて開放的になっているせいだと思いたい。
「んじゃ、なんだよ」
「結局分からずじまいだったってことですよ。あなたの言ったことが」
「俺、何か言ったっけ?」
「このアイスはまがい物だって話です。忘れたんですか?」
「その話ね……どうしてもって言うなら話してやらないこともない」
「貴方にしては歯切れが悪いですね」
「覚悟して聞けよ……」
 そもそもフルベビアイスなる名前の由来は何か。
「見た目が似てるからじゃないですか?」
 みょーんと伸びるアイス。
「そうあって欲しいなとハンターは思うワケよ」
 負けじとみょみょーんと伸びるアイス。
「お嬢ちゃんはフルフル見たことある?」
「岩窟院のスケッチなら。あんな気味の悪いモンスターもいるんですね」
「そうそう。目がないのに口だけは立派でな。ギザギザの歯を剥き出してこっちに噛み付いてきやがる。イマイチ何考えてるのか読めなくて苦労する上に、的確にハンターを追いかけてくるんだから、そりゃビビるぜ」
「獲物を丸呑みにするって聞きましたけど……」
「ああ。このアイスみたいに首を伸ばしてな。あいつを狩るときは頭上に注意だ。後ろを振り返ると仲間がいない……なんてホラーなことになる」
「嫌ですね」
「ああ。あれは堪らん」
「その子供みたいだからフルベビアイス、と」
「残念。みたいではなく、子供そっくりなんだな」
 モンスターの生態については謎の部分が多いが、その多くが卵生であるということは知られている。フルフルもまた卵生であり、産みつけた卵はときおり沼地や雪山などで発見される。どういう原理かは知らないが、そばに近づく生体に反応して孵化を早めるらしい。産卵場に気づかずに採掘や採取に勤しむハンターが、ふと気がついたら孵化したばかりのフルフルベビーを腕にぶら下げていたということが稀にある。親に似て目は無く歯の生え揃った口だけのプニプニした白い塊。ぴちぴちと振られる尻尾は無邪気で、ちぃちぃと鳴くその姿は愛らしい……人によっては。
「みょ、みょーん……」
「気持ちは分かるが食べ物で遊ぶなよ」
「うー」
「だからまあ、そいつを手持ちのマカ壷に放り込んだって悪気はなかったんだよ。きっと」
「マカ壷って。マカ麹で発酵させるあのマカ壷ですか?」
「そう。竜人族に伝わる秘伝の発酵食品な。好きなやつは堪らなく好きで狩場に持っていく奴もいる。いや、まさかあんなことになるとはなー」
「貴方なんですか?」
「もう衝動的にぶち込んだんだけどな。気持ち悪くて。でもこれどうすっかなと冷静に考えてみた。お前さんならこの蓋開けようと思うか?」
「思いません」
「だろ。それで普段からイラッと……じゃないお世話になっている山菜ジジのところに持っていくことにした。ジジならなんとかしてくれるだろう、と」
「悪意が透けて見えますよ」
「善意だって、ホント。そもそもマカ漬けは竜人族の食文化だ。フルフルベビーの一匹や二匹、入れたことがあるはずだ……たぶん」
「嘘くさいですね……」
「まあ聞けって。それで俺は、いつものように氷結晶の採取を巧妙に邪魔してくれるジジのところへそいつを持っていった。そしたらな、小脇に抱えたマカ壷を見るや、ジジの奴が見たこともない嬉々とした表情で手を出すじゃないか。この波に乗り遅れてはと俺は愛想よくその壷を差し出した。いままでこれほどまでに気持ちのよいトッテオキ交換があっただろうか。いやない」
 ジジはいつにない喜びに溢れた動作で背負った籠を開けた。歯切れのよい掛け声と共にハンターに手渡されたものはなにやら冷たい物体。つい先ほど腕に食いついていた物体によく似た、白くて目が無くてプニプニした感じの……どうやら食べ物らしい。
「気分一転、俺はフルフルに丸呑みされた気持ちで一杯だったよ。ドン引きだ、そうドン引き。山菜ジジはすでに俺のことなどアウト・オブ・眼中。ベビーの入ったマカ壷を大事そうに抱えながらその蓋を撫でさする。立ち尽くす俺を見上げるジジ。杖で追い払われるかと思いきや、これまた見たことも無い顔で笑いやがった。もう恐怖だ。ホラーだ。ニヨニヨしている山菜ジジなど山菜ジジじゃねぇ。俺はもう何がなんだか分からなくなって駆け出していた。この恐怖がお嬢ちゃんに分かるか?」
「いえ。さっぱり」
「くっ……ま、まあいい。ベースキャンプに戻った俺は、いまだ手に握り締めている物体に気がついた。そう。俺の腕に食いついていたフルフルベビーによく似た食べ物だ。あの時、俺はきっと正気じゃなかったんだろう。全力で走った身体は渇きを覚え、瑞々しいその食べ物を欲していた。腰に下げた水袋の存在を忘れ、俺はおもむろにそいつを口に運んだ。そう、俺はハンターだ。食われてなるものか。食うのは俺だ、と」
「食べたんですね」
「ああ。食べた。一心不乱にな。何かに取り憑かれるように。食いついては伸びてくるそいつを、食って食って食いまくった。頭がキーンとした。構うものか。この世から消えてなくなれ。こんな美味いもの、人に渡してなるものか……」
「……はいっ?」
「いやー。ほのかに香るマカ麹の発酵臭。これがまた食欲をそそって止まらない。この世にこんな美味いものがあったものかと感動したね。それからというもの雪山に行くときはトッテオキ目当てにマカ壷を常備さ。この話、お嬢ちゃんだから教えるんだぜ」
「そ、それはどうも……光栄です」
「とまあ、カルチェのアイスがまがい物だって理由。分かったか?」
「貴方が正真正銘のド変態だってことがよく分かりました」
「なんですと!」
「冗談です。そんな悲嘆に暮れた顔しないで下さいよ」
「ったく……。最後までお嬢ちゃんには振りまわされっぱなしだぜ」
「たまにはこんな休日もいいんじゃないですか?」
「まあな」

 ドンドルマは温暖期の風物詩、カルチェのフルベビアイス。
 そしてその元になったといわれる山菜ジジのフルベビアイス。

“……似て非なるふたつの食べ物に共通するものこそ、狩猟都市ドンドルマを象徴するモノに他ならない。小さな私をその影で覆うように立ち上がり伸びをする男。温暖期の日差しを浴びて逆光がその輪郭を彩る。自然の恵みを届けるハンターたち。その活力こそがこの都市の力であり、彼らの働きこそがこの町の繁栄である。偉大なる開拓者たち。彼らによって切り開かれた道を人々は歩む。迷うことはない。ハンターがいる限りヒトは自然と共存できる。その豊かな恵みはこうして露天の名物ひとつ取ってみても等しくもたらされているのだ……”
「最後に。こちらの取材に協力を惜しまず尽力してくれたひとりの名もなきハンターに幸多くあらんことを。珍味に飽きたらまたドンドルマのフルベビアイスを食べに来て欲しい。カルチェは今日も満員御礼です」
「なに読んでんだ?」
 波間に揺られながら双剣使いが冊子から目を上げる。
「『ドンドルマなう』だ」
「すごいセンスだな」
「だろ。でもまあそれなりに暇つぶしになるぜ。読むか?」
「あとでな」
 道具に背を預けてガンランス使いの連れは昼寝を決め込むらしい。双剣使いは再び記事に目を落とす。
「しょうがねぇな。狩りが終わったらまた遊びに行ってやるよ。お嬢ちゃん」
 ジォ・ワンドレオから砂漠への道行き。帰る頃にはフルベビアイスが恋しくなる。その時には熱帯イチゴでも手土産に持っていこう。
 帆をはらむ風は心地よく。
 船べりを揺らす波は今日も穏やかだ。
 身体に馴染んだゆりかごのようなゆらぎに身を任せながら、いつしか双剣使いもまどろみに落ちていく。まぶたに遠くドンドルマを思いながら。


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