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MHP3 序章

P3rdのOPムービーを文章化。自分のメモ用です。



 モンスターハンター P3rd 序章

 雨が降っている。
 雲は低い。粒子の細かい優しい雨だ。時折り吹く風に押されて水滴は紗幕をつくり、路をゆく旅人を柔らかく包み隠しては、肌を撫でるような余韻を残して流れ流れ、そして再び大気へ静かに霧散していくのだった。
 肌寒くは、ある。なぜならここは山道だから。
 険峻な峰々だ。山というより、岩の群れか。いくつもの巨大な奇巌が剣や棍のように突き出し、鮮やかに色づいた森の一部を頭や肩に飾りつけて、奇怪で美しい独特の景観を造りだしている。
 縫うように続く路は狭い。時に両壁は旅人を圧してそそり立ち、時に行く手をさえぎるいわおを貫き続く。一歩でも踏み誤れば、垂直に切り取られた片手側からはるかな谷底へ転げ落ちるしかない山道だ。いかほどの労苦のもとに、先人たちはこの路を造りあげたものか……。一人ゆく旅人は歩みを止め、もはや秘境とも呼べる山奥の雨の匂いを呼吸した。
 赤いもみじの葉が、かすかに揺れた。
 旅人は耳を澄ます。何かが近付いてくる音。足音。二本の足。そして木の車輪。
 内側に淡い光を宿す背後の霧から、やがて現れたのは丸鳥の牽く荷車だった。旅人に気がつくと、御者の獣人は車を止めてにゃあにゃあと言う。狩人さん。村へ行くなら、後ろへ乗っていくといい。
 旅人はありがたく言葉に従うことにした。
 背負った得物と旅の荷を無造作に荷台へと放る。追いかけて跳び乗った身軽な所作に疲労はない。歩くこと、走ること、そして戦うことには慣れている。なぜなら旅人は狩人だから。
 雨は降り続く。
 車の揺れに時どき小さく跳ねながら、荷台の狩人は笠を少し持ちあげた。
 振動のたびに、紐の切れた数珠玉のごとく縁から雨滴がこぼれ落ちる。結構な速度で走っているのだ。絶壁の道を、御者はずいぶん慣れているらしい。
 折角あつらえてもらった新しい衣装も、ずぶ濡れになってしまったな……。自然の気まぐれはいつものことだが、狩人も今回ばかりは天を恨んだ。行く先の村から歓迎の証に送られた見事な着物だったのだ。強まる雨足にしとどに冷たい。
 空はいっそう暗い。この季節この時刻に大荒れになるなどは、耳にしない話だった。山の天候は測りがたいということか……。雨粒は急激に直径を増す。そこでふと、狩人は眼を凝らした。
 ――なんだ、あれは。
 烈しい雨の帳の向こう。林立する岩山がすれすれに天と触れる境界だった。笠を持ちあげ、狩人は息を呑んだ。
 濃紫色の雨雲が渦を巻いていた。分厚い雲の底だった。天神の腕が伸びるように、漏斗ろうと状の雲の帯が下界へくだる気配を見せた。いや、そこに何かがいた。
 影。動く。翼。脚。――あれは生命いのちある者。
 瞬間、空気の焼ける臭いがした。
 丸鳥の悲鳴だ。御者も叫んでいる。雷鳴なのか車の横転した音なのか、判断する前に荷台から投げ出された。その先が谷底ではないほどには幸運だった。視界の回転。転がった砂利の上。ようやく止まり、仰向けに眼を開いたとき雨が止んでいた。
 見えたもの、それは棘のある鱗。唸り声と静電気。恐ろしく太い四肢。
 ――そこは巨獣の腹の下。
 頭上で空を斬る音がした。
 狩人はとっさに身を投げ出す。大地を抉る音のあとに、背中に強い衝撃が来た。土くれや石と共に、狩人は宙を舞った。再度の衝撃。御者の興奮した声に身を起こすと、全速力で逃げる荷車に再び狩人は拾われていた。
 御者への感謝より何よりも、狩人は己を吹き飛ばした者の姿に釘付けになっていた。挑むように、断崖の縁から混沌の天を睨む者。棘のある尾。白きたてがみ。その身に稲妻を従えた、猛き青金色の獣。
 何を見つめている……。打たれたように思い出し、狩人も首を巡らせた。
 暗い渦を解き始めた雲海の底、下界の森、あいだに広がる雨の層。もはやどこにも、異質なものなど見つけることはできない。
 あの影……。
 彼は一瞬の嵐と共にすでに形もなくなっていた。幻でも見たというのか。いや、決してそうではない……あの青き獣も一心にあれを見上げ、今にも跳びかからんばかりに唸りをあげていたではないか!
 しかしその獣の姿も、瞬く間に雨の向こうへと消えていってしまった……。
 ぬぐい去ったように、空は晴れた。
 空気は爽やかにみずみずしい。浮かぶ無数の水蒸気は、陽の光の透明な輝きを幾千にも反射するようだ。嵐の気配は梢の雫に残る程度で、小鳥たちは何も知らずにめいめいの歌をさえずっている。狩人は笠の雨滴を切ると、走り去る荷車に手をふった。
 振りかえれば、出迎えたのは見事な石段。風雨にれた朱塗りの大門の下を、硫黄の香りを含む特有の風が流れて来る。
 知る人ぞ知る深山の温泉郷・ユクモ村に、狩人は呼ばれてやって来たのだ。
 山中での災難など忘れたように、村を見上げた口元に浮かぶのは笑み。
 自然の気まぐれはいつものことだ、驚くには当たらない。怖れるには当たらない、彼らは敵ではないのだから。縁があれば、再び相まみえるだろう。互いに何者として出会うのかは、その時に決めればよいことだ。
 ひとつ頷くと狩人は荷物を背負い直し、最初の石段に足をかけた。

(おわり)
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MH3 tri- 欠片文

久々にモガの海に潜ってきたらやっぱり面白くて、無駄に文章かいてみた。


 MH3tri- 欠片文

 島の西寄りに走る水路をとおり、南の入り江へと抜ける路が、カナロアは好きだった。
 小さな滝の落ちるアプトノスたちの水場から、水路は始まっている。浅く広がっていた淡水の水たまりは、南へ下るにつれて、海からの塩水と混じる。汽水域にはジャギィたちがよく群れている。路はその先で急激に狭くなり、両脇を崖に挟まれて、南へくねくねと続いていく。そこは竜たちもおらず、静かで不思議な場所だ。
 黒っぽい岩壁は、よく見ると大昔の遺跡らしい。人が住んでいた住居か神殿のようで、あちこちに窓と思しき穴や通路がとおっている。その穴と、壁に挟まれた青空から白い陽光と水しぶきが絶えず降り注ぐので、狭くとも明るい光に満ちた美しい秘密の小路だった。風と水が穏やかな日には、静止した水面に周囲の遺跡が映ったりする。水の下にまた別の世界があるようで、そういうときカナロアは長いあいだ一人で足元の鏡面世界を眺めたりした。
 南の入り江へたどりつくと、路はふいに開ける。両側の岩壁が扇状に広がり、眩しく白熱した太陽の光が一気に訪問者の眼を焼くのだ。視界が回復する前に、風が正面から吹いてくる。強く鮮やかな潮の香り。空よりもいっそう青い海に、手招きするようなさざ波を眼にすると、カナロアはいつも一直線に走っていって、カーブを描いて海に飛び込んだ。
 ときには危険なルドロスたちが入り江に寝そべっていることもあるが、カナロアがやってくると、彼らは気分の良い休息の座をモガの主に明け渡す。心配せずとも、ルドロスたちは他にも日光浴できる場所を知っているから、カナロアも遠慮はしなかった。草食竜のエピオスも、カナロアを眼にすると距離を取る。けれど入り江から姿を消すことはせず、ひと泳ぎして岩場に寝転がったカナロアを、興味深そうに遠くから見ていることが多かった。
 村のために、エピオスを狩猟する日もある。そういうときはエピオスにもわかるらしく、さっさと逃げてしまい、カナロアも一苦労なのだが、こちらに狩るつもりがないとわかるときはのんびり海草を食んでいたりした。
 狩猟のときとそうでないときの区別がつけられるように、カナロアは森で振る舞っている。本当は不意打ちのほうが狩りの成功率は高く、動物たちのなかにも、そういう狩りをする肉食竜はいる。
 以前、一頭のジャギィが、ケルビの前で奇妙な仕草をしているのを見たことがある。そのジャギィは異様な狂乱状態で、むちゃくちゃに飛んだり跳ねたり、のたうちまわったりしていた。普段なら肉食竜の姿を見かけただけで逃げるケルビも、ジャギィの異常な行動が理解できなかったのか、釘づけで、竜が徐々に距離を詰めていることに気付いていなかった。ほとんど手を伸ばせば届く位置まで近づいたとき、突然ジャギィはケルビのほうを向き、ひと咬みで獲物を仕留めた。そして何事もなかったように巣へと帰っていった。木陰で見ていたカナロアは本当に感心したものだ。獲物の油断をさそう、見事な狩りだった。
 だから南の入り江で、休憩とみせかけてエピオスを狩る、ということもカナロアにはできたのだが、今までやったことはない。これからも、するつもりはない。それを続ければ、エピオスはルドロス同様、カナロアの姿を見ただけで逃げるようになってしまうかもしれない。それはそれで狩りにくいし、少し寂しかった。
 ――人間は奇妙な生き物だ。
 岩に腰掛け、足を海に濡らしながらカナロアは思った。
 ただの食糧として狩っている竜たち、言葉もなく、感情もわからず、どんなふうに世界を認識しているのかまったくわからない者たちを相手に、親しみを覚えたりする。勝手な親しみだと思う。エピオスにとって、カナロアは天敵だ。彼らはカナロアを当然好かない。
 けれど時どき好奇心の旺盛なやつがいて、まるで肝試しのようにカナロアにちょっかいを出す若い個体や、波間から興味深そうにずっとこちらを眺めているものがいる。そういう竜と眼が合うと、なにか心が通じたような気がして、カナロアは不思議と嬉しくなるのだ。
 ――だが、どんな心が通じたというんだろう。
 同じ生き物としての連帯感だろうか。同じ島に生きるもの、同じ時を生きるもの。それとも、おれがここにいて、おまえがここにいる、互いの存在を確かめあった安心感だろうか。
 ――おれは孤独ではない、と?
 おれは虚構ではない。現実か幻かもわからないこの世界において、他者の魂に触れることで、おれは、おれが確かにここにいると信じられる、と。
 ――そうだとしたら、本当に勝手だな。
 カナロアは足を蹴りあげ、飛沫をとばした。すぐそばにいた小魚が驚いて散る。
 竜は、そんなことは思っていないだろう。過酷な自然のなかで、自分の存在が嘘か本当かなどと悩む暇はない。必要もない。そこまで自然は甘くない。考えている間に、捕食者に喰われるからだ。
「甘ちゃんなのは、おれか」
 気落ちして、カナロアは腰をあげた。その動きに反応したかのように、波間からエピオスの頭がひょっこり現れ、カナロアと眼をあわせた。
「なあ。おまえは何を考えてる?」
呼びかけると、エピオスは黒く濡れた瞳でじっとカナロアを見つめ、しばらくして波の下に消えた。

MH掌編:キリン奇譚

MH掌編。樹海のキリンについて。



キリン奇譚

 樹海のキリンが死んだという。
 集会所に行くと、顔見知りの弓使いが教えてくれた。なるほど、それで今日は酒場の空気が神妙なのだ。誰か狩ったのかいと聞くと、いいやひとりでに死んだらしいと答える。なんでも、死骸を見つけたハンターが蒼角つの破片かけを持ち帰ったよということだった。
 ひとつところに腰を据えず、長く各地をへめぐり歩いていると、ときたま人と竜の奇妙な関係を見聞きする。しかし樹海を臨むこの町で自分が遭遇した件は、相手がキリンということもあり、とくに印象深く奇異な出来事のように思える。はたしてどう結末を結ぶのか気にしていたが、こんな形になるとは意外であった。
 キリンはハンターの獲物のうちでも珍しい古龍だ。幻獣とも呼ばれる。蒼褪めた馬のなりをして、大きさは火竜よりよほど小さいが、どういう仕組かつねに身に雷をまとい稲妻のように駆ける。強いし、悪鬼じみて気が荒い。並の者には狩れない。
 それでも普段は希少さから依頼が入り、挑戦する命知らずも少なからずいる。実際、数ヶ月前までは掲示板に依頼書が数枚あった。受注する者が一人もなかったのは、みな気味悪がったからだろう。
 あるハンターがいて、一年ほど前、仲間でもあり恋人でもある女を失った。樹海のほとりの町だから、人が森の魔に魅入られて呑まれる話はありふれている。女も、そんなふうに消えたようだ。遭難かもしれないが、詳しい経緯はとうに風の彼方にある。とにかく女は消え、捜索もむなしく、定めの期日が過ぎるとギルドは諦めた。男が女を見つけたと、とつぜん集会所に報告したのは、それから三月も経ったあとである。
  樹海とはよくいったもので、大地は大した山谷もなく、密に絡みあった樹木と蔦の作りだす巨大なうねりが地の果てまで続いている。ほとんどは未開だ。鬱蒼とした植物の壁にハンターが分け入るたび新種の生物が見つかるし、どこかで半裸の現地人も炊煙を上げているかもしれない。彼らは、少なくとも大昔にはいた。あちこちに赤錆び色の巨石文化の遺跡が、時間ときに浸食された形で見られる。
 男が人びとを案内したのも、そんな廃墟のひとつだった。自分も、人に誘われて同行した。しかし暗い樹海の底で男の指差す先にみなが見たものは、傾いだ柱の頂きで青白く燐光する、怒れる一頭の古龍だった。
「あんな姿になっても、おれにはわかる。彼女の生まれ変わりだ。森の奥で捜していたんだ。名を呼んだら帰ってきてくれたんだ」
 こけた頬に奇妙に魅力ある笑みを浮かべ、男は言っていた。彼は樹海に入り浸るようになった。
 はじめのうち、荷車の上や、友人に支えられたり、己の足では立てぬ身体で男は集会所に戻ってきた。鎧は龍の雷撃にひどく痛み、ところどころ黒っぽく融けていた。焦げた異臭さえ微かにただよい、連れ戻されると、きまって彼はこうわめいた。「ほうっておけ、彼女が待っている。やっとおれを思い出してくれた。誰も邪魔をするな」
 男の戻る日がだんだんに減った。
 物好きが一人いて、自分と同じく、男のゆくえを気にしていた。十日も戻らないとなると、ついに辛抱たまらなくなってようすを覗き見に行ったらしい。数日のち、うそ寒いような表情で帰ってきて報告するには、次のような話だった。
「独りでえんえん喋っていたぜ。あの遺跡の奥に閑地があったろう。もうほとんど骸骨だった。立てもせずに座りこんで、それでもやたらに楽しげに喋っている。たぶん二人の思い出とかだろう。支離滅裂だった。時どき笑うが、やっぱりそれもへんに明るい。そうするうち、本当には彼が独りじゃないと気がついたよ。キリンがいたんだ、崩れた壁の影に。稲妻もなく、こうべを垂れて、両耳だけぴんとそば立てている。まるで歌でも聴いているみたいに、じっと動かず、あの不気味な蒼い眼を半分ばかり閉じて――」
 男の消息は、ぱたりと途絶えた。
 ぼつぼつあった古龍狩猟依頼も、その頃には消えていた。モンスターが人に心を開くなど、恐ろしい話だ。野生の獣は人には慣れない。憑かれて魂を奪われ、命を落とすのは人の側である。迷信深い者は魔性を信じ、もはや男の狂気を疑う者は一人もいなかったが、女の生まれ変わりだというキリンを狩りたがる者も、自分を含めて誰も出なかった。
 ――そうして、またひと月ほど経った頃だろうか。樹海へ仕事に出たハンターたちから、次つぎ同じ報告がされるようになったのは。
 キリンがいたという。寄ってきたともいった。ある日は大岩の上からハンターを眺め、別の日は唐突に木立から現れて、ごく間近を駆け去って行ったという。なんにしろ古龍は狩人とすれ違うのみで怪我人もなく、ただ人びとを気味悪がらせた。そんな話がいくらも続き、まさかと思った自分が例の遺跡へ行くと――やはり、男は死んでいた。
 森の奥深く、朽ちるばかりの遺跡に囲まれた小さな草地に、男はちょっと疲れて休息を取るふぜいで事切れていた。
 地に突き立てた大剣に背をもたれて座り、わずかばかりうつむいた顔は、梢から明るく差し込む日射しの影になって暗かった。あたりはしんとして、緑だけがむせかえるほどだった。小さな羽虫が黄金きんの陽光を翅に遊ばせ、無数にふわふわ舞っていた。男はだだをこねる子供のように手足を地面に投げ出して、苔むした防具の隙間から覗いたのは、すっかりむきだしになった乾いた薄い骨だった。
 キリンは、町の人間に男の死を報せたかったのだろうか? それなら、あのとき男の屍を弔おうとした自分に怒り、雷を放つことはしなかったろう。それに人びとが男の死を知ったあとも、これまでと同じように、たびたび狩人の前に何をするでもなく姿を見せることもなかったはずだ――けれども今日、キリンの死を聞いて思い当たったのだ。
 古龍は、男を探したのかもしれない。男が、恋人の生まれ変わりを樹海の奥底に探したように。キリンも彼の生まれ変わりを人びとのなかに探したのかもしれない。そうしてとうとう男を見つけられず、絶望して死んだのである。
 古龍は人を愛したのか? 自分は、あの静かな草地にぽつんと座った男の寂しい遺骸を憶えている。その足元に眠るように伏して、キリンはひっそりと死んでいたという。


(おわり)

MH掌編:鑑定人

MH掌編、キリンに増して地味な話。




MH掌編  鑑定人

「ハンターさん、ここはギルド職員以外は立ち入り禁止だよ」
 老人はなるべく穏やかに告げたが、青年はますます身を乗り出してきた。
「わかってる。でも大事なことなんだ」
「すぐに警備が飛んでくる。狩猟許可証を剥奪される前に帰んなさい」
「爺さん、おれは教えてほしいだけだ。おれが納めた狩猟素材の鑑定額、いくらになった?」
「素材は、いつ納めたね?」
「一昨日だ。だから――」
「それならもう手続きは終わっているはずだ。明日には報酬金を渡せるだろう」
「そうか。でも終わってるなら今わかるよな? いくらだ」
「ハンターさん。知ってのとおり、ギルドには規則がある。明日を待ちなさい」
「待てるくらいならおれは今ここに来てねえよ」
 固めた拳が卓を叩く。積み重ねてあった竜の牙の山が崩れ、老人はすこし沈黙し、部屋の扉をちらと見やった。警備員はまだ来ない。
「……ハンターさん、名前は。何を狩ったね」
「イーオスの群れ。ドスもいた」
「ちょっと待って――ああ、これかな。報酬金は……、依頼成功料と素材料含めて、五百」
「五百だって。それっぽっちか」
「…………」
「そんなはした金じゃ見合わない。そんな狩りじゃなかった。もっと高くならないのか」
「ギルドの鑑定は公正に行われているよ。きちんと最近の相場に合わせて……」
「だけどよ」
 そこまでだ、と鋭い声がして、青年がびくりと振り返った。背の高いギルドガードが大股に歩み寄り、ハンターの肩をつかんで卓から荒っぽく引きはがす。
「けがはありませんか」
 大丈夫の返答をすると警備員は軽く頷き、すでに青年の武器を奪い取っている。
 老人は、ほっと安堵のため息をはいた。腕をさすりながら、警備員に引き立てられていく若いハンターの背を見送る。
 しかし部屋を出るきわ、青年がちらりと見せた横顔に、老人は胸に浮かびかけていた動揺と静かな怒りをふっと冷ましてしまった。
 扉のところに、事の成り行きを見守っていた受付嬢の白っぽい小さな顔がある。彼女は出ていく二人を恐ろしげに避けてから、老人を気遣って歩み寄った。
「おじいちゃん、ごめんなさい。あたしのせいだわ。集会所であの人を止められなくて。脅されたりしませんでした?」
「うん、わたしは大丈夫だよ。気にしなくていい。仕方がないよ、なんだか彼はとても必死なようすだった」
「やっぱり、クレームか何かです?」
「文句は文句だったけれど……、よくある手合いとは違うようだったね。なんだろう」
 あいまいな物言いに受付嬢は首を傾げたが、老爺が思いのほか冷静に仕事に戻ったので、安心して集会所のカウンターへと帰っていった。


 ハンターたちが狩猟や採集で獲得してきた、素材の価値を鑑定するのが、ハンターズギルド職員である老爺の仕事だった。
 品物自体が依頼目的なら、それらは依頼主へ渡されるが、鑑定自体は行われ、依頼内容の妥当性や狩人の仕事の精度を維持・評価する指標となる。依頼がモンスター討伐なら、得られた狩猟成果の価格を判断し、狩人から買い上げる。もちろん狩人の希望で、現金ではなく素材そのものを返却することも多いが、獲得品全体価格の一部を徴収するのは変わりないので、鑑定は必ず行われた。ギルド運営費の多くは、こうした狩人たちからの、いわば納税で賄われている。鑑定は重要な仕事だった。
 三十年来、老人は小型の鳥竜種素材を専門としていた。ランポスやゲネポスや、イーオスの皮、鱗、爪、肉、内臓……そんなものを見尽くしている。小型鳥竜は種類も個体数も多く、ハンターの依頼として一般的だ。今日も複数の鑑定があり、若いハンターの急な訪問があったあとも、老人は手際よく仕事をこなした。
 獲物の解体は狩人たちが自分でこなす。鑑定室に運びこまれるまでに品物は仕分けされ、目録の書類がつくが、記されるのは類別番号や狩猟者名、モンスターの種類と数くらいのものだ。紙よりも実際の鑑定品に残った傷跡のほうが、狩猟のあらましや狩った者について、老人に雄弁に語りかけた。
 手練ベテランの狩ったドスランポスは、首の付け根に大剣の傷があるだけの、きれいな優良品だった。これが初心者だとめったやたらに傷つけるから、素材の市場価値は低くなる。双剣士の狩ったゲネポスは爪も皮も切り刻まれて、無傷の箇所を細切れに揃えるしかなく、せいぜい小物入れや鎧の隙間の埋め合わせに使うしかない。狩猟笛の奏者は、どうやら無精者だったらしい。せっかく取り出したイーオスの内臓が破れ、漏れた毒液が脂や肉、骨など他の素材をだめにしていた。かの鳥竜の毒袋は、竜自身の皮で作った袋で密封しないと、こうした悲劇が起こるのだ。ランポスの群れ討伐の品は、依頼内容から想定する量の半分にも満たなかった。めざましい切れ味の太刀筋なのに、素材の状態はひどく悪く、死後につけられた傷が多いから、激しやすいか陰険な太刀使いかもしれない。逆に、ていねいな解体にも関わらず、ライトガンナーのドスギアノスは右後脚がまる一本欠けていた。信仰心のあるハンターが狩り場に獲物の一部を捧げ、自然や精霊に感謝したのだ――。
 長い時をかけて、老人は、素材の訴える声に対して聞き役に徹するようになった。老人にも言葉はあるが、彼が声を張り上げて何か言う時代は過ぎ去っており、表舞台を退くまでに、彼の呟きにすら人びとが注意を向けるほど大人物にはなれなかった。日々、彼はただ黙々と仕事をこなし、素材と向き合った。
 今日も終日、独りだけの静かな物思いをしながら鑑定にいそしみ、なんだか手元が暗いなと思って顔を上げると、窓の外の日が暮れかけていた。
 急ぎの依頼はなく、仕事は押していない。老人は、誰も待つ者のない自宅の居間をしばし思い浮かべてから、億劫そうに帰り仕度をはじめた。
 ペン先を拭い、インク瓶の蓋をしめる。書類の束をまとめ、紐を通し、明日のためきれいに整頓する。最後に手燭の灯をつまんで消そうとしたとき、ふと昼間の騒動を思い出した。
 ――一昨日だと言っていたなあ……。
 鑑定価格に不満を抱く狩人は、当然いる。これまでも何度かトラブルはあった。しかし、あの青年はなんだったのだろう……警備に引き立てられていくとき、最後に見えた彼の横顔は、奇妙にも涙を流していたのだ。
 鑑定書の本紙は提出済みだが、写しは棚に保管してある。探し出すのは手間ではなかった。頬づえをついて眺めた内容は、紙一枚にも満たない簡素さだった。
 イーオス六頭、ドスイーオス一頭。竜鱗には小枝で掻いたような浅い創傷と、狙いの定まらぬ散弾の穴ばかり。そのほか何度も転倒したような細かな傷が全体にあり、かなりの苦戦がにおっていた。腕に見合わない獲物に手を出した、そんな印象だった。
 ――緊急に金の要る事情でも、あったのかな……。
 結局、泣くほどの理由は見つけられず、老人は結論付けて部屋を後にする。けれど廊下を歩く途中、集会所カウンターへと開いた扉から、あのハンターの酔った声が聞こえた。
 ――単純な、イーオス狩猟のはずだった。ドスもいたが、おれたちも新人じゃない。あと少しで罠にかけるところだった。それがあの地震のせいで……。突然、土煙で真っ暗だ。土砂崩れ。どうして、ちょうどあの時に? ドスも埋まったが相棒も埋まった。あいつを掘り出してやるのに半日もかかったんだ。引っ張りだしたときには冷たくなってた。ハンターが死んでも、依頼人もギルドも何もしてくれない。相棒の家族に金をやりたくても、報酬はお定まりのぶんだけだ。五百。ほんの五百だと? それがあいつの命の値段? どんな顔してあいつの親に会えっていうんだ……。
 湿った静寂を破り、うるせえぞ、と茶々がある。
 ――おまえ以外は祝い酒飲んでるんだ、愚痴りたいなら外で飲め。おまえらが悪いんだよ、狩りをなめてたんだろう。狩り場ではなんでもありだ。誰も警告なんざしてくれない。がきみたいに他人をアテにして、準備不足にも気づかないほど馬鹿だったから死んだのさ……。
 激烈な言葉の応酬があり、乱闘が始まった。給仕ネコの悲鳴と物の壊れる音、咎める声と罵り、囃したてる野次が交錯し、老人の背後から警備員が首をふりふり飛んでいく。
 騒音を遠く聞きながら、老人は廊下に立ちつくして考えこんだ。


 翌日。顔に大きな青あざをつくり、集会所のカウンターで狩猟報酬を受け取った青年は、手渡された美しい小さな玉を食い入るように見つめていた。
 受付嬢が微笑んで言った。
「先日の件で、鑑定士さんが調べ直してくれたんです。皮の腫瘍できものに包まれていたそうですよ」
「……これは、鳥竜玉?」
「いいえ、鑑定書によると紅玉ですね。記録は修正済みです。ただ報酬の受け取り方法が未確認だったため、今お渡しできる報酬金額は先日の通りなのですが……。どうしましょう、こちらで売却しますか? それともこのまま素材としてお渡しします?」
「たしか、すごく高価なものだったよな」
「はい。竜の体内でも稀にしか生成されないものですから。武器防具の材料にもなるそうですよ」
「そうか……、でも……。もしかすると、あいつの両親が欲しがるかもしれないから……。おれ、このまま受け取ります」
「承知しました。それでは書類にサインを」
 そそくさとペンを走らせ、青年は報酬の入った小袋と玉を受け取る。
 赤くなった目で受付嬢に礼を言い、頭を上げたとき、彼はカウンター奥の扉の先をはっと見つめた。再度、無言で頭を下げた。
 集会所を去る青年を見送ってから、受付嬢はカウンターを他の娘に任せて奥の廊下へ引っ込んだ。腰を曲げて仕事部屋へ戻る老人に追いつき、尋ねた。
「本当によかったんですか? あの紅玉、大切な思い出の品だったんでしょう?」
「わたしがハンターだった頃、雌火竜の尾から出てきたものさ。まあ、あれが思い出のすべてではないし、老い先短い身だからね」
「やあね。そう言う人にかぎって長生きするんですから」
「じゅうぶん生きのびたよ。わたしは運が良かったほうだ。自然は容赦ないからねえ」
 微笑みながら言った老人に、受付嬢はけげんな表情を向ける。
「不親切だし、無関心なものだよ。わたしたちが母なる大地と呼ぶものはね。奪うときには理由もなく命を奪う。人の都合など考えもしない」
「だからって、あなたが責任を負う必要はないのに」
「うん。しかしね、人には優しさが必要だよ。ここは街で、自然のなかじゃない。わたしには与えるチャンスがあった……」
「きっと、ギルドの保障をもっと手厚くするべきなんだわ」
 若い受付嬢は生真面目な表情で言い、鑑定室の扉をあけた。
 掃除の必要性を吟味する目つきで彼女が先立つうしろで、老人はちょっと立ち止まり、部屋中ところせましと溢れたいろいろの品物を眺めた。
 巻かれた竜皮、紐でくくられた太い骨、袋に詰め込まれた小さい骨、縞模様の美しい鱗に青白い竜の頭、黒い鉤爪、牙――これらは武器や道具になり、乗り物や家の建材になり、人びとの生活を豊かにする。すべて大自然のありがたい恵みだ。住む場所や食べ物を与え、美しい景色で心癒し、人びとが必要なものを自然はなんでも恵んでくれる。しかし、だからといって、それは優しさでも慈しみでもないのだ。
 扉の横に大きな麻袋が置かれている。ゲネポスの頭が袋の口から天井を睨み上げていた。あのオレンジ色の毒牙に噛まれれば、麻痺した獲物は生きながらはらわたを食われる苦痛を味わって死ぬ。自然が本当に慈悲深いなら、なぜそれほど残酷な仕打ちを許すのか? 自然に悪意はない。けれども善意もない。ただ、あるがままなだけなのだ。真実、ひとを思いやれるのは自然ではない……。
 アイルーたちがにゃあにゃあ言い、新たな鑑定素材を運びこんできた。
 老人はやれやれと腰を叩いて仕事椅子にすわり、胸ポケットから老眼鏡を取り出した。受付嬢は品物を置く場所をてきぱきと指図して、ついでに散らかった部屋のなかを老人が歩きやすいよう少しだけ片付ける。
「お茶を淹れてきますね」彼女はにっこり笑った。「ポッケ村の友達から、質のいい雪山草のお茶をもらったの。それと、おじいちゃんの好きな甘いお菓子も」
「ああ、それはすてきだ。ありがとう」
 老人は心底うれしげにこたえ、手を振る受付嬢を穏やかに見送る。
 やがて小さな竜牙を指でつまむと、使いなれたルーペをのぞき、いつものように傷を調べはじめた。


(おわり)



MH掌編:補遺;氷結晶、その他

久しぶりに小品を書き、せっかくなので上げておきます。

MHの魅力のひとつは、植物や鉱石で、架空の自然物が多いところかな。
しかし話は氷結晶の薄暗い話になりました。
最初は花香石の良い香りについて書き散らすつもりだったのだが……。





補遺;氷結晶、その他

 まさしく氷結晶と陽光石がひとつの例だ。
 ある種の鉱物結晶についていうなら、母なる大地の堅固な岩盤から切り離されてはじめて、真の本質が固まるらしい。前述の二石は存在において表裏をなす。鉱脈はまったく同じ。驟雨にけぶり、緑したたる密林の古い断崖の割れ目から覗き、あるいは太古の溶岩にえぐり抜かれた、暗い地底洞窟の内壁を多頭の蛇のごとく這うガラス質の脈すじ。地層に埋めこまれているままのそれは、いまだ眠り、己を知らぬ無色の水晶にすぎない。しかし、ひとたび夜に掘り出せば星光に凍って氷の化石に、昼に掘り出せば金の陽光を集めて太陽の欠片と変ずる。
 消炎薬に、錬金に、料理や菓子のスパイスとして、はたまた鋼刃鍛造の触媒に――鉱石とも無機塩ともつかない、この不思議な石の用途は幅広く、驚くほど多岐にわたる。そのため需要も大きい一方、とくに氷結晶の供給は小さくなりがちだ。なぜなら採掘時間の厳密な制限に対して、夜の山野といえばまさに肉食竜の生活の舞台だから。身を守る技術を持たぬものにとり、道ゆきは悪夢以上のものである。野草摘みと同じ気分で竜の縄張りに踏み入れたが最後、命を狩られるとも限らないのだ。それで氷結晶はハンターたちの鱗のない獲物となる。
 鉱石掘り専門のハンターを、はたして狩人と呼べるかは不明だが、どこの集会所にも一定の割合で彼らはいて、それぞれ仲間うちで割り当てた自分の鉱脈を守り、掘っている。この大地はあまりに偉大だ。集落や町村が日々必要とするほどの採掘なら、鉱脈はめったに枯れはしない。もっとも、元来金属の素の薄い土地柄か、五世代も前から掘られている鉱窟なら話は別だし、または大陸に数少ない大都市からやってきた野心あふれる実業家が、大儲けと意気ごんで大量の人足と爆薬を持ちこんだというなら事情もちがう。
 後者のような罰当たりの噂は、ときどき熱を含んだ悪風のようにハンターたちの酒場に吹き流れる。しかし不思議なほどに長続きしないのは、公にはされぬものの、もちろん秩序と利権を守るギルドの介入があるためだろう。やがてよそ者の姿は狩場から消え、また元通りにむかしからの鉱石掘りたちが、日々の糧に必要なだけの氷結晶を袋に持ち帰ってくる。
 ただし、以下は酒毒に身を崩した老狩人の与太話として――そういう秘められた禍事のあとには、狩人たちの収穫品に、時折り見事な鮮血色の珍しい鉱石がまぎれこむという。それは血石に似ている。極北の鉱脈――わが友、地質学者の書士官いわく、何万年も以前、そこがはるかに温暖だったころ繁栄した生き物の遺骸が眠る凍土、長い長い時の作用を受け、その血肉が腐らぬまま鉱物化している寒冷地――で採掘される血石に、その奇妙な鉱石は兄弟じみてそっくりだという。だが、性質はあまり似ていない。雲母のようにもろく、輝く赤も次第にどす黒く変色し、なんの用途にも適さないため、価値もなく捨てられてしまう。おそらくは変成過程の失敗で、氷結晶にも陽光石にも性質を固定されえなかった、できそこないと判ぜられる、と。
 その血石まがい、、、、、の前身が、振り下ろされたピッケルの先端と出会って鈍い音を弾いたとき、熱い大地の胎内からえぐり出され、汚れた革手袋のなかに盗み奪われたとき――自然から切り離されて、人の社会に生まれ出たその瞬間に、いかなる歪んだ過程があったか。燦たる陽光も浴びず、静謐の星光も遠く、代わりに何がそれを深い昏みのある偽紅玉と染めあげたのか。
 知るものがいるのか否か、それすら、あえて尋ねるものもない。



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