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アクアノートの欠片文

アクアノーツホリデイが面白くて、なんとなく書いた部分的な何か。



アクアノーツ・ホリデイ ~隠された記録~  

 確かに中型船舶の操縦技術と知識なら持っているが、潜水艇など初めてだ。世の中で経験のある人間のほうが少ないだろう。しかも船は政府管轄研究機関の所有物。民間人が無断使用して良いはずがない。
 しかしそれを言うと、ジェシカはまるで「どうして太陽は東から昇るんですか?」なんて馬鹿な質問をされたみたいに、当たり前の顔で答えた。
「バレなきゃ良いのよ」
「……ジェシカ、きみは」
「いやねえ、冗談よ! 主任みたいな顔しないでちょうだい。本当は正式な申請と審査が必要だけど、実際お偉方からは半分忘れられてるようなラボだし。手続きするとなったら無駄に時間がかかるに違いないわ。その間にビルの手がかりが消えちゃうかもしれないじゃない。それでも良いの?」
「いや、もちろん良くはないよ。良くはないけど」
「大丈夫、ドルフィン号の操縦は馬に乗るより簡単だから! ベース周辺なんてプールと変わらないし、環礁内ならどこもそれほど難しい海流はなくて……」
「ちょっと待って、ジェシカ。きみ、潜水艇に乗ったことがあるのか?」
「あ」 しまったと片手で口を抑え、その後ぺロリと舌を出す。
 悪びれる様子もなく彼女は笑った。
「主任には内緒にして! 何度かベースの周りをお散歩したことがあるだけよ。操縦の仕方はビルから聞いたことあったし、マニュアルも残ってたし」
「けっこう命知らずなのかな、きみは。学者よりジャーナリストに向いてるんじゃないかい?」
「好奇心が旺盛なだけよ、科学者が皆そうであるようにね! とにかく、一般船舶の操縦知識があれば問題なく行けるんじゃないかしら。第一、ほとんどのコントロールはドルフィン2号自体がやってくれちゃうのよ」
 何か適当な答えで誤魔化された気がしたが、僕の意識はジェシカの後ろ半分の台詞に奪われていた。
「ドルフィン2号って、潜水艇の名前だったよね? 船自体が制御してくれるというのは一体どういうことだい?」
「アーティフィシャル・インテリジェンスが搭載されてるの。超高性能ナビシステムってとこね。彼の言うことを素直に聞けば大体の海域はオーケーみたい」
「へえ、AI付きか。それは面白そうだな」
「でしょでしょ? だから安心して、環礁に散在してるビルの研究データログを集めて来てね。来期の予算申請までに途中経過をまとめておけって、上からうるさく言われてるのよ」
 またお金を減らされたら、主任の愚痴を聞くのはわたしなのよ!
 おそらく本音と思しき呟きをジェシカが漏らした。当初の無免許無許可運転の問題も全く解決していなかったが、そんなことなど気にならない程度に、僕はドルフィン2号という潜水艇に乗り込みたくなっていた。
 もともと休暇――というより、療養――として訪れた海だった。
 ウィリアム・グラバーという海洋学者を、友人から聞くまで僕は知らなかったし、当局が三ヶ月捜索して(それがどの程度の熱意で行われたかは不明だが)見つけられなかった消息、あるいは彼に繋がる手掛かりを僕が発見できるとは到底思えない。
 何か記事を書くとして、気ままな南国ライフの軽いコラムになるだろう――あとは環礁各地に設置されているという、ビルの実験器具回収の使い走りか。
 それで良いじゃないか、と僕は思っていた。
 僕は疲れている。
 何も考えずに、ただ誰かに言われるまま、単調で穏やかな生活に埋没したい。
 特に有名でもなく、特に不審な点があるでもない消えた学者の行方を追う仕事など、社会から弾かれて逃げ出して来た僕のような男には似合いの役だ。
 誰からの期待もなく刺激もなく、しかし危険や苦しみも存在しない。
「アクアヘヴン、か……。まさしく天国みたいなところだ」
「なあに? 何か言った?」
「いいや、何でもないよ。早速だけどジェシカ、潜水艇と環礁のことを教えてくれないかな。すぐにでも海に出たい気分なんだ」
「昨日着いたばかりなのに、行動派ねえ。でもそうこなくっちゃ! 良いわ、まずは環礁の説明からね。地図をコピーしてあげる。こっちの部屋に来て」
「ありがとう」
 たぷたぷと、微かな波がベースの支柱を叩く音だけが今は聞こえる。
 壁の向こうに広がっている、美しく静かなキシラ環礁を思い浮かべた。その透明な青の底に早く沈んでみたい。ぼやけた遠い波音だけを聴き、自分の過去も現在も、未来すら水に融かし込んでしまえたら、きっと気分が良いだろうと僕は思っていた。


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